2023年8月号
特集

3Dプリンターがもたらす変革の可能性

積層造型法技術が物流に与える影響  NIPPON EXPRESSホールディングスが昨年末に発表したCM「サステナブルNX with You編」では、未来の物流について語り合う若者たちのグループが登場する。
その一人が「じゃあ、瞬間移動で届けたらCO2ゼロ?」と問いかけるのに対して、女性の一人が「それは未来過ぎるー」と反応する。
 実は瞬間移動を可能にする技術は既に存在している。
3Dプリンターに代表される「Additive Manufucturing(積層造型法技術)」である。
積層造型法技術(以下では分かりやすいように3Dプリンターと記載する)とは文字通り、材料を付加することで立体形状を生成する製造方法である。
 3Dプリンターによる試作・検討は以前から実施されていたが、実際に利用される製品や部品に使われ始めたのは2010年代からである。
メーカーが保有する製品の製造方法のデータを送信し、消費地のすぐそばの3Dプリンターで製造、顧客に納品する。
これまでは製品を製造してから消費地に輸送していた部分の物流が、データの送信に置き換わる。
これが本稿で指摘する「運ばない物流」への変化である。
 米コンサルティング会社のWohlers Associatesの報告書によると、2022年の3Dプリンターの世界売上高は180億ドルであった [1] 。
これは世界の製造業の市場規模の約0・1%に相当すると考えられる。
売り上げに対する生産設備の占める割合を考えると、現時点での製造業における3Dプリンターの活用は極めて限定的と言える。
 それでも既に本格的な導入が始まっている業種や分野はある。
最も有名な事例が航空機部品への3Dプリンターの活用だろう。
ゼネラル・エレクトリック(GE)を中心に開発されているボーイング「777X」のジェットエンジン「GE9X」は300以上のエンジン部品を、七つの3Dプリンターによって製造したコンポーネントに収めている [2] 。
 これは試作段階での適用であり、試験結果に応じて容易に設計変更できることや、部品自体の複雑さから3Dプリンターが利用されている。
他にも、ボーイングの旅客機には政府当局の承認を得て3Dプリンターにより製造された量産部品が採用されている [3] 。
 鉄道車両のスペアパーツも事例の一つに挙げられる。
ドイツ鉄道は15年頃から3Dプリンターの利用を始めて、23年までに10万個の部品を製造した、としている [4] 。
 オランダのINGグループは17年に発表したレポートで、3Dプリンターによる大量生産が経済的に競争力を持つようになった場合、製造品の50%が3Dプリンターで生産されることになり、その結果として60年までに世界貿易のほぼ4分の1が消滅すると試算した(シナリオ1)。
 3Dプリンターの導入速度がさらに速く、40年までに製造品の50%が3Dプリンターにより生産された場合には、世界貿易のほぼ5分の2が消滅すると予測した(シナリオ2) [5] 。
 このINGグループの予測は、3Dプリンターによる大量生産が、既存の大量生産の方法やプロセス全体に対して、一定の経済的な優位性を持つようになるという技術革新を前提としたものであった(図表1)。
 しかし、現時点でそうした技術革新の兆候はない。
そのためINGグループは21年に発表したレポートでは、40年頃に製造品の5%程度が3Dプリンターにより生産されて、その後もその割合は増加しないと予測を大きく改めている [6] 。
その通りだとすれば3Dプリンターによる物流の減少幅、すなわち「運ばない物流」への転換はさらに限定的なものになる。
しかし、3Dプリンターが「運ばない物流」への転換を進めるシナリオが実現する可能性は無視するべきではないと筆者は考える。
新技術の採用は何によって決まるのか  3Dプリンターの導入が企業の売り上げ・コストに影響する要因は大きく下記の四つに分類できる。
①機会損失の低減や顧客への付加価値の向上 ②原材料~製品にかかる物流費の減少 ③工場労働者の人件費減少 ④製造装置やその運用にかかる費用の増加  従来の大量生産方式を3Dプリンターでの生産に変更したときに、それぞれの要因が企業の利益にどのように影響を与えるのか整理してみよう。
 まず売上面で最も大きな影響をもたらす要因は、①機会損失の低減や顧客への付加価値向上と考えられる。
フットウェア業界では従来から3Dプリンターで一人一人の足形や好みの色に即してカスタマイズした靴を製造する取り組みが広く行われている(図表2)。
3Dプリンターによる生産が付加価値を生んでいるわけである。
 また、3Dプリンターの製造速度が上がれば、店舗に在庫として存在していないサイズや色についても、その場で製造して提供することで機会損失をなくせるというメリットもある。
 次にコスト。
3Dプリンターで生産することで、②原材料~製品までにかかる物流費は減少すると考えられる。
従来の大量生産方式は、原材料の重量に対して製品の重量が小さくなる製造方法であった。
3Dプリンターによる生産では原材料からの重量の減少幅が大きく縮小する。
すなわち1単位の製造にかかる原材料が減少する。
 1単位の製造にかかる原材料が小さくなることで、輸送コストならびに保管コストは低下する。
在庫についても、見込み生産から受注生産に切り替えた場合には完成品在庫がなくなる。
中間製品の保管もなくなり、スペアパーツのような製品の場合には大量の金型を保管するコストがゼロになる。
 しかも、最終製造拠点を消費地の近くに配置できるため、製造拠点から消費者に届けるまでの輸送費が減少する。
提供リードタイムも短くなる。
 ③工場労働者の人件費も減少する。
3Dプリンターにより製造プロセスが自動化されることで、1単位の製造にかかる工場労働者の人数は減少する。
