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31 NOVEMBER 2002
チャネル管理に使われてきた日本の卸
――まず最初に少し長いスパンで、日本の中間流通に
ついて解説していただけますか。
「戦後の流通チャネルは、少なくともFMCG(フ
ァースト・ムービング・コンシューマー・グッズ=在
庫回転率の早い包装済み商品)の分野では、メーカー
が整備し、組織してきました。 我々が?内部組織の拡
張〞と呼んでいるもので、あたかも流通過程を自分た
ちの組織のように編成し、管理してきたんです」
――一九六六年に花王が各地に花王販売を設立した
ような動きですね。
「メーカーが販社を作るときに最大の焦点になった
のが、いわゆる独立資本としての卸売業者、つまり問
屋の処遇です。 化粧品、洗剤、家電製品などの分野
で、問屋を自分たちの販売会社にする動きが出てきた。
あるいは特約代理店組織によって、卸売業者を地域
別・商品別にゆるい形で囲い込んだ。 これが加工食品
や日用雑貨における戦後の流通制度です」
「問屋をステッピング・ストーン(足がかり)にし
て、実は小売りを管理するのがメーカーの最終目的だ
った。 ここには大きく言えば、『自社製品の販売促進』
と『価格の安定』という二つの大きな目標があったは
ずです。 そのために卸売りをテコに流通チャネルを管
理しようとしてきたんです」
「このときに卸売業者が担うことになる流通機能が
決まったのですが、そのうちの一つが商流で言うとこ
ろの『商権』、つまり特約権とか代理店権などの商い
の権利です。 よく問屋の経営者が、『問屋というのは
メーカー以上には絶対に大きくならない』などと言い
ますが、それはここから出てきた言葉です。 メーカー
によって地域を限定されたり、取扱商品を限定され、
場合によっては、大きくなった商権を東西に分けると
いった商権分割が行われてきました」
――そうやってメーカー優位の流通が形成された。
「戦後の問屋というのは、いわばメーカーの代理店
制度のなかで特約代理店として大きくなってきました。
ですから地方に行くと、今でもキッコーマンの特約店
とか、味の素の特約店といった看板を掲げているとこ
ろがある。 彼らは、ある種の稀少材として、特約商品
を売っていた特殊な存在だったわけです」
「昔は、医薬品とか化粧品には再販制度がありまし
た。 電器製品とか洗剤などでも定価とか標準価格など、
今のメーカー希望小売価格よりさらに強い標準価格が
あった。 こうやって想定される小売価格を元に『三段
階建値制』、つまりメーカー出荷価格、卸売価格、小
売価格という価格体系ができた」
――現在、センターフィー問題の元凶になっている店
着価格による取引慣行もそこで生まれたわけですね。
「小売価格というのは、ようするに届けてナンボと
いう店着価格です。 仮にメーカー希望小売価格や再
販売価格が一〇〇円だとすると、特約代理店は七五
円の商品をお店に届けて、二五円のマージンを手にす
るように決まっている。 そしてメーカーは他の卸には
特約を与えず、商品を扱えない。 そのうえで特約店に
販促リベートなどを与えながら、メーカーがチャネル
を操作してきたんです」
「甚だしきはナショナル(松下電器産業)のように、
価格を守ったら一%のマージンを与えるなどという露
骨なことまでやっていた。 また、自社製品を置く棚を
大きくしてくれたらマージンを増やすといった具合に、
建値・店着価格を事後的に操作しながら、メーカーが
流通業者の行動をコントロールしてきたわけです」
――そうしたメーカー主導の流通が、ここ十数年の間
「やがては小売業が中間流通を統合する」
日本の流通は現在、システム間競争の過渡期にある。 し
かしメーカーから小売業へのパワーシフトは避けられない。
最終的には日本市場でも小売業が中間流通を統合すること
になるだろう。
法政大学 矢作敏行教授
Interview
に小売り主導にシフトしました。
「メーカーが流通の主導権を握っていた時代には、メ
ーカー別、商品別に在庫を管理して配送するのが、卸
売業者にとっての機能だった。 そういうチャネル政策
が、流通革命から四〇年くらい経って、とくにこの一
