ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年4号
道場
卸売業編・第1回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

APRIL 2003 54 新たなコンサルティングの依頼者が 大先生の銀座の事務所を訪ねてきた 銀座の大先生の事務所。
窓から見えるハナミズ キの白い花が満開に近い。
春本番だ。
大先生はい つも通り、机でまどろんでいる。
弟子たちは外出 しており、事務所は静寂に包まれている。
その静寂を電話が破った。
事務所の庶務を仕切 っている?女史〞が受話器を取ろうとするのを、大 先生が遮る。
「オレはいないからな」 大先生得意の?居留守〞だ。
女史が心得ている とばかりに頷きながら電話に出る。
外出している 弟子への電話だった。
事務所では大先生が原稿を書き始めると居留守 と決まっているが、実際のところ、弟子たちへの 電話ばかりで大先生にかかる電話はめったにない。
居留守など使う必要はないのに、と思いながら女 史が大先生に声を掛ける。
「原稿は進んでますか?」 「なーに、ちょろいもんさ。
今日中には出せる‥‥」 「先生の場合は、締め切りに追われるではなく、 締め切りを追い越してしまっているんですからね ‥‥」 いつも締め切りを過ぎてから書き始める大先生 を女史が皮肉る。
だが大先生はそんな皮肉には動 じない。
「まあ、今日は予定がないから、ゆっくり書くか ‥‥」 大先生の言葉が終わらないうちに、女史が大き な声を出した。
「えーっ、お忘れなんですか。
今日の午後、先生に コンサルをお願いしたいという問屋さんの方がお 見えになりますよ‥‥」 「はぁ‥‥」 「はぁ、じゃありません。
今日の一時半に来られる 約束です」 「なんで、よりによって、こんな忙しいときに来 るんだ‥‥その問屋は」 大先生の勝手な言い分に女史が辛抱強く付き合 う。
ここが女史のいいところだ。
弟子たちの言う 「いつものやりとり」だ。
このやりとりが大先生の 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公の“大先生”は、ロジスティクスの世界ではちょっと 名の通った一匹狼的なコンサルタントである。
なぜか強いこだわりを持 つ銀座に事務所を構えている。
事務所のスタッフは大先生の他には女性 が3人いるだけ。
コンサルタント見習いの“美人弟子”と“体力弟子”、 それに庶務担当で大先生の良き理解者でもある“女史”だ。
この陣容で 前号までの12回は、ある日用雑貨品メーカーのコンサル依頼に応えてき た。
日雑品メーカーの物流部門を見事に蘇生した大先生が、今回からま た新たな案件に取り組む。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第 13 回》 〜卸売業編・第1回〜 55 APRIL 2003 息抜きになっている。
「今日いらっしゃることは、ずっと前から決まって いたんです。
今日忙しくしたのは先生の方で、問 屋さんの責任ではありません」 「なーんだ、そうか。
それなら、その会議は三〇分 で切り上げてやる。
ところで、弟子たちはどうし た?」 「お昼には戻ります。
もちろん、問屋さんがいらっ しゃることは知ってます」 三〇分で切り上げると言った大先生の顔は不機 嫌そうだ。
女史が不安そうに大先生を見る。
この 不安は見事に的中することになる。
「うちの社長は先生のファンです」 物流部長の言葉に大先生が戸惑う 約束の一〇分ほど前に、その問屋の物流部長が 担当役員を同伴して事務所に到着した。
女史が応 接室に案内する。
弟子二人が席から立ち上がり、 大先生の前に来た。
大先生は、原稿を書きながら 「先に行ってろ」と応接室の方に顎をしゃくる。
弟子たちが応接室に入った途端、挨拶をしてい るのか男の大きな声が聞こえた。
それがいつまでも 続く。
大先生が聞こえよがしに女史に声を掛ける。
「うるせえな、まったく。
原稿どころじゃない‥‥」 「それなら早くお会いになって、早く終わらせれば いいんですよ」 女史がうまく促す。
