ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年10号
特集
郵政 VS 宅配業者 郵便市場開放のインパクト

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

現在、郵便事業の公社化や民営化を巡って、従来 の商慣行や労使慣行を前提にした意見、慣行にとら われない経済合理性に基づいた意見など関係者の立 場に応じた様々な見解が述べられている。
本稿では郵便貯金、簡易保険、郵便の郵政三事業 のうち郵便事業に焦点を当てて、事実関係を整理す るとともに、事業価値創造という観点から、民間事業 者の市場参入可能性や郵便事業の可能性について探 ってみたい。
ポイントは大きく分けて、?郵便事業の直近の損益 状況、?民間企業の郵便市場への参入、?郵便事業 の競争力強化――の三つである。
ただし、以下の見解はあくまでも客観的事実に関す る相対的な評価や可能性に対する考え方であって、民 営化論等の?べき論〞や?是非論〞を問うわけでは ない。
そうした議論とは、一線を画していることをご 理解して頂きたい。
九七年度以来の黒字転換 最初に、郵便事業の直近の損益状況について整理 しよう。
二〇〇一年度の郵便事業の期間損益は、九 七年度以来の黒字転換となった。
収入ベースでは前 年比一・九%の減収だったが、人件費、物件費、減 価償却費等の諸経費の圧縮に成功したことで、二〇 〇〇年度の一〇〇億円の赤字から、二〇〇一年度に は八〇億円の黒字を確保した。
過去一〇年間を振り返ると、郵便料金値上げを実 施した九四年の翌九五年度に記録した一二一八億円 が最高益だった。
因みに、値上げ前の九三年度は八 〇〇億円、九八年度には六〇〇億円を超える損失を 計上している。
二〇〇一年度の収入は、郵便業務収入が二兆二〇 七億円(前年比一・七%減)だった。
国内の郵便取 扱数量は二六六億通と前年比〇・八%増を記録した にもかかわらず、減収となった。
取扱数量の内訳は第 一種(封書)が二五五億通(同〇・三%増)、第二種 (はがき)が七七億通(同三・一%増)、特殊(書留、 配達記録、速達等)が六・三億通(同一・〇%減)。
郵便物のプロダクトミックスの変化、すなわち料金の 高い品目(封書、特殊など)の伸びが低く、料金の安 い品目(はがき)が伸びていることが減収の一因だと 推測できる。
一方、費用面では合理化による定員削減(二〇〇 三人減)、ボーナス支給月数の〇・〇五月分引き下げ などで人件費の大幅削減に成功した。
職員基本給五 八億円減、ボーナス四六億円減、超過勤務手当六〇 億円減など合計一九七億円の減少だった。
また、物件費も集配運送費八三億円減、用品購入 等経費一二六億円減などを含めて合計二八五億円減 少した。
減価償却費も前年比六五億円減の九〇二億 円だった。
収入減を上回るコスト削減によって黒字転換したわ けだが、〇・三六%という売上高利益率は決して高 い水準とは言えない。
例えば、民営化したドイツのド イツポストやオランダのTPGは二〇%前後の利益率 (売上高EBITDA 比率)を確保している。
もっとも、海外事業者の全てが高水準にあるわけで ない。
アメリカ、フランス、イギリスの郵便事業者は 直近の決算で当期利益が赤字だった。
上を見るか、下 を見るか、様々な捉え方があるとは思うが、効率化の 追求や生産性の改善で収益が回復する傾向にあるこ とは国民経済的に見ても好ましいと言えるだろう。
さ らなる収益改善の可能性については後述することにす る。
OCTOBER 2002 26 物流企業の値段《特別編》 郵便市場開放のインパクト 今回は「物流企業の値段」特別編として郵便事業を取り上 げる。
今夏に成立した郵便関連法案を整理したうえで、郵便 市場の開放が民間企業に与える影響や郵政公社の実力につい て検証する。
