2004年9月号
現場改善
現場改善
ITを活かした医療現場の物流改善
事例で学ぶ
現場改善
日本ロジファクトリー
取締役 中根治
71 SEPTEMBER 2004
でも生き残れる商売は」と自問し、医療業界に
目を付けた。
といっても、今さら医者を目指す というわけにもいかない。
自衛隊上がりのS社 長が医療業界に入り込むとすれば卸の営業しか なかった。
この仕事が性にあった。
病院相手の営業は営 業マン個人の能力に大きく依存する、いわば局 地戦である。
大企業であろうが小企業であろう が、局地戦では対等だ。
個人こそが力という、S 社長好みの業界であった。
実際、なみいる大手 を押しのけ、S社長は担当病院の販売シェア? 1の座を高い確率で射止めた。
同時に医療現場の実情を知ったS社長は、「こ こは宝の山ではないか」と感じたという。
理詰 めの動きを要求される自衛隊と比べると、いか にも無駄が多かった。
特に目立ったのが物品調 達における情報の流れである。
薬であろうが資 材であろうが、病院に物品を納入しているのは 通常、人件費の高い営業マンだ。
会社の数だけ 営業マン兼物流マンが存在していた。
またS社長が担当していた病院では、使用現 場に備えつけの商品在庫を絶対に切らさないことが、卸業者の責任として義務付けられている ことが多かった。
病院の荷受けは伝票上でしか 存在せず、卸業者が現場に直接納品して伝票だ けが医事課に回る。
そして実際に使用された分 だけ売り上げが立つ。
そのため卸業者は足繁く 現場に通い、せっせと在庫を積み上げていた。
「そのうちつぶれるぞ。
こんな状況じゃ」 それがS社長の率直な感想だった。
病院経営 の健全化という側面から、調達・購買管理のシ ステムを構築することはできないか。
個人的に 模索を始めた。
同じ時期、国も病院経営の不健 全さを問題視するようになり、さまざまな課題 と施策が提起されつつあった(図1、図2)。
「業界を変える、まったく新しい情報システムを 第21回 システムベンダーR社は医療現場に特化した革新的な物流システムを開発し た。
しかし、病院側になかなかその有用性を理解してもらえない。
信頼性のある データで導入効果を表すために、医療現場の物流実態調査に取り組んだ。
病院内物流は宝の山 システムベンダーR社のS社長は一風変わっ た経歴の持ち主である。
学校を卒業すると陸上 自衛隊に入隊し、その後自分の生まれ故郷で仕 事を見つけようと地元の医療器具卸に入社。
そ こで病院相手の営業を経験し、四年前に病院向 け物流システムを開発・販売するR社を立ち上 げた。
学生時代から人とは違うことをしたいと考え ていたS社長は、「将来の成功のために、自分の 手駒を増やしておきたい」という思いから、衣 食住が保証され、しかも特殊な資格も取れる職 場として自衛隊を選んだという。
そして意欲的 に任務をこなし、各種の資格も取得した。
入隊して数年が経過し、居心地も良くなって きた頃に、湾岸戦争が勃発した。
戦地には行き たくないと考えたS社長は「戦争になったとき ITを活かした医療現場の物流改善 ――システムベンダーR社 SEPTEMBER 2004 72 作ろう」――。
S社長がそう奮起して、R 社を立ち上げたのは四〇歳の時である。
勝算は十分にあった。
卸業の経験を通じ て商流は熟知していた。
営業センスにも 自信はある。
システム開発に必要な人脈 も持っている。
本人としては、まさに満を持しての創業であった。
「証拠を見せろ」 「実は物流の面で相談したいことがある んですが」 ある人を介して私がS社長に出会った のはR社の創業から一年目、パッケージ の一作目が出来て半年程度経った頃であ った。
S社長は丁寧な挨拶のあと、こう 続けた。
「私たちは今、病医院向けの物流システ ムを構築しているんですが、なかなか顧 客に内容を理解していただけなくて‥‥」 後日、改めてR社を訪問するとS社長 は資料を出して自社のシステムの概容を 説明し始めた(図3)。
原理的にはインタ ーネットを使った受発注システムであり、 特筆すべきはその発想と情報の使い方で あった。
仕組みとしてはまず、R社が得意先で ある病院と、病院と取引をしている卸各 社に対し、システムのパスワードとモバ イル端末を貸し出す。
病院の現場ではモ バイル端末で随時発注をかける。
もしく はバーコードカードを用いて、使用した 物品についていたカードをスキャンする ことで発注情報を卸業者に送る。
卸業者はこの発注情報を元にピッキング。
