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最新現地レポート
欧州ロジ スティクス通信
MAY 2005 78
大型M&Aの狙いとは
欧米のロジスティクス業者間でM&Aの動
きが活発になったのは、TPG(旧KPN=
旧オランダ郵政省)が一九九六年にTNTを
買収してからのことです。 それまでオランダ
という一国で郵便や電信電話サービスを提供
していたTPGが、自社とほぼ同じ売り上げ
規模を持つ国際宅配便業者であるTNTを飲
み込んだことは当時、ロジスティクス業界に
大きな衝撃を与えました。
TPGの狙いは、ヨーロッパ全土に宅配網
を持つTNTを買収することで、商圏を一気
に広げることと、業容を国際宅配とロジステ
ィクス業務の分野に広げることにありました。
この買収は、戦略的にも財務上も大きな成功
を収めました。 これはほとんど知られていな
いことですが、買収以降、TNTがそれまで
手がけていた多くの業務を整理して、本業に
集中できる体制を整えたのです。 TNTが資
本を出していた航空会社や、生鮮食料品を専
門に扱う輸送業者などを売却してきたことが、
その後の買収の成功につながったのです。
この大型M&Aが成功すると、その可能性
に気づいた業界はこぞってM&Aへと動き出
しました(
図1
参照)。 九八年に始まるドイ
ツポストのDHLの買収も、TPGの動きに
触発された感があります。 DHLの株式を二
五%取得してから数年をかけて全株を手中に
収めたのですが、これは国際宅配市場に参入
しようとする非常に計算された買収でした。
この二つの大型買収を機に、急速に増加し
たM&Aの動機を精査していくと、次の六つ
に分類することができます。
一つは、新しい市場への参入です。 これは、
TPGのTNT買収やドイツポストのDHL
買収に見られるような大型案件で、新しく収
入増加が見込まれる分野を持つ企業を買い取
るというものです。 新しい収入源を確保する
ことで、既存の事業を守るという働きもあり
第4 回
M&Aを武器に伸びるTNT
旧オランダ郵政省であるTPGは欧州全土にネットワークを持つ国際宅配便
業者TNTを傘下に収めて以来、グループ会社のTNTロジスティクスを通じて
買収を繰り返してきた。 その結果、TNTロジスティクスは売上高四〇億ユー
ロ(約五二〇〇億円)超の欧州を代表する巨大3PLとなった。 欧州3PL会
議で、TNTロジスティクスビジネス開発部のピエール・ジラーディン部長が、
TPGグループのM&A戦略について語った。
図1 欧米におけるロジスティクス企業のM&Aが急増
80
70
60
50
40
30
20
10
0
1990 1991 1996 2000 2003
A
B
◆ A はM&A全体の数字
◆ B は1億ユーロ(130億円)
超のM&Aの数字
(件数)
(年)
79 MAY 2005
ます。 各国の郵政省を主体としたこの手の買
収の背景には、郵便事業という成熟産業にと
どまっていては、企業発展が難しかったから
です。
しかしヨーロッパにおいてこの分野での主
な動きは、もう終わったといっていいでしょ
う。 未知数として残っているのは、アメリカ
郵政省、中国や日本の郵政省がどのように動
くかという点ですが、現時点ではよくわから
ないというのが本音です。
二番目は、サプライチェーン能力の向上で
す。 3PL業者が、航空・海上フォワーダー
を買収したり、逆にフォワーダーが、3PL
業者を買収したりするケースです。 エクセル
の海上フォワーダー・MSASの買収(二〇
〇〇年)や、UPSの通関業者・フリッツの
買収(二〇〇一年)などが好例です。
エクセルとMSASは同じイギリスの業者で企業文化も似通っています。 エクセルが3
PL事業に強く、MSASは海上貨物に強い。
アメリカの企業同士のUPSとフリッツも同
じように、買収の成功例といえます。 この手
の買収は、中堅規模の買収となっています。
これは今後も増えていくでしょう。
三つ目は、地図上の空白地帯を埋めるため
の買収。 例えば、ヨーロッパ全土のカバーを
目指す際に、空白となっている地域で活躍し
ている地場の業者を買収するといったケース
です。 荷主の要請にしたがって、急遽、それ
まで進出していなかった地域での業務が求め
られた時などに、地場の業者を買収する場合
もあります。
エクセルが二〇〇一年にドイツで自動車の
サプライチェーン業務に特化したワートマ
ン・クスターを買収したのが一例です。 これ
は比較的規模の小さい買収となります。 この
手の買収は、ヨーロッパでは八割が終わった
と考えています。
四つ目は、新しい業務に着手する場合です。
例えば、ある企業がこれまで手掛けてこなか
ったファッション関連や医療関連のロジステ
ィクス業務を取り込もうとする場合、ニッチ
に強い業者を買収して、ノウハウや人材を社
内に取り込むときに使われます。 これも小規
模の買収です。 倉庫を一カ所だけ買い取って、