五年くらいで大きく変わってきました」
「この変化は四つのキーワードで説明できます。 『大規
模化』、『業態化』、『広域化』、『情報化』です。 『大規
模化』とは、メーカーが支配していた流通チャネルの
なかで、小売りがそういう枠に収まらなくなったとい
うことです。 具体的にいうと、特定の小売業者が総合
品揃え型の店舗を多数展開し大型化したことで、特
定のメーカーに依存する度合いが低くなってきた。 こ
れがパワーシフトの意味です」
小売りが望んだ物流の高度化
「従来、消費者は専門店や業種店を回りながら自ら
品揃えしていました。 魚屋で魚を買い、八百屋で野菜
を買い、乾物屋で調味料を買って一つの鍋を作ってい
た。 これが?ワンストップ・ショッピング〞という業
態革新によって、居食住については総合スーパー、食
材については食品スーパー、住居用品についてはホー
ムセンター、これらを補完するコンビニエンスストア
という形で『業態』が分かれてきた」
「こうした『業態化』はここ一五年くらいの間に出
てきたもので、コンビニに対応した専用センターとか、
食品スーパーのドライグロサリーに対応した専用セン
ターも出てきた。 ようやく卸の段階まで変化があらわ
れてきたということです。 それ以前の卸は、総合品揃
えに対応できる物流や商流を持っていなかった。 卸に
よる一括フルライン納品というのが出てきて、ようや
く店頭の品揃えに対応できるようになったんです」
「『情報化』は、一九八〇年前後から小売業によるE
OS発注などで始まったのですが、同じ頃にJANコ
ードができ、セブンの全店POSとバーコードによる
発注の仕組みができた。 このときに初めて、店頭の実
需に基づくサプライチェーンの再構築が始まったんで
す。 それ以前には、単品ベースの実需把握というのを
小売業者も、問屋も、メーカーもしていませんでした
からね」
「単品管理ができるようになったことで、仮説・行
為・検証というのが少なくとも一週間単位でできるよ
うになった。 小売店が店頭の実需に基づいて中間段階
を上手く調整すれば、サプライチェーン全体の在庫を
情報に置き換えられる状況が生まれたわけです」
――四つめの『広域化』の意味は?
「『広域化』には二つの側面があって、一つは商談方
式の変更です。 従来、商談は各地域でやってきた。 そ
のために地域の問屋がいたし、大卸の下の二次卸や代
行店がいた。 ところがチェーンストアができたことによって、チェーン本部にいけば、全国の店舗の商談が
できるようになった。 これはもう劇的な変化です」
「もう一つ、大きく変わったのが物流です。 それま
での小規模分散的な小売りに対しては、全国にあった
卸が対応していました。 ところが業態に対応できない、
実需に対応した納品ができない、小売りチェーンに対
応する広域の物流サービスができない、といったさま
ざまな問題が出てきた。 納品の精度とかリードタイム
の短縮化ということも含めて、物流面で卸が対応でき
なくなってしまった」
――中間流通に求められる物流機能が変わったという
ことですね。
「よく菱食の廣田社長が言うのですが、あそこが四
社合併で誕生したとき、菱食ですら七割方は二次卸
流通パターン別取引価格の例
?. 日本型 ツーステップ流通
?. 日本型 スリーステップ流通
〔ネット生産者出荷価格〕 〔卸売価格〕 〔希望小売価格〕
メーカー 卸売業 小売業
メーカー 卸売業 小売業
60 75
65
100
75 100
直送
直送
商法 物流
メーカー 卸売業 小売業
メーカー 卸売業 小売業
58 75
63
100
75 100
2次卸
2次卸
?. グローバル型 ワンステップ流通
メーカー DC 店舗
※58〜65
注) ?加藤弘貴「メーカーの取引制度と卸
売業のロジスティックス」、田島義博
監修「卸売業のロジスティックス戦略」
同友館の図表2・2を基に、筆者がス
テップ別に整理し、新たにグローバ
ル型ワンステップ流通を追加した
?希望小売価格100、同卸売価格75、
グロス生産者出荷価格66を基礎に、
卸の基本販売手数料1、2次卸への
販売・帳合手数料2、分荷手数料5
の販売関連機能割引による取引価
格の調整例が示されている