作 業が完了した時点で、改めて在庫の「引き当て データ」をシステムに返す。
「引き当てデータ」 はR社のデータウェアハウスに保管。
病院への 納入時に商品に添付されたバーコードのスキャ ンを行うことで、「引き当てデータ」と照合し検 品、「仕入れデータ」を生成する。
「仕入れデータ」には発注場所や担当者の情報 も記録されている。
検品が済んだ商品は「仕入 れデータ」の表示に従って商品を発注した場所 に納品される。
その後、病院側では商品を使用 する時にバーコードをスキャンする。
これによっ て情報が自動的に医事課に保険請求データとし て転送される。
一連の流れは完成されており、受発注から請 求まで無駄なく情報を使えるようにマスターも 整備されていた。
しかも、通常であればこのような情報システムは排他的であり、ユーザーは 往々にして既存システムの変更を強いられると ころだが、R社はマスターの工夫によってこの 問題もクリアしていた。
このシステムを利用することで病院も卸も効 率化が図れる。
説明を聞いた私には良く出来た 理想的なシステムに思えた。
「よく出来ていますね。
S社長はもともと卸側の 出身とお聞きしましたが、よく現場を理解され て作られていらっしゃいますね。
特にマスターの 作りこみは見事だと思います」 私の感想に対して、S社長は苦笑いしながら 答えた。
「ところがですね、皆が使ってくれないんです 図1 現在の病医院経営の課題と取り組み状況 経営健全化 ?安定した良質の Dr・看護師・スタッフの 確保 ?適切な調達による キャッシュフロー確保 ? 集患 現在、病院経営は厚生労働省の主導による「経営健全化」を旗印に数々の政 策が打ち出されており、主な取り組みは?診療報酬確保のための「集患」、 ?来院した患者さんにご満足を頂くための「安定した良質のDr・看護師・ スタッフの確保」、?これらを維持し、利益を残すための「適切な調達(仕 入)の実施によるキャッシュフローの確保」が課題となっている。
また、現 在のこれら活動の優先実施順位は?→?→?となる。
適切な調達による キャッシュフロー確保 重複調達(同種同効 品・一物多価)の把握 と解消による仕入れ 価の低減 患者さん第一主義の 徹底と時間価値の追 求(効率化できる時 間を見つけ、治療に 振り向ける仕組作り) ?調達改革 ?運営改革 内製化するべき仕事、 外注した方がメリット が多い仕事の切り分け、 役割分担、補助の方 法等 ?組織改革 業務重複の解消によ る省力化ミス・ロス を撲滅する チェック 体制の構築 ?業務改革 管理の煩雑さ(紙ベ ースでの管理、後追 い管理)の低減、解 消による効率化 ?管理改革 図2 求められている5つの改革 73 SEPTEMBER 2004 よ。
理論上うまくいく、ということではダメだ。
証拠を出せ、というんです」 さらに聞くと、病院側では本心ではこのシス テムを入れたがっている。
しかし、卸業者側が 強硬に反発しているために普及しないのだとい う。
卸の二大存在価値、すなわち「情報」と「物 流」という聖域に触れる技術だけに警戒感が強 い。
卸各社はR社の情報システムによって自分 たちが商品の帳合しかもてない、丸裸の状態に なることを恐れているようだ。
「私自身卸出身でもあり、病院の物流にとって 卸は今後も絶対に必要だと考えています。
物流 企業がこの分野に入ってきても、メーカーから 卸までの領域を手掛けることはできるかも知れ ませんが、卸から医療現場までの物流は現状で は手を出せないでしょう。
病院側で物品流通の 標準化ができれば話は別ですが、それも現時点 ではまだ例外的です」 「医療現場の物流は完全に職人技の世界です。
医療現場には治療以外のことを考える余裕など ありません。
事前に確実にモノの情報をつかん でおかないと、後追い確認や請求漏れ、照合の 手間が減らない。
情報と物流の一致が効 率化につながるのです。
しかも卸と病院 の双方にメリットをもたらす。
しかし、な かなかこの部分の本質が理解してもらえ ません。
そこでご相談です。
当社のシス テムを導入することでどのぐらい物流コ ストが下げられるのか、証明してもらえ ないでしょうか」 病院内物流の実態 S社長の依頼は私としても大変興味深 く、「ぜひやってみましょう」と快諾した。
そうと決まれば調査方法の決定と効果測 定である。
病院と卸、相互のメリットを 立証したいため、それぞれの現場を分析 する必要がある。
調査に協力してもらえ る病院をS社長のツテで探したところ、中 規模クラスのA病院が名乗りを上げてく れた。
