2003年4月号
リーダーシップ論
リーダーシップ論
情報化によるロジスティクスの変革
APRIL 2003 64
ロジスティクスとITの関わり
戦略的ロジスティクスを考える上で、
マーケティングと並ぶもう一つ重要な
要素がIT(情報技術)である。
ロ ジスティクスは輸送技術とITの進歩 によって、高度なクリエイティビティ を求められる仕事に変わりつつある。
ロジスティクス担当者には、マーケテ ィング上のニーズや顧客満足度、コス トを考えながら、与えられた制約条件 下で最適化されたプランニングやマネ ジメントを行うことが求められる。
こ の実現に欠かせないのがITである。
しかし、ITの世界にはアルファベ ットを並べたてた専門用語や造語が氾 濫している。
その難解さから近づき難 くなっている面がある。
あるいは「先 端」という言葉の魅力から常に新しい ものを導入したい誘惑にかられてしま うこともある。
しかし、少し歴史を遡って「ITと ロジスティクス」ではなく、「情報と 流通」という視点から両者をとらえる とどうだろう。
大昔から両者は切り離 すことの出来ないものだったというこ とが分かるはずだ。
情報と流通の関係を本質論まで突 き詰めると、文字の起源にまでたどり 着く。
最古の文字といわれる「ウルク 原文字」で刻まれた記録は、交易に関する記録であったとされている。
現 代風に解釈するなら、今年の販売先 の記録が、来年の販売先の見込みに なっていたのだろう。
同時に交易の記 録は、どこから、何を調達できるのか という、仕入先情報ともなり得る。
編集工学研究所の松岡正剛所長に よると「大集落(都市国家:筆者注) はモノの集散と加工で支えられる。
そ れにはその集散と加工の技術を管理 するマネジメントが必要です。
――中 略――何が入ってきて、何が変化し、 何が流出したかを記録する必要がある。
勘定をする必要がある。
担当者名簿 もつくる必要が出てきた。
それが文字 の出現をもたらすのです」 昔から商人には、読み書き・算盤 が必要とされていた。
つまりは、情報 を読み取り、記録し、遠距離との正 確なコミュニケーションがとれるよう になること、そして数字管理ができる ようになることである。
そう考えると、 現代のビジネスにおいてITの活用が 求められるのも至極当然のことなのだ。
そこで今回は、ITの前段階とし て情報の活用と、ロジスティクス・流 通について考えてみたい。
日本的商慣習の合理性 近年のSCMは、EDIを始めと してITの活用が前提条件となって いる。
しかし、このような変化が忽然 として起こったわけではない。
歴史的に見ても、ロジスティクスと情報化は 常に密接な関係の中で発展してきた。
この連載の第一回で筆者は、米国ワ シントンDCのスミソニアン博物館の 定義を借りて、情報化時代の始まり を、モールス信号や電話が発明された 時期とした。
情報を電気信号に変換 することで、従来の制約であった距離 や処理能力に対する革新が始まった のである。
情報化によるロジスティクスの変革 楢村文信 P&G ECRネットワーキング・マネージャー 日本の流通の非効率性を象徴するものとして、多数の卸売業者が介在す る多段階流通や返品制度などがよく挙げられる。
しかし情報と流通の歴史 を振り返ると、そうした制度や慣習にも日本市場なりの経済合理性が働い ていたことに気付く。
ITとロジスティクスの密接な関係は現代に始まっ た話ではないのだ。
﹇第6回﹈ 65 APRIL 2003 この情報技術の登場は、ロジスティ クスに関する生産性に大きな変化をも たらした。
電話などのテレ・コミュニ ケーションの技術を使って、実際のモ ノの移動前に様々な情報を事前に入 手する。
これによって、業務を効率的 に行えるようになったからである。
それ以前は、情報伝達の技術は輸 送・移動の技術に依存せざるを得な かった。
もしくは極めて情報量が少な いか、不安定なものであった。
早馬な どを使ったり、他の荷物の輸送と一緒 に届けたり、伝書鳩のようなものや、 火や鏡などの光で伝えるといったよう なものである。
このような環境下では、距離を隔て た取引が非常に手間のかかるものであ ったと考えられる。
十分な情報を入手 するためのコストや時間が、ある一定 以上にかかる場合には、情報収集し て計画を立てるよりも、不完全な情報 のまま実際にモノを消費地に向けて動 かした方が、ビジネス上は有効である。
