ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年12号
アングロ
多発テロ後のSCM

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

不確実性に対応する ――今回の多発テロをきっかけにSCMの考 え方にも変化が出てきています。
具体的には、 従来の中央集権型のSCMから、現場の判断 を重視する分散型組織への移行が進みそうで す。
そこで最大のキーワードになるのが、こ のところ入江さんの口グセとなっている「ア ダプティブ」なんです。
入江 そうですか。
当社の場合はテロ以前か ら、すべて「アダプティブ」を基本に動いて いますけどね。
あらゆるレベルや分野でアダ プティブ(環境適応型)モデルを導入してい ます。
――それでもアダプティブという言葉を聞く ようになったのは本当に最近のことですよ。
入江 ええ。
まさに今年です。
そして九月十 一日以降、急に脚光を浴びている。
――アダプティブが今年になって出てきたと いうことは、昨年から始まったIT不況への 対応策という意味合いが当然、そこには含ま れているわけですよね。
つまりアダプティブは 従来のSCMというコンセプトが抱えていた 課題を克服するための新しいコンセプトであ るはずです。
従来のSCMの一体、何が課題 だったのでしょうか。
入江 基本的には不確実な経済環境への適応 です。
もちろん環境が不確実であることは、 これまでも皆が感覚的には認めていた。
しか し、今年の五月以降のあまりにも急激な需要 横文字嫌いのアナタのための 《第9回》 アングロサクソン経営入門 「多発テロ後のSCM」 DECEMBER 2001 56 の減退は想定を大幅に超えるものだった。
と くにパソコンと携帯が急に売れなくなった。
――しかしITバブルの崩壊は今年ではなく、 昨年春のことでしょう。
入江 昨年春はIT関連株のバブルの崩壊で あって、実態経済の動きとは違った。
ところ が今年に入って今度は実態経済が深刻な不況 に陥ってしまった。
IT、通信業界の需要減 退が周囲の産業に波及している。
昨年まで過 去最高益を更新していたような有力企業が軒 並み巨額の赤字に転落するといった事態にな っている。
さらに今回の同時テロのような予 想外の事態が起きると、従来のSCMの枠組 みでは対応できないことが分かってきた。
――従来のSCMでも、環境の変化に対応す るために経営スピードを向上させることは柱 の一つでしたよ。
入江 それは間違いではないけれど、従来のスピード経営というのは、アダプティブと比 較すると、かなり観念的なお題目だったこと は否定できない。
――アダプティブというコンセプトだって、か なり観念的だと思いますけど。
入江 それはあなたの理解が足りていないか らです。
――僕でも理解できるように教えて下さい。
入江 アダプティブは、自然界の生命体の生 き残りの原則が、経済環境における組織体の 生き残りの原則としても当てはまるという考 え方に基づいています。
――はあ? 入江仁之 キャップジェミニ・アーンスト&ヤング副社長VS 本誌編集部 次号、2002年1月号で本誌は「多発テロ後のSCM」をテーマに特集を組む予定です。
今回のテロ事件をきっかけとして、SCMのコンセプトに大きな変化が起こる。
従来の 垂直統合&中央主権型のSCMに代わり、現場単位で状況の変化に柔軟に対応する分散 型へのシフトが進む。
そして新たな分散型サプライチェーンのキーワードとなるのが 「アダプティブ」だ。
そんな仮説を検証していきます。
次号特集の予告編として、本コ ーナーでは、入江さんに「アダプティブ」について解説してもらいました。
57 DECEMBER 2001 うに計画の段階でフィージビリティスダディ をパスして、そこに全ての資源を投資してし まったら、後は生き残るか生き残れないかのゼロ・サムゲームになってしまう。
その会社 が潰れるかどうかを一つのモデルに賭けてし まうのではリスクが大き過ぎる。
――それは日本の電機業界が半導体事業で巨 額の投資を行い、身動きがとれなくなってし まったことへの反省から来ているのですか。
入江 それも一つの例ですが、半導体産業の 反省からアダプティブが始まったわけではな くて、あくまで組織体の研究から来ているわ けですけれどね。