同様に中規模の卸が、営業日報に よる営業活動の実態調査に協力してくれ ることになった。
具体的な調査条件は次の通りである。
病院側の調査結果は図4の通りだった。
A病 院ではスタッフの約半分、四九%が物品管理に 不満を持っていた。
また現場のスタッフは物品 管理業務のなかでも「物探し」や「貸し借り」 に多くの時間を費やしていることがわかった。
「物探し」に費やしている時間をコスト換算する と、月の延べ稼動人日は六八人日だった。
二五 歳看護師の全国平均給与(二四万六八〇〇円) で一日単価(二二日/月)を一万一二一八円と して計算すると、月額七六万二八二四円となる。
一年間で九一五万三八八八円だ。
一連の物品管理に要している全ての作業の延 べ稼動人日は二九〇人日に上った。
月額にする と三二五万三二二〇円。
かなりの人件費が物品 管理に費やされている現状が明らかになった。
こ れを元にシステムの導入による作業の削減時間 をサンプリングし、これにバーコード貼付など、 システム導入によって新たに追加される業務の 時間あたりコストを加味して導入効果を弾き出 した。
調査結果に驚きの声 そしてA病院に対して結果のレビューを行っ 調査対象 調査機関 対象人数 調査方法 A病院 B病院 一四日間 一四日間 二〇三名 一九名 アンケートとヒアリ ングシートによる 営業日報とヒアリン グによる 図3 R社システムの構想 資材管理DB WEB 在庫情報・取引情報の 一元管理 病院 資材供給元 納入業者 ロ、直納品の 受注登録 イ、緊急発注 ハ、現場納品 医療現場 用度・管理・経営部門 医事 管理責任のアウトソーシング (R社の管理・運営) ?受注 ?発注に基づく通常納品 ?発注 ニ、直納品閲覧・参照 B、請求 A、納期参照 ?依頼に基づく払い出し ?現場からの通常発注 ☆レセプトデータ 使用報告 病院からの物品の発注は通常?〜?の手順で行われ、これらの流れの中では受発注・納品・消費の 状況は管理部門で正確に把握できるが、イ〜ハのように現場からの緊急発注、現場納品が行われる と、受発注・納品・消費の状況は管理部門で検収ができない状態になる。
R社のシステムはこの? 〜?、イ〜ハの流れをすべてWEBでとらえ、しかもレセプト(診療報酬請求)データも医事課に返 せるようにマスターを作りこみ、受発注から消費、請求までをつなげたものであった。
SEPTEMBER 2004 74 た。
全員が驚き、またシステムの導入について 前向きに考えてくれるようになった。
質問が表 面的なものから、操作方法やイレギュラー時の 処置方法など、具体的な詳細に移ってきたので ある。
かたやK卸ではどうだったのか。
本稿では調 査結果の詳細ではなく平均値での報告になるが、 サンプリングに参加した一九人について言えば、 一日あたり平均訪問件数は五・六件、平均走行 距離は七六・六キロ、得意先一回当たり納品売 上高は九・二万円、移動時間を除いた作業ベー スでの物流費(現地での受注聞き取り、得意先 での納品・棚入れ補充のコスト)は五五〇〇円 という結果になった。
同様にK卸でもレビューを行ったが、こちら もA病院と同様、驚きの声が大半を占めた。
も っともK卸の営業マンにしてみれば心中は穏や かではなかったらしい。
「物流費だけで判断して 欲しくない」「受注聞き取りは重要な営業活動と 考えている」「納品がなければ話すらできない」 などの声も多数あがった。
しかし、医療器具は製品個々の単価の幅が非 常に大きく、調査結果は付加価値の低い商品で は物流費によって赤字になっているものもある 可能性を示唆していた。
そのことを差し引いて も営業マンが物流マンを兼務する現状を続けて いる限り、五五〇〇円以上の粗利が取れなけれ ば事業として赤字である、という基準は見えた わけである。
自然と納品回数や院内在庫の棚卸誤差、期限 切れで廃棄する製品の発生などについて敏感に ならざるを得ない。
K卸としても、かかる手間 や現地での管理レベルの低さによる損はなんと しても避けなければ、という機運が盛り上がり、 情報システムの重要性を理解してもらえるよう になった。
導入前調査で得た成果 「いやあ、ありがとうございます。
やっぱり数 字っていうのはなにより雄弁ですね。
私もシス テム構築の時には現場の流れをかなり研究した んですが、正直かなりの部分は直感でした。
そ れでも今までの知識と経験をすべてつぎ込んで 作ったので、モノについては十分自信があった んですが、お客さんにも理解してもらうことが、 結果として自分たちのシステムの進化につなが るんですね」。
