ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年5号
特集
物流のプロになろう 実務に背を向ける日本の物流学者

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2005 22 学術情報の支持率わずか一% 物流の実務家で日頃、学術情報を頼りにしている 人は一%にも満たない――。
本特集の第一部で紹介し たアンケート調査から浮かび上がってきた事実である。
「物流・ロジスティクスに関する情報源として活用す る度合いの高いもの」という選択式の問いに対して、 重視している二つの中に「国内の学術情報」を選んだ 人は一一七人の有効回答者のうちたった一人。
しかも、 回答者は大学院に在学中の社会人だ。
学術情報が実務家にあてにされていないことは、読 者が選ぶ「お薦め本」からも明らかだ。
十一頁では上 位にランクインした書籍だけを紹介したが、一人だけ 推薦した本まで含めても物流学者の著作は二、三冊 しか入ってこない。
ほとんどの実務家がアカデミズム の動向に無関心でいる。
それもそのはず。
日本の物流学者の多くは、象牙の 塔にこもって、極端に専門化したテーマとそれぞれ向 き合っている。
産業界における物流実務の急速な変化 からは完全に取り残されてしまっているのだ。
半世紀以上前に日本にフィジカル・ディストリビュ ーションの概念が紹介されて以降、実務家は変わり続 ける業務領域に翻弄され続けてきた。
輸送や保管とい った機能単位の業務が、ロジスティクス、SCMへと 進化してきたのにともない、過去には考える必要のな かったマネジメント業務まで期待されるようになった。
しかし、マネジメントを教えられる物流学者は日本 では皆無に等しい。
日本で物流論の教壇に立っている 学者たちは、それぞれに異なるバックボーンを持って いる。
マーケティング、システム工学、交通論、会計 学、流通――。
そうした本業の傍ら「物流を研究対象 にしている」(中田信哉神奈川大学教授)に過ぎない。
実業界のニーズの変化について行かなければという 意識はあっても、既存の研究領域からは踏み出せない。
結果として実業界の期待に応えられずにいる。
実際、 この分野で最大の学術団体、日本物流学会では運輸 政策や交通論を扱うマクロの研究と、企業経営におけ る物流管理を対象とするミクロの研究が、いまだに整 理されないまま扱われている。
しかもビジネス・ロジスティクスに関する体系的な 理論はどこにも存在しない。
その結果、日本は物流セ ンターの自動化といった活動レベルの技術では世界最 高の水準に達していながら、ロジスティクス全体では ムダだらけ。
全体のパフォーマンスを評価する視点自 体がない、という構図を作りあげてしまった。
物流学者の内外格差 この状況は欧米とは対照的だ。
米国でロジスティク ス分野の教科書の一冊とされる『サプライチェーン・ ロジスティクス』(D・J・バワーソクス他著・阿保 栄司他訳)によると、「過去六〇年間、ビジネス・ロ ジスティクスの領域は、倉庫と輸送の現場から、主導 的世界企業の役員室にまで上りつめてきた」とある。
米国でも当初この分野の研究は、機能レベルのテー マを取り扱うところからスタートした。
それが実務と 共に進化し、九〇年代には明確にマネジメントを研究 対象とするように変わった。
その結果、日本とはまっ たく異なる産学の関係が生まれた。
大学院やMBA(経営学修士)のコースに、マネジ メントとしてロジスティクスを学ぶコースが定着。
法 律家を輩出するロースクールと同様に、有名大学のロ ジスティクス専門コースの卒業者は、大手企業に厚遇 で迎え入れられる。
ロジスティクスが専門職として産 業界に認知されているのである。
実務に背を向ける日本の物流学者 欧米のロジスティクスの専門家は、大学や大学院でマネジメ ントを学んでいる。
しかし日本の物流分野にはマネジメントを 教えられる学者がいない。
流通論や交通論の片手間で研究され てきた物流論は、実務家のニーズに応えられずにいる。
(岡山宏之) Report 特集 23 MAY 2005 毎年、米国の大学や大学院のランキング評価を行 っている『USニューズ&ワールドレポート』は、進 学先を選ぶ人たちの必読誌だ。
会計や財務、MBA といった専門分野ごとに大学院/ビジネススクールの トップ一〇校を掲載しており、受験生に強い影響力を 持つ。
この雑誌にも二〇〇四年度版から、新たに「サ プライチェーン/ロジスティクス」に関するランキン グが掲載されるようになった(次ページ表)。
米国と比べて、日本の物流研究に欠けている点は 大きく三つある。
