ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年11号
特集
在庫リスクを回避する VMI入門 VMI――組み立てメーカーの調達改革

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2001 12 コック方式からVMIへ 日本IBMの藤沢事業所では、パソコン事業にV MIを導入したことで、物流コストを三五%削減し、 部品と完成品の在庫をそれまでの四〇日分から六日 分に激減させた。
同時に工場の購買・生産管理業務 は従来よりも三〇%効率が上がり、納期の問い合わせ に一〇〇%二四時間以内に回答できるようになった。
改革の舞台となった藤沢事業所の「CRサービスセ ン タ ー : Continuous Replenishment Service Center 」には、今も連日のように見学者が訪れている。
しかし、同センターには特殊なマテハン設備や、通信 機器が導入されているわけではない。
センターの一部 で作業員がパソコンのキッティングを行っているのが 目に付くぐらいで、後は平置きの段ボールが並んでい るだけ。
同事業所の松野康雄コンサルタントは「希望者には、 いくらでも見せるようにしている。
企業秘密? そん な心配はいらないよ。
いくら見たって、そう簡単に真 似できるわけではないからね。
時間が許せば仕組みの 説明だって厭わない。
仕組みまで全部分かったとして も本当にVMIを成功させることができるのは一〇社 中一社か二社ぐらいのものだろうから」と余裕の表情 だ。
VMIとは、文字通りベンダー(=サプライヤー) による納品先の在庫管理を意味する。
パソコンの組み 立てメーカーにとって、VMIには部品在庫の陳腐化 を回避する効果がある。
実際に組み立てる段階で、初 めて在庫の所有権が調達先から自社に移る形になるの で理論上、部品在庫はゼロになる。
パソコン業界では、 九〇年代初頭にデルコンピュータが導入した事例がそ のモデルとなっている。
実はそれ以前にも日本では「コック方式」と呼ばれ る調達方式が大手組み立てメーカーを中心に広く採 用されていた。
組み立てメーカーの工場ライン横に、 部品ベンダーが自社在庫を保管。
メーカーが実際に使 った分だけ後から請求するという「富山の薬売り」方 式の取引だ。
組み立てメーカーからすれば、あたかも 水道の蛇口(コック)をひねるかのように部品の調達 ができる。
しかし、このコック方式は、たとえ部品ベンダーと の合意があったとしても、現行の下請法上、認められ ないことになっている。
「下請事業者は、親事業者の 在庫水準が常に一定に維持されるように納入しなけれ ばならないので、あらかじめ納期を特定することがで きず、また、注文書を出すこともできない。
このため、 受領日から下請代金の支払期日までが長期になるこ ともあり、必然的に親事業者の書面の交付義務違反 や支払遅延が発生する」ことが理由とされる。
それが今日、VMIに姿を変え、SCMの代表的 手法の一つとして、改めて日本の産業界に広く普及し つつある。
ただし、かつてのコック方式と今日のVM Iでは、情報共有の点で大きな違いがある。
VMIでは、組み立てメーカーの生産計画や需要 予測を、ベンダー側でも共有していることが大前提と なる。
ベンダーは組み立てメーカーの生産に必要とな る数量を早い段階で知ることができる。
それによって ベンダーは、ムダな生産や物流の発生を回避できる。
結果として、在庫リスクを回避した組み立てメーカー とベンダーは「Win ―Win」の関係になる、とい う理屈だ。
もちろん、いくら情報を共有しても、肝心の組み立 てメーカーの予測が外れてしまえば元も子もない。
ベ ンダーがVMIのメリットを享受するためには、組み 無在庫経営の最前線 VMI――組み立てメーカーの調達改革 サプライヤーが納品先の在庫を管理する。
これを「VMI (Vender Managed Inventory:ベンダー在庫管理方式)」 と呼ぶ。
VMIの導入によって、顧客は在庫リスクから解 放される。
米国で生まれた手法だが、90年代中頃には 日本にも上陸。
SCMの代表的手法の一つとして、着実 に広がりを見せている。
