ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年10号
特集
郵政 VS 宅配業者 公社化で郵政事業は肥大化する

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2002 30 小泉総理は攻め方を誤った ――七月に成立した公社化法案と信書便法案をどう 評価されていますか。
「そもそも現在の郵政改革は、民間で出来ることは 民間に任せようという理念から出発しています。
その 意味では、郵便が独占している約一兆八〇〇〇億円 のマーケットのうち、どれだけ競争が導入されるかと いうところに評価のポイントがある。
ところが今回成 立した法律では、事実上ほとんど開放されなかった。
そう私は判断しています。
従って、成果なし。
マーケ ットが広がらなかったことが決定的です」 「マーケットが広がらなかったという意味は二つ。
一 つは、これは小泉さんがものすごく頑張って全面参入 を主張し続けたわけです。
そして参入企業が一社でも あれば、寡占ではあるけど、郵便市場は一〇〇%開放 されたことなる。
少なくとも一兆八〇〇〇億円の市場 を二社で競うことになるはずだった。
しかし参入企業 は今のところない」 「もう一つ。
信書の定義を変えることによって、事 実上、信書の対象を絞ってしまえば、そこに民間が参 入するだろうという考えがあった。
その中でも一番イ ンパクトが大きかったのがやはりダイレクトメール。
しかし今回は、新聞の折り込みチラシのようなものは いいという程度だった。
大半のダイレクトメールは信 書だとされてしまった。
この面でもマーケットは開い たことにならない。
結局、一兆八〇〇〇億円のマーケ ットはほとんどそのまま維持された。
いくら法律が変 わったといってもマーケットは開かれていない」 ――郵政族の完全な勝利ですか。
「そうなりますね。
郵政族というより総務省の勝利 ですね」 ――公社化法案に子会社等への出資を認めるという 条文が最後になって盛り込まれました。
見方によって は、非常に大きなインパクトを持つはずです。
「関連事業への出資を認めるという話は、本来は民 間企業との競争が厳しくなって、マーケットが狭まっ てしまうことに対する一種のプレゼントであったはず です。
それなのに今回の場合は、何も失わないままプ レゼントだけ手に入れてしまった。
ちょっと信じられ ない思いですね」 ――これでドイツポストと同じように、郵政が既存の 宅配業者や物流業者を買収することが可能になってし まった。
重要な意味を持つ案件が、どさくさに紛れて 通ってしまったという印象が強いのですが。
「本当にその通りです。
自分たちでも予想していな かったぐらい取り過ぎてしまったという話が、総務省 側からも聞こえてきています。
実際、総務省側で提出 してハネねられたのは民営化禁止条項くらいですから ね。
民営化禁止条項はそれを盛り込んだこと自体が驚 きという代物です(笑)。
しかし、それ以外は全部通 ったわけです」 ――何でこういうことになってしまったのですか。
「一番のボタンの掛け違いは、郵政公社を作ること 自体を認めたことでしょう。
それも郵政公社が簡単に できるのであれば問題はなかった。
しかし、郵政公社 を作るときに大モメにモメた。
総理が『公社化は民営 化の一里塚』と言っただけで大騒ぎになりましたよね。
公社化後を検討していると話しただけで、大変なこと になる。
そのため公社化後の議論が地下に潜らざるを 得なくなった」 「これは情報公開という面でもよくない。
しかも政 府が作った公社を、同じ政府では批判できない。
公社 がダメだから民営化という議論が出来なくなる。
実際、 「公社化で郵政事業は肥大化する」 小泉政権による郵政改革が誰も予想もしなかった方向に 進んでいる。
来年4月に誕生する公社は今後、市場を独占し たまま肥大化していくことが予想される。
誰の目にもその矛 盾が明らかになった時、改めて民営化論議が再燃する。
東洋大学 松原 聡教授 Interview 31 OCTOBER 2002 特集 郵 政 VS 宅 配 業 者 今回の報告書にも、市場は開放したけれど参入なかっ たという事実さえ書けなかった。
政府筋から御法度に されたんです」 「結局、道路公団の問題のようにオープンな議論も できない。
公社も批判しちゃいけない。
この二点です ね。
そのために、しっかりした議論ができないままこ こまできてしまった」 ――小泉総理はいつの時点で民営化の持論を変えた のでしょうか。
「僕は小泉さんが考え方を変えたとは思っていませ ん。
小泉さんに問題があるとしたら、総裁選の最中、 当時の森総理大臣と対談して、公社化を認めると言 ってしまったことですね。
そこは問題だった。
小泉さ んとしては公社化と民営化を同時に進めることができ ると考えていたようです。
しかし、それは判断ミスだ った」 郵政公社の肥大化を監視しろ ――現在、郵便局は全国に約二万五〇〇〇。