一つは学者の世界における競争原理 の欠如。
二つ目は、産学をまたぐ人材交流の不足。
そ して最後は、物流行政を担う国土交通省や経済産業 省、そして大学教育のあり方を規定する文部科学省 の旧態依然とした考え方だ。
米国の大学には、研究費を調達できなければコピー 一枚とれない厳しさがある。
そして終身雇用が当たり 前の日本の大学教授と違い、転職社会の米国では、優 れた学者はより有利な条件の研究機関に移り、成果を上げられない学者の職は保証されない。
このため大学教授といえども、実業界と接点を持っ て活動費を捻出することを常に意識している。
そこで は実業のために役立つ研究成果をアウトプットするこ とが問われる。
評価に値しない結果しか残せなければ、 資金源を簡単に断たれる。
教育現場でも?市場原理〞 が機能している。
大学と実業界の人材交流も盛んだ。
米国の有力大 学の大半は「企業のエグゼクティブを対象とする講座 を定番で持っている」(三木楯彦大阪産業大学教授)。
こうした場が、大学と実業界が問題意識を共有するう えで役立っている。
CSCMP(旧CLM)のような 研究団体の活動を通じた情報交換も盛んで、実業界 の人材が大学の教壇に立つことも多い。
――二〇〇一年に「大学と企業における物流教育体 系の研究」という論文を共著で発表されました。
「この論文は韓国からきた留学生と一緒に書いたも のですが、もともと一〇年前に唐沢豊先生がやった 調査を下敷きにしています。
まあ、手紙で調査をし た一〇年前と違って、我々はインターネットを使え ましたので格段に楽でしたけどね」 ――九〇年と二〇〇一年では何が違いましたか。
「九〇年代は最もロジスティクスが発展した時期で す。
一〇年前には、物流関連プログラムの名称はト ランスポーテーションやウエアハウジングのように、 機能面に焦点があてられていました。
それが今回は ロジスティクスだとかサプライチェーン・マネジメン トといった具合に明らかに変わっていました」 「私はアメリカに行くと『USニューズ&ワールドレ ポート』という雑誌を必ず買ってくるようにしてい ます。
これは大学を選ぶうえで非常に定評のある情 報誌です。
どこの大学の評価がどうで、奨学金をも らうにはどうすればいいといった情報が載っている。
この雑誌で、去年くらいからロジスティクスとサプ ライチェーンだけを取り出したビジネススクールのラ ンキングを載せるようになりました」 ――その雑誌は学生向けに書かれているのですか。
「基本的には そうです。
た だしアメリカ のMBAなど には、社会人 経験者がたく さん入学しま すからね。
私 も三〇歳くら いのときに留学して大学院を出ましたが、社会人入 学でした」 「アメリカでは、一つのコース全体がロジスティク スなりSCMを教えるために組まれています。
これ に対して、日本では物流に関する単独の講義がある に過ぎない。
どこどこの大学が国際物流を教え始め たから、うちでもやろうといった感じで始めてしまう。
だから非常勤の先生がいれば間に合うんです」 ――日米の物流教育の層の厚さの違いには愕然とさ せられます。
「物流分野に限った話ではありません。
アメリカとい うのは、ある学問分野を仕立て上げて、一つの大学 院教育にするのが伝統的にもの凄く得意なんです。
新 しい分野の教育体系をどんどん作ってしまう。
それ が上手いし早い。
そして成熟してくると学部教育に 組み込んでいくわけです」 「よく冗談で、もしアメリカでパチンコ事業が日本の ように盛んだったらパチンコ学部ができていただろ うなどと言っています。
二〇数兆円もの市場規模が ある分野を、彼らが放っておくわけがありませんか らね」 ――日本の物流分野では、学者と企業の実務家によ る有効な共同研究の話がほとんど聞こえてきません。
「先生が企業の人と一緒にやるのが不得意だったと いうのはあるでしょうね。
独立法人化されてお尻に 火がつき、ようやく産学協同などを始めました」 ――つまり従来の日本の学者は、企業を巻き込んだ りしなくても研究だけで食べていけた? 「そうです。
机の上で、パソコンでできる研究ほど、 のんきな話はありませんからね。
これがアメリカの大 学だったら、予算がなければコピー一枚とれないし、 電話すら掛けられなくなってしまいますよ」 「米国は教育体系を作るのが上手い」 大阪産業大学 経営学部 流通学科 三木楯彦 教授 MAY 2005 24 翻って日本では、大学のカリキュラムの決定に文部 科学省が強く関与しており、学者が実社会の変化に 追随できない一因となっている。
その一方で、行政が 民間レベルの研究を助成するときには、とにかく大学 教授を中心とする体制を整えることが求められる。