S社長は我が意を得たり、という表情だった。
実際、この調査はR社にとって非常に有意義な ものになった。
調査に協力してくれたA病院、K 卸が有望な導入候補となったことはもちろん、先 行調査とシミュレーション、そして現場実態を 数値で示せたことで、R社の現場に目的意識が 芽生えてきた。
以前はシステムの営業に行っても、「ウチでは 必要ない」あるいは「ウチの費用負担の領分で はない、物品の管理は卸の仕事だろう」という ?拒否〞の回答や、「インターネットではセキュ リティが…」「この程度の機能でこの価格は…」 など、?使用前から評論する〞回答が多かった。
それがデータを提示することによって、導入を 前提としたスケジュールや、現場と用度、医事 課との部門間連携などの具体的な課題について の話し合いに変わった。
これによって現場での より深いニーズを汲み取ることができるようにな った。
また私共NLFとしても、これまで数値化す る機会のほとんどなかった院内物流の実態調査 をすることで、医療現場における物流の非効率 性について再認識すると共に、情報と物流の同 期ができていないことによる後追いチェックや やや満足している5% ふつう42% やや不満33% 非常に不満16% 未記入4% 非常に満足している0% A病院 203名 看護師(71%) 技師(10.1%) 医事(7.9%) クラーク(3%) 栄養士(1.5%) 助手(1.1%) 職種未記入(5.4%) 対 象 調査人数 内 訳 図4 現場運営の現状(病院) 発注 入庫確認 在庫確認 欠品防止 返品 貸し借り 物探し 事務管理 棚卸 その他 70 60 50 40 30 20 10 0 29 26 37 25 32 43 68 12 10 8 ●現在の医療材料管理方法について ●物品管理に要している作業内容(延べ人日) 物探しに要している月の延べ稼動人日は68人日。
25歳看護 師の全国平均給与(\246,800)で1日単価(22日/月)を \11,218として計算すると、月額\762,824となる。
また、 物品管理に要している全ての作業の延べ稼動人日は290人日 になり、月額は\3,253,220。
75 SEPTEMBER 2004 重複作業を改善することによって、今後の病院 内物流はより効率化できると実感できたことは 大きな収穫だった。
これからの物流改善「成功の鍵」 現在、物流改善は景気の回復と相まって、新 しい局面を迎えつつある。
それは「交渉による 値下げ」から、「業務プロセス改革によるコスト 削減」への移行である。
そこでは情報システム の活用が重要な要素を占める。
しかし、情報シ ステムの刷新には、その効果に対する疑問視や 現場の負担増などを嫌った拒否反応が、いまだ に根強く残っている。
原因の一つは「忌まわしき過去の体験」であ る。
過去にはITベンダー側の宣伝過多、「IT 化がバラ色の世界を導く」というイメージ戦略 が浸透し過ぎて、導入しただけで効果が出ると 考えて投資に踏み切った企業も多かった。
また Windowsのバージョンアップなど、「ベンダ ー側の都合による理不尽な費用負担」を強いら れることも珍しくなかった。
ユーザーのビジネス を熟知したSI、SEが不足していた点も否定 できないだろう。
しかし、それにも増して情報システムを導入 するにあたり、何より大きな障害となっている のは、費用対効果を導入前に見定められないこ とだ。
とりわけサービス業として受動的に業務 が成立するという特性を持つ物流は、経理シス テムのように「コンピュータに業務を合わせる」 といったことが現場レベルでは実施しにくい。
「高 価なシステムを導入しても、ルール不在のまま 無用の長物になるのではないか‥‥」。
真剣に物 流現場改善を考える担当者ほど、情報システム の導入には慎重になる。
今回のケースはS社長の人脈によって得意先 の調査協力を得られたことが大きい。
それによ って活きたデータを取得することが可能になり、 分析結果をシステムの活用を前提とした議論の たたき台として使うことができた。
このことか ら私たちが得た教訓は、ありきたりかもしれな いが、「導入前の顧客現場把握と情報共有が、 システム導入成功の鍵である」ということであ る。
物流現場における情報システムの活用が今後 も高まっていくことは間違いない。
モバイルやイ ンターネットといった情報技術の進展は、物流 サービスの新たな広がりを期待させるものであ る。