歴史的に見てもテレ・コミュニケー ションが普及する以前の時代は、社会 全体としては基本的にモノ不足であり、 経済学の「セイ(Say Jean Bapitste 1767―18 32)の法則」にあるように「供給は それ自身の需要を生み出す」と言われ た時代だった。
モノを消費地に届けさえすれば売れ るのであれば、それほど詳細な情報が なくても何とかなったのである。
むし ろロジスティクスを実行する上で、ど のような輸送技術を持っているかが競 争優位性に影響していたと考えられる。
実際、中世ヨーロッパや日本の江戸 時代には、優れた船(人材・性能)が 商業上の優位性の源泉となっていた。
一方、現代のような情報システムが 存在しなかった時代に、生産したもの をいかに上手く消費に結び付けていた か、という視点から考えていくと、日 本市場の非効率性の象徴のように言 われる多段階の流通構造や、返品・ 仲間取引という慣行にも合理性が見 出される。
例えば着物などの多少嗜好性が強 い商品を流通させる場合、生産地で 作られた在庫を流通の各段階で分散 して持つことによって需要変動に、よ り早く対応することができる。
長距 離・大量・高速輸送システムが発達 してない状況では、移送距離を短かく して、段階的に在庫を持ち、末端の 需要に合わせてモノを出荷する方法の ほうが、ロスを押さえることができた と考えられる。
さらに返品や仲間取引という慣行 が、この仕組みを補完する。
江戸で流 行った柄は、やがては飽きられてしま うが、時間と共に流行りは地方へ移 っていく。
当時の参勤交代は、江戸 の文化を地方へ伝播する媒体となっ ていた。
それに合わせて、返品や仲間 取引を通じて在庫が地方へと送られ、 販売されたのである。
一般に織物の生産には多くの人手 を要するため、このような手間をかけ るメリットがあったのであろう。
しか し、このようにして生まれて社会に定 着した制度が、経済環境の変わった 今日の日本市場にも残っている。
良 くない慣行だと皆、気づいていながら、 なかなか変えられない。
これは残念な ことである。
また情報化時代以前の技術上の問 題として、双方向性が実現できなかっ たことが挙げられる。
「情報が在庫に 変わる」と言われるようになったのは 最近だが、その事実は決して現代にな って始まったわけではない。
情報がな い状態で販売ロスを防ぐには、可能な 限り多くの在庫を消費地の近くに持 つか、もしくは顧客を待たせるしかな かった。
テレ・コミュニケーション技術によ って、こうした環境が変わり始めた。
在庫を持たずメーカーの営業代行のみ を行うエージェントとして「ブローカ ー」という職業がアメリカで成立し得 たのも、小売店からの注文だけを受け て、後はメーカーに電話をして発注を 依頼し、その小売店に直接届けても らうようにできたからである。
電話と いう情報技術がなければブローカーと いう職業もビジネスのやり方もなかっ たわけである。
IT化と逆行する専用センター 需要(あるいは注文)に関する正確 な情報が入手できて、しかも顧客の要 望に応えられる輸送手段が確保でき るのであれば、当然ながら消費地の近 くに無理に在庫を抱える必要はない。
ところが数年前の一時期、日本の消 費財業界では卸売業が得意先小売業 に対するサービスレベルを高めるため に小規模な専用センターを構える動き が見られた。
これはIT活用という流 れから見ればむしろ逆行している。
しょせん日本国内での話なので、専 用センターといっても、卸売業の主要 なセンターからは車で数時間の距離の 違いでしかない。
その時間を短縮する ために、在庫ポイントを二カ所に分散 させれば、安全在庫を総量として多く 抱える必要が出てくる。
そうなると卸 売業にはキャッシュフロー上の影響も 出てくる。
しかも、センターを自社所有にした 場合には投資負担を抱えることになる。
特に土地投資は場所が固定されるの で、サービスを提供できる相手が限ら れてしまう。
施設のメンテナンスも発 生する。
業界構造が変わる中で、特 定の取引先に限定的なものを抱える APRIL 2003 66 ことはリスクと見なさざるを得ない。
理想的には専用センターの設置に よる、わずかなリードタイム短縮では なく、卸の在庫センターから店舗まで のトータルなリードタイムから時間を 生み出すべきだ。
