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AUGUST 2001 84
けているのは?
結局、導入するシステムがだんだん大きく
なってきて、プロジェクトのリスクを管理で
きないくらいの規模になってきたからでしょ
う。 よく「ミッション・クリティカルなシス
テム」などと言いますが、二四時間三六五日
の安定稼働が求められる、基幹業務に直接関
係するようなシステムともなると、絶対に失
敗は許されない。 下手をすると、事業活動が
ストップしてしまいますからね。 そのため既
に他社で稼働しているシステムをリユース、
再利用しようということになるわけです。
勝つためではなく
負けないために
――となるとERPというのは、他社のシス
テムがベースになるわけですから、もはやシス
テムでは他社と差別化できないということになりますね。 そうですね。 ERPの導入は競争優位を確
保するという目的ではなく、競争劣位になら
ないようにするという発想に立っています。 実
際、従来の社内で手作りしたシステムのまま
では、既にERPの導入を済ませてその先の
システム改革を進めているライバルに対抗で
きなくなっている。
何が一番大きいかというとデータの一元管
理です。 社内で作ったシステムは、多かれ少
なかれ、部門間のデータのシェアが進んでい
ない。 バッチで処理する部分がかなりある。
これがERPでは解決されている。 「One
――日本でもERPを導入する企業が増えて
きたようですね。
そうですね。 一番動きが早かったのが製薬
業界と化学業界で、既に日本でも多くの企業
が導入を済ませています。 その後、他の産業
にも広がっています。 業界でいえばハイテク
が一段落して、これから自動車に入るところ
ですね。 また経理分野に関してだけなら、主
だった企業には一通り入ったと考えていいで
しょう。
――ERPの導入は何が狙いなのですか。
基本的には、二つのパターンに分かれます
ね。 従来のメーンフレームをクライアント・
サーバーに置き換えるタイミングでERPを
入れる場合、もしくは業務上の改革を進める
狙いで導入を決断するケースです。 アプリケ
ーションの大きな変更が出てきたタイミング
で、改めてゼロからプログラムを作り上げる
くらいなら、ERPのパッケージを使おうと
判断するわけです。
――そのほうが安くあがるのですか。
もちろんコストの問題もありますが、品質
や信頼性と導入のリードタイムが、ゼロから
作り込むのと比較して一般的には優れている
と言われています。
――それ、本当なんですか。
う〜ん。 まあ、実際にはERPを使ったの
に、コストも時間もかかっているという場合
が少なくないんですけどね。 (笑)
――それでもERPを導入する企業が増え続
ERP(Enterprise Resource Planning:統合業務パッケージ
ソフト)は、日本に紹介された当初、ベストプラクティスに基づ
く抜本的な業務改革を実現すると言われていた。 それがベンダー
の売り文句に過ぎないと分かってきた現在も、依然としてERPの
導入は進んでいる。 何が原動力となっているのか。 その普及によ
って、ビジネスの在り方はどう変わるのか。
入江仁之 キャップジェミニ・アーンスト&ヤング副社長VS 本誌編集部
アングロサクソン経営入門
横文字嫌いのアナタのための
《第5回》「 ERPで何が変わったのか?」
るのなら問題はないけれど、実際は多くのシ
ステムがバッチ処理になっている。 それだけ
データの反映が遅れるため、リアルタイムの在庫管理ができない。 SCMの足かせになっ
てしまうという事態になるわけです。
――少し話は変わりますが、九〇年代に日本
にERPが紹介された当初、ERPには世界
企業のベストプラクティスが反映されている
から、ERPのデザイン通りに業務プロセス
を改革することでBPRが実現できると言わ
れていました。 あのうたい文句はどうなって
しまったのですか。
BPRですか。 それは、あくまでもベンダ
ーのセールストークだったと考えたほうがい
いですね。 ERPとは何かということを突き
詰めていくと結局、「リユース」に行き着くん
です。 他社で使ったアプリケーションを再利
用するからこそ、ERPにはメリットがある。
そしてERPの場合は開発に当たって、統
合型のデータモデルがしっかり作られていて、
そのデータモデルに基づいて次の開発も進め
られる。 そのために「One Fact , One Place
」
が維持できる。 これが次の段階のメリットで
す。 もっともこれはERPがそういう開発を
されているというだけで、同じ仕組みを社内
