ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年10号
ケース
いすゞ自動車――調達物流

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2001 54 ライバルに先行した調達物流改革 いすゞ自動車は九四年に調達物流の改革に 着手した。
同社が「軒下引き取り」と呼ぶ新 たな調達物流のやり方は、一般には「ミルク ラン方式」と呼ばれている。
従来は部品メー カーが納品トラックを仕立てていたのを、ミ ルクラン方式では、購入する側のいすゞがト ラックを仕立てて集荷に回る点に大きな特徴 がある。
日本では一般に納品するベンダー側が物流 を担う。
製品の納入価格には、物流費も含ま れている。
物流費をのぞいた製品価格自体が いくらなのかは必ずしも明確ではない。
こうした商慣習がサプライチェーンの合理化を阻 む一因とも指摘されている。
いすゞはミルク ラン方式によって、そこにメスを入れた。
調達 物流への本格的なミルクラン方式の導入は、日 本の自動車業界では同社が初めてだった。
日本市場におけるトラックの販売台数は、 一九八八年をピークに長らく下落傾向にある。
最盛期に二九八万台あっ た国内販売台数は、二〇 〇〇年度には一六八万台 まで落ち込んでいる。
マ ーケットの縮小による供 給過剰は、価格競争に拍 車をかけた。
トラックメ ーカー各社は従来にない 物流子会社を協力業者の調整役に 業界初のミルクラン調達を実現 業界他社に先駆けて「ミルクラン方式」の部品 調達を本格化した。
生産ラインへの部品供給を共 同化することで納品業務を効率化し、同時に部品 の納入価格から物流コストを切り離して最適化す る狙いだった。
既存の協力物流業者を温存したた め支払い物流費の劇的な削減には至らなかったが、 トータル流通コストは2割削減できた。
いすゞ自動車 ――調達物流 いすゞ・製販流通管理室の武 谷幸直担当部長 っていたミルクラン方式による部品調達だった。
いすゞの製販流通管理室で物流管理を担 っている武谷幸直担当部長は、「当社には八 九年から米国インディアナ州の工場でミルク ランによる調達に取り組んできた実績があっ た。
道路事情などの違いはあるものの、上手 くやれば日本でもかなりの効率化が可能だと 思った」と当時を振り返る。
物流改革から流通改革へ もっとも、いきなりミルクラン方式を導入 したわけではなかった。
九四年七月に栃木工 場で着手した一次トライアルは、調達改革と いうよりは納品の共同化に過ぎなかった。
複 数メーカーの部品を一度いすゞのデポに集約 し、そこから生産ラインへと供給する。
工場 納品の部分だけを共同化し、その効果を確認 しようという取り組みだった。
参加した十数 拠点の部品ベンダーにとっても、納品先が工 場からデポに変わっただけで日常的な物流業 務は従来とほとんど 変わらなかった。
この一次トライア ルで工場側の荷受け 負担の軽減や、納品 の多頻度化による在 庫削減といった手応 えを掴んだいすゞは、 九五年七月に神奈川 55 OCTOBER 2001 厳しさでコスト削減に取り組むことを迫られ た。
いすゞにとって、コスト削減の柱になるの が「在庫」だった。
同社のトラック生産には ?多品種少量生産〞という特徴がある。
主力 ブランドの一つ「エルフ」だけでも一〇〇〇 を越える車型があり、なかには年間数台しか 出荷されない車型もある。
必然的に部品も多 品種化してしまう。
これが納品業務と荷受け 業務を煩雑なものにし、ひいては生産工場の 負担増につながっていた。
しかも、少量生産では部品メーカーからの 物量がまとまりにくいため、他の自動車メー カーのようなJIT納品ができない。
一日一 回とか週一回といった頻度の納品が一般的だ った。
納品頻度の少ない部品については、生 産ラインの近くに在庫を持たざるを得ず、コ ストアップ要因になっていた。
こうした状況を改善するために、いすゞが 着眼したのが、すでに北米では当たり前にな 工場での二次トライアルに着手した。
今度は、 いすゞ側が仕立てたトラックで部品ベンダー の拠点を集荷に回り、集めた部品を藤沢デポ に集約。
これを一次トライアルと同様に専用 車両で生産ラインに供給する。
参加する部品 ベンダーの数も約三〇に増え、小規模ながら ミルクラン方式の導入を本格的にスタートし た。