第1部 13 NOVEMBER 2001 特集 立てメーカーに予測精度の向上と計画サイクルの短縮 が求められる。
同時に計画値の変更をリアルタイムで ベンダーが知ることのできる情報インフラも必要にな る。
具体的には、柔軟な生産計画の修正を可能にす るアプリケーションソフト、そしてインターネットを ベースにしたウェブEDI(電子データ交換)が必須 ツールとなる。
ベンダー側に不信感 しかし、一連のITツールを全て導入しても、既存 のビジネスモデルを維持したままではVMIは機能し ない。
VMIの導入によって、発注や納期の確認など メーカーの購買部門の日常業務の大部分は自動化さ れる。
部品センターも不要になる。
当然、そこに従事 していた購買部門や物流部門、そして協力物流業者 の処遇問題が発生する。
実際、IBMではVMIに踏み切ったのを機に、既 存の部品センターを廃止している。
これは既存センターの管理を任されていた物流子会社の日本IBMロ ジスティクス(JBL)にとっては仕事の消滅を意味 した。
「子会社を潰すつもりかと随分、上からは締め 上げられた」と松野コンサルタントは振り返る。
VMIはベンダー側の体制にも大きな変更を強いる。
メーカーの日常的な購買業務に対応した営業部門が 不要になる代わり、新たにメーカー先の在庫をコント ロールするロジスティクス機能がベンダー側に必要に なる。
さらにメーカーの予測情報を、自社の生産計画 に瞬時に反映させる仕組みも作らないと、VMIは単 にメーカーから在庫リスクを押しつけられただけに終 わってしまう。
大手ハイテクメーカーの調達業務に詳しい半導体商 社、チップワンストップの高乗正行社長は「本来、売 SCM展開への説明会 全サプラ イヤーに対するSCMの展開と PLANの説明 CRサービス・センター構想説明会 AFI PlanとCRサービス・センター 及び共同倉庫の詳細説明会 PULL Operation&システム説明会 部品ForcastとPULL Operation PULL/EDIシステム詳細説明会 各サプライヤーへの訪問説明会 共同倉庫の詳細説明/契約モード/ 見積・契約 CRサービス・センター完成&採用促進 3社採用 各サプライヤーへの訪問説明会(2/3回) サプライヤーに再度訪問し詳細説明 16社採用(3社+13社) 第2回 CRサービス・センター/共同倉庫説明会 採用Item拡大のための説明会 サプライヤーへの訪問説明会 サプライヤーに訪問し共同倉庫の 詳細説明/契約モード/見積・契約 42社採用 42社採用 採用サプライヤーへのアンケート調査 共同倉庫対応、サービス/システム 問題点/改善点など CRサービス・センター&システム改善説明会 採用サプライヤーに共同倉庫サービス/ システム改善実施内容の説明 A社部品工場 A社倉庫 B社部品工場 B社倉庫 IBM倉庫 IBM工場 C社部品工場 C社倉庫 JIT A社部品工場 B社部品工場 CRセンター C社部品工場 JIT納品 IBM工場 4/1997 8/1997 10/1997 10ー12/ 1997 11/1997 6/1998 6ー9/ 1998 12/1998 3/1999 1ー4/ 1998 VMI A社部品工場 B社部品工場 CRセンター C社部品工場 IBM工場 顧     客 顧  客 顧  客 EMS OEM ・EMS共同倉庫機能 ・部品共同倉庫機能 ・出荷・配送センター機能 ・キッティング機能 〜1997 〜2000 現  在 JIT納品 JIT納品 VMI パソコンのキッティング作業までCRセンターで行われている NOVEMBER 2001 14 り手側にとってVMIは歓迎すべき話ではない。
組み 立てメーカーが在庫リスクを回避しようという狙いは 分かるが、個人的にはVMIは強者の論理であり、買 い手側の言い分だと考えている」という。
組み立てメーカーがVMIを望んでも、ベンダーの 協力を取り付けるのは容易なことではない。
IBMで もVMI構想を打ち出し、それが実際に効果を発揮 するまでには数年の歳月を要している。
同社のVMI 構想は、部品センターを廃止して、代わりにベンダー が共同で利用できるCRサービスセンターを工場の隣 接地域に新設。