そのう ち集配局が五〇〇〇あります。
これは適正な規模なの でしょうか。
「集配の人数や拠点数はヤマト運輸と比較しても、そ れほどバランスを欠いたものではないと評価していま す。
ですから民営化によって事業経営が大きく後退す ることもないと思います。
それより二万人もの特定郵 便局長や、地方郵政局その他の中間管理層、これも 下手をすると一万人近くいるはずですが、その部分の 効率化が大きいと思います。
そもそも彼らが国家公務 員であるというのは全然、おかしい」 「また問題は郵便料金やサービスです。
今の郵便料 金が適切かというと、そうではない。
サービスが適切 だったかというと、そうではない。
実際、日本は一人 当たりの郵便部数が国際的に見て少な過ぎる。
これは 料金を含めてサービスがあまりにも悪いからだと思い ます。
本来のマーケットはもっと大きいはずです」 「そう考えていくと、やはりコストや国家公務員に よるサービスに問題がある。
競争がないので甘えてい る。
実際、信書と違って民間との競争のある小包では、 郵政もサービスを改善せざるを得なかった。
競争があ るからそうなったわけです。
独占部分では全然、そう した改善が働かなかった」 ――今後、公社はどう展開すべきだとお考えですか。
「それこそ公社としては子会社を作れるようになっ たわけですから、色々な分野に出ていくことになるの でしょう。
しかし本来、国である以上は民業の補完に 徹するべきなんです。
その原理を忘れてはいけない。
逆に公社が自由に経営したいのなら国家公務員の肩 書きを外して民営化して、かつ独占を外して競争を入 れる。
その条件を整えなければならない」 「ドイツポストは、もちろんあくまでEUの枠組みの下にですが、自営化のラインに一応は乗っている。
かつ民営化することで、あれだけの自由化ができた。
国の関与が強いまま、また国家公務員のまま日本の公 社が果たして同じことをやっていいのか。
僕は違うと 思いますね」 「やはり郵便局員が、つまり国家公務員が、引っ越 し業を始めてはいけない。
子会社でそれをやっていい ということになったら好き放題になってしまう。
物流 マーケット全体で見たときに、郵政公社が国の特権を 振りかざしてオーバープレゼンスになるのをどうやっ て監視していくのか。
それが目立つなら民営化させる。
そういう監視をしっかりしておかないと、とんでもな いことになる」 ――海外の民営化のステップと今回の日本のケース、 OCTOBER 2002 32 例えばドイツと日本を比較した場合、どういった違い があるのですか。
「まず経営に国がどこまで関与するか。
郵政事業に 国が積極的に関わる必要がないという認識がヨーロッ パの場合はかなり早い段階でできていた。
郵貯に関し ても日本よりはずっと大胆に民営化でいいという合意 がとれていた。
ただし、もともと日本ほど郵貯の規模 も大きくなかった。
その辺の違いはきっとあったのだ とは思います」 「郵便に関してはEUでは『リザーブド・サービス』 という考え方があります。
独占の留保です。
例えば全 国津々浦々、一軒いっけんに郵便物を配るには一定 の負担がかかる。
その分は競争が入らないように独占 を留保してやろうという考え方です。
そして、段階的 に独占の範囲を狭くしていく。
これについてもドイツ では比較的、早い段階でしっかり合意が出来ていまし た。
ところが日本の場合はそういう合意が全然ないま ま、総理が全面民営化を打ち出した」 ――戦術を間違ったということですか。
「ただし、日本の郵便の場合、例えば重量で三〇〇 グラム以下を独占とすると、民間に開放されるのはわ ずか数パーセントになってしまう。
一兆八〇〇〇億円 のうちの数百億円。
その程度でお茶を濁されて五年後 に再検討しますというのでは話にならない。
少なくと も全体の三分の一は開放されるような形でないと意味 がない。
ところが試算すると一〇〇グラム以下を独占 としても、三分の一まで開かない。
八〇円、五〇円の サイズが圧倒的に多いんです。
そうなると留保から入 っても展望がない。
そう考えた総理の判断は間違いで はなかったと思います」 ――ちなみになぜハガキは五〇円で、封書は八〇円な のでしょうか。
「根拠はあまりないようです。
実際、日本以外のほ とんどの国ではハガキと封書は同じ値段です。
そのた め日本では封書黒字、ハガキ赤字という構造になって いる。
また料金について競争分野の小包は過去にほと んど値上げできていない。
値下げばかりです。
しかし 独占部門だけは上げてきている。
もともと五〇円と八 〇円という価格差自体がおかしいし、その水準も競争 的な裏付けのない数字だと思います」 ――運送費であれば通常は距離と重さで弾きますが、 郵便は全国一律ですね。
「旧運輸省はずっとそういってきたわけです。
コス トを積み上げた運賃にしろと。
ただしメール便は全国 一律です。
旧運輸省がそれを認めたのは、重さが軽け れば距離によるコスト差は、ほとんどないだろうとい う判断があったからです。