こ れが行政から補助金を引き出すことばかりに長けた大 学教授の増長を招いている。
ケーススタディのヒマはない 結果として日本の物流教育の現場では、実務に直 結する授業がほとんど行われていない。
四年生大学の 学部教育ならまだしも、社会人向けの大学院教育で すら実務家の要請に応えているとは言い難い。
その分 かりやすい例が、欧米のビジネススクールで主流の手 法でありながら、日本の物流教育ではほとんど採用さ れていないケースメソッドに対する学者の姿勢だ。
多数の実例を検討することで実践的な能力を養う ケースメソッドは、一〇〇年近く前にハーバード大学 がビジネススクールを開設したときから続けられてき た。
『MBA』(講談社新書)という本によると、ケー スメソッドの本質は?一〇〇〇本ノック〞のようなも ので、数をこなすほど効果が高まる。
現実の経営に同 じ状況はあり得ない。
多くの実例を通じて経験を積む ことが正しい経営判断を下す能力につながるという。
ところが日本の物流教育で同じことをやるのは容易 ではない。
朝日大学の忍田和良教授は約三〇年前に、 本場ハーバードの大学院でケースメソッドを駆使する 物流コースの教育を自ら経験した。
このとき以来、「日 本でケースをやるのが悲願だった。
しかし、いまだに 実現できていない」と述懐する(囲み記事参照)。
もっとも忍田教授のようにケースメソッドに興味を 持つ物流学者は日本では異色だ。
今年三月末で早稲 田大学大学院の教授を退官した高橋輝男前教授は「僕 はケースが嫌いだ。
ケースを通じて議論をすれば、た しかに参加者はそれぞれに学べるかもしれない。
しか し、そこから何らかの理屈を導きだすことにはならな い。
学校の研究としてはものになりにくい」という。
欧米で定着している教育手法が、日本の物流教育 の現場ではほとんど実施されていない。
そもそも大学 院で修士論文を指導する教授にとっては、二年未満 の限られた期間内に大学院生に論文を仕上げさせる 必要がある。
現実問題として、結論が見えにくいケー スのような悠長なことはやっていられない。
学生の確保に躍起になっている大学の多くが、社会 人向けの大学院教育に活路を見出そうとしている。
だ が現状では大学院の物流専門コースの卒業者は欧米の ようには評価されない。
授業料と引き替えに大学院が 生徒に与えられるのは「修士」の肩書きだけ。
修士を とれない学生が増えれば次の?客〞が来なくなる。
ケースメソッドがいくら実務に役立つとしても後回 しになる。
そして実務能力のない修士を輩出すること で、産業界の大学院に対する期待はさらにしぼんでい く。
その場しのぎの対応を続ければ、結局は産業界と 大学院双方にとってマイナスになってしまう。
マネジメントを教える 現在の日本で、物流教育の空白を埋めているのは JILSの教育研修や民間コンサルタントだ。
カサイ 経営の河西健次社長は、これまで日本物流学会への 実務家の参加を積極的に後押ししてきた。
しかし学会 が依然として実務家にとって近寄りがたい雰囲気を持 つことも肌で感じている。
このため昨年からは、物流 学会を補足する活動として、実務家だけを対象とする 「ロジスティクス懇話会」を手弁当で主催してきた。
USニューズ&ワールドレポートは2004年度版で初めてサプライチェーン /ロジスティクスに関するランキングを掲載した マサチューセッツ工科大学(Sloan) ミシガン州立大学(Broad) ペンシルバニア大学(Wharton) スタンフォード大学(CA) アリゾナ州立大学―メインキャンパス カーネギーメロン大学(PA) ペンシルバニア州立大学(Smeal) オハイオ州立大学(Fisher) パデュー大学―ウエスト・ラファイエット(Krannert)(IN) ノースウェスタン大学(Kellogg)(IL) マサチューセッツ工科大学(Sloan) ミシガン州立大学(Brosd) オハイオ州立大学(Fisher) 2004年度版ベスト10校 2005年度版ベスト3校 ●米国で注目を集めるロジスティクス教育 早稲田大学の高橋輝男前教授 特集 25 MAY 2005 河西氏はJILSの物流技術管理士講座の常連講 師でもある。
カリキュラムには必ずケーススタディを 採り入れている。
実務家と接点の少ない学者と違って、 コンサルタントは日常的に民間企業と接触している。
こうした経験の中から、実際に成功した事例に基づい てオリジナルのケースを作っている。
ハーバード流のケースメソッドとは違って、これを 素材に参加者が議論しようというわけではない。
現実 の成功例を一つの正解として、これに至るプロセスを 再現させることで実務家の実践力を鍛えていく。