北見聡 野村証券金融研究所運輸担当アナリスト 第6部 27 OCTOBER 2002 この事業には郵便法第五条(他人の信書送達の禁 止)の適用除外規定が設けられている。
一般信書便 役務については、?長さ、幅及び厚さがそれぞれ四〇 センチ、三〇センチおよび三センチ以下であり、かつ、 重量が二五〇グラム以下の信書便物を送達するもの、 ?国内において信書便物が差し出された日から原則 三日以内に送達するもの――と定義している。
事業参入は総務大臣の許可制であり、料金は事前 届出制かつ全国均一料金、重量二五グラム以下では 八〇円を超えてはならないとされている。
特定信書便 役務については、?三時間以内の送達、?一〇〇〇 円を下回らない範囲の額、?長さ・幅・厚さの合計 九〇センチ超、または重量四キロ超の信書便物を送 達するもの――と定義している。
これも事業参入は総 務大臣の許可制である。
インフラ負担と信書の定義が障壁に さて、今後の郵便市場に関して、一部のバイク便業者が特定信書便事業への参入を表明した。
ところ が、一般信書便事業についてはヤマト運輸、佐川急 便など大手トラック会社はいずれも「参入はしない」 との意向を示している。
その理由として次の二点が挙 げられる。
第一に、ユニバーサルサービスを提供するためのイ ンフラ整備の負担が大きい。
信書便差出箱(郵便ポ ストに相当)の設置、はがきや切手などの料金収受シ ステムの構築、郵便局内の自動区分機や過疎地域ま での配送車両などの配備など、全国あまねくサービス を提供するための輸送インフラの整備に必要となるコ ストは莫大である。
新規参入を試みる民間事業者は 数百億円を超える設備投資資金を用意しなければな らない。
参入のためのハードルは決して低くはない。
特集 郵 政 VS 宅 配 業 者 民間企業参入の可能性 次に、民間企業の郵便市場への参入の可能性につ いて検証してみたい。
今夏に日本郵政公社法案、信書便法案という郵便 関連法案が可決した。
それによって、基本的には信書 便法で規定されている要件を満たせば、総務大臣の許 可により郵便事業への参入が可能になった。
ところが、この法案に基づいて新規参入を表明して いる大手トラック事業者は現段階では存在しない。
何 故、参入企業が現れないのかを説明する前に、まずは 郵政関連法案がどのような法案なのかを整理しておこ う。
第一に日本郵政公社法施行法による郵便法等の改 正の概要だが、「郵便の役務をなるべく安い料金で、あ まねく、公平に提供することによって、公共の福祉を 増進する」という郵便法第一条は不変とされた。
ユニバーサルサービスの対象は、?通常郵便物(重 量四キログラム以下で三辺計九〇センチメートル以下 で郵便はがきを含む。
第三種、第四種郵便物の提供)、 ?小包郵便物、?特殊取扱(書留、特別送達、各種 証明、年賀など)、?国際郵便――。
また、内容については、?全国あまねく一通からの 引受・配達、?ポストその他による随時、簡便かつ秘 密保護が確実な差し出し、?全国均一でなるべく安 い料金――としている。
自立的かつ弾力的な経営とい う面では、料金体系の弾力化、サービスの多様化、会 計法令の適用除外に伴う改正などを掲げている。
こうした条件の下、民間事業者による信書の送達 に関する法律では、一般信書便事業(全国全面参入 型)、特定信書便事業(特定サービス型)の二事業が 区分けされている。
4,500 4,000 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 9.0 8.0 7.0 6.0 5.0 4.0 3.0 2.0 1.0 0  (%) (年度) (百万通) 1996 1997 1998 1999 2000 2001 DM前年比伸び率(右軸) DM取扱数(左軸) その他郵便物 前年比伸び率(右軸) 郵便のDM(ダイレクトメール)取扱数の推移 OCTOBER 2002 28 既に日本の郵便システムは完成されている。
