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《マネジメント編》
本誌編集発行人 大矢昌浩
MAY 2005 64
ロジスティクス――直訳すると兵站術。 戦
闘に必要な物資を前線に供給する後方支援業
務を表す軍事用語だ。 それがビジネス分野に
も転用され、日本でも広く普及するようにな
った。 今や多くの経営者がロジスティクスの
重要性を口にしている。 しかし、どこまでそ
の言葉は本当なのだろうか。
物流より上、SCMより下
「倉庫番」と言えば、かつては左遷先の代名
詞だった。 それが今ではロジスティクス、ある
いはSCMと呼ばれて、経営の檜舞台に乗せら
れるようになっている。 実際、多くの経営者が
ロジスティクスの重要性を口にする。 ロジステ
ィクスを専門とするビジネスマンにとってはプ
ライドをくすぐられる反面、訝しくもなる。
ロジスティクスは重要というけれど、何と比
べてそうなのか。 マーケティングや財務、開発、
人事など、他にも事業遂行上、欠かせない機能
はたくさんある。 マネジメントの神様と言われ
るドラッカーは「事業の目的とは顧客の創造
だ」と言う。 通常、顧客の創造に直接的に影響
を与えるのは、その会社の製品自体やマーケテ
ィングであって、ロジスティクスはあくまで二
次的な要素に過ぎない。 後方支援の域を出ない。
そうであるならロジスティクスの重要度は他
の要素と比較して低いとするのが妥当ではない
か。 多くの企業が今日、ロジスティクス機能を
専門企業にアウトソーシングしているのは、そ
こにヒトやモノなど自社の経営資源を投じるだ
けの価値がないと判断しているからではないの
か、という疑問がわく。
この問題を考えるために、まず企業経営にお
けるロジスティクスの位置付けを整理してみる。
アカデミズムの世界では、ロジスティクスはS
CMを構成する要素として位置付けられている。
そしてロジスティクスは物流を含んでいる。 つ
まり「物流∩ロジスティクス∩SCM」という
関係だ。 一方で「ロジスティクス∩マーケティ
ング」、ロジスティクスはマーケティングの構成
要素だとする考え方も認知されている。
それではSCMとマーケティングはどういう
関係にあるか。 調べてみた限り、まだ両者の関
係は正式には定義されていないようだ。 しかし、
マーケティングが「顧客の創造=事業の目的」
そのものを目指した活動であることから、SC
Mもまたマーケティングに含まれると考えられ
る。
結果として図1のように「物流∩ロジスティ
クス∩SCM∩マーケティング」という構図が
出来上がる。 これをマネジメントの階層として
表したものが図2だ。 企業は「顧客の創造」を
目的として「マーケティング」活動を行う。 そ
の下部構造として「SCM」、「ロジスティクス」、
「物流」という順に連なるマネジメントの三つ
の階層があるわけだ。
このマネジメントの階層において、ロジステ
ィクスは物流よりは上でも、マーケティングや
SCMより下にある。 しかし、それが必ずしも
第1回ロジスティクスは本当に重要か?
