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APRIL 2001 72
これから「物流企業の値段」と題し
て様々な物流企業について分析させて
頂くことになるが、日本の物流事業者
だけに目を向けるのではなく、世界地
図を拡げながら、物の動きを捉え、マ
ネジメント戦略を精査し、物流業界の
進むべき道を考えていきたいと思って
いる。
もちろん、アナリストである我々の
属している資本市場からの視点である
がゆえに、現業の立場とは乖離したよ
うに見えたり、そこに違和感を覚える
読者の方も少なくないだろう。 しかし、
事業戦略の構築方法、経営の意思決定
のあり方、モニタリング(経過の監
視・検証)方法など、全ての産業に共
通する視点を見いだせることも少なく
ないと思われる。
また、物流業界に縁あって関わって
きた以上、現在の混沌とした状況から
いち早く脱却し、物流業界自体のステ
イタスが向上することは願ってやまな
い。 今後の連載の中で、多少、配慮に
欠けるような表現等も見られるかもし
れないが、思いが高じた結果というこ
とで、寛大に受け止めて頂きたい。
またもや業績見通しを修正
さて、前置きが長くなってしまった
が、第一回目ということで、物流企業
として日本一の売上高を誇る日本通運
の現状や課題について整理してみたい。
日通の抱えている問題点を示唆すると
いうことは、そのまま日本の物流の問
題点、果てはオールドジャパンと揶揄
される日本企業のマネジメントの課題
を浮き彫りにすることになるはずだ。
今年の二月末に日通は二〇〇一年三
月期の業績見通しを下方修正した。 昨
年十一月の中間決算発表の段階では増
益見通しを立てていたにも関わらず、
およそ四カ月後には経常利益段階で一
〇〇億円近い未達成の数字を公表する
ことになった。 連結売上高は一兆七二
七〇億円から一兆七五一〇億円に増額
されたものの、経常利益は当初予定の
四八五億円から三九〇億円に、当期利
益は二四〇億円の赤字から二九〇億円
の赤字に修正された(未だ確定値では
なく、本号が出版される頃には確定値
が公表されているかもしれない)。
日通は過去五期連続で連結営業利益
が減益であったが、二〇〇〇年九月中
間期の単独決算が増益であったことか
ら、二〇〇一年三月期末の業績回復を
期待した向きも多かった。 しかし、結
果的には六期連続の減益予想で、二〇
〇二年三月期の業績のボトムすら見え
なくなってきている。 売上高経常利益
率二・二%程度という水準は、振り返
れば八四年三月期以来の低水準になる。
連結営業利益率が一%台に低迷した場
合には、七八年三月期の連結業績公表
後初めてということになる。
この業績停滞に対して、
?日本通運特有の要因
?業界の抱える構造的な要因
?株式市場から見た企業価値のあり方
の三点について述べてみたい。
?日本通運特有の要因
――コスト管理に課題
過去の減収減益決算に比べて、今回
の増収減益決算は、改めて当社のコスト管理体制の問題点を浮き彫りにする
結果となった。 事業戦略の再考が必要
とされるという点から、問題の所在は
大きかったといえる。 景気要因だけで
は、問題は解決に至らないということ
である。
B
to
Cの事業領域拡大のためにペリ
カン便の取扱個数増加を求めてきたが、
?廉価貨物の物量拡大、?作業品質確
保のためのインフラ(物的、人的)整
第1回
日本通運
物流業界の盟主、日本通運が底の見えない凋落を続けている。 宅配事業
の積極的な拡大戦略も、単価の下落による採算悪化という裏目に出ている。
例え景気が回復しても問題は解決しない。 売上至上主義から利益重視へ、大
きく経営の舵を切る必要に迫られている。
北見聡
野村証券金融研究所
運輸担当アナリスト
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備の遅れ、?配送効率改善のための管
理施策の不備――などにより採算が悪
化している。 小口貨物輸送の拡大を否
定している訳ではないが、目標取扱個
数と個当たり単価の設定、サービス品
質改善のミスマッチを早急に改善する
必要があろう。
また、こうした改善施策は、グルー
プ会社の管理体制や非稼働資産、グル
ープ全体での非効率な拠点網などに起
因することも多く、連結経営の中でコ
ア・コンピタンスの追求、事業ごとの
緻密な採算管理に裏付けられたサービ
ス品質の向上が、早急に必要になって
こよう。 再び増益に転じるには売上至
上主義から利益重視に大きく舵を切り
返す必要があると見ている。
?業界の抱える構造的な要因
――再編は待ったなし
物流業界にはプレ
ーヤーが多く、なか
なか価格競争が終焉
を見ない。 それが業
績悪化の背景にある
ことは間違いない。
日通が資本力や調達
力を駆使して、業界
再編にメスを入れる
ことができるか、と
いう点も中期的な注
目ポイントである。
国内運輸事業の事
業規模(事業者の売
上高合計)は二五兆
円程度と推定されて
いる。 日通がガリバ
ー企業といっても、
全体のシェアは所詮
一割にも満たない。
他の産業においてガ
リバー企業といえば、
シェアで三割から五割を持っている。
ビール業界、ガラス業界、自動車業界
などがそうだ。 売上高トップ企業とは
いうものの、日本通運の成すべきこと
はまだまだ多いというのが、我々アナ
リストの認識である。
今後、業界の集約・統合が加速して
いく方向性は、欧米の物流企業の合従
連衡を見れば、明らかであろう。 さら
に、今後の時価会計導入で含み益の処
分活用は全産業界の課題となってくる。 含み益の多い企業の資産効率悪化が懸
念される中で、資産の効率的な置き換
えが進むか否かは、世界的な物流企業
として生き残るための高いハードルで
あると考えている。
?株式市場から見た企業価値
――目標未達成で信頼が薄らぐ
株式市場から見た企業価値という点
では、時価総額(=株価×発行済株式
数)の低下が懸念される。 現在の株式
時価総額は五六〇〇億円程度であり、
八九年のピーク時の約二兆円レベルか
ら四分の一にまで縮小している。 ちな
みに、世界のビッグプレイヤーの時価
総額は、米国のUPSが約七兆円、フ
ェデックスが約一・五兆円、ドイツポ
ストは約二・七兆円、ヤマト運輸は一
兆円である。 こうした企業が、株
※
式交
換制度を利用すれば、日通という企業
を手に入れることは形式的には困難で
はない。
この時価総額低迷の背景には、業績
不振もさることながら、この数年間、
期初の会社計画利益水準に対する実績
の未達成が続いており、業績に対する
投資家の信頼度が薄らいでいることも
一因に挙げられる。 この一年間「日本
通運は変わります」をスローガンに、
走ってきた成果をいち早く示すことが
求められよう。
来期から、次期三カ年計画がスター
トする。 株式市場はその内容と達成に、
これまで以上に関心を示している。 詳
細なコスト削減計画や不採算事業の取
捨選択施策、利益率や資産効率などの
経営目標等が設定され、かつ定期的な
レビューなどが行われることが期待さ
れている。
「眠れる巨人」が目覚めるか否かは、
日本の物流市場の鳥瞰図が塗り変わる
か否か、にほかならないのである。
株式交換制度商法改正で新たに誕生し
たM&A(企業の合併・買収)の方法。
買収企業は売り手企業の株主から株式を
買い取る時、通常、現金で支払うが、こ
の制度では現金の代わりに自社株を割り
当てる。 欧米では一般的なM&A手法だ
が、日本では商法、税法などの法律で規
定されていなかった。
《用語解説》
出典:野村総合研究所ホームページより抜粋
日本通運の株価の推移
(円)
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