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NOVEMBER 2001 20
一〇年遅れのQRプロジェクト
QR(クイックレスポンス)プロジェクトが米国の
アパレル業界で始まったのは八四〜八五年だった。 当
時、米国ではドル高でアジア製の廉価な輸入衣料品が
急増したことによって、アパレル業界が大打撃を受け
ていた。 個別企業での取り組みではなく、業界全体の
競争力強化を図り、アジア製品に対抗する――。 QR
はそのための手段だった。
八六年にはQRプロジェクトを実践するための団体
「VICS(the Voluntary Interindustry Commerce
Standards Association
)」が設立された。 以来、米国
アパレル業界はVICSを通じてUPSコード(衣料
メーカーと小売業の共通商品バーコード)、EDI(電
子データ交換)、POS(販売時点情報管理)の標準
化など、メーカー〜小売業間での情報共有を具現化
するための様々な取り組みに着手してきた。
事例としてはウォルマートやシアーズ・ローバック
といった有力小売業と、リズ・クレイボーンやラング
ラーなどのアパレル企業が展開したQRのプロジェク
トが有名だ。 いずれもメーカーと小売りが互いの情報
を共有し、過剰在庫の削減や店頭での欠品による販
売機会ロスを防ごうという取り組みだった。
一〇年に及ぶ米国のQRプロジェクトでは数多くの
業務改革手法が開発された。 その一つがPOSデータ
を小売業から入手したメーカーが、店頭の販売情報に
基づいて小売業の代わりに店頭在庫を管理するという
VMIだった。 その後、この在庫管理方式は瞬く間に
拡がり、現在、米国のアパレル業界では一般的な手法
として定着しているという。
これに対して、日本のQRプロジェクトはおよそ一
〇年遅れでスタートした。 米国のVICSをお手本に、
九四年九月に「QR推進協議会」が発足。 同会が推
進母体となって、JANコード、EDI、POSなど
の標準化を進めてきた。 その活動内容は米国とほとん
ど変わりない。 ところが、実際の浸透度には日米で大
きな開きがある。
例えば、EDI一つとっても、シンタックス・ルー
ルと呼ばれる通信文法をめぐって、日本で利用度の高
いCIIという方式を採用するか、それとも国際的に
互換性のあるEDIFACTにするかの議論にばかり
時間を費やしてしまい、肝心の普及が遅れている。
メーカー、小売業側での各種データの共有が前提条
件となるVMIでも、かなりの遅れをとってしまって
いる。 米国でQR推進の旗振り役となったコンサルテ
ィング会社、KSAの岩島嗣吉エグゼクティブコンサ
ルタントは「VMI導入ではまずメーカー側でのJA
Nコードの値札化やEDIプロトコルの標準化などが
必須の前提条件となる。 ところが、日本の場合、この
部分の普及の遅れが甚だしい」と指摘する。 日本型アパレルVMI
それでも個別企業同士のコラボレーション(協働)
は着実に前進している。 JANコードやEDIの標準
化を早々と済ませ、次のステップであるVMIに乗り
出すケースも出始めてきた。 婦人下着メーカー最大手
のワコールではQR推進協議会が設立される以前から
百貨店とのVMIに取り組んでいる。 九二年の岩田
屋とのケースを皮切りに、丸井今井、阪神百貨店など
徐々に対象を拡大。 現在、その数は一五社に達して
いるという。
ワコールのVMIでは、営業マンと百貨店の下着売
り場担当者が商談時に単品ごとの店頭在庫基準量を
設定する。 それを下回った場合、自動的に商品が補
無在庫経営の最前線
QR――アパレル構造不況の打開策
アパレル〜小売業間のVMIが、日本でも本格的に動き出した。 大手メ
ーカーと百貨店との間で、90年代前半に実験的に始まった日本型VMIの
効果が確認されたからだ。 現在は下着など比較的需要の波動が小さい商
品を対象にした取り組みが拡がりつつある。 しかしその一方で、発注権
の帰属問題など日本特有の商慣習が邪魔をして、予想以上の効果が上げ
られていないケースも見受けられる。
第1部
21 NOVEMBER 2001
特集
充発注される仕組みだ。 例えば、「C―
70
」というサイ
ズの青色のブラジャーの店頭在庫基準量を五枚と設
定したとしよう。 その場合にはまず店頭に七枚を納品
しておく。 三枚売れたら、店頭に残っているのは四枚
だから、不足分の一枚を補充発注するというルールに
なっている。
