ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年10号
再入門
在庫管理論批判(下)

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2001 76 在庫はできる限り少なく それが在庫管理の出発点 在庫を持つことによる利益が明らかなのであれ ば、在庫の「量」を管理するという発想は生まれ ない。
可能な限り多くの在庫を持てばよいだけの 話で、その管理も、在庫している製品の品質維 持だけしていればいい。
ところが在庫を持っていても価値の向上が見込 めない状況では、在庫はコスト負担だけを増加さ せる。
保管コストが発生するし、在庫している製 品の価値が低下する可能性も高い。
つまり、在 庫を持っていても、いいことは何もない。
生産や販売の都合で在庫を持たざるをえない だけの話なのである。
それならば、在庫量を可能 な限り少なくしたいと考えるのは当然の成り行き だ。
そこで?在庫管理〞が生まれた。
適量を発 注し維持することで、適量の在庫を持つ。
そのた めのマネジメントが在庫管理なのである。
在庫管理というと、すぐにイメージされるのが 「科学的在庫管理」とか「統計的在庫管理」とい った管理手法である。
その代表的なものがEOQ (経済的発注数量)の計算式であろう。
これは在 庫にかかわる費用を最低にするため、在庫の維持 費用と、発注にかかわる費用の合計額を最低に できる発注量を算出するための手法である。
原理は簡単だ。
予想される年間販売額を前提 に、それを年間何回に分けて発注すれば最も低コ ストになるかを計算すればいい。
仮に年間一〇〇 〇万円の売り上げを見込める商品では、年一回 の発注ならば発注額は一〇〇〇万円になる。
こ れを年一〇回の発注とすれば当然、一回当たり 発注額は一〇〇万円になる。
こうした数値を前提に、発注一回にかかるコス トと在庫維持費用率を設定し、発注回数、平均 在庫金額(発注額の半分)に掛けることで発注 回数ごとのコストを算定する。
そして最もコスト が低くなる発注回数の発注額を、量に換算しE OQとして設定する。
発注回数が決まれば発注 量も同時に決まるため、まさに「定期定量」に発 注するという方式になる。
恐らく、多くの読者はこの説明に違和感を持 たれたのではないだろうか。
そう、ここで発注量 を決める唯一の要件が?コスト〞なのである。
た ぶん違和感の原因はここにある。
そもそも在庫管理における最大の課題は何で あろうか。
言うまでもなく、適正な在庫量を維持 することである。
需要は変動する。
その変動にい かに在庫量を適合させるかが在庫管理の最大の 課題である。
敢えて言えば、コストは二の次でし かない。
いくらコストが安くても、欠品や過剰在 庫が発生するようでは何にもならないからだ。
本末転倒しないことが肝要だ。
在庫管理の本 来の目的からすると、出荷量に応じた在庫量の 維持を優先すべきなのである。
EOQが実用に供される ことは今後もあり得ない コストが優先されるのは、需要が安定的に推移 し、需要変動への対応などいらないという稀有な 「在庫管理論批判(下)」 湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 第7回 前号では、筆者が最近読んだ在庫管理の本の中から 納得できない部分を紹介し疑問を呈した。
いわば、在 庫管理論とは一体何なのかという問題提起である。
今 回はそもそも在庫とは何か、その本質を検討し、著者 が考えるあるべき管理手法を提示する。
77 OCTOBER 2001 条件下の話でしかない。
にもかかわらずEOQを ベースにした発注方式は、需要が安定しており、 年間の販売額が読めることを前提としている。
現実問題として、このような前提が通用する時 代や商品というものは例外と言ってよい。
また、 EOQの計算において使用するコストデータは、 実際には把握が困難という問題もある。
管理レ ベルが進歩した現在でも、こうしたコストは把握 不能と言う企業が圧倒的に多いのではなかろうか。
これを適当に設定することは可能だが、そんない い加減な数値を管理に使うのは賢明ではない。
このように考えていくと、EOQが実務的に使 用されたことは、ほとんどなかったというのが実 態なのである。
