ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年6号
特集
消える物流子会社 物流子会社の処方箋

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2001 42 子会社は決算対策の道具? ――入江さんは公認会計士の資格を持っているぐらい ですから企業会計には強いんですよね。
入江 えっ。
公認会計士? そうですね。
まあ、持っ ていますけどね。
ボク実は簿記、大嫌いなんだよね。
会計士になるつもりも毛頭なかった。
当時はコンサル タントになるのに公認会計士の資格を持っているのが 有利だったので取ったんですけどね。
資格試験の時も 砂を噛むような気持ちでした。
早くこの勉強はやめた いってね。
あの時は本当につらかったなあ‥‥。
――まあ、思い出話はいいとして。
今回、伺いたいの は物流子会社のことなんです。
企業会計が連結決算 重視に移行するということは、物流子会社戦略に、ど の程度 の影響を与えるものなのか。
そもそも本当に影 響などあるのかどうか。
入江 それは相当な影響がありますよ。
従来のグルー プ戦略の根幹を揺るがすような影響といっていい。
と いうのも、これまでの単体の決算だと親会社だけが利 益を出せばいいわけですから、それもそこそこ出てい れば良かったのですから、親会社は子会社との取引を 通じて簡単に数字を操作できた。
――つまり、子会社を持つことによって親会社の決算 数字をごまかせたわけですね。
入江 そうです。
利益を子会社に付け替えることもで きれば、逆もできる。
子会社の利益を全て引っ 剥がし て、親会社に吸い上げることもできた。
それと子会社 を設立するもう一つの理由が人事戦略。
既に親会社 で「上がり」になった人を子会社に押しつけていた。
――色々と表向きの大義名分はあったにせよ、日本企 業の物流子会社の大部分が、そうした動機によって設 立されたと考えていいのでしょうか。
入江 もちろん一部の例外はあるけれども、基本的に はそうでしょうね。
とくに人事戦略という点は大きい でしょう。
――人事戦略というのは、平たくいうと余剰人員の受 け皿ということになりますね。
入江 余剰人員の受け皿という側面もあるし、雇用 条 件や勤務条件を親会社で一律にすることが難しいと いう面もある。
とくに物流子会社では、そういうケー スが多い。
――ただし、その場合でも実際には、親会社から子会 社への出向という形をとる以上、労働組合との取り決 めの問題などが出てきて、その人の給料を下げるわけ にはいかないでしょう。
入江 下げるわけではないけれど、勤務時間を変更す るなどということは柔軟にできるようになる。
組合問 題についても、管理職であれば問題にならない。
「規模の経済性」の終わり――なるほど。
それが連結決算になると、どう変わる のですか。
入江 人事戦略という面では直接的な影響は少ない でしょう。
それよりも会計上の問題が変わってくる。
今まで利益操作の格好の道具だった子会社が使えな くなる。
とくに最近では親会社の赤字を子会社に押し つけるというパターンが多かったわけだけれども、そ れが全くできなくなる。
子会社との操作が全部ガラス 張りになるため、子会社も一体として経営していかな くてはならなくなる。
――利益操作ができなくなった子会社というのは親会 社としても、その扱いを改めて考えざるを得ない。
入江 も ちろんそうですね。
よく相談も受けます。
――既に作ってしまった子会社の扱い方として、一般 横文字嫌いのアナタのための アングロサクソン経営入門《第3回》 物流子会社の処方箋 既存の物流子会社の大部分は、大量生産・大量消費時代 の「規模の経済性」に基づいたビジネスモデルになっている。
しかし、時代は既に「サプライチェーンの経済性」へと移行 している。
物流子会社が生き残るためには、新たな経済性に 適合したビジネスモデルに自らを変革しなくてはならない。
入江仁之 キャップジェミニ・アーンスト&ヤング副社長VS 本誌編集部 第4部 43 JUNE 2001 的にはどういう選択肢があるんでしょうか。
一つは親 会社に再吸収するとか。
入江 それはほとんどないでしょう。
利益が出ない子 会社を吸収するということは親会社の体力を弱めるこ とになるわけですからね。
――かといって、そのまま放置するわけにもいかない でしょう。
入江 ですから、子会社は「正業化」を目指すわけで す。
単体で、その事業で食べていけるようにするしか ない。
――子会社が儲かるということは、親会社がそれだけ 損をすることにもなるでしょう。
入江 正業化とは何を言っているかというと、親会社 との取引だけではなく、一般のビジネスにおいてリー ディング企業になるということです。
最近、ソニーの 工場が始めた外販化とま さに同じです。
要は物流子会 社は「サプライチェーンの経済性」に合致する形にビ ジネスモデルを変更する必要があるわけです。
――「サプライチェーンの経済性」ですか。
難しくな ってきましたね。
入江 全然難しくないでしょ。
前から私が言っている ことと全く同じです。
アナタがまだ理解していないだ けです。
――はいはい。
また教えてください。
入江 まず、これまでは「規模の経済性」というのが あった。