そこにベンダーが共同で在庫を保管す るというものだった。
それまで主要なベンダーはいずれも藤沢事業所のそ ばにJIT納品のための自社倉庫を構え、そこに在庫 を持っていた。
同じサプライチェーン上に、IBMの 部品センターとベンダーで二重に在庫を持っていたわ けだ。
これをCRサービスセンターの利用に改めるこ とでベンダー各社は自社倉庫を撤収できるだけでなく、 JIT納品から開放される。
同時にIBM側では部 品在庫がなくなる、という目論みだった。
CRサービスセンターが完成したのが九七年十一月。
センター運営は生産ラインへの納品を熟知したJBL、 建物は日本通運から賃借した。
しかし「その年の四月 から繰り返しサプライヤーの説得に回っていたが、反 応は散々。
スタート時点で承諾してくれたのはサプラ イヤー約五〇社中三社に過ぎなかった。
当社が何をし たいのか、その意図さえ分からないというサプライヤ ーが少なくなかった」と飯田与五郎CRサービスセン ター長は振り返る。
工場もいらない やむを得ない面もあった。
センターは完成したもの のウェブEDIシステムの構築や、生産計画サイクル の短縮など、VMIを運用する上での課題も当初は 少なくなかった。
しかし、先行してCRセンターの活 用を開始したベンダーの導入効果をアピールしながら、 その後もねばり強く交渉を進めた。
並行して機能改善を急いだ。
九八年五月には、そ れまで月次だった生産計画と需要予測の修正サイクル を週次に短縮、データの信頼性を高めた。
同七月には JBLがウェブEDIシステム「L4S(Line Side Stock Support System )」を開発。
低コストかつリア ルタイムの情報共有が可能になった。
こうした努力が実を結び、センター稼働一年後の九 八年四月には採用企業が一六社に増加。
その後は一 気に四二社まで拡大した。
現在、藤沢事業所では約 五〇社のベンダーから部品を調達しているが、そのう ちCRサービスセンターを利用していないのは二社だ けだという。
VMI構想が完全に実現するまでには結局、約四 年が必要だった。
この間にIBMのパソコン事業を巡 る環境は大きく変化した。
かつて藤沢事業所では二五 〇社から三〇〇社の部品ベンダーと取引していた。
そ れが約五〇社まで減ったのは、小規模の調達を集約し て、組み立てメーカーに代わって在庫リスクを担う前 述のチップワンストップのような購買代理商社が各分 野に登場してきたことが一つの理由になっている。
さらに組み立てメーカーの生産工場の機能を丸ごと 代行するEMS(電子機器の受託製造サービス)の 台頭によって、パソコン事業における国内自社工場の 意味は従来とは大きく様変わりした。
いまや自社工場 といえども、サプライチェーン上の位置付けはもはや EMSやOEMメーカーと全く同列になっている。
そして現在はCRサービスセンターが、工場に代わ 日本IBM藤沢事業所の 松野康雄コンサルタント 日本IBM藤沢事業所の飯田 与五郎CRサービスセンター長 15 NOVEMBER 2001 特集 る新たなサプライチェーンのハブの役割を果たしてい る。
既に昨年からCRサービスセンターには、従来は 藤沢事業所にあったパソコンの組み立てラインが稼働 している。
また海外のEMSやOEMで生産された完 成品もCRセンターに保管されている。
顧客からの注 文を直接、CRセンターで受注し、在庫を引き当てる。
必要なものは、その場で組み立て顧客に直送する。
そ こに「本家」である藤沢事業所の存在は全く認められ ない。
究極のアウトソーシング パソコン事業の運営には、製品企画から始まり、開 発、製造、販売、物流といった広範囲にわたる機能が 必要だ。
そのために、これまで自分でブランドを展開 するメーカーは自社工場を建設し、物流センターを持 ち、開発部隊を社内に育ててきた。
しかし今日、これ の機能は全てアウトソーシングすることが可能になっ ている。
「最終的に当社のパソコン事業は正社員一〇名程度で 回すことができるようになるはずだ。
もちろん一〇人で 回せるといっても、実際には膨大な人数が全体のサプ ライチェーンの運営に携わることになる。
存在意義を 失う仕事がたくさん出てくる代わりに、新たな雇用も大 量に生まれる。