店舗での売上情報 をリアルタイムで把握し、インターネ ットでEOS(電子受発注)を行う ようにすれば、店頭欠品の可能性を早 めに予見し、即時に発注をかけること が可能になる。
これによって全体のリ ードタイムは短くできる。
この場合、ECRの教科書的には 双方で情報システムを活用する方が好 ましい。
そこで卸売業と小売業の戦略 的同盟となるわけだが、実現は簡単で はない。
とくに新しいシステム投資の 一部を、卸売業側が小売業側にも負 担してもらうよう要求して協力を得る のは至難の業だ。
それと比較すれば、 専用センターの建設の方が、よほど協 力を得やすいのであろう。
しかし、ここを乗り越えて成果を挙 げられるかが、本当にITを活用でき るかどうかの境目となる。
この点が、 日本のロジスティクスの分水嶺になる ように思える。
先進的な消費財の卸 売業は、小売業に対してそうした面で のコンサルティングなどができる能力 を構築しつつある。
このようにITと流通・ロジスティ クスは不可分であるが、ITを使う具 体的なポイントはどこにあるのだろう か。
歴史的に密接な関係があったとし ても、そこに一定のルールのようなも のが存在するのであろうか。
筆者は、 流通における情報の活用という観点 では次の三点に集約できると考えてい る。
ITを何のために使うのか 一番目は、効果のありそうなものと、 効果のなさそうなものを見分けること である。
つまり、可能性とリスクを把 握することである。
二番目は、正確か つ迅速に対応できること。
三番目は、 的確な行動が取れるように企業間・ 企業内での正確でタイムリーな情報収 集・共有である。
これによって、組織 全体あるいは取引パートナーが一体と なって整合性を持って行動できるから である。
一番目の、可能性を把握しリスク を減らすためには、データ分析が鍵と なる。
CRM(カスタマー・リレーシ ョンシップ・マネジメント)はこの典 型的な事例といえる。
顧客分析から 重要な顧客を見出し、様々なデータ から可能性の高い販売施策を選び実 行する。
カテゴリー・マネジメントも 基本的には同じである。
需要予測もここに含むことができる。
売れそうなものを売れそうな時期に在 庫として抱える。
売れなくなりそうな ものの仕入れを控える。
季節変動など に応じて在庫を調整する――これらの 需給管理は、期待される効果に応じ た資源配分である。
ここで、一つ指摘しておきたいこと がある。
デイ・トゥー・デイ型のカテ ゴリー・マネジメントでは、データ分 析を支援するための分析テンプレート を使うが、必ずしも全ての数値データ を必要とはしていない。
分析に耐える データが入手できない場合には、何らかの観察や荒いデータを元にした意思 決定を促している。
データとは事実に基づいた情報であ る。
一般的には数字的な情報である が、言葉本来の意味からすると観察 によって集められた事実も含まれる。
つまり事実が把握できれば良いのであ る。
ところがデータという言葉に踊ら されて、やたら数字を集めたがる人が いる。
しかも、データは数値化されて いなければいけないかのような思い込 みをしている人が少なくない。
山のよ うにデータを集めても使わなければ無 駄である。
その部分では生産性を下げ ている。
さて、IT活用のポイントの二番目 は、機械的な情報処理である。
特定 の決めごと(プログラム)に従って、 特定のアクションを起こす。
分かりや すい例は自動発注であろう。
在庫量 が一定レベルまで減ったら自動的にE DIでサプライヤーに補充発注を行う。
このロジック自体はIT化のレベル とは関係ない。
ITが未発達で距離 が離れた環境でも、あらかじめ特定の 条件が発生したら、特定の行動をと るということを取り決めておけば行き 違いを防ぐことはできる。
むしろIT 化の必要性は、扱い商品数の増加や、 管理工数が増えることによって生じる エラーや遅れを防ぐことにある。
プロ グラミングのルールを決めるのはあく まで人間である。
ゴールドマンサックスの調査に次の ような日本の事例が挙げられている。
一五〇店舗を抱えるあるチェーンスト アでは、各店でそれぞれ三〇人が発注 に関わっていた。
全社では延べ四五〇 〇人が発注業務に関わっていた計算 だ。
このチェーンストアは発注支援シ ステムを導入して、店舗から本部に発 注業務を集約した。
その結果、本部 の七〇人の発注スタッフで発注業務を処理できるようになり、労働生産性 と発注精度を向上することができた。