「規模の経済性」というのは、生産・販売・ 物流といった機能を全部内在化して、規模を大きくす ることでメリットを出そうというモデルです。
過去に 日本の大手メーカーの大部分は、このモデルをとって きた。
実 際、スピードも要求されない。
多様性も要求され ないという、従来の経済環境においては、変化がない のだから、同じものを淡々と作り、ひたすらクオリテ ィを上げていくことが大事だった。
そのためにすべて を内在化して改善を進めていった。
これに対して現在はスピードがどんどん加速して、 マーケットの要求も多様化している。
スピードと多様 性が要求される経済環境に変わった。
具体的には多 品種、大量、高スピードが求められるようになった。
そこでは変化に柔軟に対応できるということが大事に なる。
全部社内で処理するという「規模の経済性」が 当てはまらなくなってしまったんです。
――そら大変 ですね。
入江 その代わりに出てきたのが、一つは「スピード の経済性」です。
とにかくスピードを速くして環境の 変化に対応させる。
それが利益を生むというモデルで す。
典型的なのは在庫の扱い。
昔は在庫は資産だった。
それが現在は在庫を削減することで、それだけ変化に 対応するためのリスクが少なくなると考える。
もう一つが「ネットワークの経済性」。
多様性に対応させるために社内で全部イチからビジネスを立ち上 げるという時間的な余裕はもはや与えられません。
そ もそも社内にそんなコア・コンピタンスもない。
そこ で社外にあるコンピタンスに目を向けて、上手くアラ イ アンスを組んでいくという形のビジネスモデルが経 済合理性に適うことになる。
それが「ネットワークの 経済性」。
結局、今の経済社会はこの「スピードの加速」と 「多様化」の両方が同時に進んでいるわけだから、「ス ピード」と「ネットワーク」の両方を担保していかな くてはならない。
この二つを総合したものを「サプラ イチェーンの経済性」と呼んでいるわけです。
そして サプライチェーンの経済性が重要なのは、それが今や 経済全体の原理になってきたからです。
●「規模の経済」から「サプライチェーンの経済」へ 経済モデルの変化と競争条件 規模の経済モデル サプライチェーンの 経済モデル 多様性 スピード 大 小 低 高 ネットワーク の経済 規模の経済 サプライチェーン の経済 スピードの経済 設   計 生   産 物   流 販   売 消 費 者 消費者 消費者 消費者 消費者 消費者 内部組織 外部組織 設   計 生   産 物   流 販   売 特集 JUNE 2001 44 「サプライチェーンの経済性」へ ――つまり「サプライチェーンの経済性」を追求する には従来、社内にあった機能をぶつ切りにして、その ぶつ切りにした機能を一つひとつ改めてつなぎ直して いく作業が必要なわけですね。
入江 今までは製造・販売・物流を全部社内でやっ てきた。
それをいろんな専門業者と連携して、サプラ イチェーン全体を一つのビジネスモデルとして運営で きる仕組みを作る。
しかも自由に柔軟につなげられる ようなモデルを作っていかなくてはなりません。
それ が「サプライチェーンの経済性」のモデルです。
――そこから物流子会社を考えると、既存の物流子会 社は「規模の経済性」のモデルに基づいて作られてい ると言え ますね。
入江 その通り。
従来の物流子会社は社内の機能を法 人格上、別にしただけで、「規模の経済性」のモデルに 基づいている。
しかし、環境は変化してしまった。
ス ピードが速くなり、多様なニーズが出てきた今日のよ うな環境になると、親会社にしても物流子会社だけを 使ってやっていくわけにはいかない。
物流子会社では なく他の専門ロジスティクス・サービス・プロバイダー (LSP)や3PLを、どんどん使うようになっていく。
実際、柔軟にLSPを選択し、使っていくほうが強 いわけです。
例えばユニクロなどは、社内にロジステ ィクスのファンクションを持たないで、3PLを使う こ とで、事業の俊敏な立ち上げを可能にしている。
ま さにサプライチェーンの経済性のモデルでロジスティ クス機能を扱っている。
――そうなると「規模の経済性」をもとに作った物流 子会社は今日、親会社にとって、不良債権とまではい かなくても、一種の不良資産になってしまっている。
入江 そうですね。
ですから物流子会社を「規模の経 済性」のモデルから「サプライチェーンの経済性」の モデルに変えなくてはいけない。
――例えば日本の家電メーカーなどはほとんどが、そ れなりの規模の物流子会社を持っています。
具体的に 親会社はこれをどうしようと考えているのでしょうか。
入江 親会社の中でも意見として二つ出ています。
一 つ は、やはり親会社の名前を冠した子会社である以上、 優先して育てていこうというもの。
いわば守旧派です ね。
これに対して改革派は、子会社といえども全くの ゼロベースで見直していくと主張している。
それで、 現在の家電メーカーの社長の顔ぶれを見ると、ほとん どが改革派なんですよね。
ショック療法を主張する改革派 ――ということは、子会社の扱いを検討した結果、物 流子会社を切るという判断もあるということですね。
入江 完全に切るというより、親会社は先ほどの「サ プライチェーンの経済性」のモデルに従って、必要な ロジスティクスサービスを柔軟に選択していくという スタンスをとるわけです。