それだけに導入前の検証と、関連部署やパ ートナーを巻き込んだ正確な現状把握、目標の 共有を確実に行って、便利なツールを最大限活 用してほしい。
といっても、今さら医者を目指す というわけにもいかない。
自衛隊上がりのS社 長が医療業界に入り込むとすれば卸の営業しか なかった。
この仕事が性にあった。
病院相手の営業は営 業マン個人の能力に大きく依存する、いわば局 地戦である。
大企業であろうが小企業であろう が、局地戦では対等だ。
個人こそが力という、S 社長好みの業界であった。
実際、なみいる大手 を押しのけ、S社長は担当病院の販売シェア? 1の座を高い確率で射止めた。
同時に医療現場の実情を知ったS社長は、「こ こは宝の山ではないか」と感じたという。
理詰 めの動きを要求される自衛隊と比べると、いか にも無駄が多かった。
特に目立ったのが物品調 達における情報の流れである。
薬であろうが資 材であろうが、病院に物品を納入しているのは 通常、人件費の高い営業マンだ。
会社の数だけ 営業マン兼物流マンが存在していた。
またS社長が担当していた病院では、使用現 場に備えつけの商品在庫を絶対に切らさないことが、卸業者の責任として義務付けられている ことが多かった。
病院の荷受けは伝票上でしか 存在せず、卸業者が現場に直接納品して伝票だ けが医事課に回る。
そして実際に使用された分 だけ売り上げが立つ。
そのため卸業者は足繁く 現場に通い、せっせと在庫を積み上げていた。
「そのうちつぶれるぞ。
こんな状況じゃ」 それがS社長の率直な感想だった。
病院経営 の健全化という側面から、調達・購買管理のシ ステムを構築することはできないか。
個人的に 模索を始めた。
同じ時期、国も病院経営の不健 全さを問題視するようになり、さまざまな課題 と施策が提起されつつあった(図1、図2)。
「業界を変える、まったく新しい情報システムを 第21回 システムベンダーR社は医療現場に特化した革新的な物流システムを開発し た。
しかし、病院側になかなかその有用性を理解してもらえない。
信頼性のある データで導入効果を表すために、医療現場の物流実態調査に取り組んだ。
病院内物流は宝の山 システムベンダーR社のS社長は一風変わっ た経歴の持ち主である。
学校を卒業すると陸上 自衛隊に入隊し、その後自分の生まれ故郷で仕 事を見つけようと地元の医療器具卸に入社。
そ こで病院相手の営業を経験し、四年前に病院向 け物流システムを開発・販売するR社を立ち上 げた。
学生時代から人とは違うことをしたいと考え ていたS社長は、「将来の成功のために、自分の 手駒を増やしておきたい」という思いから、衣 食住が保証され、しかも特殊な資格も取れる職 場として自衛隊を選んだという。
そして意欲的 に任務をこなし、各種の資格も取得した。
入隊して数年が経過し、居心地も良くなって きた頃に、湾岸戦争が勃発した。
戦地には行き たくないと考えたS社長は「戦争になったとき ITを活かした医療現場の物流改善 ――システムベンダーR社 SEPTEMBER 2004 72 作ろう」――。
S社長がそう奮起して、R 社を立ち上げたのは四〇歳の時である。
勝算は十分にあった。
卸業の経験を通じ て商流は熟知していた。
営業センスにも 自信はある。
システム開発に必要な人脈 も持っている。
本人としては、まさに満を持しての創業であった。
「証拠を見せろ」 「実は物流の面で相談したいことがある んですが」 ある人を介して私がS社長に出会った のはR社の創業から一年目、パッケージ の一作目が出来て半年程度経った頃であ った。
S社長は丁寧な挨拶のあと、こう 続けた。
「私たちは今、病医院向けの物流システ ムを構築しているんですが、なかなか顧 客に内容を理解していただけなくて‥‥」 後日、改めてR社を訪問するとS社長 は資料を出して自社のシステムの概容を 説明し始めた(図3)。
原理的にはインタ ーネットを使った受発注システムであり、 特筆すべきはその発想と情報の使い方で あった。
仕組みとしてはまず、R社が得意先で ある病院と、病院と取引をしている卸各 社に対し、システムのパスワードとモバ イル端末を貸し出す。
病院の現場ではモ バイル端末で随時発注をかける。
もしく はバーコードカードを用いて、使用した 物品についていたカードをスキャンする ことで発注情報を卸業者に送る。
卸業者はこの発注情報を元にピッキング。
作 業が完了した時点で、改めて在庫の「引き当て データ」をシステムに返す。
「引き当てデータ」 はR社のデータウェアハウスに保管。