三番目のポイントは情報収集と共有 だ。
電子メール、インターネットに始 まり、より進んだものとしてナレッジ・ マネジメントも、ここに含められる。
ビジネスの現場でいま何が起こって いるのか。
正確な情報を掴むことは正 しい判断の基礎となる。
筆者個人の 経験から言っても、意見の対立はお互 67 APRIL 2003 いの持っている情報の違いから生まれ てくることが多い。
情報が共有されて いないことで、組織の行動が乱れたり、 オペレーションがおかしくなったりす るのである。
日本の流通を再評価 さて、このような視点から日本の流 通業を眺めてみると、一般に日本が遅 れていると言われる点について、別の 評価の仕方があり得る。
まず卸流通 の存在や、流通の多段階制、情報シ ステムの技術的な遅れなどは、それだ けでは本質的な問題とすべきではない といえる。
本質的な問題は生産性で ある。
生産性とは、資源をいかに有効 活用するかである。
企業経営という観 点で見たときには、利益性や投資収 益性や、資産回転率などの指標に生 産性は反映される。
学習院大学の田島義博名誉教授は、 この点について日本の流通業を「利益 なき繁忙」という言葉で表現している。
忙しい=よく働いている、つまり人手 を投入しているのに、儲からない。
こ れは生産性が悪いからだと解釈できる。
実際に日本の小売業と欧米の小売業 を比較すると、日本は売上高に対し て粗利率は高く、販売管理費率も高 く、営業利益率は低い。
高コストと言われる日本で、自分た ちの利益を押さえて安く提供しようと 努力していると解釈することもできる が、高マージンで経費をかけて売って いるのに儲かっていないという解釈も 成り立つ。
成果に繋がらない無駄なこ とを多く行っているのかもしれない。
もっとも、あくまでもこれは数字上 の比較である。
現在は日本と欧米の 小売業が同じ土俵で競争しているわ けではない。
どちらの見方が適切なの かを結論付けるには、国際的小売業 による本格的な日本進出の結果が出 るのを待つ必要があるだろう。
今回、見てきたようにITとは、ロ ジスティクスの生産性を向上させるた めの重要なツールである。
情報を収集 して、それを分析して、具体的な方 針・行動を決定する。
これを決定事 項として、担当者・関連部署に理解 させる。
この基本的な行為を、より多 くの情報を扱いながら、素早く整理・ 分析し、そしてより多くの相手と深く コミュニケーションできるようにする ためにITは活用される。
IT活用によって、生産性を大き く向上することが可能になる。
そこで 次の問題に突き当たる。
何を目指し て生産性を上げるのかという問題だ。
利益の捻出か、それとも事業規模の 拡大か、はたまた値下げなのか。
結論 から言うと顧客価値の向上が、その回 答になると筆者は考えている。
この点 について次回考えたい。
ならむら・ふみのぶ P&GでECRネットワーキン グ・マネージャーとして活動する かたわら、学習院マネジメントス クールでDSCM(ディマンド& サプライチェーン・マネジメント) コースのオーガナイザーを務めて いる。
89年神戸大学経済学部卒業。
同年、P&Gファー・イースト・イ ンク入社。
95年、広報マネージャ ー。
98年から現職。
日本ダイレク トマーケティング学会理事。
PROFILE 学習院マネジメントスクールで、企業の若手リーダーを対象としたDSCM(Demand & SCM)講座の基礎コースが4/25から開講する。
楢村氏がオーガナイザーを務め、 第一線で活躍するコンサルタント・研究者・実務家が計12回にわたりDSCMの基礎 理論を講義する。
講義は基本的に毎週金曜夜。
欠席者にはビデオ学習の機会が設けられている。
毎回の講義終了後に講師と受講者が自由に意見を交換するPot Luckと呼ばれる 懇親会も5回ほど予定されている。
10回以上の出席と課題提出をパスしたものには 最終日に修了証が授与される。
学習院マネジメントスクール DSCM(Demand & SCM)講座開講 ≪開催要項≫ ●対象 企業の中間管理職(係長・課長)およびその候補者 ●教室 学習院大学目白キャンパス ●日程 4/25〜7/18の毎週金曜日18:30〜19:50 全12回 (初回4/25は18:00〜、最終回7/11は17:00〜) ●受講料 12万円 ●定員 25名 ●お問い合わせ先 学習院・生涯学習センター 担当:亀割、電話:03-5992-1074、 e-メール:20004316@gakushuin.ac.jp