過去の一時期、生産計画におけ る生産量の決定に使用されたであろうことは否定 しないが、卸売業や小売業においてきちんと使用 されたことは「ない」と断言できる。
外部から物品を仕入れる企業においては、発 注回数に比例して増えるコストは発注費だけで、 これは金利を含む在庫維持コストとは比較になら ないほど小さい。
その結果、EOQの計算式が弾 き出す答えは、常に「年間数百回の発注回数」に なる。
つまり毎日発注せよということであり、こ れは計算するまでもない。
だからこそ在庫管理の 代表選手のようなEOQが実用に供したことは ほとんどなかった。
そして、今後も使用されるこ とは決してない。
その意味でEOQは、在庫管理 の歴史のなかに存在するのみである。
ところが、最近の在庫管理の本では、いまだに 多くのページを割いてEOQの説明がなされてい る。
それも十年一日のごとく同じ説明である。
ごく一部の本には、説明の後で「いまはもう使われ ない」という断り書きをしてはいるが、多くの本 は今でも必要な知識のように記述している。
私に とっては大きな疑問である。
在庫管理においてE OQは何の意味も持たないのであるから。
「四つの発注方式」論のウソ 発注方式は一つに絞れ EOQとともに在庫管理の本に必ず出てくる のが「四つの発注方式」だが、これもまた理解に 苦しむところだ。
ご存じと思われるが、念の為に 紹介すると「定期定量発注」、「定期不定量発注」、 「不定期定量発注」、「不定期不定量発注」の四つ である。
多くの在庫管理の本がこれらの発注方式を紹 介し、なおかつ商品の特性によってそれぞれの方 式を使い分けることを推奨している。
そして、商 品の重要度を区分けするためにABC分析を行 うことも勧める。
率直に言って、このように書いている著者たち は、発注方式の使い分けなどを本気で考えている のであろうか。
言うまでもなく、ある商品の重要 度は、その商品固有のライフサイクルによって変 わってくる。
この変化をずっとフォローしながら、 そのときどきで発注方式を変えるなどという煩わ しいことを本当にしろと言うのか。
そもそも上記 の発注方式は、苦労して使い分けるほどの内容 を持っているのであろうか。
私は、発注方式は一方式に絞り込むのがもっ OCTOBER 2001 78 とも効率的だと考えている。
これだけコンピュー ターの使い勝手がよくなっている時代、発注方式 による手間の違いを考えた使い分けなどは意味を もたない。
大体、こうした発注方式自体、使い分 けるほどのものではない。
「定期定量発注」は有名無実である。
「不定期 定量発注」も発注方式というほどの内実を持っ てはいない。
なぜなら現実問題として?定量〞を 決められないからである。
論者によっては、定量 はEOQであるなどと言う人もいるが、いい加減 にしてもらいたい。
不定期発注にEOQという概 念は存在しない。
そもそも需要が変動する環境下 では、定量などという考え方は許容されるもので はない。
すぐに欠品や過剰在庫を発生させてしま うはずだ。
在庫管理は需要の変動を前提として存在して いる。
需要が変動しないのであれば在庫管理など 必要ない。
詳しくは後述するが、在庫管理におけ る現実的な発注方式は「不定期不定量発注」し かない。
しかしながら従来は、この発注方式に欠 かせない情報管理が現実問題としてできなかった ため、代替的に採用してきたのが「定期不定量 発注」方式だったのである。
これは、わが国において広く行われてきた発注 方式で、月次に生産計画を立てるとか、週一回 決まった日に発注するというやり方である。
発注 のたびに決める発注量の算出方法に問題があっ たとはいえ、発注方式としては実務的に広く採用 され定番となって今に至っている。
しかし、この「定期不定量発注」方式は多く の問題を抱えている。
定期発注では、次の発注 日まで在庫を切らさないように、どうしても多め の発注になりやすい。
逆に思った以上に売れると 緊急発注が生じるなど、定期であるがゆえの不安 定な面が避けられない。
それでも現実問題として 「不定期不定量発注」を採用できる体制になかっ たため、この発注方式を長らく使い続けてきたに 過ぎなかったのだ。
情報技術が可能にする 21 世紀型管理のモデル 繰り返すが、在庫管理の本来の狙いは、需要 変動に対応して適量を維持することにある。
