2003年5月号
リーダーシップ論

顧客価値のマネジメント

MAY 2003 64 顧客価値の実現の方程式 いささか大袈裟かもしれないが、 顧客価値の実現は今日のマーケテ ィングにおける最大のテーマと言 える。
もっとも一口に顧客と言っ ても、実際には多種多様であり、ニ ーズは偏在している。
カテゴリー・ マネジメントは、それぞれ異なるニ ーズを持った、偏在する顧客に対 して、より最適化された店頭施策 を提供することで顧客満足度をあ げようとするものだ。
これをさらに 進めたものがロイヤルティ・マー ケティング、あるいはワン・ツー・ ワン(1― to ―1)マーケティング などのCRM(カスタマー・リレ ーションシップ・マネジメント)と 呼ばれる考え方である。
この顧客価値の尺度としては、連 載第二回で紹介したように、顧客 満足度が上げられる。
顧客満足度 は、顧客が商品やサービスから受 ける成果の大小だけで決まるもの ではなく、成果を得るために顧客 が支払う犠牲とのバランスによっ て決まる。
これを方程式のように 表現すると図1のようになる。
顧客価値を高めるには、この方 程式の分母をなるべく小さくし、分 子をなるべく大きくすれば良いわけである。
ここまではいたって簡 単な話である。
ただし、それを具 体化するためには、商品やサービ スの品質、そして犠牲とするもの をそれぞれきちんと定義しなけれ ばならない。
分母の犠牲要素の方が比較シン プルなので、まずはこちらから考え ることにしよう。
一番分かりやす いのは費用つまり対価(P)であ る。
そして、もう一つの大きな要 素が時間(T)である。
モノを手 に入れるために費やさなければな らない時間という意味である。
時間は犠牲要素であり、かつサ ービスにも関わっている。
例えば 仕事をしながら子供も抱えている 主婦にとっては、夕方の帰宅途中 の買物の時間は貴重である。
夏の 暑い日にシャンプーが切れてしま って今日どうしても買わなければ 顧客価値のマネジメント 楢村文信 P&G ECRネットワーキング・マネージャー 顧客価値をマネジメントするためには、その尺度となる顧客満足度を把 握する必要がある。
しかし顧客満足度を、そのまま数値化するのは容易で はない。
顧客満足度を構成する要素を整理して、それぞれを指標化するこ とで道は開ける。
﹇第7回﹈ 図1 学習院大学 田島義博名誉教授による顧客価値とは何か ?顧客の犠牲と成果の関係 ?成果要素(基本的には) ?犠牲要素(基本的には) ?狭義には ?拡張すれば 消費者満足−CS ≠成果の大小 =成果と犠牲 品質=(商品の品質:Qp)+(サービスの質:Qs) 「価格:P」と「時間:T」が重要 V=Q/P V= Qp+Qs P+T 65 MAY 2003 ならない。
帰宅途中のスーパーで は、そのシャンプーを五九八円で 売っている。
これに対して一〇分 ほど遠回りをした別の店は五七八 円で売っている。
この場合、その主婦は遠回りを してまで、安い店に買いに行くで あろうか。
その可能性は低い。
費 用が二〇円下がる代わりに、犠牲 要素としての時間が一〇分増えて しまうからである。
小売業の世界では、昔からレジ 待ちの時間を短くすることが、店 舗運営上の必須課題となっている。
最近では駐車場の混み具合なども 一つの課題になっている。
これも 顧客の犠牲要素を少なくするため の努力である。
サービスを提供す る側は、こういったことも視野に 入れる必要がある。
ここで注意しなければならない のは、顧客満足度が極めて相対的 なものであるということだ。
つまり 同じモノや、同じサービスを提供 しても、その時々の顧客の置かれ ている状況によって顧客満足度は 変わるのである。
モノの品質(Qp)は基本的に メーカーがその製品を開発・生産 した時点でおおよそ決定される。
こ のQpと同じようにサービスの品 質(Qs)も定義づける必要があ る。
モノ、サービスに関わらず、品 質の評価をするためには、まず品 質の評価軸の洗い出しが必要であ る。
その商品やサービスの提供者 に対して顧客が期待している要件 を整理することである。
一般的には小売業などでのサー ビスが良いといった場合には、接 客態度の問題や、客の質問にどれ だけ的確に答えられるか。
あるい は気の利いた対応ができるどうか などが含まれる。
しかし、これもま た商品やサービスの属するカテゴ リーによって変わってくる。
このように、先の方程式の分子 となる「Qp+Qs」の評価は主観 的にならざるを得ない面がある。
た だし普遍性をもった評価軸をいく つか挙げることはできる。
例えば モノの安全性や、故障が起こらな いこと。
サービスであれば、依頼 してから実際のサービスが実施さ れるまでの素早さや丁寧さ。
ある いは、正確さなどである。
ロジスティクスで 顧客価値を向上する ではロジスティクスあるいはS CMは、この顧客価値の方程式の 中でどのような役割を果たせるの であろう。
もう一度、図1の方程 式に戻って考えてみよう。
コスト に関してSCMの役割は、製造・ 流通に関わるコストを下げること である。
これはSCMの手法に求 められる主な成果の一つである。
