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突然、課長が反省し始めた
「私たちは何もやってこなかった‥‥」
しばしの沈黙の後、課長が突然、隣に座ってい
る部長に語りかけた。 妙に悟ったような静かな口
調だ。
「部長、もしかしたら、私たちは大きな過ちを犯し
てきたのかもしれません。 過ちという表現に語弊
があれば、遠回りをしてきたのかも‥‥」
くだけた調子で大先生が口をはさむ。
「仲間内で語弊もへったくれもないね。 表現など気
にせず、思ったことをそのまま言えばいいのさ」
その言葉に促されて課長が部長を見る。 部長も、
何を言いたいのかは分かっているとでもいうよう
に大きく頷きながら課長を見返す。 またも見詰め
合う二人。 二人の世界で会話が弾む。
「私たちは、制約条件の中でしか仕事をしてこな
かったのではないでしょうか。 制約条件はあって
当たり前という感覚に支配されていたように思い
ます」
「たしかに‥‥」
「先生のご本やご講演などで制約条件の排除こそ
が私たちの仕事だということは知っていましたが、
知識として頭にあるだけで、実際は何もやってこ
なかったように思います‥‥」
「うん、何もやってこなかった‥‥」
部長が同意する。
大先生は楽しそうに二人を見ている。 企画課の
若手課員も興味深そうに二人の様子を窺っている。
ただ一人、センター長だけが一体何が始まったの
かという怪訝な顔をしている。
そんなことにはお構いなしに課長が続ける。
「私たちは、いまそこにある物流をそのまま受け入
れ、その効率化だけを考えてきました。 もちろん、
現実に物流は存在するわけですから、その効率化
を考えることは必要なことです‥‥」
ここで課長はちょっと間を置く。 なんとなく芝
居がかってきた。 照明をスポットライトに変え、B
GMでもかけようか。
「しかし、いま現実にある物流が正しい姿なのか
どうか、という本来的な問い掛けはしてきません
でした」
SEPTEMBER 2002 60
《前回までのあらすじ》
本連載の主人公でコンサルタントの“大先生”は、ある大手消費財
メーカーの物流部の相談にのっている。 クライアントは、社長から「物
流コストを3割削減せよ」と命じられて大先生に相談を持ちかけたのだ
が、実は自分達の物流管理レベルにはそこそこに自信を持っていた。 そ
のためコストの3割削減など無理と端から決めつけていた節があった。
これが大きな勘違いだった。 2回目の会合で大先生に自慢の物流セン
ターを披露し、「無駄なことに金をかけているな」と一蹴されたことで、
物流部員たちの自負心は木っ端みじんに打ち砕かれてしまった。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役
湯浅和夫の
《第六回》
61 SEPTEMBER 2002
部長が、課長の言葉を引き取る。
「物流管理とは、物流をやらないためのマネジメン
トだという先生のお話しを聞いていながら、本来
やってはならないことをずいぶんやってきたかもし
れない‥‥」
「以前、先生が、物流部が物流をだめにしている
とおっしゃいましたが、たしかに、そのとおりかも
しれません‥‥」
意思決定に使えない数字など
いくら揃えても意味はない
自分たちの過ちに酔いしれているかのような変
な二人。 その二人の世界に大先生が割って入っ
た。
「もうそのへんでいいだろう。 ところで、あなた
がた、自虐趣味があったの?」
「‥‥」
「まあ、ここは、謙虚な反省と受け止めておこう。
でも、反省は具体的にしなければ意味がない。 オ
レからいくつか質問するから、答えて‥‥」
大先生の言葉に、部長と課長に緊張が走った。
どうやら目が覚めたようだ。 大先生が何か言おう
としたときに、ドアがノックされ、弟子二人と業
務課長が入ってきた。
「どうした、データは取れたか」
大先生の問い掛けに、弟子二人が首を振る。
「そうだろうな、この会社は管理不在なんだから、
データなんぞあるわけがない」
大先生の断定的な言い方に、部長と課長は知ら
ん振りを決め込んだが、センター長がむっとした
表情を浮かべる。 「一体どんなデータが欲しいんだ」