学者 の中にも似たような演習を手掛ける人は少なくないが、 現実の裏付けのある事例だからこそ説得力がある。
「事実がなければ説得力のあるケースは作れない。
し かし企業機密の問題があるため、ありのままの数字を 出せない苦労がある。
かといって、変に数字をいじる と全体の整合性がとれなくなってしまう。
よほど経験 を積まなければケースを使った実践的な教育は難し い」と河西社長は強調する。
こうしたカリキュラムを通じて育てようとしている のは、マネジメントまで視野に入れた人材だ。
このた め、計算問題としてではなく、考え方を鍛えるために ケースを利用している。
管理組織のあり方、数値に基 づく実態の把握、他部門との連携、拠点配置、セン ター内のレイアウト――など極めて実務的な判断を受 講者に問う。
実例だからこそ、どのような質問が出て も具体的に答えることができる。
こうした活動を続ける一方で河西社長は、日本物 流学会の活動に、誰よりも大きな期待を寄せている。
「物流学会は絶対に必要だ。
他にこうした機能を担え る機関はない。
課題があるのであれば皆で知恵を出し 合って変えていけばいい」。
物流アカデミズムは、批 判よりもむしろ支援を必要としているようだ。
――忍田先生は三〇年くらい前に米MITに留学し 「都市・地域特別コース」を修了されました。
物流と はどんな関係のある研究なのですか。
「当時のMITに物流コースはありませんでした。
僕 がとったのは地域開発です。
いま日本が中国や東南ア ジアの地域開発をお手伝いしているように、地域開発 にどんなシステムやツールを使えばいいかを学ぶとこ ろです。
物流よりずっと範囲が広い。
僕が物流をとっ たのは隣のハーバード大学です。
ここには物流のコー スがあったので、半年間だけ通いました」 ――MITにいながらハーバードに通ったのですか。
「そうです。
これがアメリカの良いところなのですが、 MITに科目がなくても、大学の合意しだいで他大 学で単位をとることができるんです。
だから物流のコ ースをハーバードにとりにいった。
ここでケースをや ったのですが、これが非常に面白かった」 「事前にケースを読んでおいて侃々諤々の議論をす るわけです。
ビジネススクールの学生の中には社会人 経験者がたくさんいます。
物流を専門とする連中ばか りではないため、いろんな質問が出る。
場合によって は、ケースの前提がおかしいという指摘すらする。
先 生もなまじ誤魔化したりしません。
分からなければ、 分からないとハッキリ言う。
そうやって石油会社や食 品の物流システ ムなどのケース をやるわけです」 ――ケースの何 がそんなに面白 かったのですか? 「討議の過程で す。
物流をテー マとするディベ ートですよ。
物流を実務でやろうとしたら、いろい ろな人と情報を共有したり、業務を調整する必要が あるでしょう。
こういう能力を養うために、ケース を通じたディベートは一番いい。
自分と相手の考え の違いを肌で感じて、それをどうすべきか考えてい く。
実務で使う技術を身に付けるのに最適です」 「僕が日本でもう三〇年近くもやりたいと思ってきた のが、物流のケーススタディです。
日本でもコンサ ルティング機能が発達して、クライアントのOKが とれるようになればできると思っていた。
悲願だっ たのですが、いまだに実現していません」 ――日本で実現できなかった理由は? 「一つは、こちらの力の限界もあったのでしょう。
相手の懐に飛び込んでいき、情報を出してもらわな ければなりませんからね。
しかも裏側の話を汲み取 れるだけのコンタクトを持たなければケースはできな い。
アメリカの場合は大雑把ですからパッとやって しまうんだけどね。
分からない部分があれば、事例 Aとか事例Bなどの代案で整理してしまう。
でも日 本でこうした部分があまり多いと、魅力的なケース を作るのは難しいはずです」 ――では緻密なケースを作ればいいのでは? 「日本でケースを作る人の多くは、その後も同じ職場 に居つづけます。
ですから業務については、よく知 っている人が多い。
しかしアメリカ的なアプローチ でやると顰蹙を買うとか、数字を丸めるからケース の魅力がなくなってしまうというのがあるんです。
も ちろんアメリカでも企業データに関する情報管理は 厳しいのですが、彼らの多くは平気でライバル会社 に移っていく。
特許のような情報こそ持ち出せませ んが、ビジネスモデルのような情報は隠しようがあ りません」 「日本でもケース教育をやりたい」 朝日大学 経営学部 大学院 忍田和良 教授

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