病院への 納入時に商品に添付されたバーコードのスキャ ンを行うことで、「引き当てデータ」と照合し検 品、「仕入れデータ」を生成する。
「仕入れデータ」には発注場所や担当者の情報 も記録されている。
検品が済んだ商品は「仕入 れデータ」の表示に従って商品を発注した場所 に納品される。
その後、病院側では商品を使用 する時にバーコードをスキャンする。
これによっ て情報が自動的に医事課に保険請求データとし て転送される。
一連の流れは完成されており、受発注から請 求まで無駄なく情報を使えるようにマスターも 整備されていた。
しかも、通常であればこのような情報システムは排他的であり、ユーザーは 往々にして既存システムの変更を強いられると ころだが、R社はマスターの工夫によってこの 問題もクリアしていた。
このシステムを利用することで病院も卸も効 率化が図れる。
説明を聞いた私には良く出来た 理想的なシステムに思えた。
「よく出来ていますね。
S社長はもともと卸側の 出身とお聞きしましたが、よく現場を理解され て作られていらっしゃいますね。
特にマスターの 作りこみは見事だと思います」 私の感想に対して、S社長は苦笑いしながら 答えた。
「ところがですね、皆が使ってくれないんです 図1 現在の病医院経営の課題と取り組み状況 経営健全化 ?安定した良質の Dr・看護師・スタッフの 確保 ?適切な調達による キャッシュフロー確保 ? 集患 現在、病院経営は厚生労働省の主導による「経営健全化」を旗印に数々の政 策が打ち出されており、主な取り組みは?診療報酬確保のための「集患」、 ?来院した患者さんにご満足を頂くための「安定した良質のDr・看護師・ スタッフの確保」、?これらを維持し、利益を残すための「適切な調達(仕 入)の実施によるキャッシュフローの確保」が課題となっている。
また、現 在のこれら活動の優先実施順位は?→?→?となる。
適切な調達による キャッシュフロー確保 重複調達(同種同効 品・一物多価)の把握 と解消による仕入れ 価の低減 患者さん第一主義の 徹底と時間価値の追 求(効率化できる時 間を見つけ、治療に 振り向ける仕組作り) ?調達改革 ?運営改革 内製化するべき仕事、 外注した方がメリット が多い仕事の切り分け、 役割分担、補助の方 法等 ?組織改革 業務重複の解消によ る省力化ミス・ロス を撲滅する チェック 体制の構築 ?業務改革 管理の煩雑さ(紙ベ ースでの管理、後追 い管理)の低減、解 消による効率化 ?管理改革 図2 求められている5つの改革 73 SEPTEMBER 2004 よ。
理論上うまくいく、ということではダメだ。
証拠を出せ、というんです」 さらに聞くと、病院側では本心ではこのシス テムを入れたがっている。
しかし、卸業者側が 強硬に反発しているために普及しないのだとい う。
卸の二大存在価値、すなわち「情報」と「物 流」という聖域に触れる技術だけに警戒感が強 い。
卸各社はR社の情報システムによって自分 たちが商品の帳合しかもてない、丸裸の状態に なることを恐れているようだ。
「私自身卸出身でもあり、病院の物流にとって 卸は今後も絶対に必要だと考えています。
物流 企業がこの分野に入ってきても、メーカーから 卸までの領域を手掛けることはできるかも知れ ませんが、卸から医療現場までの物流は現状で は手を出せないでしょう。
病院側で物品流通の 標準化ができれば話は別ですが、それも現時点 ではまだ例外的です」 「医療現場の物流は完全に職人技の世界です。
医療現場には治療以外のことを考える余裕など ありません。
事前に確実にモノの情報をつかん でおかないと、後追い確認や請求漏れ、照合の 手間が減らない。
情報と物流の一致が効 率化につながるのです。
しかも卸と病院 の双方にメリットをもたらす。
しかし、な かなかこの部分の本質が理解してもらえ ません。
そこでご相談です。
当社のシス テムを導入することでどのぐらい物流コ ストが下げられるのか、証明してもらえ ないでしょうか」 病院内物流の実態 S社長の依頼は私としても大変興味深 く、「ぜひやってみましょう」と快諾した。
そうと決まれば調査方法の決定と効果測 定である。
病院と卸、相互のメリットを 立証したいため、それぞれの現場を分析 する必要がある。
調査に協力してもらえ る病院をS社長のツテで探したところ、中 規模クラスのA病院が名乗りを上げてく れた。
同様に中規模の卸が、営業日報に よる営業活動の実態調査に協力してくれ ることになった。
具体的な調査条件は次の通りである。