こ うしたSCMによるコスト削減の 成果と、価格(P)は不可分のも のだからだ。
時間(T)という意味では、消 費者とのアクセスも考慮する必要 がある。
消費者と、実際に商品を 買う場所の接点では、B2Cなど も含めて様々な選択肢が存在して いる。
例えば都心部のオフィス街 では、お昼休みにお弁当を売りに くるサービスが普及している。
自 分のオフィスの近くまで来てもら えれば、時間の節約になる。
宅配 便の配送時間の指定なども既に一 般化している。
ただし、そうしたサービスは買 い手が求めている時に、それを提 供するのでない限り負担の大きな ものになる。
かつては広く行われ ていた訪問販売のビジネスが下火 になってしまったのも、それが一 因になっていると考えられる。
チ ャネル戦略とそれに基づいたロジ スティクスが必要とされる。
商品の品質(Q)に関しては、ロ ジスティクスやSCMは無関係に 見えるかもしれない。
しかし例え ば輸送の結果としてパッケージが 破損したり、衝撃で内部が壊れた り、そこまで行かなくてもニオイが 移ったりすることで商品の品質に 対する顧客の評価を落としてしま うことがある。
個人的な経験だが先日、学術書 をインターネットショッピングで購 入したところ、配送過程でダメー ジを受けたのだろう、手元に届い た本のカバーの角が痛んでいた。
そ の本が提供してくれる情報の価値 はなんら損なわれていなくとも、蔵 書する私にとっては残念なことで あった。
満足度が下がってしまっ たわけである。
このようにモノの品質に対して も、ロジスティクスは無関係では ない。
さらにはサービス品質(Q s)ともなると、より多くの要素 がロジスティクスと関わってくる。
ECRの能力評価ガイドの中にも、 サービスに関する物流・ロジステ ィクスの評価指標が上げられてい る。
「納品率」、「充足率」、「誤納品」、 「納品・集荷の時間帯の精度」、「伝 票のエラー」、「賞味期限管理」、「鮮 度管理」などが代表的なものであ る。
もっとも、顧客価値というのは、 最終的には顧客がその商品やサー ビスを受け取る時の総体として判 断されるものである。
右に挙げた MAY 2003 66 評価指標はロジスティクスやSC Mが、顧客価値を向上させるため に貢献できる要素に過ぎない。
ECRヨーロッパの「消費者価 値 の 測 定 ( Consumer Value Measurement )」という資料の中 には、小売店における顧客価値測 定の切り口が紹介されている。
サ ービスの品質に関しては、「信頼度」、 「安心感」、「機能性」、「感情」、「迅 速さ」の大きく五つに整理されて いる。
そして商品の品質に関して は、「グレード観」、「実用」、「仕様」 の三つの切り口がある。
これにコ スト面での「価格」、「インセンテ ィブ」が挙げられている。
この資料の中では、それぞれの 切り口についてコンビニエンス・ ストアでのケースが紹介されてい る。
例えば「信頼度」では、価格 表示の見やすさや正確さ、そして レジでの精算が挙げられている。
当 たり前かもしれないが、POSレ ジのマスターデータのメンテナンス がきちんとできていないと精算時 の値段と棚での値段が異なるとい うトラブルがおこる。
また欲しい商品が在庫されてい るかも「信頼度」に含められてい る。
それに関連して店のレイアウ トのわかりやすさなども含まれる。
このモデルでは、鮮度の問題は商 品に関する「実用」面での品質と して分類されている。
鮮度が悪い 食品は、食品としての実用レベル に耐えないということであろう。
消費者価値の測定とIT このように定義を明確にすると、 顧客満足度を数値で管理すること ができるようになる。
満足度自身 そのものを数値化するのは容易で はないが、顧客満足度に大きな影 響を与える各要素を数値化して評 価するのである。
言い換えるなら ば「KPI(キー・パフォーマン ス・インディケーター:主要実績 評価指標)」を設定することである。
例えば「信頼度」は何回中何回 といった頻度を測定することで、パ ーセンテージ(%)で表現できる。
ロジスティクスにおける「納品率」 や、「充足率」も同様だ。
スピード も、レスポンス・タイムの時間を 測定することで指標化できる。
こうして各要素を数値化してし まえば、後は統計分布の分析を行 ったり、各要素の相関関係を分析 したりして、その重要度を判断す ることなどができるようになる。
そ の結果、どれだけのサービス水準 を達成することが顧客価値の向上 に意味を持つのかということなど が判断しやすくなる。
卸売業から小売業への非常に高 い納品精度は、日本の流通を見て いていつも疑問に感じることの一 つだ。
海外で優秀とされる納品精 度は、一般に九五%というレベル のようである。
ところがこのレベル では、日本では話にならない。
日 本の流通業界では、文字通り桁違 いの精度を求められる。
しかし、高いサービスレベルを 実現するには、それ相応のコストが伴う。
一般的には卸売業が安全 在庫水準を高く設定することにな る。
果たして、そのためのコストが 顧客価値という面で意味を持つの だろうか。
