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MAY 2005 36
「日本の物流は進んでる? 遅れてる?」
久しぶりに弟子教育が始まった
五月だというのに初夏のような日差しを振りま
いた太陽が沈み、事務所の窓からきれいな夕焼け
空が見える。 今日は珍しく部外者がいない。 会議
テーブルには大先生と弟子たちだけが向き合って
座っている。
「絶好の会議日和だな」という、わけのわからない
大先生の呼び掛けで、いま引き受けているコンサ
ル業務の打ち合わせが始まった。 ところが「のど
が渇いた」という大先生の一声に応えて、女史が
ビールを出したせいか、いつの間にやら宴会へと
変わってしまった。
ビールを片手に、大先生が弟子たちに語りかけ
る。
「この前、ある人から、日本の物流は進んでいるの
か、遅れているのか、という珍妙な質問をされた」
弟子たちは頷きながら、次は『おまえたちなら
どう答える?』と聞かれるに違いないと思って身
構えた。 案の定、誰にともなく大先生が尋ねた。
「おまえたちなら、何て答える?」
ちょっと間を置いて美人弟子が口を開く。 実は
これまで、このような問い掛けに弟子たちが答え
ても、大先生が想い描いていた答と合ったことが
一度もない。 いつも微妙に食い違ってしまう。 今
度こそと美人弟子が意気込む。
「進んでいるところもあれば、遅れているところ
もあるという答えしかないように思いますが‥‥」
大先生が笑いながら、体力弟子の顔を見て聞い
た。
「進んでいるところは?」
「物流拠点内の作業とか配送など、物流の活動レ
ベルの効率化という点では進んでいると思います
けど‥‥」
何となく自信がなさそうだ。 大先生は、今度は
美人弟子に聞いた。
「遅れているところは?」
「物流を市場の動向に同期化させるとか、数字を
ベースにした管理とか、いわゆるマネジメントレ
ベルではあまり進んでいないと思います」
「まあ、無難な答えではあるな」
《この連載について》
主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタント
だ。 コンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに企業
を指導している。 本連載の「サロン編」では大先生の事務所で起
こるさまざまなエピソードを紹介してきたが、今回でいったん完結
する。 次回以降はちょっと趣向を変えた「コンサル道場」を登場
させる予定だが、今回はサロン編の締め括りとして、大先生によ
る弟子教育の模様をお伝えする。 大先生の事務所には正式な研修
制度がないため、弟子たちは日常のやりとりを通じて自分を高め
ていかなければならない。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
湯浅和夫の
《第
37
回》
〜サロン編〜
〈大先生の弟子教育〉
37 MAY 2005
そう言うと、大先生はたばこに火をつけた。 弟
子たちは、大先生が何を言おうとしているのか興
味深そうに見ている。
「そういう見方もできるけど、すべての企業に当て
はまるわけではない。 おれの答えはちょっと違う」
たばこの煙を見ながら、大先生がぼそっと言っ
た。 弟子たちは『やっぱり』という顔をする。 美
人弟子が抗議した。
「いつも外れてしまいますけど、私たちが答える
のを待って、違う答を用意してるんじゃないです
か? 後出しじゃんけんみたいですよ、それは」
スタッフルームで女史の笑い声が起こる。 一緒
に笑ってしまった体力弟子が、にらまれて大きな
からだを縮めた。 大先生がムキになって抗弁する。
「そりゃ言い掛かりってもんだ。 じゃあ今度からは、
先におれの答を紙にでも書いておくか?」
思わず吹き出した体力弟子が、またにらまれる。
新しいたばこに火をつけながら大先生が話し出し
た。
「まあ、それはあとで考えるとしよう。 で、本題
だけど、おれの答えは、日本の物流は、荷主企業
と物流事業者との間で本来あるべき役割分担がで
きていないという点で遅れているということさ」
体力弟子と美人弟子は顔を見合わせた。 そうい
えば以前、この話を大先生から聞いたことがある。
質問されたときに、それを思い出せなかったこと
を弟子たちは悔やんだ。
もっとも大先生は、そんなことにはお構いなし
で先を続ける。
「作業効率や配送効率など、活動レベルの効率化
は本来、物流事業者に任せればいいこと。 荷主企
業は、さっきおまえが言ったようなマネジメント
レベルの仕事をやればいいのに、それをやらずに
活動レベルの効率化にどっぷり浸かっている。 こ