淘汰の原則をビジネスに活かす ――アダプティブ・モデルを採用して成功し た企業が既に存在しているのですか。
入江 それはたくさんあります。
優良企業の 成功例をレビューしていくと、面白い事例の ほとんどにアダプティブの原理原則が当ては まる。
例えばウォルマートがなぜ成功してい るのか。
それはウォルマートがどんどん新し い商品を仕入れて、販売するからです。
実際、 ウォルマートのバイヤーには商品に対する「思 い入れ」というのは、ほとんどないそうです。
バイヤーは「目利き」が命。
だから仕入れ た商品の販売に命をかける、というのが従来 型の発想であり、従来型のパラダイムだとす ると、ウォルマートのやり方は、とにかく「試 行錯誤」であり「実験」なんです。
成功する 入江 生命体の生き残り原則とは、大きく数 原則に帰納、要約されますが、その代表が 「試行錯誤」と「淘汰」です。
これは、はじめ に恣意的にモデルや計画を作って、それを実 現させるという従来のビジネスのアプローチ とは全く違う。
従来の組織運営のやり方とい うのは、最初に計画があって、それを実行し て、統制するという「Plan―Do―Se e」のモデルでした。
これだと「Plan」 のところでヒトの思いが入る。
さらにフィー ジビリティスタディ(事業化調査)によって、 その実効性を検証していたわけです。
それに対して自然淘汰の原理は違うモデル をとっている。
まず突然変異などで新しい生 命体がたくさん出来る。
その中で環境にピッ タリと適合した生命体だけが生き残る。
これ を事業計画に当てはめると、「Plan― Do―See」のモデルはなく、計画と実行が 同時になる。
――アダプティブ・モデルでは事業化調査は やらないの? 入江 事業化調査が、単なる調査ではなく実 行を伴ってくるんです。
調査というより、様々 なモデルの事業をいくつもやってしまう。
そ の中で成功したモデルに集中して投資する。
――それだけダメになるモデルもたくさん出 てくるわけですから、ムダな投資が生じる。
入江 しかし、残ったモデルは検証済みであ って、生き残る可能性が高い。
それだけ致命 的なリスクを回避できるわけです。
従来のよ かどうか、とにかくやってみる。
どんどん新 しいコンセプトで商品を作らせて、店頭に並 べて実験する。
店舗の構成や棚割りもどんど ん変えていく。
その中で当たったものを採用 していくというアプローチです。
――小売りに関しては、それも理解できます が、メーカーは小売りほど簡単にはいかない でしょう。
生産という機能は、それほど柔軟 ではない。
入江 メーカーのアダプティブの事例として はGEが挙げられます。
GEの企業買収の方 針はアダプティブ・コンセプトに基づいてい る。
GEは、かなりの数の買収案件を毎日の ように決済して投資していますが、投資が全 て成功するとは想定していない。
投資した中 に一定の割合で当たるものが出てくればいい という発想、淘汰の考え方に立っていると聞いています。
――つまり、事業を始める時に競馬のように 綿密に予想を立てるのではなく、宝くじをた くさん買うということ? 入江 まあ、そういう話ですよ。
――その考え方を世界の有力企業が採り入れ つつあるわけですか。
入江 アダプティブというコンセプトは、誕 生してからまだ数カ月ですから我々のクライ アント以外では、実際にアダプティブが多く の企業で採用されているかといえば今時点で は僕には分からない。
始まったばかりですか ら。
しかし、過去に成功している事例を評価 DECEMBER 2001 58 という階層的な構造が、計画と実行が同時に 起こり、しかも循環するという形になる。
絵 に描くと非常にシンプルで、東洋の陰陽道、「タオ」のモデルになります。
――はあ。
「タオ」ですか‥‥。
入江 フフフ。
物事はシンプルに考えないと ね。
実際、各エージェント、現場に対しては 「数少ない簡潔なルールを規定する」ことがポ イントになります。
これは後ほど説明します。
――二番目の原理は? 入江 発明のために再構成することです。
そこ では発明はしていないことが重要になります。
――まさに禅問答ですね。
入江 新たに発明するのではなく、モジュー ルの組み合わせ、組み替えで新しいものがで きる。
