ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年11号
特集
在庫リスクを回避する VMI入門 VMIは日本に普及するか

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

横文字嫌いのアナタのための アングロサクソン経営入門《第8回》 NOVEMBER 2001 36 「報酬」と「リスク」をシェア ――今回のテーマはVMIです。
現在、日本のハイテ ク業界で取り組まれているVMIは、デルコンピュー タがそのモデルになっています。
一方で川下のVMI のモデルはウォルマートです。
この二つのVMI。
つ まり組み立てメーカーの調達部分のVMIと、川下の 小売業者に納品する場合のVMIは、違うものと考え たほうがいいのでしょうか。
入江 僕は同じだと思います。
区別する必要は感じま せん。
何せ、これからの社会は「ブラー」ですからね。
――いきなりきましたね。
入江 これから「ブラーの時代」になって、メーカー だ、流通だといった業態の区分自体があいまいになっ てくる。
川上から川下へキチンと段階を経て、垂直に モノが流れていくという構造ではなくなる。
従来の固 定的なサプライチェーンを前提にものを考えても意味 がありません。
――「垂直統合」に代表されるような固定的なサプラ イチェーンの概念は捨てたほうがいい? 入江 そうです。
純粋に「売り手」と「買い手」の間 で、どういうモデルが成り立つかを検討すべきです。
――その文脈でいくと、VMIでは「売り手」が「買 い手」の在庫を管理するわけですが、これは日本の 「かんばん方式」がモデルになっていると考えていいの でしょうか。
入江 コンセプトとしては、そうでしょう。
――それが現在、米国でごく普通に行われるまで広ま ったわけですが、何が普及の原動力になったのでしょう。
入江 以前(本連載七月号)にも説明しましたが、V MIというのは「売り手」と「買い手」が「報酬」と 「リスク」をシェアするためのソリューションの一つで す。
具体的には、VMIを導入することで「報酬」と 「リスク」は、全て「売り手」側に移る。
「買い手」は 在庫リスクを回避すると同時に、報酬を「売り手」に 与えるわけです。
――何のために? 入江 これも前回説明しましたが、ベースになってい るのはサプライチェーン全体の利益の最大化です。
そ れを目的として「売り手」と「買い手」の間にゲーム 理論の原則を当てはめた結果、VMIという一つの具 体的なモデルが出てきた。
――前回のゲーム理論の説明で強調されたのは、取引 相手同士がお互いを信頼して情報を開示したほうが、 全体の利益が大きくなるというシミュレーションでし たね。
入江 そうです。
リアルタイムの意義 ――しかし、実際のVMIを見ていると、買い手が売 り手に在庫リスクを押しつけているだけにしか思えな いケースが多い。
入江 それでは失敗します。
サプライヤーが「自立 的」に判断して在庫を削減する仕組みができないとV MIは機能しない。
努力をしたものが報われるという 仕組みを作るところがVMIのポイントで、ここは大 事なところです。
そのためにはまずサプライヤーが買い手のフォーキ ャスト(予測)を常に共有していることが大前提にな ります。
その製品の売り上げ情報から予測情報を全て サプライヤーとシェアする。
そうしないとVMIは単 なる「下請け叩き」になってしまう。
――具体的にはEDIがしっかりできることが前提で すね。
「VMIは日本に普及するか」 VMIを導入することで「買い手」側の在庫リスクは「売り 手」側に移る。
その代償として「売り手」は「報酬」を手に 入れる。
それがVMIのルールだ。
「リスク」だけを取引先に押 しつけて、「報酬」を与えないルール無視は結局、長続きし ない。
日本市場にVMIが普及するかどいうかは、そこがポイ ントになる。
入江仁之 キャップジェミニ・アーンスト&ヤング副社長VS 本誌編集部 Columns 37 NOVEMBER 2001 特集 入江 EDIといっても今ならインターネットですね。
インターネットをベースにしたアーキテクチャーで、情 報をリアルタイムに共有する。
――実際の情報のインターフェースには手間がかかる でしょう。
入江 もちろん組み立てメーカーであれば、最終製品 の構成から部品展開したレベルの需要情報をサプライ ヤーと共有する必要があるわけですが、仕組みとして は簡単です。
まず最終製品がいつ売れるかという日程 がある。
そこから組み立てに必要なリードタイムなど を逆算して、一つひとつの部品の納品時間を弾き出す。
その部分は「所要量展開」という情報システムの仕組 みによって自動的に計算できます。
サプライヤーはそ れに従って生産計画を作ればいい。
――しかし、元になる情報は完全な受注生産品以外、 あくまで予測ですよね。
