ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年7号
特集
小売り物流のカラクリ パートナーシップは綺麗事か?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2001 42 ――メーカーと小売業者のコラボレーションが日本に も広がりつつあります。
そこでは、取引先とのパート ナーシップが重要で、取引先同士が「WIN-WIN」 の関係になると言われています。
本当ですか。
入江 別にウソではないでしょう。
これまでのビジネ スでは、取引先との関係が基本的に「Win-Lose 」だ った。
片方が儲かれば、片方が損をする関係だったわ けですよね。
それが、サプライチェーン全体で儲けよ うという形に変わるわけですから。
――その「Win-Lose 」ですが、これまで日本ではメー カーが「Win 」で、流通側が「Lose 」だった。
つまり メーカーが勝ち続けてきた、とは言えませんか。
入江 結果としての財務諸表を見る限り、そうなって いますね。
結局、利益を出しているのはメーカーです から。
――取材して分かったのですが、メーカーは儲け過ぎ ているという不信感が、日本の小売業者には根強いよ うです。
そうなのでしょうか。
入江 業界によって色々と事情は違うと思いますが、 少なくとも家電や自動車といった分野では、日本のメ ーカーは世界市場で競争してきた。
それに対して小売 りはあくまでも国内市場が舞台だった。
この二つを比 べた時、企業としての体力が違うのは当然でしょう。
メーカーは儲け過ぎているというけれど、それは利 益を出せるような体質を自分で作ってきた結果です。
メーカーの粗利が大きいのは、それだけコスト削減を 徹底してやってきたからであって、誉められこそすれ 非難される話ではない。
――しかし、日用雑貨や加工食品の場合はどうですか。
この分野の日本のメーカーは、ほとんど国内で商売し ています。
それでも、小売りに比べれば利益が出ている。
入江 そうねえ。
まあ一概には言えないけれど、日本 の場合、メーカーと比較した時に、小売りのビジネス モデルには、まだまだ改善の余地がある、改革が進ん でいない、という事実は否定できないでしょう。
――それほど海外との差が大きい? 入江 「規模の経済性」だけを見てもまだまだでしょ う。
イトーヨーカ堂やダイエーと、ウォルマートでは 規模が決定的に違う。
ましてや「サプライチェーンの 経済性」(前号同欄参照)ともなれば、何も対応でき ていない。
日本の小売業者は、まだ本格的な競争に晒 されていないと言えるんじゃないかな。
ただし、これ からは国内に欧米の小売業者がどんどん入ってくるか ら変わってくるでしょうね。
「報酬」と「リスク」のシェア ――日本の小売りは今後、どう変わる必要があるので すか。
入江 「サプライチェーンの経済性」のモデルに変わ る必要があるわけです。
サプライチェーン全体で利益 が出て、なおかつお客にとっても最適なモデル、つま りリーズナブルな価格でサービスも良いというモデル です。
そのためには今までの「Win-Lose 」の関係を取 っ払って、コラボレーションによって、報酬とリスク をシェアできる関係を作る必要があります。
米国でウ ォルマートとP&Gが作り上げたモデルですね。
――しかし、ウォルマートとP&Gの取り組みにして も、表向きはパートナーシップが強調されていますが、 水面下ではかなりドロドロの駆け引きが行われている と聞きます。
入江 それは当然でしょう。
別にパートナーシップと いったって、仲良くやればいいという話ではないので すから。
問題はビジネスモデルなんです。
「Win-Lose 」 よりも、コラボレーションで「Win-Win 」になったほ 横文字嫌いのアナタのための アングロサクソン経営入門《第4回》 パートナーシップは綺麗事か? SCMの成功のカギはコラボレーション(協働)だといわ れる。
しかし、メーカーと小売りがコラボレーションによっ て、儲けを産み出したとしても、それを山分けする際には、や はりエゴがぶつかる。
日本で数年前に行われた大規模なECR プロジェクトも結局は、とん挫してしまった。
パートナーシ ップなど所詮、綺麗事ではないのか。
入江仁之 キャップジェミニ・アーンスト&ヤング副社長VS 本誌編集部 Columns 43 JULY 2001 うが儲かるから、そう変わりなさいと言っているわけ です。
逆に言えば、ウォルマートとP&Gのように、お互 いがリスクをシェアするような前提で取引するモデル をとらないと結局、サプライチェーンのトータルで利 益が出ない。
お互いが自己の利益を優先して個別最 適になれば、最終的には利益が出ないという結果に陥 ってしまいます。
――そうかなあ。
結局、どちらか一方だけが儲かると いう結果になる気がする。
入江 なぜコラボレーションした方が良いのか。
その 理由を一番、簡単に説明しているのが、このマトリク スです(図1)。
従来の「コストプラス・ゲーム」で は‥‥。
まあ、そんなに構えなくてもいいですよ。
それほど 難しい話をするわけではないから。
――一応、拝聴しましょうか。
ところで「コストプラ ス」って何ですか。
