ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年5号
特集
物流&IT ITベンチャーはなぜダメか

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2001 34 株式会社の成功とは ――ITベンチャーの経営がおかしくなっています。
少なくともインターネットを利用した求車求貨システ ムの分野では、胸を張って成功していると言える事例 がありません。
入江 それを考えるためには、まず企業経営における 「成功とは何か」という点から入ったほうがいいでし ょう。
現行の経済システム下では、株式会社である限 り「株式時価総額」が判断基準の全てです。
そう言い 切っていいと私は考えています。
株式会社というのは ご存じの通り、株式によって投資されて運営されてい るわけです。
そうである以上、成功、不成功の判断は、 株式時価総額を基準にするしかありません。
――しかし、株価というものは、それほど合理的に動 いてはいません。
入江 本来、株式時価総額経営で言うところの株価 とは、デイトレーダーが一喜一憂するような日時の動 きを指しているわけではありません。
もっと中長期で 見たときに、どう株価が変化していくかという話です。
健全な投資家は長期的に株を保有する、ということを 前提としている。
そういった安定株主から見たときの 株式時価総額。
それこそ株式会社の評価のすべてだ、 というのは間違いないでしょう。
――実際のIT株の乱高下を見ていると、株式市場が それほど健全とは思えないけどなあ。
入江 もちろん多少のぶれはあります。
バブルという 側面もあっただろうしね。
しかし、基本は変わらない。
株式時価総額を基準に、すべてが動いている。
――まあ、いいでしょう。
で、株式時価総額が、どう だっていうんですか。
入江 株式時価総額とは、いったい何を反映して決 まるのかという点が重要なんです。
これについて当社 がリサーチした結果、株式時価総額のドライバーは大 きく四つあった。
「売り上げ増」「利益額」「テクノロ ジーの適応度合い」「無形能力」の四つです。
――売り上げは「規模」ではなく「増加率」。
それに 対して利益は「絶対額」なんですね。
それに「テクノ ロジー」ね。
ふむ。
最後の「無形能力」というのは何 ですか。
入江 英語でいうと「Intangibles 」。
目に見えない価 値のことです。
まず、どういう会社になるのかという ビジョンを作り、それを宣言して、実証していく。
し かも、それが先進的なビジネスモデルかどうかが問わ れます。
目標は「ドット・カンパニー」 ――「無形資産」とも言われるヤツですね。
入江 ええ。
それで、この四つの軸で色々な企業を検 証した結果、従来型のビジネスモデルは「売り上げ 増」「利益額」という部分では安定している。
もちろ ん、そうでない会社もあるけど、相対的にはそうなっ ている。
これに対して、最近のITベンチャーは「売 り上げ増」「利益額」に弱く、残りの二つに強い。
ア マゾン・ドット・コムなどは、その典型例です。
利益 は出していないけれど、「テクノロジー」と「無形能 力」の価値が高い。
この二種類の企業を「成熟企業」と「ドット・コム ( .com )企業」という名前で便宜的に分けてみました。
今後、進むべき道は、両方のいいところをハイブリッ ドしたビジネスモデルになる。
それを我々は、これま た便宜的に「ドット・カンパニー(.company )」と名 付けた。
――ドット・カンパニぃ? それを、どうするわけで 横文字嫌いのアナタのための アングロサクソン経営入門《第2回》 「ITベンチャーはなぜダメか」 多くの資本と期待を集めたITベンチャーの経営破綻が米国で 相次いでいる。
日本のITベンチャーの雲行きも、かなり怪しくな っている。
プロの投資家が十分吟味したはずの洗練されたビジネ スモデルが、どうしてここまであっけなくも崩れ去ってしまうの か。
誤算はどこにあったのか。
入江仁之 キャップジェミニ・アーンスト&ヤング 副社長 35 MAY 2001 すか。
入江 ドット・コム企業からすれば、成熟企業の持つ 利益基盤を確立するよう展開していくわけです。
実際、 アマゾンは今、成熟企業が持つバックオフィスの仕組 みを構築して利益体質に転換しようと急いでいますよ ね。