ロ ジスティクスは輸送技術とITの進歩 によって、高度なクリエイティビティ を求められる仕事に変わりつつある。
ロジスティクス担当者には、マーケテ ィング上のニーズや顧客満足度、コス トを考えながら、与えられた制約条件 下で最適化されたプランニングやマネ ジメントを行うことが求められる。
こ の実現に欠かせないのがITである。
しかし、ITの世界にはアルファベ ットを並べたてた専門用語や造語が氾 濫している。
その難解さから近づき難 くなっている面がある。
あるいは「先 端」という言葉の魅力から常に新しい ものを導入したい誘惑にかられてしま うこともある。
しかし、少し歴史を遡って「ITと ロジスティクス」ではなく、「情報と 流通」という視点から両者をとらえる とどうだろう。
大昔から両者は切り離 すことの出来ないものだったというこ とが分かるはずだ。
情報と流通の関係を本質論まで突 き詰めると、文字の起源にまでたどり 着く。
最古の文字といわれる「ウルク 原文字」で刻まれた記録は、交易に関する記録であったとされている。
現 代風に解釈するなら、今年の販売先 の記録が、来年の販売先の見込みに なっていたのだろう。
同時に交易の記 録は、どこから、何を調達できるのか という、仕入先情報ともなり得る。
編集工学研究所の松岡正剛所長に よると「大集落(都市国家:筆者注) はモノの集散と加工で支えられる。
そ れにはその集散と加工の技術を管理 するマネジメントが必要です。
――中 略――何が入ってきて、何が変化し、 何が流出したかを記録する必要がある。
勘定をする必要がある。
担当者名簿 もつくる必要が出てきた。
それが文字 の出現をもたらすのです」 昔から商人には、読み書き・算盤 が必要とされていた。
つまりは、情報 を読み取り、記録し、遠距離との正 確なコミュニケーションがとれるよう になること、そして数字管理ができる ようになることである。
そう考えると、 現代のビジネスにおいてITの活用が 求められるのも至極当然のことなのだ。
そこで今回は、ITの前段階とし て情報の活用と、ロジスティクス・流 通について考えてみたい。
日本的商慣習の合理性 近年のSCMは、EDIを始めと してITの活用が前提条件となって いる。
しかし、このような変化が忽然 として起こったわけではない。
歴史的に見ても、ロジスティクスと情報化は 常に密接な関係の中で発展してきた。
この連載の第一回で筆者は、米国ワ シントンDCのスミソニアン博物館の 定義を借りて、情報化時代の始まり を、モールス信号や電話が発明された 時期とした。
情報を電気信号に変換 することで、従来の制約であった距離 や処理能力に対する革新が始まった のである。
情報化によるロジスティクスの変革 楢村文信 P&G ECRネットワーキング・マネージャー 日本の流通の非効率性を象徴するものとして、多数の卸売業者が介在す る多段階流通や返品制度などがよく挙げられる。
しかし情報と流通の歴史 を振り返ると、そうした制度や慣習にも日本市場なりの経済合理性が働い ていたことに気付く。
ITとロジスティクスの密接な関係は現代に始まっ た話ではないのだ。
﹇第6回﹈ 65 APRIL 2003 この情報技術の登場は、ロジスティ クスに関する生産性に大きな変化をも たらした。
電話などのテレ・コミュニ ケーションの技術を使って、実際のモ ノの移動前に様々な情報を事前に入 手する。
これによって、業務を効率的 に行えるようになったからである。
それ以前は、情報伝達の技術は輸 送・移動の技術に依存せざるを得な かった。
もしくは極めて情報量が少な いか、不安定なものであった。
早馬な どを使ったり、他の荷物の輸送と一緒 に届けたり、伝書鳩のようなものや、 火や鏡などの光で伝えるといったよう なものである。
このような環境下では、距離を隔て た取引が非常に手間のかかるものであ ったと考えられる。
十分な情報を入手 するためのコストや時間が、ある一定 以上にかかる場合には、情報収集し て計画を立てるよりも、不完全な情報 のまま実際にモノを消費地に向けて動 かした方が、ビジネス上は有効である。