入江 ああ、そうですね。
そこから説明が必要ですね。
ここに取引の売り手と買い手がいるとします。
このう ち売り手が自分の原価を開示して、それに一定の利益 をプラスした価格で、買い手側が引き取るという契約 を結んだとします。
これを「コストプラス契約」と呼 びます。
この場合の問題点は、売り手側に生産性を向 上させるインセンティブが働かないことです。
いくら で作っても、それに一定の利益が乗るわけですから。
――公共料金などが典型的ですね。
入江 そうですね。
もしくは売り手側は、生産性の向 上によって、原価が下がったとしても、それを取引先 に隠すようになる。
買い手に分からないように儲けよ うとするわけです。
ただし、買い手もそうはさせまじ と、売り手側の本当の原価を探ろうと調査する。
結果 として取引価格は買い手が本当の原価を発見できるか、 できないかで決まってくる。
この関係を説明したのが、 この図(図1)です。
――この場合は、売り手が五億円の節約を成し遂げた として、買い手がそのことを発見する確立を二五%と したわけですね。
売り手は本当の原価を「隠す」、か つ「発見されない」時にだけ、五億円の利益を手に入 れる。
それ以外の場合は、買い手に節約分を全部、持 って行かれてしまう。
入江 コストプラス契約での取引は結局、「ゼロ・サ ム」ゲームになります。
しかも、この契約だと買い手 は、コストを支払ってでも売り手の内部の監査をして、 原価の実態を発見しようという動きになる。
このケー スでは、そのために二億円かけた。
これに対して売り 手は対抗上、一億円かけて原価をバレないようにした。
その結果、本来ならサプライチェーン全体で五億円 の利益が増えたはずが、最終的には二億円しか増えな いことになる。
三億円の損です。
取引先とはリスクも報酬もシェアしない。
お互いを信用していないと必然 的にそうなる。
それが今のメーカーと小売りの関係で す。
VMIの意味 ――これは今回の特集で取材した「センターフィー」 の問題にも当てはまりますね。
日本の小売業者が自分 の専用センターを建設すると、ベンダーからセンター フィーを徴収するようになります。
ところが、このセ ンターフィーの算定基準というのは非常に曖昧で、お 互いの不信の種になっている。
入江 センターフィーに限らず、現在のほとんどの経 済取引というのは、実態上こうしたコストプラス契約 になっているんです。
これは損です。
だったら初めか 《買い手》 《売り手》 節約を発見する(確率25%) 隠 す 公表する +5億円 +5億円 +5億円 +5億円 0 0 0 0 節約を発見できない(確率75%) 図1 コストプラス・ゲームの初期条件 特集 小売り物流のカラクリ JULY 2001 44 ら原価低減分を、お互いが半分ずつシェアするという 契約にしましょうよと。
それなら五億円が丸々、サプ ライチェーン全体の利益になる。
お互いが二・五億円 ずつ儲かるという形になる(図2)。
――何で、それが実際には、できないんですかね。
入江 このケースでは、買い手が売り手の本当の原価 を発見する確立は二五%でしたよね。
となると、買い 手の当初の期待利益は五億円×二五%で一・二五億 円ということになる。
これが二・五億円になるのなら 買い手は万々歳です。
ところが売り手の当初の期待利益は五億円×七五% で三・七五億円です。
この三・七五億円と、シェアし た時の利益二・五億円ドルを比べると、売り手側にと っては当初の期待利益のほうが一・二五億円も大き い。
本当は売り手の最終利益は一・五億円だから、 二・五億円の利益でもいいはずなのに、実際には「当 初の利益」に経営判断が引っ張られてしまう。
――それともう一つあります。
報酬とリスクをシェア するモデルは、基本的に性善説に立っている。
契約さ え結べば、売り手は原価に対してウソをつかないとい う前提に立っています。
入江 その通りです。
そのためのソリューションの一 つが、実は「VMI(Vender Managed Inventory: ベンダーによる取引先在庫管理)」なんです。
VMI は、買い手がリスクと報酬を全て売り手側に任せると いうモデルです。
買い手は最初の段階で自分に必要な 利益を確保するスキームを作る。
そして後は全部、売 り手に下駄を預けてしまう。
――具体的には、VMIでは在庫のリスクを全て売り 手側、つまりメーカーや卸などのベンダーが持つこと になる。
それだとメーカーは損だけですね。
入江 VMIは店頭の販売データから需要予測まで 全部、メーカーに公開することが前提になります。
そ れによってメーカーは自分の努力で利益を生む仕組み を作れる。
サプライチェーンの末端までコントロール できるようになる。
そう判断するからこそVMIをO Kするわけです。
――VMIの手数料分は、小売りに高く買ってもらえ るとか。
入江 VMIを始めるからといって、その分、高く買 い取ってもらえるというケースは実際にはまずありま せん。
価格はせいぜい現状維持です。
それでもベンダ ーにとってVMIはメリットに成り得る。
VMIは売 り手にとって確かにリスクだけれども、リスクをとる ことのメリットというのがある。