当然、その逆もある。
つまり、成熟企業が「テク ノロジー」と「無形能力」を獲得して「ドット・カン パニー」に変身するというアプローチもあります。
つ まり、どんな企業も「ドット・カンパニー」という完 成形を目指す必要があるわけです。
――成熟企業でも、儲かっているなら別に「ドット・ カンパニー」にならなくてもいいのではないですか。
入江 成熟企業が既存のビジネスにあぐらをかいてい れば、それなりの売り上げや利益はあっても、ちっと も株価が上がらないという状態になる。
そういう会社 いっぱいあるでしょ。
逆に異常に株価が高騰した I Tベンチャーの場合は、「テクノロジー」と「無形能 力」ばかりが評価されて「売り上げ増」と「利益」が 忘れられていた。
バブルだったんですね。
――普通の会社が、どうすれば「ドット・カンパニー」 になれるのですか。
入江 欠けている部分を補えばいい。
つまり成熟企業 なら「テクノロジー」と「ビジョン」が問題なのだか ら、それぞれの分野の優れた事例、ベストプラクティ スとベンチマーキングして、優れたところを見習って いけばいいわけです。
――そうであれば、「成熟企業+ITベンチャー=ド ット・カンパニー」というやり方もできるのかな。
買 収や合併で一気に「ドット・カンパニー」に変身する。
入江 それはどうかな。
完全に統合できればいいけれ ど、単に吸収合併して名前が一緒になったというだけ では意味がないからね。
法人格としては一つになれて も、同じビジネスモデルの中に完全に統合できるかと いうのは、それほど単純な話じゃない。
とくに今ポイ ントになっているのは「テクノロジー」や「無形価値」 を、「利益」にどう展開できるかだから、簡単ではあ りません。
――繰り返しになりますが、「テクノロジー」も「ビジ ョン」もないけれど、売り上げが増えていて利益が出 ているのだから、いいじゃないかという開き直りはダ メですか? 入江 それは結局、従来のビジネスが今後も継続する という前提に立っているわけです。
しかし、一般には そうしたサービスは、いずれ「コモディティ化」して いく。
テクノロジーもビジョンもなく儲かっているの なら、すぐに競合が出てきてコスト競争になる。
結局、 儲からなくなっていく。
常にサービスを革新していか ない限り、成長はありません。
「ウチは変わらなくて いいよ」と社長が言った途端に、その会社の「無形能 力」はゼロ。
零点を付けられます。
求車求貨システムの陥穽 ――話を求車求貨システムに戻しますけれど、今の観 点から言うと、何で求車求貨システムは上手くいかな いのでしょう。
入江 求車求貨システムはヨーロッパでも上手くいっ てないみたいですね。
ヨーロッパではタダで運営して いますが、成功していない。
先ほどの四つのファクタ ーで評価すると、ビジネスモデルが破綻しています。
何より「利益」がない。
――ひょっとして、それがもう今日の結論ですか。
つ まり求車求貨システムは「テクノロジー」と「ビジョ ン」ばかりで、他の二つの要素を置き忘れている。
入江 「テクノロジー」にしても、どうでしょうね。
売上高増 利  益 技術活用 ビジョン/無形能力 Top Line Growth Profit Technology Utilization Intangibles ●4つのドライバーが株式時価総額を決定する 株式時価総額 資料:CAP GEMINI ERNST & YOUNG キャップジェミニ・アーンスト&ヤング新刊 「インターネット資本論」 富士通経営研修所発行 1600円(税別) 本書は、インターネット時代における近未来の「富」のあり方に対する 提言書である。
企業や個人の資産は有形物から知的資産を代表とする無形 物へとシフトしており、個人の人的資産までもが証券化されて公開市場で 取引されて行くことになる。
こうした社会では種々のリスクはむしろ「チ ャンス」として認識され、リスクを許容し、促進するための社会インフラ が必要になる、というのが本書の主張である。
21世紀の資産形成に向けて の著者からのアドバイスが最終章での「20の提言」にまとめられている。
第1部求車求貨システムの実態 MAY 2001 36 それほど先端的なものではないでしょう。
――それでは、今後どうすればいいかという点ですが、 ビジネスモデルを考える上で、例の「バリューコンパ ス」というツールを使いたいのですが。