歴史的に見てもテレ・コミュニケー ションが普及する以前の時代は、社会 全体としては基本的にモノ不足であり、 経済学の「セイ(Say Jean Bapitste 1767―18 32)の法則」にあるように「供給は それ自身の需要を生み出す」と言われ た時代だった。
モノを消費地に届けさえすれば売れ るのであれば、それほど詳細な情報が なくても何とかなったのである。
むし ろロジスティクスを実行する上で、ど のような輸送技術を持っているかが競 争優位性に影響していたと考えられる。
実際、中世ヨーロッパや日本の江戸 時代には、優れた船(人材・性能)が 商業上の優位性の源泉となっていた。
一方、現代のような情報システムが 存在しなかった時代に、生産したもの をいかに上手く消費に結び付けていた か、という視点から考えていくと、日 本市場の非効率性の象徴のように言 われる多段階の流通構造や、返品・ 仲間取引という慣行にも合理性が見 出される。
例えば着物などの多少嗜好性が強 い商品を流通させる場合、生産地で 作られた在庫を流通の各段階で分散 して持つことによって需要変動に、よ り早く対応することができる。
長距 離・大量・高速輸送システムが発達 してない状況では、移送距離を短かく して、段階的に在庫を持ち、末端の 需要に合わせてモノを出荷する方法の ほうが、ロスを押さえることができた と考えられる。
さらに返品や仲間取引という慣行 が、この仕組みを補完する。
江戸で流 行った柄は、やがては飽きられてしま うが、時間と共に流行りは地方へ移 っていく。
当時の参勤交代は、江戸 の文化を地方へ伝播する媒体となっ ていた。
それに合わせて、返品や仲間 取引を通じて在庫が地方へと送られ、 販売されたのである。
一般に織物の生産には多くの人手 を要するため、このような手間をかけ るメリットがあったのであろう。
しか し、このようにして生まれて社会に定 着した制度が、経済環境の変わった 今日の日本市場にも残っている。
良 くない慣行だと皆、気づいていながら、 なかなか変えられない。
これは残念な ことである。
また情報化時代以前の技術上の問 題として、双方向性が実現できなかっ たことが挙げられる。
「情報が在庫に 変わる」と言われるようになったのは 最近だが、その事実は決して現代にな って始まったわけではない。
情報がな い状態で販売ロスを防ぐには、可能な 限り多くの在庫を消費地の近くに持 つか、もしくは顧客を待たせるしかな かった。
テレ・コミュニケーション技術によ って、こうした環境が変わり始めた。
在庫を持たずメーカーの営業代行のみ を行うエージェントとして「ブローカ ー」という職業がアメリカで成立し得 たのも、小売店からの注文だけを受け て、後はメーカーに電話をして発注を 依頼し、その小売店に直接届けても らうようにできたからである。
電話と いう情報技術がなければブローカーと いう職業もビジネスのやり方もなかっ たわけである。
IT化と逆行する専用センター 需要(あるいは注文)に関する正確 な情報が入手できて、しかも顧客の要 望に応えられる輸送手段が確保でき るのであれば、当然ながら消費地の近 くに無理に在庫を抱える必要はない。
ところが数年前の一時期、日本の消 費財業界では卸売業が得意先小売業 に対するサービスレベルを高めるため に小規模な専用センターを構える動き が見られた。
これはIT活用という流 れから見ればむしろ逆行している。
しょせん日本国内での話なので、専 用センターといっても、卸売業の主要 なセンターからは車で数時間の距離の 違いでしかない。
その時間を短縮する ために、在庫ポイントを二カ所に分散 させれば、安全在庫を総量として多く 抱える必要が出てくる。
そうなると卸 売業にはキャッシュフロー上の影響も 出てくる。
しかも、センターを自社所有にした 場合には投資負担を抱えることになる。
特に土地投資は場所が固定されるの で、サービスを提供できる相手が限ら れてしまう。
施設のメンテナンスも発 生する。
業界構造が変わる中で、特 定の取引先に限定的なものを抱える APRIL 2003 66 ことはリスクと見なさざるを得ない。
理想的には専用センターの設置に よる、わずかなリードタイム短縮では なく、卸の在庫センターから店舗まで のトータルなリードタイムから時間を 生み出すべきだ。
店舗での売上情報 をリアルタイムで把握し、インターネ ットでEOS(電子受発注)を行う ようにすれば、店頭欠品の可能性を早 めに予見し、即時に発注をかけること が可能になる。
