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物流サービスとコストは
トレードオフではない
物流管理には、他部門との関係などでいろいろ
とやっかいなことが多い。 なかでも、もっとも悩
ましいのは「物流サービス」と言って間違いなか
ろう。 物流管理において物流サービスがとても重
要なものであるだけに一層、悩ましい存在となる。
なぜ悩ましいかは後でふれるとして、そもそも
物流サービスとは何であろうか。 それは、顧客と
の間の?連結管〞だと位置づけることができる。 サ
プライチェーンにおいて、企業と企業は「受発注」
と「納品」という二つの活動でつながっている。
その納品にあたって、顧客と約束している納期
とか、受注締め切り時間などの条件に基づいて提
供されるのが物流サービスである。 つまり物流サ
ービスとは、言うまでもなく顧客に対するサービ
スであり、その意味で重視される。 「はじめに物流
サービスありき」と位置づけられるゆえんである。
物流サービスをこのように位置づければ、かつ
てよく言われた「物流サービスと物流コストの関
係はトレードオフ」などという理屈は正しくない
ことがよくわかる。 トレードオフというのは、簡
単に言えば「こちら立てればあちら立たず」とい
う両立しない状態をいう。
つまり、物流サービスの向上と、物流コストの
低減は両立しないので、両者のバランスをとるこ
とが重要という見解である。 机上で考えれば決し
て誤った指摘ではないが、現実の物流の世界では
トレードオフなどという関係は存在しない。
物流サービスというのは、いくらコストがかか
ろうと提供せざるを得ないものであり、コストとのバランスを考慮する余地などはない。 それが実
態である。 なぜかと言えば、物流サービスの妥当
性について判断する権限など、物流部門には与え
られていないからである。
その多くは営業部門さらには顧客の意向に全面
的に左右されるといって過言ではない。 端的に言
えば、販売競争の手段として物流サービスは位置
づけられているのである。 物流効率化の制約条件
として最大のものがこれだ。 だからこそ、悩まし
い問題の多くはここで発生することになる。
なんとも間尺に合わない
非ビジネスライクな世界
物流管理の悩ましさは、顧客の要求通りにサー
ビスの提供を強いられることからくる。 そして、そ
の要求はというと、ビジネスの世界の話とは思え
ないような内容が少なくない。
簡単な例を出してみよう。 ある問屋の物流セン
ターの話である。 そこでは夕方入ってきた注文を
翌日出荷するために夜遅くまで作業をしている。 ま
た、値札を貼って出荷した商品が大量に返品され
てくるため、値札剥がしなどの処理にも多大な労
力を費やしている。
物流センター側では、これらの作業をより早く、
より効率的にするにはどうしたらよいかを真剣に
考えている。 そして改善のために設備やシステム
にお金を使っている。 ところが、顧客の要求はエ
スカレートする一方。 その対応に追われて、物流
部門は消耗し切っている。
恐らく、程度の差こそあれ同じような状況に陥
受発注なんかいらない
湯浅和夫 日通総合研究所 取締役
第2回
物流部門は自分でサービスレベルを決定することができない。
エスカレートする一方の顧客の要求に追われて、物流部門は消
耗し切っている。 ここに物流の効率化を阻む最大の理由がある。
発想を根本から改めてみよう。 諸悪の根元となっている「受発
注」をなくせば、理不尽な物流サービスも消えてなくなる。
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っている会社は少なくないはずだ。 一般的には、こ
うした状況を「多頻度小口化の進展」とか「物流
サービスの向上」とかいう表現で括ってしまい、時
代の流れ的な状況として諦めてしまいがちだ。
いや、この程度の話は、まだいい方なのかもし
れない。 ある?顧客〞などは、「今度物流サービス
の要求レベルを下げてやるから、その分仕入原価
を下げろ」と言ってきたという。 要求レベルを下
げてやるといっても、その要求レベルは?顧客〞
が自分でさんざん高めたものだ。 高める過程では
一切のコスト負担をしないで、下げるからそこに
生まれるメリットを還元せよという。 あまりに身
勝手な話ではないか。
もちろん、このようなマッチポンプ的な話は例
外的なものだろう。 だが、物流サービスの何たる
かを示す象徴的なものと言って差し支えはあるま
い。
「買う側の都合」とか、「力関係」と言ってしま
えばそれまでだが、要するに物流サービスという
ものは、買う側の商品発注に関する能力を色濃く
反映する形で存在しているのである。 夕方に注文
した商品を翌日中に届けろなどという要求は、在
庫管理がきちんとできているところでは本来、出
てくるはずがない。
大量の返品が発生してしまうのも、需要予測が
不在なだけだ。 たかが数日から一週間程度の予測
さえ不在の中で、発注が行われている。 そして、そ
れに応えるために必要以上の努力を強いられて、物
流サービスというものが提供されているのである。
なんとも間尺に合わない、非ビジネスライクな世
界であることか。
物流サービス向上の前に顧客のメリットを考えよう
ところで、よく「物流サービスの向上」とか「物
流サービスが高い、低い」という言葉を聞くが、そ
れらは一体何を意味するのであろうか。 読者の皆
さんは、物流サービスが高いという言葉を聞いて
どんなイメージを持たれるであろうか?