さらに九六年四月には、社内に「製販流通 部」という新しい組織を作った。
これによっ て、「従来は単に『物流』とみなしていた業 務を『流通』の視点で捉えるようになった」 と武谷担当部長は説明する。
同部署が発足し いすゞのミルクラン調達 従来(〜94年) 部品メーカー 生産工場 いすゞ 1次トライアル(94年7月〜) 部品メーカー 生産工場 いすゞ 本格的なミルクラン調達(95年7月〜) 部品メーカー 生産工場 部品デポ いすゞ 部品デポ 14,000 12,000 10,000 8,000 6,000 4,000 2,000 0 −2,000 −4,000 −6,000 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 95年 96年 97年 98年 99年 00年 日本市場におけるトラック販売台数といすゞの業績 売上高(億) 経常利益(千万) いすゞの売上高(億)・経常利益(千万) 日本市場全体でのトラック販売台数(千台) トラック販売台数 OCTOBER 2001 56 た二カ月後に二次トライアルで導入効果を確 認したミルクラン方式を、正式な調達物流の 手段として採用することを決定。
部品ベンダ ーも含めた、流通全体の在庫削減に取り組む 姿勢を鮮明にした。
以来、同社のミルクラン調達は順調に拡大 し続けた。
現在では九三メーカー、一二六拠 点の部品ベンダーが参加している。
これは主 要取引先の三割に当たり、物量ベースでは全 量の約四割をまかなっている。
地理的な制約 や物量で全ての調達業務がミルクランの対象 になるわけではないが、想定していた物量は ほぼ取り込み済みだという。
一連の取り組みは、いすゞの生産部門と物 流子会社のいすゞライネックスが中心になっ て進められた。
同社の大株主であるゼネラ ル・モーターズ(GM)は北米ですでにミル クラン調達を実施していたが、そのノウハウ には頼らなかった。
「我々は独自にノウハウ を積み上げて実現し、米国と同程度のレベル の仕組みを作ることができた」と武谷担当部 長は胸を張る。
実際、生産ラインへの納入頻度は一日一回 から一日四回まで高まった。
いすゞが抱えて いた工場の部品在庫も大幅に減った。
結果と してミルクラン方式を導入する以前と比べて、 トータル流通コストを約二割削減することが できた。
ユーザーへの遠慮が壁に ただし物流コストの削減となると、狙い通 りというわけにはいかなかった。
いすゞは当 初、ミルクラン方式の導入によって、生産業 務の効率化とともに、調達物流コストの大幅 な削減を目論んでいた。
しかし、結果として、 ほぼ目標通りの物量をミルクランに取り込ん だ現在も、物流コストの削減は進んでいない。
最大の理由は、いすゞトラックのユーザーへ の?遠慮〞だった。
一般にミルクラン方式の導入では、納品車 両の積載効率を高め、そのぶん車両台数を削 減することによってコストメリットを得る。
実際、日産自動車はミルクラン方式の導入で 調達物流にかかる支払い物流費の大幅な削減 を進めた。
カルロス・ゴーン氏が主導した 「リバイバルプラン」で調達物流コストの三 割削減を打ち出し、集荷ルートごとに徹底し たコンペを開催することによって、すでに目 標通りのコスト削減を達成している模様だ。
調達分野へのミルクランの導入は、それだ け大きな可能性を秘めている。
ところが、い すゞの場合は、ユーザーへの遠慮が先に立っ てしまった。
いすゞへの部品納入を担当して いた物流業者は、従来から基本的にいすゞ製 のトラックを使っていた。
つまり、いすゞに とっては?お客様〞だった。
その仕事をい すゞ自身が取り上げて、自社のコスト削減を 進めるという取り組みには限界があった。
日 産ほどドライにはなれなかったわけだ。
現在、ミルクランの集荷対象になる工場が 九〇社一二六拠点なのに対し、参加している 物流業者の数は約八〇社にも上る。
物流業者 の数はほとんど減っていない。
いすゞ・生販 流通管理室の武藤伸司シニアスタッフは「い すゞライネックスと直接、契約している輸送業者が約六〇社。
その下請けとして仕事をし ている業者が約二〇社いる。
従来、部品メー カーの納品を担当していた輸送業者はここに 大半が入っている」と現状を語る。
仮にある地域に取引部品メーカーが五社あ って、従来は五社それぞれにトラックを仕立 てて、いすゞ向けの工場納品を手掛けていた とする。