そこでノウハウを吸収して、全社に広げてい
くようなケースです。 この手の買収は、今後
も盛んになっていくでしょう。
五つ目は、中国やインドのような取引のな
かった外国へ参入する際の買収です。 これは
買収というより、地場の業者とのジョイント
ベンチャーとして行われます。 そうやって市
場開拓を目指す国へ参入する足がかりとする
のです。
ジョイントベンチャーは今後も、続いてい
くでしょう。 しかしジョイントベンチャーに
よる海外進出は、頭痛のタネともなります。
経営は常に不安定で、最終的には、どちらか
の企業による買収で終わることが多いからで
す。
最後は、すでに強力な地位を築いている市
場において、その立場をさらに強固にするた
めの買収です。 ロジスティクス業界でこの手
の買収が行われたのは二〇〇四年に入ってか
らです。 エクセルは二〇〇四年、ほぼ同じよ
うな業態を持つチベット&ブリテンを買収し
ました。 両社とも、イギリスとアメリカで売
り上げの四分の三を稼いでいました。 また同
年にUPSがメンロ・ロジスティクスを買収
したのも同じような形態です。 取引する荷主
が重なっているこのような買収では、重複し
た人材や物流施設を集約することで、経営上
のシナジー効果が得られます。 この動きは、
TPGグループのM&A戦略を説明するTNTロジスティク
ス・ビジネス開発部のピエール・ジラーディン部長
MAY 2005 80
今後も続いていくでしょう。
TNTの買収案件
ここでTNTロジスティクス自身の買収を
見てみましょう。 TPGがTNTを買収して
以来、今度はTNTロジスティクスが主体と
なってM&Aを進めてきました。 主なM&A
だけを数えても、一〇件以上あります(
図2
参照)。 買収件数と比例して、売り上げも伸
びてきています(
図3
参照)。 TNTにとっ
て買収は、業容拡大の中心的戦略といえるの
です。
このうち、地図上の空白を埋めるための買
収としては、Tecnologistica
(イタリア)、C
TI Logistx
(アメリカ)、Mendy
(フラン
ス)、Cargotech
(トルコ)、Schrader
(ドイ
ツ)などがあります。 例えば、二〇〇〇年のCTI買収を見てみ
ましょう。 CTIはもともとアメリカの鉄道
輸送会社の3PL子会社で、北米を中心にし
て、自動車産業や日用雑貨関連、電子機器
関連のサプライチェーン業務を請け負ってき
ました。 CTIを買収することで、それまで
北米にほとんど拠点がなかったTNTが、一
気に北米市場で優位な位置を占めることがで
きるようになりました。 これによって、二〇
〇一年のTNTロジスティクスの売上高三四
億ユーロ(四四二〇億円)のうち、北米を中
心とする南北アメリカの売り上げが八億ユー
ロ(一〇四〇億円)に達しました。
同じく二〇〇〇年には、ドイツのSchrader
を買収しました。 TNTはヨーロッパ全土に
拠点を持っていますが、その中でも強弱はあ
ります。 TNTが市場で圧倒的優位にあるの
はイギリスとイタリアです。 Schrader
を買収
することで、ドイツポストのお膝元でも優位
な立場に立とうと考えての買収でした。
また、TNTは二〇〇二年、中国市場に参
入するために上海汽車集団の物流部門とジョ
イントベンチャーを立ち上げました。 上海汽
車集団は、中国最大の自動車メーカーで、そ
の物流部門とTNTの国際物流のノウハウを
組み合わせることで、TNTは成長著しい中
国市場に参入する足がかりを得たことになり
ます。 約六〇〇人が働くこのジョイントベン
チャー企業は、近い将来一億ユーロ(一三〇
億円)を売り上げることを目標にしています。
先にジョイントベンチャーは頭痛のタネに
もなるという話をしました。 そのことは、同
じ年に作ったもう一つのジョイントベンチャ
ーに現われています。 北欧のDSVという会
社とDFDS Transport Logistics
というジ
ョイントベンチャーを作りました。 北欧はヨ
ーロッパの中でもTNTが弱い地域でした。
それを埋めようとしたのです。
しかし、その後の進展ははかばかしくあり
ませんでした。 そのためTNTが二〇〇四年、
スウェーデンに本社を置くWilson Logistics
というフォワーダーを買収したのを機に、先
のジョイントベンチャーを解消して、全株式
を相手方の企業に売却しました。
図2 TNTの主な買収などの動き
1996年
1999年
2000年
2001年
2002年
2004年
TPGがTNTを買収
Tecnologistica(イタリア)
Mendy(フランス)、Convoi Logistics Exhibition
Services(オランダ)、Schrader(ド
イツ)、Barlatier(フランス)、CTI Logistx(ア
メリカ)、Taylor Barnard(イギリス)
CAT Logistics(フランス)の株式20%取得、
ALS/Advanced Logistics(イタリア)、