図1 ロジスティクスの領域
物 流
ロジスティクス
SCM
マーケティング
物流 ⊂ ロジスティクス ⊂ SCM ⊂マーケティング
図2 ロジスティクスの位置付け
ロジスティクス
物 流
S C M
マーケティング
事業目的 =
=
=
=
=
顧客の創造
売れる仕組み作り
取引先との関係性管理
需要充足のフローの管理
オペレーションの管理
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それぞれの階層の重要性を表しているわけでは
ない。 ある企業にとってはマーケティングが最
も重要であっても、別の企業にとってはロジス
ティクスのほうが重要だということはあり得る。
米国マーケティング協会の定義によると、マ
ーケティングとは厳密には「組織とステークホ
ルダーの双方に利するように、
顧客に向けて
価値を創造し、伝え、届けたり、顧客との関係
性を構築したりするための、
組織的な機能と
その一連のプロセスである」とされる。 簡単に
言えば「売るための仕組み作り」だ。
その手法としては、市場環境を、自分の会社
(カンパニー)、顧客(カスタマー)、競合(コン
ペティター)という三つの視点から分析する
「3C」。 そして、何を(プロダクト)、いくらで
(プライス)、どのようなチャネルで(プレイス)、
どうやって(プロモーション)売るのかという
戦略を立てる「4P」が知られている。 顧客の
創造という目的にとっては、まさに本質的な活
動だ。
ただし、いくら本質的でも、それによって他
社と差別化できない場合には、他の階層に比重
は移る。 米ウォルマートは「エブリデー・ロー
プライス(毎日安売り)」というマーケティン
グコンセプトを掲げて、世界最大の小売業者へ
と上り詰めた。 同じように松下電器産業も、安
価で品質の良い製品を全国くまなく供給する
「水道哲学」によって今日の地位を築いた。
しかし、こうしたマーケティング戦略には、
それ自体で他社と差別化できるような独自性は
見られない。 良い製品に安い価格が付いていれ
ば、売れるのは当たり前だ。 問題は、それで利
益が出せるのかどうか。 そこではマーケティン
グ階層における戦略よりも、むしろSCMやロ
ジスティクス、物流の階層におけるマネジメン
トが問われることになる。 マーケティング戦略の限界
しかもマーケティング階層における差別化は
年を追うごとに難しくなってきている。 独創的
な商品を開発しても、すぐに他社がキャッチア
ップしてしまう。 優位性を保てる期間が、どん
どん短くなっている。 市場に似たような製品が
並べば、どうしても価格競争に陥る。 コモディ
ティ化と呼ばれる現象だ。
このコモディティ化があらゆる分野で拡がっ
ている。 ウォークマンやトリニトロンを始めと
した独創的な製品で世界的企業へと成長したソ
ニーも、製品開発で他社と差別化できなくなっ
たことから苦戦を強いられ、このところ経営の
重心をSCMやロジスティクスに移さざるを得
なくなっている。
その一方で、パソコンメーカーのデルやオフ
ィス用品通販のアスクルなど、ロジスティクス
をコア・コンピタンス(競争力の核)に据える
ことで急成長を遂げる企業も出始めている。 デ
ルのパソコンには性能やデザイン面での目新し
さはない。 ただしデルにはコモディティ化した
市場で利益を得ることのできるインフラがある。
マーケティングより下にある階層で他社と差別
化している。
もちろんデルはマーケティング階層において
も、デル・モデルと呼ばれる直接販売方式で独
自路線を打ち出した。 しかし、その後、同社が
急成長したことを受けて、競合他社も相次いで
同じモデルの導入に動いた。 しかし結果はどこ
も失敗だった。 マーケティング戦略は同じでも、
SCMやロジスティクスの階層でデルとの差を
埋められなかった。
同じようにアスクルは、どこにでもあるナシ
ョナルブランド商品を扱い、しかも目立つよう
な価格的優位性もないにも関わらず、物流サー
ビスを武器にすることで事業を拡げている。 小
口の注文を素早く処理して翌日あるいは当日中
にも顧客に届けるロジスティクスが同社の事業
を支えている。
このようにマーケティングやSCM、ロジス
ティクスといった各機能のマネジメントにおけ
る位置付けと、それぞれの重要性は必ずしも並列ではない。 独創的なヒット商品や画期的なプ
ロモーションが実現できる場合には、SCMや
ロジスティクスの重要度は相対的に低くなる。
しかし、それができない環境では重要度は逆転
する。
そして今日、ヒット商品はすぐに陳腐化し、
多くの市場で成熟化が目立っている。 マーケテ
ィング戦略では差別化できない場面が、それだ
け増えているわけだ。 そこではSCMやロジス
ティクス、物流の階層がマーケティング階層以
上に重要な競争条件になっている。
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