個人間 のはがきや封書に関する輸送品質(送達速度や達成 率など)は国内外の事業者と比較しても、かなり高い 水準にあると言える。
郵便局には一八七一年以来の 信頼と伝統があり、民間事業者が国民の満足するレ ベルのサービスを提供するのは容易なことではない。
また、国民経済的に見ても、事業者ごとに信書便差 出箱が街中にいくつも存在するのが、果たして好まし いことなのかどうかについては、議論の余地が多いと 言える。
第二の問題は、「信書」の定義に対する解釈の違い によって、信書便法による申請をしなくとも、現実的 には郵便市場に関与できる可能性が高いという点であ る。
信書は郵便法第五条で、「信書は特定の受取人に対 し、差出人の意志を表示し、又は事実を通知する文 書をいう」と定義されている。
その中で、ダイレクト メール(広告郵便物)は、原則として信書に相当する としているが、新聞の折り込み広告等のような不特定 多数を対象としたダイレクトメールやクレジットカー ドは信書に該当しない、という見解も出されている。
ユーザーである国民が望む「信書」の定義は不明瞭 なままだ。
「信書」か否かは、差し出す人が決めれば 良いという見解を利用して市場に参入する方法も考え られる。
法人発だけで一兆六〇〇〇億円規模 実際にダイレクトメール(DM)等に相当するマー ケットは、どのくらいの規模があるのだろうか。
例え ば、二〇〇一年度に郵便局が取り扱ったDMの総数 は約四二億通、うち第一種(封書)が二五億通、第 二種(はがき)が一七億通だった。
封書、はがきの平 均単価をそれぞれ八〇円、五〇円とすると、市場規 模は少なくとも三〇〇〇億円程度と推測できるだろ う。
また、特殊郵便のうちクレジットカード類の送達に 関わる配達記録郵便は二億通だった。
平均単価四〇 〇円程度とすると、八〇〇億円の市場がある計算に なる。
加えて、国際郵便物市場の八〇〇億円程度も 開放されれば、民間企業にとって新たに計四〇〇〇 億円超の市場が誕生することになる。
また、広義に捉えた場合、法人発の郵便物は普通 通常郵便物の八割程度を占めている。
郵便業務収入 二兆円のうち法人発の市場に参入可能性があると考 えれば、一兆六〇〇〇億円程度がターゲットになると 考えることもできる。
今後、信書の定義に対する考え 方が明確になれば、民間企業が参入できる市場のサイ ズの算出も、より精緻なものになると予想される。
い ずれにしても、潜在市場は大きい。
民間企業にとってたいへん魅力的な市場規模である が、肝心の収益に与えるインパクトはどの程度のもの になるのだろうか。
個人間の郵便送達と比べて、DM の送達については、?特定の差出人から大量の配送 物が発生する、?そのため集荷に関わるコストは個人 間の郵便に比べて低減される、?料金収受についても 切手以外の収受方法が選択できる、?集荷、配送前 後には印刷物の保管や封書詰めのような流通加工業 務が発生する、?都市圏の送達ニーズが高い――など の特徴がある。
DMについては民間事業者でも現状のインフラで対 応できる可能性が高い。
既に大手トラック事業者が 「メール便」というサービスを提供しているのは周知 の通りである。
それだけDMは数量効果ばかりでなく、 収益に対する貢献度も大きいと推測できる。
すなわち、 0% 20% 40% 60% 80% 100% 2000 1997 1994 1991 50.4 52.6 50.4 51.4 28.7 30.2 24.0 32.1 15.8 20.6 17.8 18.0 1.9 1.6 2.8 1.7 (年度) 事業所→私人 事業所→事業所 私人→私人 私人→事業所 ●普通通常郵便物の私人・事業所間交流状況 0% 20% 40% 60% 80% 100% 2000 1997 1994 1991 27.9 17.0 15.3 21.7 26.8 29.6 23.9 30.6 38.7 55.9 54.0 49.5 2.0 1.1 3.2 2.7 (年度) 事業所→私人 事業所→事業所 私人→私人 私人→事業所 ●一般小包(普通扱)の利益構造 29 OCTOBER 2002 信書便法案に関わらず、こうしたビジネスが拡大して いく余地はまだまだ大きいと判断している。