病院側の調査結果は図4の通りだった。
A病 院ではスタッフの約半分、四九%が物品管理に 不満を持っていた。
また現場のスタッフは物品 管理業務のなかでも「物探し」や「貸し借り」 に多くの時間を費やしていることがわかった。
「物探し」に費やしている時間をコスト換算する と、月の延べ稼動人日は六八人日だった。
二五 歳看護師の全国平均給与(二四万六八〇〇円) で一日単価(二二日/月)を一万一二一八円と して計算すると、月額七六万二八二四円となる。
一年間で九一五万三八八八円だ。
一連の物品管理に要している全ての作業の延 べ稼動人日は二九〇人日に上った。
月額にする と三二五万三二二〇円。
かなりの人件費が物品 管理に費やされている現状が明らかになった。
こ れを元にシステムの導入による作業の削減時間 をサンプリングし、これにバーコード貼付など、 システム導入によって新たに追加される業務の 時間あたりコストを加味して導入効果を弾き出 した。
調査結果に驚きの声 そしてA病院に対して結果のレビューを行っ 調査対象 調査機関 対象人数 調査方法 A病院 B病院 一四日間 一四日間 二〇三名 一九名 アンケートとヒアリ ングシートによる 営業日報とヒアリン グによる 図3 R社システムの構想 資材管理DB WEB 在庫情報・取引情報の 一元管理 病院 資材供給元 納入業者 ロ、直納品の 受注登録 イ、緊急発注 ハ、現場納品 医療現場 用度・管理・経営部門 医事 管理責任のアウトソーシング (R社の管理・運営) ?受注 ?発注に基づく通常納品 ?発注 ニ、直納品閲覧・参照 B、請求 A、納期参照 ?依頼に基づく払い出し ?現場からの通常発注 ☆レセプトデータ 使用報告 病院からの物品の発注は通常?〜?の手順で行われ、これらの流れの中では受発注・納品・消費の 状況は管理部門で正確に把握できるが、イ〜ハのように現場からの緊急発注、現場納品が行われる と、受発注・納品・消費の状況は管理部門で検収ができない状態になる。
R社のシステムはこの? 〜?、イ〜ハの流れをすべてWEBでとらえ、しかもレセプト(診療報酬請求)データも医事課に返 せるようにマスターを作りこみ、受発注から消費、請求までをつなげたものであった。
SEPTEMBER 2004 74 た。
全員が驚き、またシステムの導入について 前向きに考えてくれるようになった。
質問が表 面的なものから、操作方法やイレギュラー時の 処置方法など、具体的な詳細に移ってきたので ある。
かたやK卸ではどうだったのか。
本稿では調 査結果の詳細ではなく平均値での報告になるが、 サンプリングに参加した一九人について言えば、 一日あたり平均訪問件数は五・六件、平均走行 距離は七六・六キロ、得意先一回当たり納品売 上高は九・二万円、移動時間を除いた作業ベー スでの物流費(現地での受注聞き取り、得意先 での納品・棚入れ補充のコスト)は五五〇〇円 という結果になった。
同様にK卸でもレビューを行ったが、こちら もA病院と同様、驚きの声が大半を占めた。
も っともK卸の営業マンにしてみれば心中は穏や かではなかったらしい。
「物流費だけで判断して 欲しくない」「受注聞き取りは重要な営業活動と 考えている」「納品がなければ話すらできない」 などの声も多数あがった。
しかし、医療器具は製品個々の単価の幅が非 常に大きく、調査結果は付加価値の低い商品で は物流費によって赤字になっているものもある 可能性を示唆していた。
そのことを差し引いて も営業マンが物流マンを兼務する現状を続けて いる限り、五五〇〇円以上の粗利が取れなけれ ば事業として赤字である、という基準は見えた わけである。
自然と納品回数や院内在庫の棚卸誤差、期限 切れで廃棄する製品の発生などについて敏感に ならざるを得ない。
K卸としても、かかる手間 や現地での管理レベルの低さによる損はなんと しても避けなければ、という機運が盛り上がり、 情報システムの重要性を理解してもらえるよう になった。
導入前調査で得た成果 「いやあ、ありがとうございます。
やっぱり数 字っていうのはなにより雄弁ですね。
私もシス テム構築の時には現場の流れをかなり研究した んですが、正直かなりの部分は直感でした。
そ れでも今までの知識と経験をすべてつぎ込んで 作ったので、モノについては十分自信があった んですが、お客さんにも理解してもらうことが、 結果として自分たちのシステムの進化につなが るんですね」。
S社長は我が意を得たり、という表情だった。