補充発注は売り場に設置されている専用のPOS
端末経由で自動的に行われる。 BAと呼ばれている派
遣販売員が閉店後、その日に売った商品のタグに印
字されているJANコードをスキャン。 その情報が販
売部門のサーバーや物流拠点のサーバーに送信され、
夜間のうちに在庫が引き当てられる。
翌朝、物流拠点では在庫引き当て後に確定する納
品データを基にピッキングリストが作成される。 その
後、ピッキング、値札付け、梱包などの作業を経て、
夕方に商品を出荷。 翌日(JANコードをスキャンし
てから二日後)の午前中には百貨店の納品センターに
商品が到着し、夕方には店頭に並ぶ。 理論上は補充
発注の二日後には納品できる体制を敷いている。
ワコールが扱う商品は年間三〇万SKUにも上る。
このうち、百貨店の店頭には多いところで常時一万〜
二万SKUもの商品が並んでいるという。 かつては、
販売員が毎回、手作業で単品ごとの数量を数えて発
注をかけていた。 それが現在は、単純にJANコード
をスキャンするだけで済むようになった。 「発注ミス
もなくなり、店頭での品切れ発生率も大幅に改善され
た」と三浦正義情報システム部長は説明する。
婦人下着はSKUのボリュームはあるが、流行性が
低く、需要の波動が比較的小さい。 過去の売り上げ
データなどを基に、きちんと基準在庫量を設定して定
期的に商品を送り込む仕組みを構築しておけば、店頭
での欠品が起こりにくい商品群だと言われている。 つ
まり、自動補充に適しているわけだ。 実際、業界第二
位のトリンプ・インターナショナル・ジャパンも既に
複数の百貨店との間でVMIを展開している。
逆に、シーズン商品やファッション性の高い商品
はVMIに馴染まないと言われている。 「ファッショ
ンモノは需要予測データや過去の販売実績データが
まったく当てにならない。 店頭での売れ行きを常にウ
ォッチしておいて、販売の旬が訪れたと思ったら、一
気に大量の商品を供給しないと、商機を逃して在庫
の山を築く恐れがある」(大手アパレルメーカー)か
らだ。
三つのVMI方式
そのため複数の商品群を持つ総合アパレル企業や卸
では、需要変動の少ない定番商品を選んでカテゴリー
ごとにVMI導入を進めている。 総合衣料品卸のナイ
ガイの場合もそうだ。 同社は七年ほど前から売り場へ
のPOS端末設置を積極的に進めてきたが、VMI の対象は靴下やパンティーストッキングといった定番
商品と一部の衣料品に絞り込んでいる。 それでも対象
の数は一年間に扱う六〇万SKUの約半分に達する
という。
VMI導入の陣頭指揮を執る草場大和情報システ
ム部長は「すべての商品群がVMIに適しているとは
思えない。 とりわけ、ファッション性の高いアウター
を対象にしたVMIの導入はなかなか難しい。 しかも、
たとえVMIに向いている商品群であっても、そのや
り方は商品特性によっておのおの異なっている」と説
明する。
実際に同社では商品特性に応じて三つの補充方式
を使い分けている。 一つは店頭在庫が安全在庫(基
準在庫)水準を割り込んだ時に、安全在庫を満たす
ワコールが進める自動補充によるEDIの実現
人手による
管理を廃止
派遣社員の手台帳からコンピュータ管
理へ
SKU管理が必須→JANコードの活用
前売情報の捕捉
ブランドタグにJANコードを印刷
POS専用端末の導入と派遣社員の作業
・販売時点でブランドタグのJANコー
ド切り取り
・JANコードのスキャニングと(閉店
時)販売拠点コンピュータへの送信
販売拠点コンピュータで集中管理
・夜間に集計
店頭在庫管理に
必要なデータ
前売と店頭への納品により在庫管理が
可能になる
・納品データは販売拠点コンピュータ
より収集
・前売情報はPOS端末より収集
店頭棚卸しの
実施
専用端末棚卸しシステムの開発
ブランドタグのJANコードのスキャ
ニング作業
閉店後の作業として実施
在庫精度維持のために棚卸しが必要
前売情報捕捉の強化
情報のデータベース化
社内の基礎情報として位置付け
データの共有化と活用
派遣社員の意識向上と作業負荷の軽減
販売拠点側通信回線の増設
専用端末の改善、新端末システムの
開発
レジデータの収集
小売業のPOSレジ情報をEDIで収集
POS端末情報に置き換えが可能にな
る
置き換えには課題が多い
収集タイミング、データ漏れ
従販・社販、消費者の区分け
VMIのシステム化
商品点数が多く小売業よりアパレル側の
管理が適する
委託販売ではシーズン末の在庫圧縮、返
品があるために無駄な納品は基本的には
ない