ヤマト運輸元社長の小倉昌 男さんが前に説明していたのですが、宅配便一つの箱 に郵便なら一〇〇〇通入る。
宅配便一箱の幹線輸送 コストが一〇〇〇円だとすれば、一通一円です。
とい うことは八〇円の中で距離に比例する部分は一円にす ぎない。
実質上、その差を考える必要はない。
そうい う意味での一律料金なのでしょう」 二〇〇四年度に民営化議論は再燃する ――民間の全面参入が認められたのに、実際は参入が ない。
この事実をどうとらえていますか。
「発想がおかしかった。
一八万本のポストを持つ事 業体は一つでいいはずなんです。
ところが、その一つ を潰さないために、新しく一〇万本のポストを別に作 れという理屈になっている。
(既に民間宅配業者も) 配る方はできているわけです。
問題は集める方にどれ だけ規制をかけるかだった」 ――誰が考えてもおかしい話が、なぜまかり通るので 33 OCTOBER 2002 すか。
「それは民間企業にクリームスキミング(いいとこ 取り)させたくないという総務省の意向でしょう。
今 年四月末ぐらいに信書便法案のスキームが明らかにな ったわけですが、そのプロセスには総理も関わってい ない。
出された時には、既にどうしようもなかった。
時間がなくて郵便以外の分野についてはパブリックコ メントがあったのに、郵便はパブリックコメントもな いまま法律ができてしまった。
その結果、とんでもな いのができてしまった」 ――そうなると心配なのは今後の影響です。
一時、総 理は省令などで信書便法の縛りを外していくという話 をしていましたが。
「それはあり得ない。
ですから私は郵便市場への民 間参入については今回の郵政の懇談会でも、もはや議 論していないんです。
しかし今後、公社が民営化する となったらもう一度その議論をせざるを得なくなる。
ただし二〇〇三年四月に公社がスタートして、一年も たたずに民営化の議論を始めるわけにもいかないでし ょうから、当面は二〇〇四年度中にでも民営化の議 論が始まって、その中で郵便の見直しが進むことに期 待するしかありません」 ――参入者がいなければ、公社化による変化もない? 「公社化が進めば、子会社等への出資で郵便事業は肥 大化する。
しかし民間は参入できないという状況が続 くでしょう。
誰の目から見てもおかしいことになって くる。
その時に全体の改革の中で郵便の開放をどうし ようとなる」 ――初代総裁には商船三井の生田正治会長が選ばれ ました。
「公社経営は法律でガチガチに固まっていますから、 どれだけ手腕を発揮できるのか。
国家公務員ですから 人件費も削減できない。
期待したいのは人事ですね。
民営化に向けて、公社の中で民営化の推進に前向き な人をどれだけ多く自分の周りに配置できるか。
公務 員の中にも民営化がいいと言い出す人だっていると思 います。
そういう人を使った民営化に向けての組織固 めが、生田総裁に一番期待されているところでしょう。
経営自体は誰がなったところで大きく変わることはあ り得ません」 ――商船三井の歴史を振り返ると、公社も企業買収 や国際的なアライアンスなどに乗り出すのではないか と予測できますが。
「確かに自由にやれるのなら、その出資条項を最大 限に活用するでしょう。
しかし、公社が純粋な拡張に 入るためには民営化が前提になる。
結局、公社がどん どん肥大化していけば、それが民営化を加速する。
国 が運営し保護がある分、制約もある。
保護のもとで好 き勝手やっていいということはあり得ません。
そんな ことをしたら日本だけでなく世界中から袋だたきにあいますよ」 ――郵貯や簡保の部分で、民間から圧力がかかること は期待できませんか。
「民間金融機関は今や逃げ腰です。
民営化どころか、 民間企業に公的資金を入れるかどうかで議論している ぐらいですからね。
ヤマト運輸のように、しっかりと 郵政と戦う姿勢をとっている金融機関はありません」 「そもそも民間の金融機関は郵貯の持つカネが欲し いとは、今は思っていない。
郵貯のカネが流れ込んで きても、使い道がない。
金利も安い。
投資先がない。
だから正論が全然、出てこない。
当面、金融分野で民 間から強い力が出てくることはまずないと思います。
本当は変えなければいけないのに日本は変わらない。
このままでは大変なことになると危惧しています」 特集 郵 政 VS 宅 配 業 者 松原聡(まつばら・さとる) 1954年 東京都生まれ。
84年筑波大学大学院 (博士課程)修了。
96年東洋大学教授。
専門は経済政策および公共政策。
首相の 私的諮問機関で昨年5月に発足した「郵 政三事業の在り方について考える懇談 会」のコアメンバー。
近著に「なぜ日本 だけが変われないなのか―ポスト構造改 革の政治経済学―」(ダイヤモンド社)、 「郵政公社が見る見るわかる」(サンマー ク出版)などがある。
PRUFILE

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