生命体でもDNAというのは、構造は 同じで組み合わせの違いだけでしょ。
組み合 わせの違いだけで新しい種ができる。
だった ら、例えば製品開発においても、基本的なモ ジュラーを作っておいて、その組み合わせの バリエーションで様々な新製品を作り出して いく。
それを試行錯誤していけば、環境にマ ッチした製品だけが生き残る。
――なるほど。
可能な組み合わせを全部やっ てみて、良いものだけを残すわけですね。
ポ ストモダンだな。
入江 そうです。
その結果、プラットフォー ムができあがれば、それを順次、アップグレ ードしていく。
つまり、コンピュータであれ ば、新製品の出るごとに買い換えてもらうの すると、多くのケースでアダプティブという 原理原則が当てはまる、という話です。
「分散自律統制」 ――そもそもアダプティブというコンセプト は誰が発案したのですか。
入江 その大もとになった生命学のほうはよ く知りませんが、当社は米国に「CBI ( Center for Business Innovation )」という研 究センターを設けていて、そこで二年ぐらい かけて「生命学の組織論への適用」の研究を していたんです。
もう一つ「バイオス・グル ープ」というエージェント技術の研究機関が あり、これらの活動から今年、アダプティブ 型のモデルとしてまとめた、という流れです。
――「エージェント」というのは、もともと 人口知能の研究テーマでしたよね。
それぞれ 自律的に活動する単体の組織を「エージェン ト」として、それをネットワーク化すること で、全体として高度な機能を持たせる。
脳細 胞の一つひとつに知恵はないけれど、それを ネットワーク化すると全体としては知恵を「創 発」する、という話だったと記憶しています。
それが、アダプティブにどう落とし込まれる のですか。
入江 アダプティブには、基本的に六つの原 理原則があります。
第一の原則が「分散自律 統制」。
分散したエージェントを自律的に行 動させる。
なおかつ、それを全体として統制 するわけです。
従来の「計画・予算・統制」 ではなく、プラットフォームはそのままで技 術革新が進んだモジュールだけを交換してい くというやり方です。
このモデルだと顧客側 は一度、製品を納入すれば継続的に最新のサ ービスを受けられる。
サプライヤーサイドは 顧客と継続的な関係が保てる。
全てをリアルタイムに ――三つ目の原則は? 入江 相互関係の促進です。
境界に浸透性を 持たせる。
アダプティブ・モデルでは従来の ように組織が対立して存在するということは あり得ません。
お互いのコネクションを徹底 して、情報をシェアして、多様性を向上させ る。
情報は一切、隠さない。
誰もが知ってい ることを前提にする。
――企業秘密をバラしちゃうの? 入江 全てオープンにする。
それによって他 社よりも早く実行できる体制を作った企業が Plan Execution Plan Do See 従来モデル アダプティブ・モデル 59 DECEMBER 2001 ルは先進企業では既に様々な分野で具体化し ているんです。
それをご紹介しましょう。
例 えば先進企業の会計には、フィードバックループの仕組みが導入されています。
いま、日 本でも月次決算早期化などが話題に上ってい ますが、実際に締めているのは数日後から十 数日後、下手すると翌月なわけです。
それに 対して、ウォルマートなどは常に決算できる 状態になっている。
――リアルタイム決算ですね。
入江 そうです。
英語では「Continuous Closing 」と呼ばれています。
常に経営のパフ ォーマンスが取り出せる。
アダプティブな現場とは ――生産計画の分野でも、これまでサイクル タイムをできる限り短くするという取り組み が進められてきましたよね。
入江 それも「Plan―Do―See」の モデルではダメで、常にフィードバックする リアルタイム評価でないと機能しない。
もち ろんアダプティブ・モデルにも生産計画自体 は存在するのだけれど、それに加えて現場で 自律的にコントロールできる仕組みが必要に なる。
この生産計画の分野でも、アダプティ ブ・モデルは具体化しています。
さらに物流 も具体化している。
それぞれ「アダプティブ・ マニュファクチャリング」、「アダプティブ・ フルフィルメント」と呼ばれています。
――どんなモデルなんですか。
生き残る。