入江 確かに予測だから当たらない場合もある。
その ためメーカーは予測を随時、更新する。
それに基づい てサプライヤーも随時、生産計画を修正していく。
メ ーカーの予測が変わった瞬間に、サプライヤーがその 情報をシェアしてアクションをとれるようになってい れば、最終的に予測は実績に変わる。
――理屈は分かるけれど疑問があります。
まず予測が 頻繁に変わる場合、そう簡単にアクションをとれない。
入江 確かに従来はそれができなかった。
だから情報 を共有しても意味がなかった。
しかし、だんだんと環 境が変わってきています。
計画が随時更新できるとなれば情報共有のメリット は大いにあります。
例えば、メーカーがある時点で大 型案件の受注が破棄されたとする。
その瞬間にサプラ イヤーが情報をシェアしていれば、調達を全部キャン セルできるかも知れない。
しかし、一日でも情報にリ ードタイムがあれば、その分だけムダな作業が進んで しまう。
そのリスクを少なくすることができる。
VMIが取引先を選別する ――VMIの契約は従来の契約とどう違ってくるので しょう。
入江 買い手の引取責任をいつ時点の発注分からに するか。
VMIとは、その引取期間を短縮していく取 り組みだと言えます。
そのために、情報のリードタイ ムをゼロにして、サプライヤーが情報を受けてから生 産を終えるまでのリードタイムを縮めていく。
そのリ ードタイムを計算すると、在庫がゼロになる分解点が 出てくる。
それを基準に引取期間を決めるという形に なります。
――改善が進むほどに、引取期間が短くなるのであれ ば、VMIとは導入を宣言してから、それが実際に効 果を発揮するまでに、かなり時間のかかるソリューシ ョンだということになりますね。
入江 そうなります。
しかも、サプライヤーの取り組 みレベルによって、効果に大きな差が出てくる。
――サプライヤーの苦労と比較して買い手側は、ずい ぶん楽そうですね。
理屈上、買い手はVMIを導入す るという意志さえ明確にすれば済む。
入江 しかし、VMIは相手のある取り組みだから、 実際には買い手がサプライヤーを教育して、導入をサ ポートするというレベルまでやる必要が出てくるケー スが多い。
とくにサプライヤーの規模が小さい場合に はそうなります。
――もしくは、VMIに対応できるサプライヤーに切 り替える。
入江 それもあります。
VMIで対応できないために 取引をうち切られるサプライヤーというのも出てくる。
NOVEMBER 2001 38 ――単価はどう決定されるのですか。
入江 もちろんVMIによってサプライヤーサイドが コストを削減した分、単価は安くなる。
ただし、単価 の契約方法は基本的に従来通りです。
商品にもよりま すが、一年に一度、もしくは半期に一度ぐらいのスパ ンで決めるのが普通です。
在庫リスクのババ抜き ――VMIの理屈は分かりました。
しかし先進的なビ ジネスモデルで知られている欧米企業でも、ITバブ ルの崩壊以降は在庫が余ってどうしようもなくなって いると聞きます。
あれは何故ですか。
VMIは機能し なかったのですか。
入江 メーカーが需要の拡大を過大に予測してしまっ た。
しかも需要が変更したのに、それを俊敏に生産計 画に反映させることができなかったことは事実だと思 います。
――彼らはVMIのビジョンを真っ先に採り入れた企 業だったはずです。
入江 先進企業でもVMIのビジョンが一〇〇%現 実のものになっているわけではありません。
――どこの部分が、まだ欠けているのですか。
入江 情報のリードタイムが長いんです。
本来は需要 が止まった瞬間に生産を止めることができれば一番い いわけです。
ところが現実には、まだリアルタイムに なっていない部分がある。
生産計画部門がリアルタイ ムの需要情報を入手しても、それを実際の生産計画に 反映させて、現場への指示として伝えるところがリア ルタイムではない。
現実には生産計画のサイクルが日 次から週次、長いところだと月次だから、すぐに生産 を止めても最悪の場合は一カ月分の製品在庫がたまる。
――しかし現在のハイテク産業の余剰在庫というのは、 一カ月レベルの話ではない。
もっと大量の製品在庫が 余っているのではないのですか。
入江 いや、せいぜい一カ月ですよ。
――半導体はどうですか。
いま日本の半導体産業は、 どこも大赤字に陥っています。
彼らは、それこそデル やソレクトロンといった先進的なビジネスモデルで知 られる企業に商品を納品している。
そこでは当然、V MIも導入しているはずです。
となれば納品先の生産 計画が止まれば、それに反応して日本の半導体メーカ ーも生産を止めるはずです。
なのに何故、あれほどの 大量在庫が発生してしまうのですか。
入江 半導体のように生産の仕込みに数カ月もかかる ような産業では、それ以上に生産計画を短くすること はできません。
どんなにがんばっても、仕込みに必要 な時間分の在庫が余ってしまう。