その ためには、いつどれくらいの量を発注するかが生 命線になる。
その意味で発注方式が重要なのだ が、複数の発注方式を商品によって使い分ける などというのは机上の空論以外のなにものでもな い。
結局、需要変動に対応できる発注方式は「不 定期不定量発注」以外にないのである。
もっとも、この発注方式を実現できるようにな ったのは最近の話だ。
アイテムごとに出荷に伴う 在庫量の減少を把握し、発注点に達しているか どうかをチェックするにはコンピューターの力な しには運用が困難を極める。
そのため現実的に普 及しなかったのだが、最近の情報技術の発展は、 これを比較的簡単にできるようにしてくれた。
この「不定期不定量発注」方式では、在庫切 れを恐れて在庫を余分に持つ必要もないし、欠品 の発生も防ぎやすい。
運用が簡単になりさえすれ ば、この方式が最も優れていることは明らかであ 79 OCTOBER 2001 る。
今後の在庫管理方式の主流になることは間 違いない。
この方式のメカニズムは単純だ。
「出荷対応日 数」、「リードタイム日数」、「在庫日数」の三つが 柱になる。
すべて?日数〞で管理をする点に特徴 がある。
「出荷対応日数」とは、現有在庫量を一 日あたりの平均出荷量で割ったものだ。
平均出 荷量は、一定期間の出荷量を出荷日数で割った ものであり移動平均値とみればよい。
つまり出荷 対応日数とは、いまの水準で出荷し続けた場合 に何日で在庫がなくなるかを示している。
「不定期不定量発注」では、この出荷対応日数が 商品調達に必要な「リードタイム日数」を割り込 んだときに発注をかける。
その場合の発注量は 「在庫日数」分であり、一日当たり平均出荷量に 在庫日数を掛けた量が発注量になる。
ようするに、設定した在庫日数分を維持する ことを目的とした仕組みである。
出荷量の変動は 一日あたりの平均出荷量に反映される。
出荷量 が増えれば在庫量も増え、出荷量が減り始めれ ば在庫量も減る。
これで需要変動にも対応でき る。
これが基本原理なのである。
在庫維持から在庫管理へ 制約条件こそがポイント この在庫維持のメカニズムにおけるポイントは、 「在庫日数」を何日にするかだが、この答えは自 明だ。
在庫維持コストの大きさを考えれば、当然 「一日分」である。
明日出荷が見込まれる在庫を 今日中に準備するのが一番いい。
日々、平均出 荷量分の在庫を補充するべきである。
こういうと、そんなの無理だ、非現実的だとい う声が飛んできそうである。
そう、現実には無理 な企業が多い。
それが先月号で述べた、その企業 の在庫管理における?制約条件〞なのである(本 誌九月号六九ページ参照)。
仮に一度生産すると一カ月分の在庫ができて しまうのであれば、在庫維持のメカニズムでは、 この一度に生産する量を基準に在庫量を維持す ることになる。
運用の仕組みは前述したメカニズ ムと同じで、「出荷対応日数」が「リードタイム 日数」に達したときに発注する。
ただし発注量は 「在庫日数」分ではなく、制約条件の量になる。
実は、この制約条件の量を適切に保つことが 在庫維持メカニズムの大きな特徴である。
「一度 つくると一カ月分の在庫ができてしまうんです よ」と言いながら、現実には在庫が二カ月分も三 カ月分もあるという企業が少なくない。
在庫管理 不在の証明である。
制約条件どおりの在庫を維 持できるというところに、在庫管理の本当の意味 がある。
このようにして、すべての商品について制約条 件の量を明らかにし、それをいかに小さくするか に挑むのが在庫管理の本来的な取り組みである。
日常的な在庫維持は制約条件以上に在庫を増や さないための仕組みに過ぎない。
いかがであろうか。
既存の在庫管理論批判を まじえて、本来の在庫管理とは何かということを 検討してきた。
私の批判が的を射ているかどうか は、読者の判断に任せたい。
湯浅和夫(ゆあさ・かずお) 1971年早稲田大学大学院修士課程修 了。
同年、日通総合研究所入社。
現在、 同社常務取締役。
著書に『手にとるよう にIT物流がわかる本』(かんき出版)、 『Eビジネス時代のロジスティクス戦略』 (日刊工業新聞社)、『物流マネジメント 革命』(ビジネス社)ほか多数。

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