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JULY 2001 38
日本の流通業の先頭を走り続けてきたもの
の、近年の業績不振で窮地に追い込まれてい
るダイエー。 そして、年間約一兆円の利益を
稼ぎ出す日本を代表するメーカー、トヨタ自
動車。 業態はもちろん、経営環境もまったく
異なる両社が協力関係を築くことになったの
は今から約三年前。 ある会合でダイエーの経
営幹部がトヨタの経営幹部に次のように要請
したのがきっかけだった。
「社内の改善が思うように進まない。 何とか
お手伝いしてもらうことはできないだろうか」
当時、トヨタは一業種一社に限定した業務
改善のコンサルティング、つまり「カイゼン」
の手法を外部に開放するビジネスを立ち上げ
ていた。 その噂を耳にしたダイエーの経営幹
部が同じ会合に出席していたトヨタの幹部に
接触。 徹底して無駄を排除する「カイゼン」
のノウハウを伝授して欲しい、と打診したの
だ。
多額の有利子負債を抱え、瀕死の状態にあ
ったダイエーの危機意識の高さに心が動いた
のか。 それとも単にビジネスとして良い条件
が提示されたからなのか。 トヨタはダイエー
の協力要請をすんなりと受け入れた。
トヨタの改善部隊が常駐
両社が交わしたコンサルティング契約の中
身は、経営再建に向けたリストラ策の一環と
してダイエーがグループ全体で進めていく業
務改善を、トヨタが全面的に支援するという
トヨタの物流改善手法を導入して
センターの仕分け効率を14%向上
ダイエーの物流子会社であるダイエー・ロジス
ティクス・システムズはトヨタ自動車の支援を受
けて、全国の物流センターの「カイゼン」活動に
取り組んでいる。 第1弾となった川崎プロセスセ
ンターではソーター仕分けオペレーションの生産
性アップに成功した。 2001年度は全社で241件の
改善を進めており、トータルで9.7億円のコスト削
減を目指している。
ダイエー・ロジスティクス・システムズ
――現場改善
洗い出し作業は細部
にまで及んだ。 その
結果、川崎PCでは
一〇〇項目を超す問
題点が見つかったと
いう。
トヨタの改善部隊
が繰り返す重箱の隅
を楊枝でほじくるよ
うな作業を目の当たりにしたD
―LGSの雨
宮路男改善統括部長は「トヨタ流の改善は決
して妥協を許さない。 数字データを基にトコ
トンまで突き詰めていくやり方には脱帽した」
と当時の様子を振り返る。
無駄な人員配置トヨタの改善部隊の分析によると、川崎P
Cの作業オペレーション上の最大の問題点は、
ソーターによる仕分け作業効率が低いため、
現場全体の生産性が落ちていたことだった。
川崎PCは開店前と買い物客の来店がピー
クを迎える夕方に合わせて一日二回、ダイエ
ーグループの各店舗に商品を供給していた。
一日の仕分け作業のピークは午後九時から午
前一時までの夜間。 開店前納品用の仕分け作
業を行う時間帯で、最も作業ボリュームが多
かった。 そして、もう一つのヤマ場が午前六
時から午前一〇時まで。 この時間帯は夕方納
品のための作業を行っていた。
これに対して、午後一時から午後七時の間
年十一月に本社の物流本部を移管するかたちで発足した、売上高約三〇〇〇億円を誇る日
本最大の物流子会社だ。 設立以来、ダイエー
グループは全国百十一カ所の物流センターの
運営をすべてD―LGSに委ねている。
トヨタはダイエーとの契約締結後、物流管
理部などで構成する改善部隊一〇人をD
―L
GSに派遣した。 契約期間は九九年三月から
約一年。 その間、トヨタの社員はD
―LGS
に常駐するかたちで、改善活動のイロハを叩
き込んだ。
トヨタの改善部隊がまず最初に取り掛かっ
たのは九七年四月に稼働した川崎プロセスセ
ンター(PC)だった。 同センターは食品の
生産、加工、仕分け、さらに関東地区のダイ
エーグループ三七〇店舗向けの配送を担当す
る、ダイエーグループとしては国内最大規模
の物流拠点だ。
ダイエーではこの拠点で改善のノウハウを
体得したD
―LGS社員を全国の物流センタ
ーに派遣し、トヨタとの契約が切れる翌二〇
〇〇年からは自社で改善活動を展開していこ
うという青写真を描いていた。
川崎PCに乗り込んだトヨタの改善部隊は
まず、現場に一日中張り付いてモノと人の流
れを観察し、現場の?ムダ〞を徹底的に洗い