で手作りでやっても理論的にはできるんです
けれどね。
――ERPの本質がリユースだとすると、最
初にその元になったオリジナルがあるわけで
すね。 となると世界のトップクラスの企業に
85 AUGUST 2001
Fact , One Place
」といって、一カ所でデー
タを入力したら他のモジュールのデータも自
動的に更新される仕組みになっている。
SCMの世界で言えば、物品の受け払いが
入力されると、それが在庫から支払いまで、
全部自動的に処理される仕組みになっている。
もちろん既存のシステムで、同じことができ
とって、ERPはどういう意味を持つのでし
ょう。 トップクラスの企業ともなれば、一般
に業務プロセスの面でも、システム面でも進
んでいるわけで、他社のリユースに甘んじる
必要はないはずです。
それは何をもってトップ企業とするかにも
よりますね。 業務プロセスにおいて競争優位
を得ているような企業がトップ企業だとする
と、その企業がERPを入れてどうするのか
という疑問は確かにありますよね。 しかし、実
際には業務プロセスの競争優位というのは、
すぐに他社に追随されてしまうため、あまり
大きな意味を持たなくなってきています。 つ
まりERPの領域では、それほど大きな差が
出なくなっている。
ERPでは差がつかない
競争の舞台は「EEA」へ――となると、どの領域で差がつくのですか。
サプライチェーン計画やeプロキュアメン
ト(調達)、あるいはサプライチェーン・エク
ゼキューション(実行)やオーダーマネジメ
ントといった領域です。 いわばERPの外側
の領域です。 これらの領域では業務プロセス
に企業間で大きな差がある。 ERPというの
は、企業の中の基幹業務を処理するシステム
です。 これに対して、今お話した計画系や調
達系、実行系、CRM(カスタマー・リレー
ションシップ・マネジメント)などを含めた
概念を我々は「EEA」と呼んでいます。
図1 ERP以前
マネジメント
サイクル
タイム
フレーム 設 計 調 達 生 産 輸 送 流 通 顧客管理
戦 略
計 画
実 行
統 制
未来
将来
現在
過去
年
年
月
月
週
週
日
日
時
時
分
秒
分
設計 調達 輸送 倉庫業務 販売
業績評価
・分析
トランザ
クション
処理
輸送計画 流通計画
需要計画
業績評価
・分析
業績評価
・分析
業績評価
・分析
業績評価
・分析
業績評価
・分析
トランザ
クション
処理
トランザ
クション
処理
トランザ
クション
処理
トランザ
クション
処理
トランザ
クション
処理
基準生産計画
製造
能力所要
量計画
資材所要
量計画
AUGUST 2001 86
――いーいーえー?
「
Extended Enterprise Application
」の
頭文字です。 つまり社内だけではなく、拡張
した企業体を対象にしたアプリケーションで
す。 外部の企業とコネクトするところのアプ
リケーションですね。 先進企業のシステム競
争の舞台は、そこに移っています。
――そういったアプリケーションの導入はE
RPの導入が前提になるのですか。
ERPが入っているとコネクションしやす
いということはありますね。 ただし、ERP
とコネクション部分のアプリケーションのど
ちらを先に導入すべきかというのは判断の分
かれるところです。
実際、両方の事例があります。 ERPを導
入していなくても、事業上の効果を先に出す
ためにサプライチェーン計画や調達、CRM
のアプリケーションを先行して導入するケー
スもある。 結局その後で、必要なデータモデ
ルができていないということから、ERPの
導入に進む場合が多いですけれど。
――ERPがないと必要なデータが得られな
いということですか。
コネクションのほうを先に入れると、デー
タの信頼性が問題になってくるんです。 よく
「ガーベージ・イン/ガーベージ・アウ卜
(
garbage in , garbage out:
ゴミを入れたら、
ゴミが出てくる)」と言いますが、信頼性のな
いデータを入力しても、信頼性のない答えし
か出てこない。
有力ベンダーも方針転換
EEA狙い相互乗り入れ
――「EEA」という概念をもう少し整理し
て置きたいのですが。
それではこの図2を使いましょう。 これは
縦軸が時系列、横軸がマネジメントサイクル
を表しています。 ここでいう「現在」とは、ま
さにリアルタイムで「実行」している部分。
物
流
で
言
え
ば
、
W
M
S
(W
a
r
e
h
o
u
s
e
Management System
)
や
T
M
S
(
Transportation Management System
)な