「そりゃそうだ」と言いなが ら、大先生は立ち上がり、応接室に向かう。
その 背中を女史が不安そうに見送る。
応接室では、正 面のソファーに客二人が座り、弟子たちは横の補 助椅子に座っていた。
大先生が顔を出すやいなや、小太りで顔の大き な男が立ち上がった。
つられて痩せぎすで顔の長 い男も慌てて立ち上がる。
小太りの方に促されて、 痩せぎすの人物が名刺を差し出した。
肩書きは「常 務取締役」となっている。
続いて小太りの方が、大きな声で名前を名乗り ながら名刺を出した。
名刺には「物流部長」と書 いてある。
名刺交換が終わり、大先生が二人の向かい側に座る。
「どうぞ」と大先生に促されて腰を 下ろした途端、部長は催促するように常務の顔を 見た。
常務が慌てて用件を切り出す。
上がっているの か、いつもこういう話し方なのか、何とも要領を 得ない。
どうやら、自分のところは消費財を扱う 問屋で、社長がどこかで大先生の講演を聞き物流 に目覚め、物流部をつくって合理化を指示した。
と ころが物流部と言っても素人集団で何もわからな いため、大先生に指導のお願いに来た――という ことらしい。
常務の話が終わると、部長が補足説 明をした。
「物流部長をやれと言われましても、なにぶん素人 でして。
先生のご講演をお聞きしたり、ご本を読 ませていただいたりしましたけど、実際にやると なると、どうしたらいいかわかりません‥‥」 言葉は丁寧だが、妙に自信ありげに話す。
話の 途中で大先生が気に入らない風情で口をはさむ。
「本に書いてあるとおりにやればいいのさ」 「はぁ‥‥」 大先生の予期せぬ発言に部長がひるむ。
かまわ APRIL 2003 56 ず大先生が先を促す。
「それで?」 「はい、そこで社長に相談したところ『先生にコン サルをお願いできないかしら』と言われまして ‥‥」 「へぇー、おたくの社長はおかまなの?」 大先生の唐突な問い掛けに、体力弟子が吹き出 した。
美人弟子は、部長が何と返事をするか楽し そうに見つめている。
部長が一瞬間を置いて、慌 てて否定する。
「いえ、いえ、そんなことは‥‥亡くなった前社長 の奥様がいま社長を‥‥」 「なーんだ、女社長か‥‥そういうのは先に言って くれないとだめだよ。
おかまかと思ってびっくりし た」 「はぁ、申し訳ありません‥‥」 なんか普通とは違う大先生とのやりとりに戸惑 いを覚えたようで、部長の声に元気がなくなって きた。
常務も不安そうな顔をしている。
大先生が せっつく。
「それで、その社長に言われてコンサルを頼みに来 たってこと?」 「はい、そうです。
うちの社長は先生のファンです」 「はぁ‥‥」 部長の妙な付け足しに今度は大先生が戸惑いの 表情を浮かべ、つい余計なことを聞いてしまった。
「歳はいくつ?」 「先生と同い年だと社長が嬉しそうに言ってまし た。
先生とお会いできるのを楽しみにしています」 「やだ、会いたくない」 大先生の拗ねたような物言いに、今度は美人弟 子が声をあげて笑う。
常務と部長は想像もしてい なかった大先生の反応に、動くことを忘れたかの ように固まっている。
そこに、女史がコーヒーを 持って入ってきた。
「そこまで言うなら引き受けてやるか」 こうして新たなコンサルが始まった コーヒーを飲みながら、大先生が改まった口調 で部長に声を掛けた。
「物流部長になる前は何をしてたんですか?」 まともな質問に部長が元気よく答える。
「はい、営業をやってました」 「営業をやってたって何をしてたんですか」 大先生の素朴な質問に部長は声を詰まらせた。
「はぁ‥‥その、営業を‥‥」 「あっ、ごめん、ごめん。
難しい聞き方をしてし まった。
質問を変えよう。
どんな営業をやってた んですか」 質問を変えられても、部長の困惑は消えない。
そ れでも部長は、ここは正直に答えるしかないと判 断したようだ。
後でわかることになるが、この正 直さが部長の最大の取り柄だ。
「えー、小売店さんなどを訪問して、注文を聞い たり、要望を聞いたり、文句を聞いたりしてまし た。