日本の流通業界では卸売業のサ ービスレベルに関する数値を良く 耳にする反面、小売店頭での欠品 率に関しては統計的な数字をあま り聞かない。
店舗システムについ て調べてみても、例えば欧米では 常識となっている、継続棚卸シス テムによって店頭在庫を管理して いる小売業など、残念ながら日本 では見たことがない。
例外的には 存在しても、一般化しているとは とても考えられない。
以前にも触れたように、日本の 小売店には品揃えのバリエーショ ン上「とりあえず並べている」と いう商品も棚に置かれている。
で あれば、サービスレベルもそれほど 高くなくても構わないはずだ。
そ ういった商品の在庫を卸が十分に 抱えておく必要などない。
全てに おいて九九・九%のサービスレベ ルを実現するのではなく、九九・ 九%を達成すべき商品と、九九% で良い商品、九五%で良い商品が あるのではないだろうか。
卸から店へのサービスレベル、そ して店頭での欠品、この両方を把 握して統計的に分析すれば、本当 に期待されるサービスレベルが見 えてくる。
高コストといわれる日 本の流通の問題は、この顧客価値 のバランス管理が全体として上手 くできていないことにあるのではな いか。
筆者はそう睨んでいる。
サービスレベルを最適化するに はコストとのバランスを考える必 要があるのである。
仮にサービス の質をほんの少し下げるだけで、コストが大きく下がるのなら、理論 上、顧客価値は上がる。
家電を例 にとれば、機能を絞り込むか、あ る程度スペックを落として値段を 下げることで、エントリーモデルな どとして位置づけることも行われ ている。
これは、品質面での信頼度は十 分欲しいが、機能についてそれほ ど多くは必要ない。
最低限のレベ 67 MAY 2003 ルがあれば十分。
それより総額で あまり高いものは買いたくないと いうニーズに対応したものだろう。
このような視点からロジスティク ス活動を見直すことも意味がある と考えている。
バリューチェーンと IT活用による企業間連携 さて、こうして考えていくと、顧 客価値というのは、様々な企業や 人の手によって提供されるモノと サービスの総体として考えること が出来る(図2)。
一つの企業、人 によって、モノやサービスを提供 するまでの全ての過程を完全にコ ントロールしている場合だけが、そ の例外となる。
一般にはメーカーの生産した製 品は、流通過程で様々な付加価値 を加えられながら、最終消費者の 手元に渡る。
また小売業は店頭で 日々お客様と対応しながら、サプ ライチェーンの後方にある様々な 企業が提供する商品・サービスを 利用して、小売業としてのサービ スを提供している。
顧客に価値を提供する、その価 値を生み出していくための企業の 結びつき。
これが「バリューチェー ン(価値連鎖)」の基本的な考え方 である。
SCMが比較的可視化し やすいモノを主な対象とするのに 対し、バリューチェーン・マネジ メントは、目に見えない付加価値、 サービスの要素まで取り込もうと するものだ。
バリューチェーンと顧客価値と いう考え方を突き進めていくと、バ リューチェーンを構成する企業間 連携の重要性に否応なく突き当た る。
いわゆる「製・配・販同盟」 は、バリューチェーンのコアとなる プロセスの連携として位置付けら れる。
製・配・販が顧客価値を一 緒になって高めることで、ビジネ スを伸ばしていこうということであ る。
このような視点から企業間連 携をとらえると、「WIN―WIN」 も決して精神論ではないことが分 かる。
この製・配・販同盟をさらに一 歩推し進めたものが、「仮想企業体 (バーチャル・エンタープライズ)」 である。
様々な企業が共通するタ ーゲット顧客に対してあたかも一 つの企業のように行動できるよう にするのである。
その基盤となるのがITによる ネットワーク連携である。
九〇年 代からのEDI、CALSに始ま って、SCMやeマーケットプレ イス、エクスチェンジなどの情報 システムは、製・配・販同盟から 仮想企業体へという流れの中で位 置付けると、一つの進化軸の上に 並べることができる。
次号では、この企業間連携の軸 となるビジネスプロセスやITの 標準化について紹介したい。
ならむら・ふみのぶ P&GでECRネットワーキン グ・マネージャーとして活動する かたわら、学習院マネジメントス クールでDSCM(ディマンド& サプライチェーン・マネジメント) コースのオーガナイザーを務めて いる。
89年神戸大学経済学部卒業。
同年、P&Gファー・イースト・イ ンク入社。
95年、広報マネージャ ー。
98年から現職。
日本ダイレク トマーケティング学会理事。
PROFILE 付加価値 サービス 原材料 メーカー メーカー 工場 卸売業 小売業物流 センター 小売店 サプライチェーンの流れに沿って、モノが最終消費者の手元に提供されるが、その過程で様々 な付加価値サービスが加えられている。
最終消費者がその商品を受け取る時には、付加された サービスも含まれていると考えられる。
付加価値 サービス 付加価値 サービス 付加価値 サービス 付加価値 サービス 顧 客 図2

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