?※印は小売業が卸の機能を代替し
たときに?、?のケースから想定され
る卸売価格の変動幅を表す
?DC=配送センター
出所:矢作敏行「ワンステップ流通の可能性」『生活起点』2002年8月号、セゾン総合研究所
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や代行店に卸していた。 逆に今は八割以上が小売りに
なっていますけどね。 ようするに合併当時の菱食は小
売りには売っていなかったんです。 国分などは、いま
だに大卸として再販売先は卸です。 つまり広域対応で
きている卸というのは非常に少ないんです」
「最初に業態、実需、広域に対応できるように中間
流通を変えたのは、コンビニエンスストアです。 帳合
いの集約化と共同配送によってメーカー別・商品別の
壁を破り、店舗別・管理温度帯別に変えた。 これが
スーパー業界では、窓口問屋制によって帳合い関係を
バイパスしながら、いわゆる一括フルライン型の物流
を商品カテゴリー別にやっているわけです」
「いま言った四つの変化のなかで日本の流通は変わ
ってきました。 メーカー希望小売り価格がオープン価
格になり、三段階建値が廃止され、最近ではリベート
も簡素化されたり一部では廃止されている。 つまりメ
ーカーのチャネル政策全体が、商業構造の変化に合わ
なくなってきたわけです」
卸機能が歴史的に発達している日本
――チェーンストアの台頭にもかかわらず、日本でだ
け卸の機能が温存されているのはなぜなのでしょうか。
「これはもう日本の歴史でしょう。 社会的に規定さ
れた日本の流通の特質が、やはり卸売機構にあるとい
うことだと思います。 日本では江戸時代から、全国の
産品の流通が江戸と大坂を中心に活発に行われてきた。
その頃から産地問屋、消費地問屋というのがあった」
「消費財のなかでは酒などが典型ですが、例えば明
治屋などは、歴史的に非常に大きな役割を担ってきた。
酒の流通を樽詰めから瓶詰めに変えたのは問屋だった
し、初めて商品にブランドをつけたのも彼らだった。
まさに全国流通を担っていたわけです」
――中間流通の仕組みが、歴史的に欧米とは根本的
に違っていたということですか。
「そういうことです。 いわゆる第一次流通革命のと
き、日本にもチェーンストアが入ってきて流通過程
が変わる、多段階制が変わると言われました。 しか
し、実は小売りは多段階制によって、卸売業者に在
庫を持ってもらい、配送を依存してきた。 メーカーに
もリベートというかたちで依存していた。 だからこそ
日本の小売りは店舗投資に経営資源を集中して、短
期間に成長することができた。 日本の流通のそうい
う特徴は、研究者の間ではほぼ共通の認識としてあ
ります」
「チェーンストアは日本に入ってくる過程で、卸売
機構を中心としたよく発達した日本の流通機構に依
存しながら、日本型で発展してきました。 ですから欧
米のようなワンステップ型流通、つまりメーカーと小
売業者が直接取引をして両者の間に大規模な配送セ
ンターを構えるような流通は発達しなかった。 これは
当たり前なんですよ。 アメリカでは卸売機構が発達す
るより以前に、一九世紀からメーカーマーケティング
やチェーンストアが発達してきたわけですから」
――ヨーロッパはどうでしょうか。
「イギリスもアメリカと同じです。 戦前から『マルチ
プル』と呼ばれるチェーンストアと生協が発達してい
て、小売市場の二割以上のシェアを占めていた。 そう
いう存在が中間流通を内部化していました。 なにしろ
生協というのは二〇世紀の最初にもう巨大な組織を
持っていて、塩蔵肉とかお茶を海外からバーティカル
に輸入して配給する仕組みを作っていましたから」
――欧米の流通には、日本とはまったく異なる土壌が
あったわけですね。
「日本の場合は、戦前、明治、江戸と歴史を遡れば
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遡るほど卸の力が強かった。 メーカーはそうした卸の
機能を上手く利用することで、高度成長期のチャネル
政策を展開したわけです。 それが、さっき言ったよう
に、ここ一五年くらいで急速に崩れてきた」
「そいういう意味では、卸が変わらなければならな