実際、この調査はR社にとって非常に有意義な ものになった。
調査に協力してくれたA病院、K 卸が有望な導入候補となったことはもちろん、先 行調査とシミュレーション、そして現場実態を 数値で示せたことで、R社の現場に目的意識が 芽生えてきた。
以前はシステムの営業に行っても、「ウチでは 必要ない」あるいは「ウチの費用負担の領分で はない、物品の管理は卸の仕事だろう」という ?拒否〞の回答や、「インターネットではセキュ リティが…」「この程度の機能でこの価格は…」 など、?使用前から評論する〞回答が多かった。
それがデータを提示することによって、導入を 前提としたスケジュールや、現場と用度、医事 課との部門間連携などの具体的な課題について の話し合いに変わった。
これによって現場での より深いニーズを汲み取ることができるようにな った。
また私共NLFとしても、これまで数値化す る機会のほとんどなかった院内物流の実態調査 をすることで、医療現場における物流の非効率 性について再認識すると共に、情報と物流の同 期ができていないことによる後追いチェックや やや満足している5% ふつう42% やや不満33% 非常に不満16% 未記入4% 非常に満足している0% A病院 203名 看護師(71%) 技師(10.1%) 医事(7.9%) クラーク(3%) 栄養士(1.5%) 助手(1.1%) 職種未記入(5.4%) 対 象 調査人数 内 訳 図4 現場運営の現状(病院) 発注 入庫確認 在庫確認 欠品防止 返品 貸し借り 物探し 事務管理 棚卸 その他 70 60 50 40 30 20 10 0 29 26 37 25 32 43 68 12 10 8 ●現在の医療材料管理方法について ●物品管理に要している作業内容(延べ人日) 物探しに要している月の延べ稼動人日は68人日。
25歳看護 師の全国平均給与(\246,800)で1日単価(22日/月)を \11,218として計算すると、月額\762,824となる。
また、 物品管理に要している全ての作業の延べ稼動人日は290人日 になり、月額は\3,253,220。
75 SEPTEMBER 2004 重複作業を改善することによって、今後の病院 内物流はより効率化できると実感できたことは 大きな収穫だった。
これからの物流改善「成功の鍵」 現在、物流改善は景気の回復と相まって、新 しい局面を迎えつつある。
それは「交渉による 値下げ」から、「業務プロセス改革によるコスト 削減」への移行である。
そこでは情報システム の活用が重要な要素を占める。
しかし、情報シ ステムの刷新には、その効果に対する疑問視や 現場の負担増などを嫌った拒否反応が、いまだ に根強く残っている。
原因の一つは「忌まわしき過去の体験」であ る。
過去にはITベンダー側の宣伝過多、「IT 化がバラ色の世界を導く」というイメージ戦略 が浸透し過ぎて、導入しただけで効果が出ると 考えて投資に踏み切った企業も多かった。
また Windowsのバージョンアップなど、「ベンダ ー側の都合による理不尽な費用負担」を強いら れることも珍しくなかった。
ユーザーのビジネス を熟知したSI、SEが不足していた点も否定 できないだろう。
しかし、それにも増して情報システムを導入 するにあたり、何より大きな障害となっている のは、費用対効果を導入前に見定められないこ とだ。
とりわけサービス業として受動的に業務 が成立するという特性を持つ物流は、経理シス テムのように「コンピュータに業務を合わせる」 といったことが現場レベルでは実施しにくい。
「高 価なシステムを導入しても、ルール不在のまま 無用の長物になるのではないか‥‥」。
真剣に物 流現場改善を考える担当者ほど、情報システム の導入には慎重になる。
今回のケースはS社長の人脈によって得意先 の調査協力を得られたことが大きい。
それによ って活きたデータを取得することが可能になり、 分析結果をシステムの活用を前提とした議論の たたき台として使うことができた。
このことか ら私たちが得た教訓は、ありきたりかもしれな いが、「導入前の顧客現場把握と情報共有が、 システム導入成功の鍵である」ということであ る。
物流現場における情報システムの活用が今後 も高まっていくことは間違いない。
モバイルやイ ンターネットといった情報技術の進展は、物流 サービスの新たな広がりを期待させるものであ る。
それだけに導入前の検証と、関連部署やパ ートナーを巻き込んだ正確な現状把握、目標の 共有を確実に行って、便利なツールを最大限活 用してほしい。