入江 おっ。
アナタの口から「バリューコンパス」と いう言葉が出てくるとは。
いくらか勉強しているよう ですね。
いいですよ。
念のため説明しておくと、「バ リューコンパス」というのはビジネスモデルを評価す るためのツールの一つで、具体的には「顧客ポートフ ォリオ管理」「価値提案の範囲」「バリューチェーンに おける役割」「報酬リスクのシェア」という四つの軸 でビジネスモデルを評価します。
そのうち「顧客ポートフォリオ」とは、誰(Who ) に対してビジネスを行うか。
「価値提案」は「何 ( What )」を提供するのか。
「役割」は、「どうやって ( How )」。
「報酬・リスクのシェア」は「どこで ( Where )」、というポイントを見ています。
アナタは 求車求貨システムを実際に取材してきたのだから、詳 しいのでしょう。
自分でこれを使ってみて下さいよ。
――そう言われたら、やるしかないなあ。
まず「顧客ポートフォリオ管理」。
ここでは個人向 けビジネスか、グループ向けか、それともマーケット 向けか、という基準になりますが、求車求貨の場合は サービス対象を絞っている場合もあるけれど、個別の 企業に合わせたサービスをしているわけではないので、 結局「マーケット向け」ということになりそうです。
次に「価値提案の範囲」。
この場合、「コア・プロダ クト」「拡張サービス」「トータル・ソリューション」 というレベルが設定されている。
求車求貨で取引され るのは「輸送サービス」という単機能の売買ですので 「コア・プロダクト」です。
三つ目。
「バリューチェーンにおける役割」。
「プロ ダクト・マネジャー」「プロセス・マネジャー」「ネッ トワーク・マネジャー」というレベルがある。
求車求 貨は公的な取引市場として機能しようというわけで すから、ここは「ネットワーク・マネジャー」になり ます。
最後に「報酬・リスクのシェア」。
「市場」「効果」 「成果」というレベルがある。
求車求貨では別に、運 営会社とユーザーが提携を結ぶわけでもなければ、成 果配分(ゲイン・シェアリング)をするわけでもない ので、「市場」ですね。
そうすると、最終的にはこう いうレーダーチャート(上図)になる。
入江 それだと結局、ビジネスとして成り立たないで しょうね。
そのモデルでやる限り、会費か仲介料しか 収入源がない。
すぐにコモディティ化してコスト競争 に陥ってしまう。
そもそも今日の企業が直面している のは、サプライチェーンの全体を変えなくてはならな いという課題です。
従って、いま必要とされているの は単純なトラック積載率の向上ではなく、抜本的なコ スト削減や全体のリードタイム削減、スピードに対す るソリューションといったものです。
単なるコア・プ ロダクトではない。
求車求貨ではありませんが、当社が現在手掛けてい るeマーケットプレイスでは、前回(本誌四月号)説 明した「JOM(Joint Operating Model )」をビジネ スモデルとして掲げています。
実際、JOMに必要と されるサプライヤーを全部、出資者として組み込もう としている。
他にも典型例としてハイテク業界のeマ ーケットプレイスで「Converge 」というのがあります。
これを「バリューコンパス」に当てはめると、「個 人」「トータルソリューション」「ネットワーク・マネ ジャー」「成果」という絵になります(次ページ図)。
先ほどアナタが描いた求車求貨システムのチャートと プロダクト・ マネジャー プロダクト・マネジャー《1対多》 既成のプロダクトを多数の顧客に販売する 顧客のプロセスの一部を代行する 多数の売り手と多数の買い手の取引を仲介する プロセス・マネジャー《1対1》 ネットワーク・マネジャー《多対多》 顧 客 プロセス・ マネジャー プロセス・マネジャー・バリューチェーン カスタマー・ バリューチェーン カスタマー・ バリューチェーン ネットワーク・ マネジャー サプライヤー サプライヤー 顧  客 ●バリューチェーンにおける役割 資料:CAP GEMINI ERNST & YOUNG 37 MAY 2001 はだいぶ違うでしょ。
eマーケットプレイスの正解 ――eマーケットプレイスに対して、これまで私は証 券取引所や卸売市場のような中立で公的なモデルを想 定してきたのですが、それだと何だかイメージが違う なあ。