という思いが顔に出てしまった。 それを見て、大
先生がセンター長に問い掛ける。
「不服そうな顔をしてますね」
問われたセンター長は戸惑いを隠せず、言い訳
をする。
「いえ、そんな、不服というわけではありません
‥‥ただ、うちでも数字はいろいろ取ってますの
で‥‥」「なーに、数字は取ってても、使えるものがないと
いうことですよ。 意思決定にね。 意思決定に使え
ない数字などいくらあっても無いと同じです」
「‥‥」
センター長は、わかったようなわからないよう
な困惑の顔をしている。 座り直して大先生が続け
る。 また、教育が始まった。
「このセンターでは、コストはつかんでますか」
「はい。 毎月、出してます」
「それをどう使ってますか」
「予算と比較して、予算内にコストが納まるよう
努力してます」
「予算と実績を比較すると、予算内に納まるんで
すか」
大先生ならではの切り込みが始まる。 センター
長は、何と答えたらいいのか戸惑っている。
「差異分析をして、好ましくない差異は排除する
よう‥‥」
「差異ってなんですか」
大先生が当然知っているはずのことを改めて問
われて、センター長は答えに窮してしまった。 し
SEPTEMBER 2002 62
かし、ここは素直に答えるしかない。
「はぁ、数量と単価に分けて差異をつかんでいま
す」
「数量差異は、あなたのコントロール外ではないの
ですか。 数量を伸ばしたり、押さえたりすること
はできないでしょ」
「はい‥‥」
「それでは、そんな差異は何の意味もない。 そうす
ると、単価差異ですね、コントロールするのは」
「はぁ、そうなります」
「でも、予算と実績を比較して、単価差異があっ
たとしても、もう間に合わないじゃないですか。 終
わってしまってからあれこれ言っても手遅れでし
ょう」
「はぁ、その原因を探って、次に生かすという考え
で‥‥」
センター長の声が小さくなっている。 自分が言
っていることが後手の対応だということがわかっ
ているのである。 大先生の突っ込みも覚悟してい
る。
「そういうのを管理不在っていうのです。 単価に限
らず、差異は発生する段階でチェックして、押さ
えるのか、許容するのかを判断する必要がある。 そ
の判断のためのデータや管理システムがあるかど
うかが重要なのです。 わかりますか?」
同席者の全員が頷く。 大先生が調子に乗る。
「事が起こってしまった後で、いくら数字をいじり
回しても、そこからは何も出てきません。 たとえ
ば、予算管理というのがあるでしょ。 そこで重要
なのは、予算と実績を比較して、差異分析をする
ことなどではありません。 そんなことしても、何も
得られません。 そうではなく、予算に合わせるた
めに日常的に差異を管理することこそが重要なの
です。 もちろん、予算に限りませんよ。 管理とい
うものはすべからくそういうものです」
みんな頷きながら、メモをしている。 ただ、若
手課員だけは、なぜかにこにこして全員の様子を
窺っている。 大先生は、この手のあっけらかんとしたタイプが苦手だ。 なるべく若手課員を見ない
ようにしている風情がうかがえる。 そんな大先生
の心中を見透かしたように、美人弟子が楽しそう
に大先生を見ている。
「さて」
態勢を立て直すかのように、大先生が大きな声
を出した。 みんなに緊張が走る。
「お茶でももらおうか‥‥」
拍子抜けのため息が漏れる中、若手課員が部屋
を走り出ていった。 腰が軽いのか、フットワーク
がいいのか。 大先生がため息を漏らす。
大先生の悪態は終わらない
「まったく、ないない尽くしだな」
大先生が、お茶を飲みながら目の前に座ってい
る課長に質問する。
「物流サービスってなんですか」
例によって抽象的な質問だ。 どう答えるかは回
答者の問題意識に任される。 大先生の意図すると
ころを探るため課長の頭の中は大回転している。 大
先生に言わせると、これも教育の一環だというこ
とになるが、むしろ大先生の楽しみの一つだと弟
63 SEPTEMBER 2002
子たちは思っている。
「お客との納品にかかわる取り決めかと‥‥」
課長が自信なさげに答える。 案の定、大先生に
突っ込まれる。
「取り決めてるんですか、お客との間で」