これによって全体のリ ードタイムは短くできる。
この場合、ECRの教科書的には 双方で情報システムを活用する方が好 ましい。
そこで卸売業と小売業の戦略 的同盟となるわけだが、実現は簡単で はない。
とくに新しいシステム投資の 一部を、卸売業側が小売業側にも負 担してもらうよう要求して協力を得る のは至難の業だ。
それと比較すれば、 専用センターの建設の方が、よほど協 力を得やすいのであろう。
しかし、ここを乗り越えて成果を挙 げられるかが、本当にITを活用でき るかどうかの境目となる。
この点が、 日本のロジスティクスの分水嶺になる ように思える。
先進的な消費財の卸 売業は、小売業に対してそうした面で のコンサルティングなどができる能力 を構築しつつある。
このようにITと流通・ロジスティ クスは不可分であるが、ITを使う具 体的なポイントはどこにあるのだろう か。
歴史的に密接な関係があったとし ても、そこに一定のルールのようなも のが存在するのであろうか。
筆者は、 流通における情報の活用という観点 では次の三点に集約できると考えてい る。
ITを何のために使うのか 一番目は、効果のありそうなものと、 効果のなさそうなものを見分けること である。
つまり、可能性とリスクを把 握することである。
二番目は、正確か つ迅速に対応できること。
三番目は、 的確な行動が取れるように企業間・ 企業内での正確でタイムリーな情報収 集・共有である。
これによって、組織 全体あるいは取引パートナーが一体と なって整合性を持って行動できるから である。
一番目の、可能性を把握しリスク を減らすためには、データ分析が鍵と なる。
CRM(カスタマー・リレーシ ョンシップ・マネジメント)はこの典 型的な事例といえる。
顧客分析から 重要な顧客を見出し、様々なデータ から可能性の高い販売施策を選び実 行する。
カテゴリー・マネジメントも 基本的には同じである。
需要予測もここに含むことができる。
売れそうなものを売れそうな時期に在 庫として抱える。
売れなくなりそうな ものの仕入れを控える。
季節変動など に応じて在庫を調整する――これらの 需給管理は、期待される効果に応じ た資源配分である。
ここで、一つ指摘しておきたいこと がある。
デイ・トゥー・デイ型のカテ ゴリー・マネジメントでは、データ分 析を支援するための分析テンプレート を使うが、必ずしも全ての数値データ を必要とはしていない。
分析に耐える データが入手できない場合には、何らかの観察や荒いデータを元にした意思 決定を促している。
データとは事実に基づいた情報であ る。
一般的には数字的な情報である が、言葉本来の意味からすると観察 によって集められた事実も含まれる。
つまり事実が把握できれば良いのであ る。
ところがデータという言葉に踊ら されて、やたら数字を集めたがる人が いる。
しかも、データは数値化されて いなければいけないかのような思い込 みをしている人が少なくない。
山のよ うにデータを集めても使わなければ無 駄である。
その部分では生産性を下げ ている。
さて、IT活用のポイントの二番目 は、機械的な情報処理である。
特定 の決めごと(プログラム)に従って、 特定のアクションを起こす。
分かりや すい例は自動発注であろう。
在庫量 が一定レベルまで減ったら自動的にE DIでサプライヤーに補充発注を行う。
このロジック自体はIT化のレベル とは関係ない。
ITが未発達で距離 が離れた環境でも、あらかじめ特定の 条件が発生したら、特定の行動をと るということを取り決めておけば行き 違いを防ぐことはできる。
むしろIT 化の必要性は、扱い商品数の増加や、 管理工数が増えることによって生じる エラーや遅れを防ぐことにある。
プロ グラミングのルールを決めるのはあく まで人間である。
ゴールドマンサックスの調査に次の ような日本の事例が挙げられている。
一五〇店舗を抱えるあるチェーンスト アでは、各店でそれぞれ三〇人が発注 に関わっていた。
全社では延べ四五〇 〇人が発注業務に関わっていた計算 だ。
このチェーンストアは発注支援シ ステムを導入して、店舗から本部に発 注業務を集約した。
その結果、本部 の七〇人の発注スタッフで発注業務を処理できるようになり、労働生産性 と発注精度を向上することができた。
三番目のポイントは情報収集と共有 だ。
電子メール、インターネットに始 まり、より進んだものとしてナレッジ・ マネジメントも、ここに含められる。