入江 ここでいうeマーケットプレイスは、公的な取 引所とは狙いが全く違います。
単なる取引をするだけ ではない。
ビジネスモデルを抜本的に変えて、そこに 参加する人や企業が利益等を得ようというモデルです。
取引の仲介ではなく、全く違うサプライチェーンを作 ろうという狙いです。
――それがもう実現できているのですか。
入江 いや、まだ始まったばかりです。
現段階では期 待が大きすぎて、アイデアばかりで実際は何もできて いないじゃないかと文句を言う人が多い。
――それでも、もし実現すれば従来とは全く異質なサ プライチェーンが誕生するわけだから、その産業に与 えるインパクトは計り知れないほど大きくなりますね。
入江 その通りです。
繰り返しますが、JOMには確 かに証券取引所的な機能もあります。
ただし、それが 目的なのではなく、市場機能をコアにして、売り手と 買い手の業務プロセスを全部一括して変えてしまおう というアプローチなんです。
セールスマンとバイヤー は全部、中抜きされる。
――しかし、それは実現の難しいモデルだなあ。
だっ て取引所のような公的な機能を持ちながら、最終的に は利益を追求するわけでしょ。
だとしたら、売り手と 買い手のなかに利益や存在理由をJOMに奪われると いうプレーヤーが出てくる。
eマーケットプレースの 利用者であるはずの個別のプレーヤーにとって敵にな りかねない。
入江 それは確かにそうです。
それこそJOMが現在、 直面している最大の課題です。
例えば販売代理店など が必要なくなる。
しかし、今すぐに販社や卸をなくす ことはできない。
そこで実際には「Think Big Act Quick 」で、大きなビジョンを描きながら、できる部 分から手を付けていくという形になっています。
――トラックメーカーが手を付けだした「テレマティ クス」も、そうしたモデルの一つになりますか。
入江 厳密には「テレマティクス」自体は技術の名称 です。
自動車をベースにしたコネクティングの技術で す。
アナタは「テレマティクス」を使ったビジネスの ことをおっしゃりたいんでしょうが、それについては 確かにそうです。
トラックメーカーが単にトラックを 売るのではなく、トラックを使うことによる輸送能力 を保証するというビジネスですから、「バリューコン パス」に当てはめると既存の求車求貨型ではなくJO Mの形になる。
――テレマティクスはトラックの車両に端末を載っけ て、メーカーが日々の運行をコントロールするわけで すよね。
その場合のユーザーとなるのは運送業者とい うより、むしろトラックドライバーです。
だとすれば、 従来の運送業者の本部機能が中抜きされる恐れがある。
入江 その可能性は否定できません。
だからこそ、テ レマティクスも先ほどのJOMの課題に直面する。
メ ーカーの従来の顧客であった運送業者を上手く巻き込 んで進めていかないと実現しない。
ただし、それに成 功すればコスト競争に陥らない、独自の価値を生み出 すことができる「ドット・カンパニー」になれるとい うわけです。
――なるほどねえ。
その挑戦が始まっている段階だと いうわけですね。
入江仁之(いり え・ひろゆき) キャップジェミ ニ・アーンスト アンドヤング副 社長。
製造・ハ イテク自動車産 業統括責任者。
公認会計士合格 後、約20年にわたり経営コン サルティングを行う。
とりわけ サプライチェーン・マネジメン ト分野では国内屈指のスペシャ リストして評価が高い。
ハーバ ード大学留学を経て、都立科学 技術大学大学院、早稲田大学大 学院などで客員講師をつとめる。
著書訳書多数。
プロフィール顧客ポートフォリオ管理 効果 拡張サービス バリューチェーンにおける役割 価値提案の範囲 報酬・リスクのシェア ネットワーク・ マネジャー マーケット 市場 成果 コア プロダクト トータル・ ソリューション プロダクト・ マネジャー プロセス・ マネジャー 個人 グループ ●バリューコンパス 資料:CAP GEMINI ERNST & YOUNG 一般的な求車求貨システムのモデル JOM(先進的なeマーケットプレース)のモデル 第1部求車求貨システムの実態

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