その結果、物流子会社とい えども、元請けではなく一つのオプションという位置 づけになる。
実際、少し乱暴な改革派の人になると、物流子会 社と全く別の業者とをコンペにかけて、例え短期間で も別の業者に切り替えてしまう。
そのほうが改革が進 むという考え方をとる人も います。
そうやって突き放 すことで、物流子会社が競争力のある会社になってい くようにし向けている。
――子会社にとってはシビアな話ですね。
子会社側か ら見れば、これまで長年にわたり、いらない資産や余 剰人員をさんざん押しつけてきて、今になって市場競 キャップジェミニ・アーンスト&ヤング新刊 「インターネット資本論」 富士通経営研修所発行 1600円(税別) 本書は、インターネット時代における近未来の「富」のあり方に対する 提言書である。
企業や個人の資産は有形物から知的資産を代表とする無形 物へとシフトしており、個人の人的資産までもが証券化されて公開市場で 取引されて行くことになる。
こうした社会では種々のリスクはむしろ「チ ャンス」として認識され、リスクを許容し、促進するための社会インフラ が必要になる、というのが本書の主張である。
21世紀の資産形成に向けて の著者からのアドバイスが最終章での「20の提言」にまとめられている。
45 JUNE 2001 争力だと言われても、たまらないでしょう。
そもそも 親会社がやってきた話じゃないかと、これまでの経緯 を訴えたくなる。
入江 それは言えますね。
――しかも、いくら突き放すといっても結局、それに 失敗すれば尻拭いは親会社に回ってくる。
となれば今、 物流子会社を追い込むことは、単なる問題の先送りに 過ぎないのではないですか。
入江 しかし、いずれにしても変えなくてはいけない わけです。
どこかでリスクをとって新しいモデルに変 えていくというステップは避けられない。
それが必ず しも失敗すると決まっているわけでもありません。
――どのような成功のビジョンがありますか。
入江 前回、お話した「JOM」のモデル。
つまりL SPから3PL、LLPと進化 してJOMに至るモ デルですが、物流子会社がこれを目指すというオプシ ョンもある。
――それができるのは限られた子会社だけでしょう。
入江 確かに限られる。
全ての物流会社がJOMに 転換できるわけではありません。
一方で、単なるLS Pという形で生き残るには、それこそロジスティクス 自体の効率性が勝負になる。
ですから、物流子会社に 必要なのは、まず自分達はどういうビジネスモデルを 目指すのかという選択です。
選択した後は、そのモデ ルに基づいて必要な機能を強化していくという手順を とるわけです。
外販は生き残りの大前提 ――物流子会社にビジネスモデルについて尋ねると、 口を揃えて親会社への貢献を挙げる。
しかし、親会社 の物流のコストを下げれば、子会社の売上高が減るわ けで、構造的な矛盾を拭いきれない。
物流子会社の妥 当性のあるビジネスモデルというのが、できていない のが現状でしょう。
入江 だからこそ、JOMを目指せばいいんです。
そ うすれば大きなメリットがある。
今、製品のライフサ イクルというのは、どんどん短くなっている。
そのた め色々なサプライチェーンのモデルを瞬時に立ち上げ て、しかも利益が出るような形にしなくてはならない という課題に直面している。
とくに電機業界などはそ うです。
であれば、それに合致したビジネスモデルを 俊敏に構築して 、ロジスティクスのサービスを全部請 け負う。
それができれば大成功です。
――それはロジスティクスを核にしてJOMを展開す るというアプローチですが、JOMに必要なのはロジ スティクス機能だけではないでしょう。
入江 もちろんJOMというのはサプライチェーン全 ての基幹業務が対象になるから、ロジスティクスだけ ではなく、それこそ開発から生産から営業からあるわ けです。
それを全てやるというのではなく、その全体のモデルを作ることが、これからは利益の源泉になる。
――そこまで儲かるなら、それこそ本社がJOMにな るでしょう? 本社がモデルの真ん中にくる。
入江 そうとは限らない。
少なくとも自動車や電機な どの基幹産業においては、本社は開発部分に特化する 場合 が多い。
本社が何をやるかは、その業界の競争環 境による。
ロジスティクスが自らのコアだという本社 はむしろ少数派でしょう。
であれば物流子会社はロジ スティクス・サービスの提供をしながら、実質的にJ OMの機能を提供していけばいい。
――JOMにしてもLLPにしても、いずれにせよ物 流子会社は外販ができないと意味がないわけですね。
入江 もちろん。
外販は大前提です。
それができない 物流子会社が生き残ることはないでしょうね。
入江仁之(いり え・ひろゆき) キャップジェミ ニ・アーンスト アンドヤング副 社長。
製造・ハ イテク自動車産 業統括責任者。
公認会計士合格 後、約20年にわたり経営コン サルティングを行う。
とりわけ サプライチェーン・マネジメン ト分野では国内屈指のスペシャ リストして評価が高い。
ハーバ ード大学留学を経て、都立科学 技術大学大学院、早稲田大学大 学院などで客員講師をつとめる。
著書訳書多数。
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