一方、製造場所は消費地の近く、すなわち人件費単価の高い場所になるため、工場労働者の単価は増加するが、両者を比較すれば前者の効果の方が大きいと考えられる。
 ④製造装置やその運用にかかる費用は大量生産方式に比べて増加する。
 ここまで見てきた通り、①機会損失の低減や顧客への付加価値、②原材料~製品までにかかる物流費、③工場労働者の人件費の三つはいずれも3Dプリンターを導入することで利益増の方向に働くが、④製造装置やその運用にかかる費用だけは利益減の方向に働くわけである。
 こうしたことから、既に3Dプリンターの導入が始まっている領域を見ると、機械のスペアパーツのように、②物流コストの減少幅が大きく、④製造関連費用の増加幅がそこまで大きくないため、結果として3Dプリンターの導入により利益が増加することが期待される分野が対象となっている(図表3)。
 今後の技術革新により、④製造装置やその運用にかかる費用の増加幅を抑えることができれば、現状では3Dプリンターを導入が出来ていない分野でも普及が進んでいくことが予想される。
従って④製造装置やその運用にかかる費用をどこまで下げられるかが、3Dプリンターの採用を左右する決定的な要因になる。
技術革新は正確には予測できない  INGグループが21年のリポートで3Dプリンターの将来導入率の予測値を大きく引き下げたのは、この要素におけるイノベーションは起きない、と前提を改めた結果であった。
 INGグループは3Dプリンターの今後の技術革新を、現在までの進化のスピードから予測している。
しかし、ある時点から投資が集中した結果、加速度的に技術革新が進み、実社会での適用や利用が急速に広がるという現象はさまざまな領域で起きている。
 例えば現在、電気自動車の普及が商用・非商用の双方で進んでいる。
現状では政府の補助金などにより実質的なコストが低下している影響も無視できないが、少なくとも小型の商用車においては電気自動車が、初期投資~運用までのトータルコストでエンジン式自動車と遜色ないレベルになってきているのは事実である。
 その背景には電池の大幅なコストダウンがあると筆者は認識している。
実際、1kWh当たりの電池の生産コストはこの10年で5分の1以下に低下した [7] 。
将来的には技術革新の継続により、小型トラックの利用者から見たときに、補助金なしでも電気自動車の方が初期投資〜運用までのトータルコストが安くなると予測されている [8] 。
これらの技術革新を10年前に予測することは難しかったであろう。
3Dプリンターについても急速な資金投資とそれに伴う技術革新が進む可能性は十分にある。
 企業経営者や実務家にとって重要なのは、社会や産業のあり方に大きな変化をもたらすような技術革新が何かを理解し、その動向を注視するとともに、ひとたび技術革新が進んだ際にはそれを積極的に利用し、技術革新が進みきった時の産業構造に備えることだろう。
 現在、筆者はAI開発企業pluszero(プラスゼロ)の取締役を務めている。
今回本誌に寄稿することになったのは、前職の経営コンサルタント時代に本稿のテーマである「運ばない物流」に関連した論文 [9] を執筆したことがきっかけであった。
 電気自動車と同様にAI(機械学習)も、技術革新をきっかけに導入のハードルが下がり、広く利用が進んでいる事例の一つである。
以下に筆者がプラスゼロにおける実務から学んだテクノロジーとの向き合い方を紹介したい。
 AIを応用したアプリケーションの一つに「AI-OCR」がある。
「この画像はこの文字である」というデータを学習させた深層学習モデルを構築し、新しい画像が与えられたときにも、その文字を推定する仕組みである。
これにより、紙や画像などで受け取った書類の内容を人がシステムに入力する作業を効率化できる。
 ここで「自動化」ではなく「効率化」という言葉を使ったのは、AI-OCRが100%正確な判定を行う仕組みではないためである。
AI-OCRに限らず、深層学習を利用した仕組みは、あくまで学習させたデータから推論を返しているだけである。
100%正確に判定できる方法は現時点では残念ながら存在しない。
 そこで通常はAI-OCRが読み取った結果を人間が確認・修正している。
その「AI+ヒト」による判断が、ヒト単独の判断に比べてより正確で効率化するように、システム全体を設計していくことがわれわれ開発会社の仕事である。
 しかし、プラスゼロのようなAI開発会社はAIの専門家ではあっても、AIを導入する対象となっている実務に詳しいのは当然ながら技術を取り入れる事業者自身に他ならない。
従って事業者自身が、AI-OCRは100%正確な判定を行えるものではないという特性を理解した上で、現行業務をどのように変化させ、どのようなシステムを設計すれば良いかを検討・判断していく必要がある。
 AIとヒトの協働によって業務が進む姿を、AIをはじめとする工学の世界では”Human-in-the-Loop”ないし”Expert-in-the-Loop”と呼んでいる。
そして、このプロセスの構築がAI活用において最も重要と考えられている。
 将来の3Dプリンターの導入においても、例え全ての製造プロセスを3Dプリンターで代替するわけではなくとも、一部のプロセスに3Dプリンターを導入したり、ヒトと3Dプリンターが役割を分担しながら相互に半製品をやり取りする場面に遭遇することになるかも知れない。
その際には事業者自身が3Dプリンターを理解した上で導入方法を検討・模索していく必要がある。
テクノロジーの活用には何が必要か  もう一点指摘したいのが、技術を取り入れる事業者が自身の課題に即した技術を見つけることの重要性である。
先程のAI-OCRの事例を続けたい。
 ある物流事業者が、業務プロセスの自動化を目指していた。