ビジネスの現場でいま何が起こって いるのか。
正確な情報を掴むことは正 しい判断の基礎となる。
筆者個人の 経験から言っても、意見の対立はお互 67 APRIL 2003 いの持っている情報の違いから生まれ てくることが多い。
情報が共有されて いないことで、組織の行動が乱れたり、 オペレーションがおかしくなったりす るのである。
日本の流通を再評価 さて、このような視点から日本の流 通業を眺めてみると、一般に日本が遅 れていると言われる点について、別の 評価の仕方があり得る。
まず卸流通 の存在や、流通の多段階制、情報シ ステムの技術的な遅れなどは、それだ けでは本質的な問題とすべきではない といえる。
本質的な問題は生産性で ある。
生産性とは、資源をいかに有効 活用するかである。
企業経営という観 点で見たときには、利益性や投資収 益性や、資産回転率などの指標に生 産性は反映される。
学習院大学の田島義博名誉教授は、 この点について日本の流通業を「利益 なき繁忙」という言葉で表現している。
忙しい=よく働いている、つまり人手 を投入しているのに、儲からない。
こ れは生産性が悪いからだと解釈できる。
実際に日本の小売業と欧米の小売業 を比較すると、日本は売上高に対し て粗利率は高く、販売管理費率も高 く、営業利益率は低い。
高コストと言われる日本で、自分た ちの利益を押さえて安く提供しようと 努力していると解釈することもできる が、高マージンで経費をかけて売って いるのに儲かっていないという解釈も 成り立つ。
成果に繋がらない無駄なこ とを多く行っているのかもしれない。
もっとも、あくまでもこれは数字上 の比較である。
現在は日本と欧米の 小売業が同じ土俵で競争しているわ けではない。
どちらの見方が適切なの かを結論付けるには、国際的小売業 による本格的な日本進出の結果が出 るのを待つ必要があるだろう。
今回、見てきたようにITとは、ロ ジスティクスの生産性を向上させるた めの重要なツールである。
情報を収集 して、それを分析して、具体的な方 針・行動を決定する。
これを決定事 項として、担当者・関連部署に理解 させる。
この基本的な行為を、より多 くの情報を扱いながら、素早く整理・ 分析し、そしてより多くの相手と深く コミュニケーションできるようにする ためにITは活用される。
IT活用によって、生産性を大き く向上することが可能になる。
そこで 次の問題に突き当たる。
何を目指し て生産性を上げるのかという問題だ。
利益の捻出か、それとも事業規模の 拡大か、はたまた値下げなのか。
結論 から言うと顧客価値の向上が、その回 答になると筆者は考えている。
この点 について次回考えたい。
ならむら・ふみのぶ P&GでECRネットワーキン グ・マネージャーとして活動する かたわら、学習院マネジメントス クールでDSCM(ディマンド& サプライチェーン・マネジメント) コースのオーガナイザーを務めて いる。
89年神戸大学経済学部卒業。
同年、P&Gファー・イースト・イ ンク入社。
95年、広報マネージャ ー。
98年から現職。
日本ダイレク トマーケティング学会理事。
PROFILE 学習院マネジメントスクールで、企業の若手リーダーを対象としたDSCM(Demand & SCM)講座の基礎コースが4/25から開講する。
楢村氏がオーガナイザーを務め、 第一線で活躍するコンサルタント・研究者・実務家が計12回にわたりDSCMの基礎 理論を講義する。
講義は基本的に毎週金曜夜。
欠席者にはビデオ学習の機会が設けられている。
毎回の講義終了後に講師と受講者が自由に意見を交換するPot Luckと呼ばれる 懇親会も5回ほど予定されている。
10回以上の出席と課題提出をパスしたものには 最終日に修了証が授与される。
学習院マネジメントスクール DSCM(Demand & SCM)講座開講 ≪開催要項≫ ●対象 企業の中間管理職(係長・課長)およびその候補者 ●教室 学習院大学目白キャンパス ●日程 4/25〜7/18の毎週金曜日18:30〜19:50 全12回 (初回4/25は18:00〜、最終回7/11は17:00〜) ●受講料 12万円 ●定員 25名 ●お問い合わせ先 学習院・生涯学習センター 担当:亀割、電話:03-5992-1074、 e-メール:20004316@gakushuin.ac.jp