れは、ゆがんだ構図だ。 なんで、こんなことにな
ってしまったんだ?」
久しぶりに弟子教育が始まった。 会議中だろう
と、宴会中だろうと、大先生は思い立ったときに
これをやる。 体力弟子は背筋を伸ばすと、確認するように答えた。
「これまで、それを物流事業者が担えなかったから
です‥‥よね?」
体力弟子に念を押された美人弟子が、頷きなが
ら付け加えた。
「物流拠点の配置や、拠点内の作業システム、配
送効率など活動レベルの効率化は本来、物流のプ
ロである物流事業者がやればいいことです。 それ
が、なぜか物流事業者は、運ぶとか作業するとい
った活動だけに特化してしまい、効率化は荷主企
業みずからが手がけるということになってしまっ
た。 その結果、荷主企業が本来やるべきマネジメ
ントレベルの活動がおろそかにされてきた‥‥と
いうのが師匠のお考えですよね」
「それが、1PLという物流の形態ですね。 ところ
が最近では、物流活動にかかわる部分をすべて専
門業者に任せてしまう、つまりアウトソーシング
してしまうという3PLが関心を呼ぶようになっ
てきました。 これは、本来の役割分担に回帰し始
めたということなのではないでしょうか」
まとめるように体力弟子が補足する。 大先生は
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頷くと一つの結論を出した。
「そう、ようやっと本来の役割分担になってきた。
だから、日本の物流はこれからが本番だな」
これまでは荷主がやるのが当たり前
だったことを代行するのが3PL
大先生の言葉を受けて、体力弟子が言う。
「その意味では、3PLの登場というのは、日本
の物流の歴史において時代を画す出来事というこ
とになるんですね」
美人弟子も同意する。
「そうですね。 物流システムを作る世界の主役が、
アウトソーシングという形で交代するということ
ですから。 でも、本当に主役が交代できるかどう
かは、アウトソーシングの受託を事業とする3P
L事業者次第といえますね」
ここで大先生が口を挟む。
「しかし、いまだに一部の事業者は、3PLが受
託するアウトソーシングの範囲はどこまでかなど
と言ってる。 そんなことを考えているうちは3P
Lなどできるわけがない。 ようは、受託できるな
ら何でもやってしまえばいいのさ」
弟子たちもビールを飲みながら、神妙な顔で聞
いている。
「聞くところによると、3PL事業というのは提案
営業をすることなどと言っている向きもあるよう
だけれど、そんな認識では3PLはできない。 そ
もそも、3PLと提案営業とは関係のない話。 本
来、3PL事業者は、荷主の物流部を代行するわ
けだから、提案する側ではなく、させる側に立つ。
3PL事業は、これまでの物流事業の延長線上に
はないということをきちんと理解しないと、アウ
トソーシングは進まないな」
弟子たちが、懸命にメモをとる。 それを見なが
ら、大先生はスタッフルームにいる女史に声を掛
けた。
「おーい、もうビールは飽きたから、焼酎を持って
きてくれ」「あら、コンサルの打ち合わせではなかったんで
すか。 宴会になってしまったんですね」
女史が大先生をかまう。
「弟子たちの教育さ」
「焼酎を飲みながらですか? 酔っ払っちゃいます
よ」
「なーに、こいつらの教育は酔っ払ったくらいでち
ょうどいいのさ」
いつもながらの大先生と女史のやりとりだ。 ま
た始まったという顔で聞いていた弟子たちに、突
然、大先生が話しかけた。
「そうそう、この前、何かの集まりで『3PLを一
言でいうと何でしょうか?』と聞いてきた奴がい
た。 安易な質問だと思ったから、『これまで荷主が
やるのが当たり前だと思っていたことを代行する
ことさ』と答えてから、『ところで、それは何だ?』
と逆に聞いてやったんだ。 結局、彼の口から答が
出てこなかったから、教えずに帰ってきた」
頷きながらも、弟子たちは懸命に考えている。 ま
た大先生が『それは何だ?』と必ず聞いてくるは
ずだと思ったからだ。 身構える弟子たちを見て、大
先生は、にっと笑いながら尋ねた。
39 MAY 2005
「その安易な質問をしたやつは誰だと思う?」
肩すかしを食わされて、おもわず美人弟子はの
けぞり、体力弟子は突っ伏した。 大先生は楽しそ
うに笑うと、顔を上げた体力弟子に対し、おもむ
ろに「それは何だ?」と尋ねた。 体力弟子が即答
する。
「荷主の物流部がやってきたことですから、物流コ
スト削減しかありません‥‥と思います」
傍らの美人弟子も、すぐに同意する。 「あったり! さすが弟子たちだ。 よかったな、
当たったじゃん」
弟子たちが複雑な顔をする。 大先生が褒めると