――オープンにするのは、それだけリターンを 得られるから、という理屈ですか。
入江 まあ、そういうことだね。
自分で情報 を出していけば、周り回って自分にも情報を もらえる。
情報を提供し合うことで「ウィン ― ウィン」になる。
――「情けはヒトの為ならず」ですか。
入江 そう。
VMIもまさにそうでしたよね。
自分が情報を提供して、自分で即座に対応す ることでメリットが生まれる。
これはアダプテ ィブの四つ目の原則、「フィードバック・ルー プを完結する」ということにも繋がってくる。
常に連続してお互いの評価を行う。
そのため に匿名は許されない。
同じ相手がリアルタイ ムの評価を常にフィードバックしていく。
――匿名はダメということは、情報をオープ ンにするといっても、相手を問わないわけで はないのですね。
入江 相手が匿名だと連続的なフィードバッ クができないでしょ。
だから匿名はダメ。
例 えば組織内の業績評価の制度であれば、リア ルタイムで評価する。
常時、状況をシェアし てフィードバックする。
従来のモデルは計画 を立てて、指示して、統制するというプロセ スに一定の時間がかかった。
それをフィード パックのループを作る形で常時、情報をシェ アするモデルに変えるわけです。
――もう少し具体的に説明してください。
入江 そうですね。
実はアダプティブ・モデ 入江 両方とも、環境適応型のモデルという意 味で基本的には同じで、アダプティブの考え 方を現場の管理に採り入れたものです。
それ を説明するには、渡り鳥の行動を例にとると 分かりやすい。
渡り鳥というのは群れをなし て飛びますね。
しかも、非常に統制がとれた かたちで移動する。
しかし、一匹いっぴきの 渡り鳥は数個のルールに基づいて飛んでいる だけなんです。
たった数個のルールによって、 集団がバラバラにならず、群れとして行動で きている。
――群れとして統制がとれていても、一つひ とつの個体は非常にシンプルなルールしか持 っていないのですか。
入江 それなのに群れになって飛ぶという行 為が、自然界で生き残るのに最適な飛び方に なっている。
一部で何かトラブルが起きても、本来の姿にすぐに収束できる適応力がある。
――そのルールがシンプルなんですか。
入江 実際には三つのルールしか渡り鳥には ありません。
一つは他の鳥と同じ方向に飛ぶ。
二つ目は他の鳥と同じ速度で飛ぶ。
三つ目は ぶつかるのを避ける。
この三つだけで群れと なって飛ぶことができる。
しかも、この群れ には全体の計画はありません。
だから個体は 統制されているわけではない。
しかし、集団 となって同じ方向に飛ぶことができる。
――それを企業に置き換えるとすると、「利益 を上げる」という方向に集団で動いていくた めに必要なのは、三つ四つの非常にシンプル DECEMBER 2001 60 「とにかく何か仕事をする」というものです。
――ここには「ワークセンターA」、「ワーク センターB」、「ワークセンターC」と、同じ機能を持った三つのワークセンターがありま すが、同じルールをいずれにも当てはめるわ けですね。
入江 そうです。
その結果、例えば「ワーク センターA」の仕事が滞った場合、「ワークセ ンターB」と「ワークセンターC」は、三つ のルールに基づいて、自分がどの自動車のペ ンキを塗ればいいのか自律的に判断して仕事 をするわけです。
当たり前のように聞こえるかも知れません が、従来の仕組みでは「ワークセンターA」で 何かトラブルが発生した場合は、その情報を もとに、改めて中央で生産計画を組み直して、 各ワークセンターに指示を出すという手順に なりますから、トラブルへの対応がどうして も後手に回っていた。
――なるほど。
例えば物流の現場であれば、 トラブルが発生した時、目の前に在庫はあっ て、お客さんも取りに来ているのに、本部か らの指示がないと出荷できないというケース などが考えられますね。
実際、ERPを導入 した企業などで話に聞きます。
入江 全く同じことですね。
―― それで実際に効果が上がっているんですか。
入江 図のケースだと、ペイント後に修正が 発生するトラブルが五〇%減り、情報システ ムの負荷、プログラムのライン数が数千行か なルールを現場に与えることだけであって、全 体の統制は必要ないという話になりますね。