しかも、生産計画よ りさらに長期のスパンで動くものに設備投資がある。
設備投資は長期予測を元に動いているから、急に需 要が変動しても対応できない。
もっとも、日本の半導体メーカーの場合、需要の変 更を知ったにも関わらず、ブレーキの踏み方が甘かっ たとは言えると思います。
設備も過大に持ってしまっ ていた。
だからこそ今、環境に俊敏に適応する「アダ プティブ」モデルが注目を集めているわけです。
――なるほど。
需要が落ちた瞬間にブレーキを踏める 仕組み作りというわけですね。
入江 そうです。
究極的には、その瞬間に全部止めら れるのがベストです。
そのために生産設備能力すら社 内に持たないような「ファブレス」メーカーまで登場 してきている。
設備を持つというリスクは、メーカー がとるべきリスクではないと判断する企業がどんどん 増えてきたということです。
それがEMSのようなビ ジネスが隆盛する背景にもなっている。
39 NOVEMBER 2001 特集 ――となると、VMIにしてもEMS(電子機器の受 託製造)にしても、リスクを回避したいというニーズ が起点になっている。
入江 その通り。
――しかし、VMIで自分のリスクは回避できても、 リスク自体はなくならない。
別の会社に移っていくだ けです。
まるでババ抜きですね。
入江 リスクは、リスクを管理することを本業とする 企業に集めればいい。
そうした企業は他の企業よりリ スク管理が上手いはずですから。
――最終的には保険会社ですか。
入江 保険会社のようなファイナンシャルなリスク管 理もありますが、実体経済に対するリスク管理もある。
EMSにしても設備リスクの管理をドメインとする業 態だととらえることもできる。
IT不況の教訓 ――しかし、実体経済上のリスクを、そうやってサプ ライヤー側にどんどんシフトさせていくと、最終的に は素材産業に行き着きますね。
入江 素材産業ともなれば販売先の産業にバラエティ があるので、特定の産業の変動リスクを比較的、受け にくくなる。
これはグリーンスパンが言っているので すが、一〇〇年前と比べてモノの生産重量というのは ほとんど変わっていないそうです。
素材に近づくほど、 それだけ変動は少ない。
――なるほどね。
となると、今回のIT不況ではリス ク管理の上手なEMSのような会社でも在庫を余して しまった。
ということは、EMSがなかったら、つま りメーカーが自分で作っていたら、もっと大きな余剰 在庫が生まれていた。
EMSがあったから、ダメージ が少なくて済んだということになりますか。
入江 そうだと思います。
結局、現在の環境下では何 も持たないファブレスメーカーが一番、強いんです。
それは企業の株式時価総額が、どうやって構成されて いるかという点から紐解いても説明できます。
今から 三〇年前は有形固定資産をたくさん持っている企業 が株式時価総額も高かった。
資本集約型産業の時代 には設備を持つことが利益の源泉だったわけです。
これが九〇年代に入ってくると変化し始めた。
さら に二〇〇〇年になると、株式時価総額と有形固定資 産の相関関係は全くなくなってしまった。
今は生産設 備能力を持たず、全てを借りる経営が一番、有利にな っている。
資本集約型から知識集約型への移行が顕 著になったのです。
――しかし、ファブレスメーカーが成り立つのは、彼 らに代わって有形固定資産を持って現場を担うEM Sや物流会社が存在するからです。
「持たざる経営」も 一つの選択肢かも知れないが、誰かが「持つ」必要は ある。
であれば、「持つ」ことをドメインとして知識集約の時代を生き残るというアプローチもあるでしょう。
入江そこは悩ましいところです。
現状では、そのモ デルはビジネス上あまり評価されなくなっている。
E MSにしても、工場をメーカーから買って、オペレー ションするというだけでは意味がない。
社内か、社外 かという違いだけなら価値を生みません。
その部分で は、まだ良い解答が出ていない。
――そんなあ。
入江 ただし、方向性ははっきりしています。
資産を 持っていても、それに頼るのではなく、知識集約型に 移行していく。
物流業者であれば、何の知識をベース にするのかを明確にしてビジネスモデルを検討してい く。
その時のキーワードは「アダプティブ」です。
――結局、そこに行き着くわけですか。
うーむ。
入江仁之(いり え・ひろゆき) キャップジェミ ニ・アーンス ト&ヤング副社 長。
製造・ハイ テク自動車産業 統括責任者。
公認会計士合格後、 約20年にわたり経営コンサル ティングを行う。
とりわけサプ ライチェーン・マネジメント分 野では国内屈指のスペシャリス トして評価が高い。
ハーバード 大学留学を経て、都立科学技術 大学大学院、早稲田大学大学院 などで客員講師をつとめる。
著 書訳書多数。
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