Cargo Tech(トルコ)
DSVとJVであるDFDS Transport Logistics
設立(北欧)、Transports Nicolas(フ
ランス)上海汽車集団とJ VであるA N J I
TNT Automotive Logisticsを設立(中国)
Wilsan Logistics(スウェーデン)、JVであ
るDFDS Transport Logisticsの株を売却
注)企業名のみの場合は、TNTの買収を指す
1999 2000 2001 2002 2003 2004
1.5
2.2
3.4
3.6 3.7
4.1
10億ユーロ
図3 TNTロジスティクスの売上高推移(1999〜2004年)
年平均成長率は22%
2004年度は前年比9.63%増
欧州ロジスティクス通信
81 MAY 2005
二〇〇〇年のTaylor Barnard
の買収は、イ
ギリスでの優位性をさらに増すための買収で
した。 先の区分でいえば、六番目のタイプの
買収となります。 TNTのイギリス部門は四
億ユーロ(五二〇億円)を売り上げ、TNT
全体の一〇分の一の売り上げを稼ぎ出してい
るのですが、これまではほとんど特定の荷主
に特化したサプライチェーン業務を行ってき
ました。
荷主を特定せずに業務が請け負えるように
するには、大きな物流センターが必要でした。
荷主と契約を交わしてから物流センターを建
てるのか、センターを建ててから荷主を探し
ていくのかという問題に悩んでいました。 そ
れを一挙に解決したのが、すでに複数の荷主
からの業務を請け負っているセンターを持つ
Taylor Barnard
を買収することでした。
このように、M&AはTNTの成長にとっ
て不可欠な手段なのです。
M&Aは避けて通れない
ロジスティクス業界が依然として抱いてい
る疑問に、「M&Aを伴わない自力による成
長とM&Aによる成長のどちらがいいのか」
というものがあります。 M&Aとは、資金の
豊富な親会社を持つロジスティクス業者がそ
の資金に物を言わせて経営基盤が脆弱な企業
を買い漁っているだけだという批判がこめら
れています。 しかし、私たちは「今後、M&
Aを避けてはロジスティクス企業の成長はあ
りえない」と考えています。
そのことを、誰がM&Aのメリットを享受するのか、M&Aの生み出す価値という二点
からお話したいと思います。
まずは荷主企業です。 ロジスティクス業者
がM&Aによって大きくなれば、荷主は世界
各国で等質のサービスを受けることができる
ようになります。 新しいノウハウが蓄積され
れば、サービスの質は向上するでしょう。 ま
たスケールメリットによるコスト削減も期待
できます。
次は株主です。 M&Aによって企業を売る
側の株主は、売却益が入ってくるので、ここ
から文句が出ることはほとんどありません。
しかし企業を買う側はもう少し複雑です。 企
業を買い取ることは難しいことではありませ
んが、その後、違う企業同士を一緒にするの
は難しい仕事です。 M&Aの狙いは明確なの
ですが、目標に掲げた数字を達成できるのか
どうかは、どれだけ上手くインテグレーショ
ンできるかにかかっています。
具体的には、企業文化の擦り合わせ、情報
システムの統一、各国での作業手順の標準化
などがあります。 これは非常に骨の折れる仕
事で、M&Aを行った企業の多くは、この点
を十分に理解していません。 TNTの買収に
ついていえば、四分の三は上手くいったと言
っていいでしょう。 イギリスでのTaylor
Barnard
の買収などは、当初から上手くいき
ました。 しかしフランスやイタリアでの買収
については、正直言って、まだてこずってい
る段階です。
企業の経営者にとってはどうでしょう。 自
力で新しい部門をゼロから立ち上げるより、
M&Aの方が業容拡大をスピーディーに行う
ことができます。 また外部から新しいノウハ
ウや優秀な人材を社内に注入することで、経
営上の問題をあっさりと解決できることも少
なくありません。 TNTの現在五人いる役員
会のメンバーのうち、三人までがM&Aによ
って買収した企業からの人材です。
最後にM&Aのメリットを挙げましょう。
M&Aのメリットとしては、市場での立場を
強化する、スケールメリットを作り出す、新しい事業を展開するなどがあります。 企業を
融合するのには多大なエネルギーを要します
が、企業の発展のスピードから考えると申し
分ない手段です。
しかし一番大切なのは、買い取った部門が、
その後も自力で成長を続けることです。 買収
すれば、売り上げの数字が大きくなるのは当
たり前のことであって、問題は、その後、買
収した部門がどれだけの伸びを示すことがで
きるのかです。 買収部門に自力成長がないの
なら、株主たちはそんな買収を認めなくなる
からです。
(
本誌欧州特派員 横田増生
)
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