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NOVEMBER 2001 76
あなたは物流コストを
どう定義しますか?
一〇月初旬、昼下がりのとある会社。 営業部
長と物流部長が廊下でバッタリと顔を会わせた。
営業部長「やあ、物流部長、期末は物流さん
にいろいろとご迷惑をかけました。 おかげで売上
予算を達成できました」
物流部長「それはそれは。 おかげさまでうちも
物流コスト予算を大幅に達成できましたよ」
こんな会話が実際にあるのかどうかは別として、
物流部長が口にした?精一杯の皮肉〞も、営業
部長には通じなかったに違いない。 この二人の会
話のスレ違いにこそ、多くの企業に共通する物流
コストの問題が凝縮されている。
さて、改めて、物流コストとはいったい何であ
ろうか。 そう問われても返事に窮するかもしれな
い。 どんな意図を持って質問されているかを理解
できず、答えようがないのではないだろうか。 そ
れでは、もう少し質問を絞り込んでみよう。 あな
たは物流コストをどう定義しますか?
今度は、どんな答が出るだろうか。 一般的に言
えば、「輸送とか保管など物流の諸活動にかかわ
るコストの総称を物流コストと呼ぶ」ということ
になろうか。 実際、かつての運輸省や通産省など
が主導して作った物流コスト算定に関する報告
書では、物流コストは輸送費、保管費などの
?機能別〞に分解されて計算している。 日本ロ
ジスティクスシステム協会などが定期的に行って
いる物流コストに関する調査においても、同じよ
うな区分で分けている。
たしかに物流コストは物流にかかわるコストであるから、物流を構成する各機能のコストの合計
値としてとらえるのは決して間違いではない。 た
だし、このような大括りのとらえ方には、重大な
欠点がある。 各機能にどれくらいのコストがかか
っているかをみたり、物流コストの総額がどれく
らいかなどを知るためには有用なのだが、それ以
外には使えないのである。 もちろん、物流管理に
も使えない。 そこには管理するための手がかりが
何もないからである。
物流コストを管理に使うためには、「使える形」
でとらえる必要がある。 当然、物流コストの定義
も異なってくる。 もし、物流管理を担当する人が、
物流コストとは物流諸活動のコストの総称などと
いう理解をしているとすれば、物流担当者として
失格だ。 物流管理という点からすれば、物流コス
トとは「物流部門が責任を負えるコスト」という
ことになるのである。
管理できないコストを
背負い込むのは無責任
一つ例を考えてみよう。 工場が生産効率を第
一に考えて大量に生産したとする。 当然、大量
の在庫品が発生し、それを保管するための場所が
必要になる。 その結果、保管のためのコストは増
える。 物流コストを?物流諸活動にかかわるコス
トの総称〞と定義するならば、これは立派な物流
コストとなる。
しかし、果たして、この保管コストを物流部門
の責任だと言われて、物流担当者は納得できる
であろうか。 納得できるはずもない。 納得すると
「物流部に物流コストは削減できない」
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役
第8回
物流部門にとって物流コストとは、物流諸活動のコ
ストの総称ではない。 そう理解しているとすれば、物
流担当者として失格だ。 物流部門では責任を負えない
コストまで背負い込んでしまうのは、無責任の誹りを
免れない。 そして、責任区分を明確にするためには
「物流ABC」が必須となる。
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すれば、それは物流管理の放棄である。
保管コストのほとんどは作り方、仕入れの仕方
で決まってしまう。 物流部門にそれをコントロー
ルすることはできない。 コントロールできないコ
ストを責任として背負い込むのは無責任の極みで
ある。 そのコストは永遠に管理されないままに放
置されることになってしまうからである。
物流部門が責任を負えないこうした保管コス
トは、「物流コスト」ではない。 物流部門が責任
を持てるのは、倉庫を適正な価格で借りることと、
倉庫の中での保管や作業といった活動を効率的
に行うことくらいである。
同じことは営業部門との関係でも言える。 そこ
には?物流サービス〞という世界があり、顧客の
注文通りに商品を納品することが求められる。 こ
の際にかかるコストに物流部門が責任を負えるか