これを四回にわけてミルクランで集 荷するのであれば、車両台数は四台(もしく は二回転すればそれ以下)に減る。
しかし、いすゞの取り組みでは、かつて納 品業務を担っていた輸送業者五社のうち四社 に、それぞれの集荷便を任せるという選択を した。
さらに、本来であれば仕事を失うはず の一社についても、別の仕事を斡旋するなど いすゞライネックス計画部 の多田茂課長 57 OCTOBER 2001 して極力、代替業務を与える。
とくに、い すゞへの納品業務を失うことで経営基盤が危 うくなるような中小企業については、企業体 力のある物流業者の仕事を一部回してでも仕 事を斡旋してきた。
既存の協力業者の扱いは、一般企業の物流 改革でも大きな課題になる。
トラック運送業 者を顧客に持つ同社の場合は、とりわけナー バスにならざるを得ない。
その交渉や調整役 を担ったのが、物流子会社のいすゞライネッ クス(以下ライネックス)だった。
同社・計 画部の多田茂課長は「赤帽や白ナンバーのト ラック以外はミルクランに参加してもらえる ように要請した」と明かす。
矢面に立つ物流子会社 ライネックスは、親会社のいすゞから物流 エンジニアリング機能までを一任されている サードパーティー・ロジスティクス(3PL) 志向の強い物流子会社だ。
ミルクランの導入 にあたっても、いすゞが基本方針を定めた後 の具体化作業はライネックスが担ってきた。
現在ではミルクラン調達の元請け企業として、 従来は部品メーカーと直接契約していた納品 物流業者が今ではライネックスと契約を交わ している。
物流子会社として親会社の物流効率化を任 せられている以上、ライネックスは物流コス トの削減を活動の柱としている。
そのためミ ルクラン方式の調達物流をスタートした当初は、「積載効率の向上を目指して納品車両一 台一台のデータを丹念にとっていた」という。
しかし、ほどなくそうした取り組みは止めて しまった。
いすゞが協力物流業者の選別と削 減を望んでいない以上、ムダと悟ったためだ。
実際の物流契約についても、あえてグレー ゾーンを残している。
ミルクランを導入した 狙いの一つに部品コストと物流コストの分離 があったが、現実にはすべての部品メーカー に適用するのは不可能だった。
部品メーカー によっては、どうしても物流コストを分離が できない内情があり、そうしたケースではラ イネックスとの物流契約も「輸送代行」のよ うな分かりにくいものになっている。
逆にそ うした面倒な調整業務までを一手に担うこと で、ライネックスは親会社のニーズを満たし ているのである。
外販拡大の有力なツール 現在、ライネックスの外販比率は五%程度 だが、その大半はミルクラン絡みだという。
その仕組みを、ライネックスの多田課長は次 のように説明する。
「部品メーカーによっては、いすゞ以外のト ラックメーカーにも同じ車両で納品している。
ここから、いすゞ向けの荷物だけを分離する と物流効率が落ちてしまうため、そうしたケ ースでは、ライネックスが他のトラックメー カーへの納品業務を代行して いる。
契約上、ライネックス はミルクランに参加している 物流業者の下請け業者という 格好になっている」。
つまり、 いすゞの物流子会社が日産や 三菱自動車への部品物流を担 っているのだ。
こうした業務 が、ライネックスにとっては 外販扱いになる。
異例とも思えるこうした取 り組みは、ミルクランの物流 効率が高いからこそ成り立つ。
ライネックスとしては、もっと積極的にミルクラン・プラットフォームを外部荷主向けに 営業展開していきたいという意向を持ってい る。
しかし、現状ではミルクランの運営に携 わっている社員は一〇人程度。
しかも全員が 他の業務と兼務しているため「ネットワーク を維持するだけで精一杯」なのだという。
それでもある部品メーカーのケースでは、 生産工程以降の物流業務をライネックスが丸 受けしている。
そして、総コストの二割を削 減する代わりに五%の手数を収受するといっ た、3PLに近い契約条件で仕事を受注して いる。
こうしたニーズが先方から舞い込むほ ど、中小の部品メーカーにとってミルクラン のような物流共同化へのニーズは大きい。
(岡山宏之) 納入部品を集約した藤沢デポ

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