いのは歴史的な必然なんです。 短期の問題ではなく、
今後二〇年、三〇年と続く大きな変化のなかに卸は
ある。 彼らが拠り所にしてきたメーカーのチャネル政
策が変わったのですから、このままいくわけがない」
サプライチェーン企業に脱皮する卸
「ワールドサプライヤーと言われるプロクター・ギャ
ンブルなどが、特約店なしのフラットな取引制度を導
入したのも当たり前なんです。 コストコもカルフール
もウォルマートも、直接取引でやろうとしているわけ
ですからね。 彼らは欧米型のビジネスモデルを日本に
も持ち込もうとしています」
「これから繰り広げられるのは、欧米型がいいのか、
従来の日本型がいいのかというシステム間の競争です。
変化を先取りしてイオンや一部の企業がやろうとして
いる第三の方法も含めた、システム間競争が起きる。
そのなかで卸売業者が、生き残るための事業ドメイン
(領域)をどこに見出していくかは、大変ですが、あ
る意味では大きな事業機会でもある」
――実際、日本では加食卸も日雑卸も変わりつつある。
「卸の経営者たちは小売りやメーカーが加速度的に
変化していることを、よく分かっています。 だからこ
そ大規模な業界再編成だとか、従来の枠組みを超え
たトップ企業同士のアライアンスなどが実現している。
みんな生き残りをかけていますよ」
――ただSCMやECRなど欧米の理論が普及する一
方で、現実の日本の中間流通はセンターフィー問題な
ど多くの矛盾を内包しています。
「まさにシステム間競争をしている過渡期だからで
しょうね。 それでも私は、小売りが中間流通を何らか
の形で統合する、つまり自前でやるか3PLを使って
やるという方向性は避けられない変化だと思います」
――なぜ日本では、欧米のように小売りとメーカーの
直接取引が進まないのでしょうか。
「結局、『帳合い』なんです。 特約店制度とか代理店
制度のなかで、帳合いが卸にあるという伝統的な取引
慣行がある。 このためにある種の屋上屋を架すような
変形された小売りサプライチェーンができているとい
う指摘は、確かにその通りです。 窓口問屋もそうだし、
通過型の小売り専用センターもそうです」
「ワンステップ型の流通というのは、一定の条件下
あれば確実に経済合理性があります。 メーカーと小売
りが直接取引をして、品揃えや広域対応についてはリ
テールサプライチェーンの中核となる広域配送センタ
ーとか、複数温度帯をカバーする複合センターが担う。 すでに欧米でもアジアでもそうなっています」
――ただ多くの流通関係者が、日本が欧米型になるた
めには、メーカーと小売りの双方の上位寡占化の進行
を待つ必要があると指摘しています。
「システム間競争ですから、答えが出るまでには長
い時間がかかるはずです。 ただ日本には発達した卸が
あるわけですから、そこに依存しながら欧米型のワン
ステップ流通が発展していく可能性もあるのではない
でしょうか。 つまり、卸売業者がサプライチェーン企
業に生まれ変わるという意味です」
「それが嫌で、商流も情報流も担いたい、フル機能
でやりたいと思う卸は、ボランタリーチェーンやフラ
ンチャイズチェーンなどの形で、小売りと卸を統合し
た流通企業を目指すべきでしょうね」
やはぎ・としゆき1945年生まれ、69年
国際基督教大学教養学部卒業、日本経済新聞
社記者、米コーネル大学客員研究員を経て現
在、法政大学経営学部教授 商学博士(神戸
大学)、主な著書に、『コンビニエンス・スト
ア・システムの革新性』(日本経済新聞社
1994年)、『現代流通』(有斐閣1997年)、
『小売りイノベーションの源泉』(日本経済新
聞社1997年)、『欧州の小売りイノベーショ
ン』(編著、白桃書房2000年)、『アジア発
グローバル小売競争』(共編著、日本経済新
聞社2001年)、Retail Investment in Asia
Pacific:Local Responses and Public
Policy Issues(ed.), OXIRM,Templeton
college,University of Oxford,2000
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