というと、もちろんそれは無理だ。 いくらコスト
がかかろうと、それが顧客サービス上、必要なの
であればやらざるをえない。
ここで物流部門が責任を負えるのは、物流サ
ービスにかかわる活動をいかに効率的に行うかだ
けである。 物流サービスのために物流センターが
いくつ必要か、そこではどんな機器の装備が必要
か、何人の人間が必要か――などコストの大枠を
決める条件は、すべて営業部門がとる顧客政策
によって決まってしまう。
実は、物流コストと言われている出費の多くは、
物流部門には責任を負えないコストなのである。
物流コストを「物流部門が責任を負えるコスト」
と定義すると、その範囲はかなり限定される。 そ
して、限定された範囲だけでいいのである。 物流
は物流部門が生み出しているわけではなく、生産や仕入、営業などの部門活動の結果として発生
しており、これに伴うコストは基本的に発生させ
ている部門が責任を負うべきものなのである。
物流ABCなくして
物流コスト管理なし
物流管理は?責任区分〞を原点として行う必
要がある。 ただ、こう言うと、「話としてはわか
るが、物流コストのうち、どこまでが発生させて
いる部門の責任で、物流部門が責任を負うべき
コストはどこからかの識別が難しい。 ここを明確
にできなければ、結局は物流部門が責任を負わさ
れてしまう」という危惧が出てくる。
たしかにその通りである。 物流コストの総額の
把握を主たる目的とした従来の算定方式では、こ
の識別は不可能だった。 だからこそ管理には使え
なかったのである。 管理に使えなかったというよ
りも、むしろそのような使い方を想定してはいな
かったと言った方が正しい。
物流コストを管理に使うためには、「責任区分
を明確に識別できる形」で物流コストを計算する
必要がある。 そこで登場してきたのが、ご存知の
「ABC(Activity
‐
Based Costing
)」と呼ばれ
る計算方式である。
この計算方式を使えば、物流部門と、物流を
発生させている部門とのコスト責任を、明確に区
分することができる。 これによって初めて物流コ
ストを管理に使うことも可能になる。 つまり、A
BCの導入なくして、物流コストを管理に使うの
は不可能なのである。 その意味でABCの登場
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が、ようやく物流コスト管理を現実のものにしよ
うとしているといっても過言ではない。
ABCは、日本語では「活動基準原価計算」と
呼ばれているが、これを責任区分の明確化という
視点から物流に適用したものを「物流ABC」と
呼んでいる。 もっとも、これまでの物流コスト算
定方式と物流ABCの原理は同じだ。 原価計算
に特別な方式などは存在しない。 従来の方式の
機能別計算の「機能」が、「活動」に置きかわっ
たに過ぎない。 これまでの計算方式をご存知の方
は、そう理解されて結構である。
それでは、次は物流ABCが責任区分という
点で、どう有効に機能するのかを説明する。 この
説明を簡潔に行うのはかなり厄介なのだが、そう
しないことには話が進まない。 なんとか要領よく
まとめてみたいと思う。
物流ABCのポイントは
「単価」と「処理量」の区分
まず、物流ABCを理解する際のポイントだが、
「単価×処理量」という算式が基本になっている
点に注目してほしい。 簡単な例を見てみよう。 た
とえば従来の物流コスト計算では、輸送費は、輸
送を輸送業者に委託している場合の支払額の合
計値としてとらえていた。 それを物流ABCでは
月間一〇〇万円(単価)の車両を一〇台(処理
量)使ったという形でとらえる。
保管費についても同じである。 従来のように支
払い保管料がいくらという形でとらえるのではな
く、坪五〇〇〇円(単価)で一〇〇〇坪(処理
量)借りているととらえる。 こうすることによっ
て、単価部分の責任と、処理量部分の責任を区別することができるようになる。 このような「単価×処理量」という算式をアク
ティビティごとに行うのが物流ABCである。 こ
こで言うアクティビティとは、文字通り「活動」
であるが、「作業」と理解してもよい。 ピッキン
グとか、もっと細かいレベルのバラピッキングと
いうイメージである。 物流ABCでは、このよう
なアクティビティを物流センター内で行われてい
る入庫から出庫まで、すべての作業をカバーする
ように設定する。
また、単価とは、たとえばバラピッキングとい
うアクティビティなら、バラピッキング一個当り