形式的に小売りMD 発注を行っていても
現実にはアパレル社員が全て準備してい
るケースが多い
納品予定リスト、店頭在庫、基準値、その他の情報など
店頭在庫基準値による
自動補充発注の開発
商談結果(全体での店頭在庫枠)より商品
構成とSKUごとの在庫基準値を決定、再
度商談
前日までの前売情報をもとに、早朝に自動
処理
処理はすべて販売拠点のコンピュータで実施
在庫基準値に基づく、補充数量の自動計算
引当、出荷準備、伝票発行
運 用
在庫基準値を現場より店頭端末により可
能とする
EDIによる取り引きの拡大
XML活用などの新しいインフラへの対応
1.店頭在庫の把握 2.店頭在庫精度の向上 3.自動補充発注の導入
NOVEMBER 2001 22
商品数を補充する「在庫維持型」と呼ばれる方式。 前
述したワコールで採用されている手法だ。 店頭での欠
品防止にはもっとも効果があるとされる。 ただし、厳
密なマスター管理が求められるなど運用にはそれなり
に手間が掛かる。
もう一つは店頭で売れた分だけを補充する「Sell-
One-Buy-One
(セルワン・バイワン)」(売上充足型)
方式だ。 「在庫維持型」に比べ運用は楽だが、発注頻
度が増えて物流コストが膨らんでしまうなどの欠点も
ある。 最後が過去の売り上げや在庫の推移や季節変
動などを勘案して補充数を決定する「需要予測型」方
式だ。 この方式では、万が一予測が外れた場合には過
剰在庫を招く恐れがある。
ナイガイではこのうち主に「在庫維持型」と「売上
充足型」が用いられている。 基本的には、絶対に品切
れを発生させてはならない定番商品を在庫維持型で、
ファッション性やシーズン性が強い商品を売上充足型
で補充している。 さらに、商品特性に合わせて独自の
ロジックを加えた補充方式を開発するケースもある。
売上充足型で動かしている靴下に関しては、発注
頻度を減らして物流コストを抑えるためにこんな工夫
も凝らしている。 まず店頭に五足分を納品する。 一足
売れたら本来は一足補充すべきだが、敢えて五足補充
しておく。 これで店頭在庫は九足と過剰在庫になるが、
放っておいて四足売れるまで待つ。 その後四足目が売
れたら、再び五足補充するという仕組みだ。 極めて在
庫維持型に近い、売上充足型の運用方法だという。
「ブラジャーのように単価が高く、物流コストの負
担力がある商品であれば、一個ずつ補充しても構わな
いだろう。 ところが靴下の場合、単価が安いため、あ
る程度商品のロットをまとめて納品しないと、物流コ
ストが合わない。 そのために変則的なロジックを採り
入れている」と草場部長は説明する。
ナイガイが一連のVMIの取り組みで得た効果は、
まず店頭での取り扱いアイテム数の絞り込みを実現で
きたことだった。 単品管理の徹底によって商品の売れ
筋、死に筋が明確になった。 その結果、無駄な商品が
店頭に並ばなくなった。 一アイテム当たりの在庫回転
率も高まった。
店頭での欠品率の改善も進んでいる。 売れ筋商品
に対する補充の七割が自動補充で、手作業による補
充は三割にまで減った。 その結果、店頭の販売員は煩
雑な在庫管理や発注の作業に取られていた時間を来
客者へのセールスや百貨店の仕入れ担当者との商談に
充てることができるようになったという。
SCMを阻害する商慣習
VMIをはじめとする日本のアパレル業界のQR活
動はこれまで、メーカー主導で進められてきたという
印象が強い。 JANコードやEDIの標準化、PO
Sの設置といったQR実現に向けた下準備は常にメー
カー側が先行していた。 メーカーに尻を叩かれて、小
売業が重い腰を上げる。 それがこれまでの日本におけ
るQRの姿だった。
中には「主導権は仕入れる側にある。 ベンダーはわ
れわれの言うことを黙って聞いていればいい」と言い
切る小売業も存在する。 製販が一体となってQRに
取り組んできた米国と比べると、メーカーと小売業と
の間にまだまだ距離がある。
ある大手アパレルと大手百貨店のケースはVMIを
標榜しているものの、実際にはとてもVMIとは言え
ないような、お粗末な内容になっている。 基準在庫量
を設定し、それを割ったら自動的に発注するルールに
なっているが、最終的には納品予定伝票に百貨店担
ワコールの三浦正義情報
システム部長
ナイガイの草場大和情報
システム部長
23 NOVEMBER 2001
特集
当者の判子がなければ、納品許可が下りない。
結局、商談を繰り返し、百貨店担当者にサインを
もらうという業務フローを経て、確定発注が出せるよ