どのアプリケーションの分野です。
そして「将来」が計画系のシステム、i2
テクノロジーズやマニュジスティックスなど
に代表されるサプライチェーンのプランニン
グシステム。 これに対してERPは、「過去」
を扱っている。 モノが動いたら売り上げを計
上して在庫を更新させる。 調達したら買掛金
を計上させて在庫を更新させるといった部分
を担っているわけです。 そしてこの全体がE
EAということになります。
――各分野のベンダーによって、EEAの内
部はキレイに棲み分けができているのですか。
いいえ。 実際にはSAPやバーンやオラク
ルといった有力ベンダーは、ERPを出発点
に他の分野にも機能を拡大しようとしている。
つまりEEAベンダーに転換しようとしてい
るわけです。 反対にi2などは計画系をベー
スにERPのほうに裾野を拡げようとしてい
る。
――
ERPベンダーとしてのみでは生き残れ
ないということですか。 それだけEEAのほ
うが付加価値が大きいわけですから。
ERPの仕組み自体はとてもシンプルです。
難しいアルゴリズムを使っているわけでもな
い。 簡単に説明すると、ERPは三つのレイ
ヤーから構成されています。 インフラ、つま
りハードのレイヤーと、データのレイヤー、そ
図2 ERPとEEA
マネジメント
サイクル 設 計 調 達 生 産 輸 送 流 通 顧客管理
戦 略
計 画
実 行
統 制
未来
将来
現在
過去
サプライチェーン計画
SCP
Supply Chain Planning
サプライチェーン実行
SCE
Supply Chain Execution
統 制
ERP
Transaction Control
87 AUGUST 2001
してアプリケーションのレイヤーです。
このうちインフラのところは、従来のメー
ンフレームに代わって、クライアント・サー
バーあるいはウェブアーキテクチャーが設定
されている。 データのレイヤーでは、従来バ
ッチで処理していたところを、統合されたリ
レーショナル型のデータモデルに変えた。
そして三つめがアプリケーションのレイヤ
ーです。 ここで先ほどアナタがおっしゃった
ような、ベストプラクティスの問題が出てくるわけだけれど、ERPに組み込まれている
業務プロセスはハッキリ言えばベストではな
い、実際にはベターですね。
そう考えていくと結局、ERPのベンダー
はEEAに展開しない限り他のベンダーとの
差が出ない。 ERPの核として最後まで残る
のは統合されたデータモデルであって、それ
はEEAにも包含されていく。
――どっちにしてもERPは必要になりそう
だなあ。 今後、日本でもERPの普及はさら
に進むと思いますか。
少なくとも経理分野では進むでしょう。 と
いうより、既に各業界に満遍なく進んでいま
す。 世界的には既に一巡していますから、そ
れでも日本企業は遅れているぐらいです。
――企業としては主要な取引先がERPを入
れると、自分のほうも入れなくてはならない
ということになるのでしょうか。
取引先は関係ないでしょう。 ERPは基本
的に社内向けのアプリケーションですから。 む
しろそういった影響が出てくるのはコネクシ
ョンに関するアプリケーションのほうです。 ウ
ェブアーキテクチャー、つまりインターネッ
トでコネクトするというのは今後、基礎的な
条件になります。 日本の物流業者もインター
ネットに対応できる仕組みは、是非とも作っ
ておかなくてはいけませんよ。
図3 EEA最終像
マネジメント
サイクル
タイム
フレーム 設 計 調 達 生 産 輸 送 流 通 顧客管理
戦 略
計 画
実 行
統 制
未来
将来
現在
過去
製品戦略 サプライチェーン戦略
設計
統合トランザクション処理
ワーニング
モニタリング/ステータス管理
業績評価/分析
調達 製造 輸送 倉庫業務 販売
製品寿命
計画 調達計画 調達計画
需要計画
製品構成
管理
製造順序
計画
輸送計画
輸送順序
計画
流通計画
需要計画
流通順序 受注
計画
部品調達先管理
顧客戦略
年
年
月
月
週
週
日
日
時
時
分
秒
分
入江仁之(いり
え・ひろゆき)
キャップジェミ
ニ・アーンス
ト&ヤング副社
長。 製造・ハイ
テク自動車産業
統括責任者。 公認会計士合格後、
約20年にわたり経営コンサル
ティングを行う。 とりわけサプ
ライチェーン・マネジメント分
野では国内屈指のスペシャリス
トして評価が高い。 ハーバード
大学留学を経て、都立科学技術
大学大学院、早稲田大学大学院
などで客員講師をつとめる。 著
書訳書多数。
プロフィール
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