きは危ない。 かまわず大先生は続ける。
「その質問をしたのは、3PLを標榜している物
流事業者の役員だけどな。 まあ弟子でも答えられ
るような簡単なことがすぐに出てこないようでは、
この会社に3PL事業なんて無理だな」
「物流コスト半減がうちのミッション」
美人弟子が会議を締めくくった
その物流事業者の名前を聞いた体力弟子が、思
い出したように話題を提供した。
「そう言えば、その会社は、物流ABCを導入し
てみたら、アクティビティが数百にもなってしま
って使えないなんて言ってきたところです。 そう
よね?」
頷く美人弟子に、大先生が楽しそうに聞いた。
「それで、何て答えた?」
「はい、最初ちょっと意地悪をして、『簡単です
よ。 一〇〇くらいにまとめてしまえばいいんです』
IllustrationELPH-Kanda Kadan
MAY 2005 40
と答えました」
たばこに手を伸ばしながら、大先生が「それ
で?」と先を促す。
「そしたら、それができないんですって悲しそう
な声で言うものですから、私も意地悪はやめまし
た。 荷主別にアクティビティの設定をしてません
かって確認したところ、そうだとおっしゃるので、
アクティビティ設定の考え方について改めて説明
しました」
「それにしても、物流ABCの導入では、アクティ
ビティの設定や時間計測でつまずいてしまう会社
が相変わらず少なくありませんね。 ストップウオ
ッチを持って作業者をずっと追いかけなければな
らないとか、作業者に負担がかかるとか、誤解と
しかいえない理解がまかり通っている。 そういう
ことを平気で言うコンサルタントもいるようです
から、困ったことです」
体力弟子が、ため息まじりに嘆く。 それを聞い
た大先生は、体力弟子に聞いた。
「荷主企業の代わりに物流コストを削減してやる
となると、何が必要だ?」
「これまで荷主企業がやってこなかったことをし
なければ意味がありません。 荷主企業と同じ土俵
に立っていたのでは3PLとはいえません。 じゃ
あ、これまで荷主企業がやってこなかったことは
何かと言えば、一般的には、物流ABCと在庫管
理だといってよいと思います」
「ただ在庫管理というと、実在庫と帳簿在庫の誤
差をなくすためのマネジメントだと思っている人
も相変わらずたくさんいます。 物流事業者が在庫
管理をやっているというところは大体そうです」
美人弟子のもう一つの問題提起に、体力弟子が
言葉を継いだ。
「在庫といえば、相変わらず、在庫は必要だと言
う人も多いですね。 でも、なぜ必要なのかと理由
を聞くと、納得できる理由に出会ったことがあり
ません」
「当たり前だ。 在庫が必要だなんていう理由はそ
もそもないんだから。 在庫が必要だなんて言って
るうちは在庫の管理などできはしない。 現実に、そ
ういう企業では、在庫管理はできてないだろ?」
大先生の質問に弟子たちが大きく頷く。 それを
見た大先生が一つの答を出す。 もうやめようとい
う合図だ。
「本来、これらの技法を武器に、物流コストを削
減する方法論を荷主企業に提示するのが3PL事
業者の役割。 まあ、うちとしては、これからも、あ
らゆる機会をとらえて、物流ABCと在庫管理に
ついて、しつこくその本質と方法論を説き続ける
ことが必要だ」
「物流コスト半減がうちのミッションですからね」
美人弟子が見事に締めた。 体力弟子も納得して
いる。
ふと窓の外に目をむけると、もう真っ暗だ。 本
日の弟子教育は一段落したようだが、宴会はまだ
まだ続きそうだ。
*本連載はフィクションです
ゆあさ・かずお1971年早稲田大学大学院修士
課程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を
経て、2004年4月に独立。 湯浅コンサルティング
を設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論
(共著)』(有斐閣)、『物流ABCの手順』(かんき出
版)、『物流管理ハンドブック』、『物流管理のすべて
がわかる本』(以上PHP研究所)ほか多数。 湯浅コ
ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp
PROFILE 新刊紹介
湯浅和夫氏の新刊『在庫管理ハンドブ
ック』(PHP研究所・本体価格1200円
税別)が出版されました。 本連載の前半
部分をまとめた『物流コストを半減せよ』
(かんき出版・本体1500円税別)と併
せて、ぜひ御一読ください。
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