産業のパラダイムが変わり、構造改革が 起こっている」と松野コンサルタントは説明する。
大げさに聞こえるかも知れない。
しかし、アウトソ ーシングを徹底して進めていくと、最後にはサプライ チェーンを構成する各プレーヤーの活動を統合する調 整機能だけが残る。
CRサービスセンターの最終的な ビジョンはそこにある。
こうしたパラダイムシフトを 前提に新しいビジネスモデルを描く時、初めてVMI というSCMの手法が活きてくる。
――日本市場のVMIはどのレベルまで進んでいるので しょうか。
「我々の回りでは、既にVMIのブームは終わったと いう声があります。
しかし、実際には皆、コツコツとや っている。
VMIというのは、それだけステップを踏ん でいかないとできない、時間のかかる取り組みなんです。
VMIを始めましたと宣言した時には実際には何もでき ていない。
そこから少しずつ取引先と学習しながら導入 していくしかない」 ――VMIはベンダー側にも本当にメリットがあるので しょうか。
「VMIによって顧客の本当の在庫が見えて、しかも 売れ行きが平準化されるなら、ベンダーは嬉しいはずで す。
それが嬉しくないとすれば、VMIの前提条件が揃 っていないからです。
その条件が整わないでVMIをや ると『すぐに持ってこい』というケースが増えて、ベン ダーはむしろ前よりたくさんの在庫を持たなくてはなら なくなる。
売り方が平準化しないと成り立たないのに見 せかけのVMIをやればそうなります」 ――ということは、日本ではあまり広がらない。
「少なくとも現在の日本の小売業の在庫管理レベルを 見る限り川下では難しい。
だから実際に工場回りのVM Iのほうが、どんどん先行しているんだと思います。
今 では工場の調達にVMIを活用することは珍しくなくな っています。
組み立てメーカーはもはや発注をしない。
使った分だけお金を払う。
その代わり、最新の生産計画 を常にウェブで公開する。
ベンダーはそれを見て在庫を 管理する。
三年ほど前から大手メーカーとベンダー間で はそれが常識になりつつあります」 ――しかし、部品ベンダーは本当に共有した情報を活か せているのでしょうか。
「もちろんベンダー側にフレキシブルな生産計画の仕 組みがないと意味がない。
それはできるところとできな いところの差が大きい」 ――その先にあるC PFRについては、 どうお考えですか。
「取引先同士が共 同で需要を予測し、 計画を立てるという 取り組みは日本では まだ、ほとんど実施 されていません。
理 屈としては理解できますが、個人的には懐疑的ですね。
結局、トヨタ生産方式には適わないんじゃないかな。
ど んなにハイテクを駆使しても、予測というのは絶対に当 たりません。
であれば、予測は当たらないことを前提に して一個売れたら一個作るという単純な流れにするほう が結局、効果的だと思います」 ――しかし、予測をピタリと当てることはできなくても、 予測の精度を上げることはできるでしょう。
「しかし、予測精度の向上はその前提として事実を共 有するということが絶対に必要です。
誰がいつ、いくら で何個売ったのかという事実を共有しない限り、予測は 意味を持たない。
しかし末端の販売データを本当につか んでいるメーカーは現状では全くないと思います」 ――欧米企業もそうですか。
「いや、日本のとくにハイテク企業がひどい。
ERP が入っていても、世界各地で別々のソフトが入っている。
社内的にもリアルタイムの情報共有など、まだまだです。
VMIを導入した場合、こうした情報精度の誤差分は、 そのままベンダーが在庫として持つしかない」 「それと比較して工場の調達部分でVMIがそれなり に機能しているのは販売管理システムに比べて日本の生 産管理システムのレベルが高いからです。
日本の工場の システムは世界的に見ても極めて優秀です。
だから工場 同士の情報共有は比較的、上手くいく。
これに対して 販売管理システムは、まだまだズサンでいい加減です」 「見せかけのVMIは逆効果」 アクセンチュア 前田健蔵 SCMグループ統括パートナー

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