――例えば? 入江 これまでメーカーはサプライチェーン上の在庫 を管理したくてもできなかった。
それができることに なれば、サプライチェーントータルでの在庫削減がで きるようになる。
その効果は極めて大きい。
VMIは コラボレーションの中でも比較的、分かりやすい施策 です。
従来ベンダーと小売りで二重に持っていた在庫 が一つになるわけですから、明らかに在庫が減る。
需 要予測もしやすくなる。
その結果、生産も最適化しや すくなる。
しかもVMIの結果はすぐに数字に現れます。
それ が良かったとなると、二〜三年のうちに一気に他者に も広がっていく。
実際、部品メーカーと組み立てメー カーの間ではそうなりました。
メーカーと小売り間の VMIというのは、まだ歴史が浅いですけれども、同 じことがおこるはずです。
――ただし、そのためにはメーカーにサプライチェー ンをトータルで管理できるだけの能力が必要です。
在 庫削減のインパクトも、きちんと数値で把握できない 《買い手》 当初の利益 最終結果 50%ずつの 共有合意 共有合意と 最終結果の差 +500万ドル +500万ドル +500万ドル 0 買い手の期待利益 売り手の期待利益 総利益 単位:億円 図2 コストプラス・ゲームの結果 1.25 3.75 5.00 0.50 1.50 2.00 2.50 2.50 5.00 2.00 1.00 3.00 45 JULY 2001 と、VMIなど怖くて受けられない。
入江 もちろんです。
需要計画、生産計画、在庫の 最適化計画などから、サプライチェーンの実行に至る まで、全てを管理できる仕組みが必要です。
「全体最適化」から「環境適応」へ ――しかし、そこまでベンダーがやるとなると、小売 業者は単なる場所貸し業なのかという疑問がわく。
入江 小売業者のコア・コンピタンスが改めて問われ るのは事実です。
――小売業者は実質的には、仕入れずに売ることにな るわけですね。
入江 それも一つの中抜きですよ。
本来、サプライチ ェーンの内部で売り買いをする必要はない。
――しかし、日本ではどうなのかなあ。
見方によって は、これまでも日本の小売業者は在庫リスクを持って いなかった。
売れ残れば返品していたわけですから。
入江 だから、ダメなんですよ。
返品されたら、コス ト削減なんてやりようがない。
逆に返品のない仕組み、 返品の少なくなる仕組みを作ろうというのが、現在の VMIの狙いです。
本質的な違いがある。
――となると、日本の流通は欧米に比べて、丸々一 周遅れてしまっていることになりますね。
今、日本の 小売りは在庫リスクを自分で負うことを決意し始め たところです。
ところが欧米の小売りはVMIで在 庫リスクを持たないで済む仕組みに移行しようとして いる。
入江 そうですね。
周回遅れになっている。
日本の小 売りは今、買い切り制にして在庫リスクを自分でとっ て、次のステップに進もうとしているわけですよね。
これに対して欧米は、その次のステップを行っている。
売り手にしても、複数の小売りに対してVMIを行い、 その在庫を全部把握して、コストを削減するという段 階を経て、さらにその先に進もうとしている。
――その先とは? 入江 コラボレーションというのは実はツールであっ て、何を目的としているかというと「アダプティブ (環境適応)」なんです。
現在のSCMのキーワードは 「オプティマイゼーション(最適化)」ですが、これは サプライチェーン全体を最適にすればいいという話だ った。
これに対して次のステップでは、ネットワーク の経済性に基づく「アダプティブ」が求められる。
色々なコア・コンピタンスを持っている組織と、必 要に応じて瞬時にアダプトする、環境適応型のサプラ イチェーンです。
このモデルでは、何より「スピード」 がカギになる。
需要の変動に対して、これまでの週次 や日次レベルで対応していたのをリアルタイムにする。
VMIでコラボレーションを確立した企業は、そこに 進もうとしている。
――そんな欧米勢が、本格的に日本市場にビジネスモデルを持ち込むとどうなりますか。
入江一つひとつの会社同士の競争ではなく、サプラ イチェーンとサプライチェーンの競争になる。
どっち が利益が出るサプライチェーンなのかという戦いにな る。
当然、VMIが勝つはずです。
――少なくともVMIのほうが安く売れるという理屈 になりますね。
入江 そうです。
――ただし、VMIはメーカーの協力があって初めて 成り立つ。
日本の場合、メーカーがそれに対応するか という問題は残る。
入江 外資は小売りだけでなく、メーカーも入ってき ますからね。
遠からず日本市場でも本当の競争が始ま りますよ。
入江仁之(いり え・ひろゆき) キャップジェミ ニ・アーンス ト&ヤング副社 長。
製造・ハイ テク自動車産業 統括責任者。
公認会計士合格後、 約20年にわたり経営コンサル ティングを行う。
とりわけサプ ライチェーン・マネジメント分 野では国内屈指のスペシャリス トして評価が高い。
ハーバード 大学留学を経て、都立科学技術 大学大学院、早稲田大学大学院 などで客員講師をつとめる。
著 書訳書多数。
プロフィール 特集 小売り物流のカラクリ

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