出す作業を始めた。 仕事量に合わせた適正な
人員配置がなされているか。 センター内のレ
イアウトに問題はないか。 さらに、作業員の
一時間当たりの手待ち時間は何分あるかなど、
39 JULY 2001
内容。 その中でも、生産・物流の部分にメス
を入れることに特に重点が置かれていた。
物流面で改善指導の舞台となったのはダイ
エー本体ではなく、一〇〇%出資の物流子会
社であるダイエー・ロジスティクス・システ
ムズ(D
―LGS)だった。 D―LGSは六九
40
35
30
25
20
15
10
5
0
8000
7000
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
午後1時
午後2時
午後3時
午後4時
午後5時
午後6時
午後7時
午後8時
午後9時
午後
10
時
午後
11
時
00
時
午前1時
午前2時
午前3時
午前4時
午前5時
午前6時
午前7時
午前8時
午前9時
午前
10
時
午前
11
時
正午
Vol
人員
(作業量:ケース) (人数)
図1 時間帯別ソーター取扱量と人員配置
D-LGSの雨宮路男改善統括部長
特集 小売り物流のカラクリ
JULY 2001 40
は作業ボリュームが比較的少なく、さらに
「午前二時から午前五時」「午前一〇時から正
午」には作業がほとんど発生していなかった。
問題は作業ボリュームが少なかったり、作業
をする必要がない時間帯であっても作業員が
過剰に配置されていた点だった。 例えば、午
前二時から三時と午前九時から十一時。 この
時間帯にはほとんど作業が発生していないに
も関わらず、ピーク時と同じ数だけの作業員
が現場に配置されていた(図1参照)。
「川崎PCの二階から四階部分に入居して
いる生産、加工会社が少しずつ商品をソータ
ーに流したり、予定時刻よりも早くセンター
納品するベンダー(主に食品メーカー)が存
在したため、ほぼ一日中ソーターを稼働させ
ていた。 そのため、作業ボリュームの増減に
関わらず、各シュートに作業員を常時配置す
る必要があった」と雨宮部長は説明する。
この問題の解決策としてトヨタの改善部隊
が提案したのは、ほぼ一日中行っていた仕分
け作業を一定の時間帯に集中させ、なおかつ
作業を平準化させることだった。
例えば、仕分け作業効率の低い午後一時か
ら四時までの間はソーターを一時停止し、そ
の時間帯に行っていた作業を午後五時から午
前一時のピーク時に移行させる。 開店前と夕
方の納品時間に合わせて、仕分け作業のヤマ
を二つ設け、それ以外の時間は一切作業をし
ないという仕組みだ。
JIT納品を導入
しかし、そのためには外部ベンダーの納品
ルールを抜本的に変える必要があった。 前述
した通り、D
―LGSでは原則として締め切
り時間を超えなければ、予定よりも早い時間
に納品しても構わないという大まかなルール
で運用していた。 だが、トヨタの改善部隊に
してみれば、このズサンな管理こそが無駄を
生む温床に写った。
新たに採用した納品のルールは、ベンダー
ごと、あるいは商品カテゴリーごとに納品す
べき時間帯を
細かく設定す
るというもので
あった。 トヨタ
が組み立て工
場に部品を納
めるべンダーと
展開している
「ジャスト・イ
ン・タイム(J
I
T
)
納
品
」
と同じ発想だ。
例えば、生
鮮品を扱うベ
ンダーA社の場合、従来はト
ラック五台分の商品を午前二時に一斉に納品
させていたが、これを商品群ごとに四回に分
けて納品させる体制に改めた(図2参照)。
外部ベンダーの納品時間はソーターの稼働
時間に合わせて設定された。 開店前納品分の
商品を仕分けするためソーターを動かす午後
四時から翌午前一時までの間は、A社午後四
時、B社午後四時三〇分、C社午後五時‥‥
といった具合にスケジューリングされた(図
3参照)。
さらに、外部ベンダーが納品時間をきちん
と守っているかどうか、毎日チェックするた
めホワイトボードを使った「納入ダイヤ管理
板」を作製した。 納入ダイヤ管理板はベンダ
会社名
D社
E社
F社
G社
H社
現 状
16:00
14:30
13:00
15:00
14:00
変 更
16:30
16:00
16:30
16:00
16:00
13:00〜16:00までの
取引先5社に対して、
センター入荷時間の調整