都心部のネットワークに弱点 最後に、郵政公社の競争力強化の可能性について 考察してみたい。
民間企業の参入に伴い、一方的に 競争力を失うという見解もあるが、郵政公社自身が 必ずしも受け身になる必要もなく、自助努力で競争力 を改善するチャンスも大きいはずだ。
一般に民間企業との競合に関する議論では、過疎 地の送達の問題や公共の福祉の問題が取り沙汰され ることが多い。
しかし、ここでは経営形態についての 議論ではなく、現在公表されている客観的なデータか ら競争力を改善する施策について考えることにしよう。
ただし、あくまでも想定の範囲であって、?べき論〞 や?是非論〞でないことを改めて強調しておく。
二〇〇〇年度の取扱種類別収支尻(二〇〇一年度 は未公表)によると、通常郵便物の収入合計が一兆 九二〇一億円であったの対し、費用が一兆九一六〇 億円だった。
そのうち、第一種(封書)は収入が一兆 五四七億円、費用が一兆一億円で五四六億円の利益 を計上した。
第二種(はがき)は十三億円の利益があ った。
これに対して、第三種は二八一億円の損失、第 四種は四四億円の損失、特殊取扱は一九三億円の損 失だった。
さらに、小包は八〇億円の損失、国際郵 便物も十二億円の損失となった。
品目別に大きく損益状況に差異があること、全国 の過疎地域までを網羅する第一種(封書)や第二種 (はがき)では利益が計上されており、利益率の水準 も民間事業者と比較しても劣ることはないということ は明らかだ。
第一種(封書)や第二種(はがき)は価 格競争力を持っていると言い換えることもできる。
全 体としての収益悪化はそれぞれの取扱郵便物の個別 事情に因るものであろう。
また、取扱郵便物量の推移を全国と東京地区とで 比較して見ると、第二種(はがき)では東京地区の取 扱伸長率が全国平均を上回っているが、第一種(封 書)、速達、非書留速達小包等では、東京地区の取扱 伸長率が全国平均を下回っていることがわかる。
すな わち、都心部では既に民間企業のメール便にシェアを 奪われているのである。
東京などの都心部では郵便の ネットワーク以上に、民間企業がネットワークの密度 が高い。
民間企業は都心部に経営資源を集中させ、利 便性を高めることで、メール便の取扱個数を伸ばして いる。
生田総裁への期待感 郵便事業のデータを良く吟味してみると、上記のよ うなことを読みとることができる。
郵便事業の収益力 の低さについては、人件費比率の高さ、過疎地域の拠点数の多さなどが指摘されている。
しかし、そればか りではなく、今後は品目ごとの対応策や集荷ネットワ ークのあり方など、顧客サービスの原点を見据えた施 策が必要になってくると思われる。
こうした点を一つ ずつ解決していけば、郵政公社が既存のネットワーク を維持しながら、価格面や品質面の競争力を強化す ることも可能になるだろう。
郵政公社の初代総裁には、商船三井の生田正治会 長が就任することが決定した。
同氏はグローバルな視 野での事業見識、規制業種ではない企業での経営経 験、そして合理性と行動力を持つパーソナリティーを 兼ね備えており、内外からの期待感は大きい。
郵政公 社は明確な戦略と目的意識を持てば、事業価値をさ らに高めていくことができるはずだと見ている。
特集 郵 政 VS 宅 配 業 者 きたみ さとし 一橋大学 経済学部卒。
八八年野村 証券入社。
九四年野村総 合研究所出向。
九七年野 村証券金融研究所企業調 査部運輸セクター担当。
社団法人日本証券アナリ スト協会検定会員。
プロフィール

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