「はぁ、一応‥‥」
「守られてますか。 すべてのお客が同じ条件ですか」
大先生がセンター長を見る。 待ってましたとい
う感じでセンター長が元気に答える。 「実際は、お客さんによって納品条件は異なって
います。 よく言われますように、声の大きいお客
や営業担当の要求に合わせざるをえないというの
が実態です」
「なるほど、結構無駄なコストが発生してるでしょ
う」
「はい、当初決めたサービス条件が守られれば、
随分コストは下がると思います」
「なぜ、例外処理をしてしまうのですか。 それをや
らなければコストが下がることがわかっているの
に」
「‥‥」
急にセンター長の元気がなくなってしまった。 誰
も返事をしない。 以前、話題になったことがある
ので、もちろん大先生は事情を知っている。 へた
なことは言えない。
「それでは、質問を変えましょう」
大先生は部長を見ながら、おだやかに言う。
「物流サービスについてコストをつかんでいます
か。 一番コストのかかる客はどこで、最も好まし
い客は誰かということはわかってますか」
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部長は、ABCのことだなと思いながらも正直
に答える。
「いえ、そういうコストはつかんでいません」
そうだろうという顔で大先生はセンター長を見
る。
「物流センターというのは、注文に対応して作業
が発生している場ですよね。 注文に応じてコスト
がどう変わるか計算できますか」
「いえ、できません」
「各作業について一つの作業をするのに何秒かか
るかという数字はありますか。 標準時間、実際の
時間など」
「以前計測したことはありますが、常時取っている
わけではありません」
「それでは、物流量に応じて何人の作業者が必要
になるという計算はできませんね」
「はい‥‥」
観念したかのように、センター長が素直に答え
る。 だが、大先生は素直ではない。
「でも、あなたは、このセンターは効率的に動いて
いると思っているでしょう」
「はぁ、そう思っていますが‥‥」
なんとなく自信なさげだ。 すかさず、大先生が
突っ込む。
「なに、センターの責任者が効率に自信ないっ
て?」
「いえ、精一杯努力しています」
「それでは、効率的に動いているということを数字
で証明してみせてください」
「‥‥」
大先生がみんなを見回すが、全員が目をそらす。
「なんだ、証明できないのか。 そういう数字は持っ
ていないの? じゃあ、その証明はどうすればい
いかはわかってますか」
大先生の新たな問い掛けにも返事はない。
「そんな簡単なことも知らない、数字もない、ない
ないづくしのセンターだな」
大先生が好き勝手なことを言い出した。 こうな
ったら、もう止まらない。
「もっとも、センターだけじゃないな。 おたくの
物流全部がそうだ。 物流部として本来やるべきこ
とを何もしていない。 でも、これまで自分たちは、
物流部としてそれなりにやってきたと自負してい
る。 ちょっと、これまで何をしてきたか、考えて
みなさいよ。 拠点集約などと言って物流センター
をつくり、後は役に立ちもしない予算管理でもや
ってきたかな。 それから、責任転嫁でしかない運
賃の値下げなどもやったか‥‥」
大先生の悪態はまだまだ続く。 さすがの若手課
員も下を向いたままだ。 美人弟子だけが平然と大
先生を見ている。
(次号に続く)
*本連載はフィクションです
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究所
入社。 現在、同社常務取締役。 著書に『手
にとるようにIT物流がわかる本』(かん
き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク
ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ
メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE
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