輸送に関連したさまざまな書類を確認して、そこから特定の情報を抽出・照合する業務であった。
対象となる書類は同じ種類の書類であっても発行元の会社によってフォーマットが異なっており、市販のAI-OCR製品では対応できないものだった。
 そこで物流事業者はOCR販売会社だけでなく、AI-OCRのカスタマイズ開発に対応するさまざまな企業に対応を打診した。
しかし、期待するような返答は得られずにいた。
通常であれば「現時点の技術では今の課題は解決できない」と判断してしまうところであろう。
実際そうしたケースは多々発生している。
 ところが偶然、プラスゼロがその物流事業者のトップの目にとまり「もしかしたら」と連絡をいただき、開発に着手することになった。
プラスゼロでは従来から、深層学習による画像認識分野だけでなく、チャットGPTに象徴される自然言語処理分野を今後の主戦場として投資を続けてきた。
同プロジェクトでも、自然言語処理分野の知見を取り入れることで、フォーマットがさまざまに異なる書類から情報を抽出する仕組みを実現した。
 AIのような難易度の高い技術の活用には、事業者自身が技術に対する理解を深め、自分たちがやりたいことを実現できる開発会社はどこにいるのか、見通しを持っておくことが重要なのである。
3Dプリンターの活用も同じことであろう。
 以上、製造現場で導入が始まっている3Dプリンターが、「運ばない物流」を実現する可能性について見てきた。
また、3Dプリンターの将来を見通す材料として、自動車の電動化とAIの活用における技術革新の歩みを振り返った。
 そのポイントは、技術革新は集中投資等により従来予測よりも急速に進むことがあり、その動向を常に注視しておく必要があること、そして技術とヒトが協働するプロセスを導入する可能性を踏まえ、技術について一定の理解を持つことであった。
技術を導入する事業者の担当者には、技術を理解して開発会社の能力を判断する“目利き”が求められる。
3Dプリンターが物流にどのような影響をもたらすか、現時点ではまだ明らかではない。
それでも、技術の重要性を認識して、物流の将来を見据えて事業を運営していくことが重要であろう。
注釈 [1] Wohlers Associates “Wohlers Report 2023”https://wohlersassociates.com/product/wr2023/ [2] GE Aviation (2020)“3D Printed Jet Engine: Meet the Team of Young Engineers that Brought 3D Printing Inside the GE9X-The Worldʼs Largest Jet Engine”https://www.ge.com/additive/stories/3d-printed-jet-engine-meet-team-young-engineers-brought-3d-printing-inside-ge9x-worlds-largest [3] The Verge (2017)“3D-printed titanium parts could save Boeing up to $3 million per plane” https://www.theverge.com/2017/4/11/15256008/3d-printed-titanium-parts-boeing-dreamliner-787 [4] RailTech.com (2023)“Deutsche Bahn reaches 3D printing milestone with 100,000 parts” https://www.railtech.com/rolling-stock/2023/05/24/deutsche-bahn-reaches-3d-printing-milestone-with-100000-parts/?gdpr=deny [5] ING Group (2017)“3D printing: a threat to global trade” https://think.ing.com/reports/3d-printing-a-threat-to-global-trade/ [6] ING Group(2021)“3D printingʼs potential”R https://think.ing.com/articles/3d-printing-potential/ [7] Bloomberg NEF (2022)“Lithium-ion Battery Pack Prices Rise for First Time to an Average of $151/kWh” https://about.bnef.com/blog/lithium-ion-battery-pack-prices-rise-for-first-time-to-an-average-of-151-kwh/ [8] The International Council of Clean Transportation “ELECTRIFYING LAST-MILE DELIVERY” https://theicct.org/wp-content/uploads/2022/06/tco-battery-diesel-delivery-trucks-jun2022.pdf [9] NRI(2019)〝デジタル化に伴う国際物流ニーズの減少と物流事業者の取るべき戦略〟 https://www.nri.com/ jp/knowledge/publication/mcs/region/lst/ 2019/06/03

月刊ロジスティクス・ビジネス

購読のお申し込みはこちらから