実際の例で考えてみたい。 ある業界で問屋(販
社)が、顧客である中小の小売店に対して次のよ
うなサービスを打ち出した。
「われわれが手伝うので、お店の棚を一週間分の
品揃えにしましょう。 補充のための納品は週一回
にさせてもらいます。 発注にあたっての単位は一
定数の倍数注文でお願いします」。 これに対して他
の問屋は、従来通り「いつでも何個でも注文通り
二四時間で届けます」というサービスを継続した。
さて、物流サービスが高いのはどちらであろう
か。 前者は週一回だけ一定単位で届ける。 後者は
毎日納品でバラ注文も可である。 いかがであろう
か。 どちらの物流サービスが高いかを考えてみて
いただきたい。 恐らく、答えは出ないものと思わ
れる。
それでは、顧客側の反応はどうだったのであろ
うか。 顧客側は前者のサービスを評価した。 週一
回の納品とはいえ、需要予測にもとづいているた
め、結果として欠品の発生が少なくなり過剰在庫
が大幅に減ったからだ。 お店の棚が適正在庫量の
維持に近づいた結果である。
これまでも適正在庫量を維持しようとして、少
しずつ多頻度に注文していた。 だが需要予測がう
顧客の要求に応じて「物流サービス」を提供するのではなく、
供給側の判断で納品する
顧客都合のサービス要求に起因する「多頻度小口」、「緊急出
荷」、「受注締め後の出荷要求」などがなくなる
●
●
物流サービスコストの低減
トラック台数の削減
交通混雑の緩和
交通公害の抑制
物流サービスがなくなる
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まくできず、結果として欠品が多発し、他方では過
剰在庫を抱えるという結果に陥っていたのである。
この顧客にとって重要なのは何回届けるかでは
なかった。 需要に合った品揃えができるかどうか
だったのである。 顧客にとってのメリットが品揃
えにあるのだから、これを支援してもらえれば届
け方などどうでもいい。 要するに、顧客が何に満
足をするのかという当たり前なことこそを、きち
んと考えるべきなのである。
受発注を無くせば
物流サービスも消える
ある食品メーカーは現在、顧客である問屋から
の注文によるのではなく、メーカー自身の予測に
基づいて必要な商品を必要量だけ送り込むという
実験をしている。 問屋からは毎日品目別の出荷量
データをもらい、メーカー側で問屋の在庫変動を
予測し、必要なタイミングで必要量を送り込むと
いう方法である。
前述した一週間分の棚をつくるというのも、同
様の考え方によるものだ。 ポイントは、顧客側の場
当たり的な発注を受け入れず、供給側で必要量を
予測し、送り込むという考えにある。 つまり思惑や
都合などによる受発注というやり方をやめて、市場
の動向に合わせて商品を移動させるわけである。
最近、大手小売業の間で、インターネットを使
ってPOS情報を開示するケースが増えてきた。 こ
の情報がメーカーや問屋で共有され、それに基づ
いて供給側が顧客の必要量を予測し、その予測値
に顧客側が同意できる状況になれば、物流は供給
側から送り込むというかたちになる。 そうすれば
「受発注」という活動はいらなくなる。 わざわざ手間をかけて、メーカーに向かって意味のない発注
情報を送る必要などないからである。
さて、受発注がなくなれば、顧客の要求に合わ
せて提供する物流サービスもなくなる。 納品の仕
方は供給側にすべて任されることになり、間尺に
合わない物流センターでの作業もなくなる。 この
ような状態が本来、目指すべき方向のはずである。
また、受発注がなくなり、物流サービスがなく
なれば、物流コストの低減のみならず、多頻度小
口型の物流サービスに起因している積載効率の極
端に低いトラックも必要なくなる。 交通混雑や公
害の発生を抑制し、社会的な効用までも期待でき
るのだ。
物流担当者はここに向かって挑戦すべきである。
いま要求されている物流サービスをきちんとやる
ことも現段階では大事だが、それが正しい姿では
ないことを常に認識しておく必要がある。 それこ
そ、もっとも大事なことと言えよう。 物流サービ
スよりも、顧客にとっての真のメリットが何かを
考えなければならないのである。
無理難題に近いサービス要求への対処に頭を悩
ますより、その方がよほどヤリガイがある。 そう
私は思うが、いかがであろうか。 そろそろ、そう
したサービスへと転換する機が熟しているのでは
なかろうか。
ただ、この転換にあたって、忘れてはいけない
条件がある。 それは「市場動向を把握し、予測す
る能力」である。 もし供給側にそれができないの
であれば、残念ながらこれまで通りの物流サービ
スを続けるしかない。
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