図3 改善後のソーター稼働時間
図2 外部ベンダーの納品時間の調整
取引先A社のケース
産地から
A市場
5台分一斉に
午前2時に商品
入荷
土物
葉物
果実
中継
葉物
産地から
A市場
商品毎に納品時間
を変更し入荷VOL
を分散
土物
葉物
果実
中継
葉物
21:00 22:00 23:00 00:00 01:00 02:00
21:00 22:00 23:00 00:00 01:00 02:00
川崎PC
川崎PC
川崎PC
川崎PC
川崎PC
改善前
改善後
41 JULY 2001
ー名が記載されたマグネットの色分けによっ
て、各社の納品時間や作業の進捗状況が確認
できる仕組みだ。 また、配送トラックのドラ
イバーには、川崎PC到着後と納品作業終了
後にタイムカードを押すよう義務づけた。
次にメスが入れられたのは生産、加工会社
のソーター投入時間だった。 従来、川崎PC
内の生産、加工会社は開店前納品分の商品を
午後一時からソーターに投入していた。 それ
によって、D
―LGSはソーターの長時間稼
働や無駄な人員配置を余儀なくされてきた。
そこで生産、加工会社にも外部ベンダーと同
様、開店前納品分の商品については午後四時
以降にソーターに投入してもらうようにした。
改善活動の全国展開
外部ベンダーの納品体制見直しと生産、加
工会社のソーター投入時間の見直しによって、
仕分け作業時間の集中化は成功を収めた。 そ
の結果、川崎PCのソーター仕分け効率は改
善前に比べ一四・三%向上したという。 それ
ばかりではなく、付帯効果として「作業員の
残業時間が減ったほか、納入待ちのトラック
が川崎PC内で滞留することがなくなった」
と雨宮部長は満足する。
川崎PCでは仕分け作業の改善のほかに、
?作業員の教育ツールである作業要領書の作
成、?無駄な搬送動線を短縮するための現場
レイアウトの変更――など多岐にわたって改
善活動が展開された。 改善活動を進めていく
にあたって、流通業には流通業のやり方があるのではないかと、トヨタの改善部隊が繰り
広げる活動に疑問を抱きかけたこともあった
が、最終的には「車の生産ラインであろうが、
小売業の物流センターであろうが、人が介在
するという意味では改善すべき点はほぼ共通
しているというトヨタの主張に納得させられ
た」(雨宮部長)という。
トヨタとの契約期間を終えた二〇〇〇年三
月から、D
―LGSでは当初の計画通り、自
社による改善活動の全国展開を開始した。 本
社の改善統括部を中心に、全国の物流センタ
ーに改善担当者を配置。 同時に、改善の進捗
状況を管理する体制も整備して、地域ブロッ
クと各センターについては毎週一回の改善ミ
ーティング開催を義務付けた。 その会合の内
容を随時本社の改善統括部に報告させている。
さらに、社員がいつでも他センターの改善
事例を閲覧できるよう改善事例データベース
を構築し、イントラネット上で公開したり、
年に二回全国規模の改善事例大会を開くこと
で、情報共有を図っている。
ゲインシェアリングを採用
D―LGSは二〇〇〇年三月から二〇〇一
年二月までの一年間、全国総勢一万二〇〇〇
人が参画するかたちで、二七七テーマに上る
改善に取り組み、一六・九億円のコストダウ
ンに成功した。 続く二〇〇一年度は、全国の
物流センターで二四一テーマの改善に取り組
み、トータルで九・七億円のコスト削減を実
現することを目標に掲げている。
「D
―LGSは物流センター内の作業や配送
を外注しており、その業務委託先とも協力し
ていかなければ今後の改善は進まないだろう」
と雨宮部長。 実際、業務委託先との関係を密
なものにするため、例えば改善によって生産
性が一〇%向上した場合、浮いた一〇%分の
コストをD
―LGSと業務委託先で五%ずつ
ゲインシェアリングするようにしているとい
う。
ダイエーはこれまで日本一のチェーン小売
業としての影響力を楯にしてメーカー、卸売
業、さらには協力物流業者に対して高圧的な
企業だったと言われている。 しかし、今回の
改善活動がきっかけで、そのダイエーにコラ
ボレーション(協働)という意識が芽生えつ
つあるようだ。
ダイエーの川崎プロセスセンター
特集 小売り物流のカラクリ
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