の処理コストを指す。 そして処理量とは、一日と
か一カ月というある一定期間において、そのアク
ティビティによって処理した量をいう。
これも簡単な数字を当てはめてみると分かりや
すい。 バラピッキングの単価が一個当り一〇円だ
ったとして、その一カ月の処理量が三〇万個なら
ば、バラピッキングコストは三〇〇万円となる。
また返品処理というアクティビティを設定したと
して、その処理単価が五〇円で、処理量が一万
個ならば五〇万円ということになる。
このように、設定したすべてのアクティビティ
について「単価×処理量」の計算を行い、それら
を合計すると、その物流センターでかかっている
総コストを算出できる。 ちなみに、この処理量を
顧客別に把握して計算すれば、物流ABCでお馴
染みの「顧客別物流コスト」も知ることができる。
実際に物流管理を行う際のポイントは?責任
の帰属〞の明確化である。 つまり、単価は誰が責
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任を負うべきもので、処理量は誰の責任かという
ことである。 これについてはもう説明は要らない
かもしれないが念のため言うと、「単価」に責任
を負うのは物流部門である。 作業のやり方につい
ては物流部門が責任を負っているためだ。 本来、
効率化というのは、この単価を下げるための活動
を指している。
これに対して「処理量」は、生産や営業などの
活動に起因して発生する。 顧客の都合ばかりを
優先させて営業をすればバラの注文が増えるであ
ろうし、押し込み販売のような売り方をしていれ
ば返品が増えたりする。 その結果、バラピッキン
グのコストが増えたり、返品処理のコストが増え
る。 また、保管というアクティビティでは、どれ
くらいの量を保管するかでコストの大きさが決ま
るのだが、どれくらい保管するかは作り方や仕入
れ方によって決まる。
「単価×処理量」で計算された結果のコストは、
生産や営業など、物流を発生させている部門が
負うべきことを示してくれる。 物流部門が単価に
責任を負いさえすれば、結果としてのコストは処
理量によって決まるからである。
当然、物流コストは処理量によって変動する。
単価と処理量を区分し、それらを掛けることでコ
ストを算出するABCの計算方式は、そのコスト
が何によって増減するのかを浮き彫りにする。 物
流コストについての責任区分を明確にすることが
可能になるのである。
物流コストを現実の物流管理に役立てるため
には、ここで述べたように物流コストについて責
任の帰属を明確にすることが不可欠である。 これ
までの物流コスト算定方式はこれができなかった。 だから、物流管理にも使えなかった。
責任区分の誤った認識が
コスト削減の弊害に
物流コストを削減するためには、物流コストを
発生させている原因と、その原因を排除できる部
門がどこなのかを明らかにすべきなのは言うまで
もない。 ところが現実には、発生する物流コスト
はすべて物流部門の責任で、そのコスト削減はす
べて物流部門の仕事だ、などという誤った認識が
物流コスト削減を遅らせている。
もし、このような認識を物流部門自身が持っ
ているとしたら、論外である。 物流部門に物流コ
ストの削減はできない。 できるのは、アクティビ
ティ、つまり作業の効率化による「単価」の低減
だけである。 物流部門が取り組んでいる拠点集約
や作業システムの構築、機器の導入などは、すべ
て作業の効率を上げて、単価を低減させるための
取り組みに過ぎない。
物流ABCでは、単価が下がれば、それが明
示され、その効果も容易に計測できる。 さらに物
流コストの変動が量に起因するのか、単価に起因
するのかもわかる。 そういう状況であれば、冒頭
の営業部長と物流部長の会話も大分違ったもの
になるはずである。
いかがであろうか。 責任区分を可能にする物流
コストの把握は、物流管理のあり方を一変させる
ほどのインパクトを持っている。 そろそろ物流コ
ストを物流管理に使うことを、真剣に考えるとき
なのである。
湯浅和夫(ゆあさ・かずお)
1971年早稲田大学大学院修士課程修
了。 同年、日通総合研究所入社。 現在、
同社常務取締役。 著書に『手にとるよう
にIT物流がわかる本』(かんき出版)、
『Eビジネス時代のロジスティクス戦略』
(日刊工業新聞社)、『物流マネジメント
革命』(ビジネス社)ほか多数。
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