うになるのは補充量の自動計算を行った日の二日後。
翌日もしくは翌々日には商品が店頭に並ぶとしても、
リードタイムは三〜四日になる計算だ。 自動補充でも
なければ、?クイックレスポンス〞でもない。
実際にこのフローで在庫補充をしているという、あ
るメーカーの担当者は「メーカー側はすぐに納品でき
る体制を整えているのに、小売り側の都合でリードタ
イムがなかなか短くならない。 結局、店頭ではしばら
く品切れ状態が続いてしまう」と憤っている。 店頭で
の欠品は許さないが、在庫は抱えたくない。 発注権も
渡せないという小売り側のエゴがVMIを阻害してい
るケースは少なくないようだ。
あいまいな在庫所有権
そもそもこうした問題は日本特有の曖昧な取引制
度に起因している。 日本のアパレル業界では従来から
店頭で売れた分だけを小売り側が仕入れる「消化仕
入れ」、売れ残りをメーカーに戻せる「返品条件付き
買い取り」が横行してきた。 それを認める代わりにメ
ーカーは末端価格の決定権を握ってきた。
その結果、商品発注権、価格決定権、在庫所有権
に関する商慣習が複雑にからまり、店頭に並んでいて
も商品の在庫所有はメーカー側にあるといった分かり
にくい取引形態が広く一般化している。 「メーカーと
小売りは常に主導権をめぐって綱引きをしている状態
なので、コラボレーションがなかなか進まないのが実
情だ」とKSAの大橋進ロジスティクスサービスディ
レクターは説明する。
これに対して、米国ではメーカー、小売り間の取引
形態は「完全買い取り」が主流で、発注権、価格決
定権、在庫所有権は小売り側に帰属する。 責任の所
在がはっきりしているため、比較的コラボレーション
も進めやすいのだという。
日米のQRの浸透度のスピード差はこの商慣習の
違いによって生じている。 「日本の場合、まずは複雑
な商慣習を少しでもシンプルなかたちに整理する必要
がある。 本来の商取引の考え方からすると、小売業が
自らリスクを負って商品を仕入れる米国流のやり方が
健全な姿だと思う」と大橋ディレクターは力説する。
本家の米国よりも一歩も二歩も遅れているという感
は否めないが、JANコードやEDIの標準化、PO
Sの普及、VMI導入と日本のアパレル業界もQR
の実現に向けて、着実にステップアップを続けている。
既にナイガイでは「可能な範囲内でのVMI導入はほ
ぼ完了したと見ている。 アパレル業界ではまだまだ
?勘ピューター〞による見込み生産が主流だが、今後
はPOSデータをベンダーや自社工場の生産計画に反映させることで、モノづくりの部分の効率化を進めて
いきたい」(草場部長)と次のステップを視野に入れ
ている。
現在、日本のアパレル業界で元気がいいのはユニク
ロを展開するファーストリテーリングやGAPといっ
たSPA(製造小売り)企業だ。 生産から販売まで
のサプライチェーンを垂直統合することで流通上の無
駄を省き、低価格で質の高い商品を市場に提供し、消
費者からの支持を得ている。 アパレル企業の多くが苦
戦を強いられている中で、SPAだけが好業績を維持
している。 こうした新興勢力に対抗するためにも、既
存のメーカー、小売りはコラボレーションの構築を急
がなければならない。 それにはQRの実現が絶対条件
となる。
「小売発注型」と「VMI型」の機能比較
機 能
商 談
取組大枠
商品選別
納品方法
初回納品
追加納品
小売発注型 VMI型
ブランド単位に、仕入方式(買
取、委託)、掛率など
ブランド単位に、仕入方式(買
取、委託)、掛率など
※補充方式(注1)の確認
デザインの選別、展開店舗、展
開時期、メーカー品番ごとの計
画数、納品ロットなど
検品場所、納品形態、タイムテ
ーブルなど
小売側が商品、納期、発注数を
決定
商談時の初回納入数にてアパレ
ル側で自動納品
小売側が商品、発注数を決定 売れ行きに合わせて、自動補充
数をアパレル側で決定
検品場所、納品形態、タイムテ
ーブルなど
デザインの選別、展開店舗、展
開時期、メーカー品番ごとの計
画数、納品ロットなど
※初回納入数、自動補充数など
(注1)補充方式
?在庫維持型は現在庫が安全在庫を割り込んだ時、基準在庫を満たす納品を行う方式
?売上充足型は、売上枚数分を納品する「Sell-One-Buy-One」(セルワン−バイワン)方式
?需要予測型は、売上・在庫の推移、季節変動などを予測して納品数を決定する方式
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