たまに新商品の紹介をしたり、販促のお手伝 いをしたりもしました」 「いわゆる御用聞き営業ってやつですね」 大先生の正直な感想に、部長は別に嫌な顔もせ ずに大きく頷く。
大先生が妙な付け足しをする。
57 APRIL 2003 「御用聞き営業というのが本来の営業の姿です。
それを英語で言うと、ソリューション営業ってい うんです。
わかりますか?」 「いぇ、そういう難しい言葉は‥‥ちょっと」 「わからなくていいんです、冗談ですから‥‥」 怪訝な顔をしている部長にかまわず、大先生が 質問を続ける。
「お客さんは安くしろとうるさいでしょう。
お客 さんの発注日とか納期とかは決まってるんですか?」「はい、一円でも安くしようと当社のライバル会社 を引き合いに出して迫ってきます。
大手の小売チ ェーンさんは週に一回オンラインで注文してきま すが、その他の大部分の中小小売店さんは電話や FAXで週何回も注文してきます。
納期は、営業 の際にすぐ届けますって言ってますから、注文の 翌日には届けるようにしています」 頷きながら、大先生がたばこを取り出した。
美 人弟子が代わって質問する。
「商品を間違えたり、数を間違えたりということが 結構あるんじゃないですか」 部長が大きく頷きながら、美人弟子を見る。
「はい、それはもう、しょっちゅうです。
それで 営業はいつも怒られてます。
あっ、営業の仕事の なかには、お客さんに謝りに行くというのもあり ました」 大先生の方を見ながら部長がさきほどの話しに 付け足した。
大先生は黙ってたばこを喫っている。
美人弟子が楽しそうに聞く。
「物流の連中を蹴飛ばしたり、どやしたりしますか」 「蹴飛ばしはしませんが、しょっちゅうどやして APRIL 2003 58 ました」 すかさず体力弟子が質問する。
「営業さんが集まる会議では物流の悪口で盛り上 がってるでしょ?」 「はい、盛り上がってます」 「物流が営業の足を引っ張ってるって?」 「はい、大事なお客の機嫌を損ねて、注文が減っ たとか言ったりしてます」 「目標達成できないのを物流のせいにする?」 体力弟子がするどく突っ込む。
自分のことを言 われたかのように、部長の声が小さくなる。
「はぃ、そういう面も確かにあります‥‥」 美人弟子がさらに念押しする。
「返品あり、バラ注文あり、値札貼りあり、緊急 注文あり‥‥要するに物流サービスは何でもあり ですね」 「はぃ‥‥」 部長の声が小さい。
最後に大先生がとどめを指 す。
「欠品もあり、過剰在庫、不良在庫も山ほどあり ‥‥だ。
そして利益は出ていない」 「はぃ、おっしゃるとおりです‥‥」 「そんなふうに営業からしょっちゅうどやされて いる物流を、あなたが責任を持って合理化するっ て‥‥そりゃえらいことだよ。
そう思わない?」 「思います‥‥」 「物流部長を返上するのが賢いやつのすることだよ」 「はい、私も固辞したのですが、社長に『会社をや めるか、物流部長をやるか選んで』って言われま して‥‥」 「それで物流部長を選んだ?」 「はい、そういうことです」 「ばかな選択をしたね。
まあ、自分で選んだ道なら、 やるっきゃないな。
死ぬ気でやる覚悟はある?」 「はい、何が何でもやり通す覚悟です」 大先生に乗せられて、思わず部長が意気込みを 示す。
美人弟子が心配そうな顔で念を押す。
「死ぬことはないと思いますが、間違いなく病気に なりますよ、先生のコンサルを受けると。
いまま で何人も入院しています」 部長はちょっと躊躇したが、思い切って言った。
「はい、それでもお願いします」 大先生が押し付けがましく言う。
「そこまで言うなら、コンサルを引き受けてやる か」 常務と部長が深々と頭を下げる。
帰りがけ、部長が大先生に真剣な顔で念を押す。
「今度いらしたとき、社長に会ってください」 大先生の顔が歪む。
美人弟子がニコニコしなが ら「はい」と答える。
こうして、大先生の新たな コンサルが始まった。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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