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奥村宏 経済評論家
クロニー・キャピタリズム(仲間資本主義)
第19回
― 韓国、日本、アメリカ ―
DECEMBER 2003 64
有力政治家や財閥が仲間内で利権を欲しいままにするクロニー・キャピタリ
ズム。 アジア通貨危機の原因になったとして問題視されていた。 アメリカでも、
エンロン事件をきっかけに、クロニー・キャピタリズムへの問題意識が芽生え
つつある。 日本では「政・官・財の三位一体構造」がそれに相当する。
韓国の財閥と政権
一九九七年七月、タイの通貨バーツが暴落し、それがた
ちまちインドネシアや韓国に波及して、いわゆる「アジア危
機」が発生した。 アジア各国の通貨が売られ、株価が暴落
し、そしてインドネシアでは暴動が発生して、スハルト政権
が崩壊した。
この「アジア危機」のなかで流行したのが「クロニー・キ
ャピタリズム」(仲間資本主義)という言葉であった。
例えば、インドネシアではスハルト大統領の一族が支配す
る企業が政府と結びついて利権を欲しいままにしていたが、
同じようなことが韓国やタイ、マレーシア、フィリピンなど
の各国でみられる。
これをクロニー・キャピタリズムと言ったのだが、このこ
とがアジアの各国の経済を腐敗させた。 そしてこれこそが
「アジア危機」の原因だ、と言うのである。
IMF(国際通貨基金)などがこのことを強く主張して
一躍有名になり、「クロニー・キャピタリズム」という言葉
が流行するようになった。
韓国では財閥(チエボル)が政権と結びついて利権をひと
り占めしているということがかねてから問題にされていた。
そこで歴代の大統領は一方で財閥と結びつきながら、他
方では財閥の改革を訴えてきた。 とりわけ金大中大統領に
なって財閥解体が進められ、大宇財閥などは解体されてし
まった。
ところが最近になって再び財閥と政権との関係が大きな
問題になっている。 盧武鉉大統領の側近が大手財閥SKグ
ループから不正の資金を受け取っていたことが明らかになり、
盧大統領はこのため窮地に陥っている。
「クロニー・キャピタリズム」はこうして今なおアジアの
各国にとって大きな問題になっているのだが、実は、それは
アジアだけの話ではないのである。
アメリカのクロニー・キャピタリズム
ポール・クルーグマンといえば、プリンストン大学の教授
で、経済学者として有名である。 日本でも『経済政策を売
り歩く人々』、『良い経済学、悪い経済学』、『世界大不況へ
の警告』などという本が翻訳されて、よく読まれている。
そのクルーグマンが「ニューヨーク・タイムズ」に、週二
回コラムを書いているのだが、それを収録した本が最近出版
された。 題して『ザ・グレイト・アンラベリング』というも
ので、四〇〇ページ以上になっている。
私は毎朝、インターネットで「ウォール・ストリート・ジ
ャーナル」や「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポ
スト」などの電子版を読んでいるが、クルーグマンの「ニュ
ーヨーク・タイムズ」に載るコラムを愛読している。
ブッシュ政権の減税政策などをこっぴどくやっつけている
だけでなく、イラク政策に対して手厳しく批判している。
この『ザ・グレイト・アンラベリング』の第二章は「クロ
ニー・キャピタリズムU・S・A」という題で、エンロンと
ブッシュ政権の関係を取り上げている。
エンロン事件について私は『エンロンの衝撃』(NTT出
版)という本を書いたが、そこでもエンロンとブッシュ大統
領やチェイニー副大統領の関係について問題にした。
エンロンのケネス・レイ会長とブッシュ大統領の関係は深
く、ブッシュ政権のスタート時にはレイ会長が入閣するので
はないか、と伝えられたほどである。
クルーグマンは、これを「アメリカのクロニー・キャピタ
リズム」と表現している。 政権と大企業との結びつきはアジ
ア各国の話だけではない。 アメリカもまたそうだと言うので
ある。
日本―「政・官・財の三位一体構造」
「アジア危機」が起こったあと、私はインドネシアや韓国
65 DECEMBER 2003
崩れ始めた構造
このように、私は日本もまた、インドネシアや韓国と同
じように「クロニー・キャピタリズム」だ、と主張したの
であるが、いまクルーグマンは「アメリカもまたクロニ
ー・キャピタリズム」だ、と主張しているのである。
アメリカの経済学者でこのように主張した人を知らない
が、さすがにクルーグマンの着眼点はすごいと思う。
これまでアメリカにも、政治とビジネスの関係を問題に
した本はあるが、それをアメリカ資本主義の構造と関連さ
せて議論したのはライト・ミルズやウイリアム・ドムホフ
などのような社会学者だった。
日本の社会学者はもちろん、経済学者でこのような問題
を取り上げて研究した者はいないと言ってよい。
私が『法人資本主義』という本を書いたのは一九八四年
で、御茶の水書房から出版され、のちに「朝日文庫」に収
められたが、この本で私は「誰が日本を支配しているか」
ということを問題にし、「政・官・財の三位一体構造」に
ついて触れた。
その後、バブル経済が崩壊したあと、法人資本主義の構
造が崩れ始めたが、「政・官・財の三位一体構造」にもヒ
ビが入った。 そして政治家や官僚の汚職がつぎつぎと表面
化し、企業不祥事が続発している。
こうして日本型クロニー・キャピタリズムは崩れ始めて
いるのだが、これに対して政治家や官僚はもちろん、財界
もまたそれを必死になって防衛しようとしている。
韓国では財閥解体という形で「クロニー・キャピタリズ
ム」にメスが入れられているのだが、日本ではそれを守ろ
うとして必死になっている。 そして遅れてアメリカでは今
頃になってクロニー・キャピタリズムが問題になっている。
ということは、韓国や日本よりアメリカの方が遅れてい
るということを意味するのだろうか…。
だけでなく、日本もまたクロニー・キャピタリズムだ、と主
張した。
西口章雄、朴一編『転換期のアジア経済を学ぶ人のため
に』(世界思想社)の中で私は次のように書いている。
「インドネシアや韓国のクロニー・キャピタリズムに対し、
日本の場合も同族支配ではないが、企業間の閉鎖的な結合
として仲間だけを優遇する点で、一種のクロニー・キャピタ
リズムということができる」
「そして、これらの企業集団が政治家や官僚と結びつくこ
とで強大な利権を得てきたこともまた、インドネシアや韓国
と同じである。 『政・官・財の三位一体構造』がそれである」
(同書四四ページ)。
日本の大企業ではインドネシアや韓国のように同族支配
にはなっていない。 その代わりに大企業が相互に結びついて
企業集団を形成しており、それが政治家や官僚と融合して
利権を持っている。
いうなれば「政・官・財の三位一体構造」が日本型クロ
ニー・キャピタリズムだ、というわけである。
この「政・官・財の三位一体構造」あるいは「鉄の三角
形」が確立したのは一九五五年ごろからで、いわゆる「五五
年体制」はこのような構造によって支えられていた。
そしてこの構造―私の言う法人資本主義―こそが日本経
済の高度成長をもたらしたのである。 その点では、アジアの
クロニー・キャピタリズムがアジア経済の成長をもたらした
のと同じである。
これまで日本的経営や日本型企業システムについて書い
た経済学者の本は多いが、そこでは「政・官・財の三位一
体構造」について触れたものはない。
日本の企業システムがいかに合理的ですばらしいか、とい
うことを書くだけで、政治家や官僚との関係については全く
触れていない。 これでは日本企業の実態を解明することには
ならない。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 主な著書に「企業買収」「会
社本位主義は崩れるか」などがある。
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