入江 非常にシンプルなルールをエージェン トに与えるだけで、全体が最適になる。
環境 が様々に変化しても、個体がそれぞれシンプ ルなルールに基づいて判断して対応できる。
その理屈を生産現場に当てはめたのが、下の 図です。
製造現場の管理をアダプティブのモ デルで作ったものです。
製造のワークセンター一つひとつが、シン プルなルールに従うだけで工場全体の生産が 上手く回るという事例です。
この図の場合は、 自動車の塗装工場のケースですが、物流でも 全く同じと考えていい。
こうした工場のサプライチェーン生産計画 は従来、中央集権型のトップダウンで日程計 画、順序計画を作って、生産現場に指示をか けるという手順でした。
そのため、生産シス テムは非常に複雑な計算を強いられ、しかも 出来上がった計画は固定的だった。
月次や週 次、日次という計画サイクルだった。
これに 対してアダプティブ型のモデルは完全な自律 分散型であり、ダイナミックにスケジュール がどんどん変わっていく。
シンプルなルール ――具体的には? 入江 この例だとワークセンターに対して、 三つのルールを設けています。
「簡単な仕事を 優先する」、「重要な仕事を優先する」、そして ら四行になった。
その結果、九カ月の実験で 一億円の効果が出た。
――聞いていると、すごく簡単にできそうで すが。
入江 理屈は簡単ですが、それを実現するに は情報システムの見直しも必要になってきま す。
基本的にイーサーネットがリアルタイム で処理できるようになって、初めて実現でき るようになった仕組みなんです。
イーサーネ ットで各セル間のリアルタイムの情報をモニ タリングする仕組みが必要です。
また、このアダプティブ・モデルのポイン トになるのは、全体を最適に動かすために、 ●作業のステータスではなく行動のルールをプログラムする ワークセンターA ワークセンターB ワークセンターC ルール1「易しい仕事を優先する」 ルール2「重要な仕事を優先する」 ルール3「とにかく何か仕事をする」 61 DECEMBER 2001 励する。
自然界の試行錯誤と同じです。
―― 混乱を奨励するというのは、従来の統制の きついモデルの明らかなアンチテーゼですね。
入江 これまでに成功した会社を見ても、現 場ではカオスを奨励しているケースは多い。
新商品をヒットさせたという場合にもよく見 られる。
逆に業績が落ち込んでいる企業では、 統制が厳しくなって、開発案件も上からガチ ガチに決めてしまう。
結果は、ほとんど成功 しない。
やはり「遊び」が必要なんです。
――ということは、現場はシンプルなルール を与えられる以外には、かなり自由度がある。
ペンキを塗るのなら、そのやり方はある程度、 自分の裁量で決めていい。
その結果、上手く いったやり方を他のワークセンターでも採り 入れていく。
ナレッジ・マネジメントしてい くということになるのかな。
入江 それが、先ほどの「計画・実行」とい うモデルです。
現場に権限を委譲すると同時 に常に状態をフィードバックする。
常に現場 を評価できるようにしておく。
これは社内だ けでなく社外もそう。
組織の境界線は意味を 持たないのだから、外部を含めて関係する全 てがコネクションされる。
この原則で全ての モデルが設計できます。
例えば以前に説明し たダイナミック・プライシングにしても、「分 散自律統制」の当然の帰結になる。
――現場で今日はこれ安くして全て売り切っ てしまおう、と判断することを許したほうが 全体として儲かりますもんね。
売れないまま どういうシンプルなルールを設定すればいい かということです。
その分析に成功すれば、 後はそのルールをシステムの仕組みに取り込 むことで全体が最適に動くようになる。
――現場レベルのアダプティブがそうしたも のだとして、さらに上層部のレイヤーでは、プ ロセス単位、拠点単位で全体のボリューム等 を管理するのですか。
入江 従来よりも長期的な計画を立てて、管 理していけばいいわけです。
――アダプティブの六つの原則ですが、あと 二つ残っています。
入江 ああ、そうでしたね。
五つ目の原則は 「淘汰の圧力をかける」ことです。
これまでの 投資案件というのは、いったんゴーサインが 出た後は、基本的に最後までやることを前提 にしていました。
これを自然淘汰させる必要 がある。
例えば、常時一〇〇件の案件を持つ としたら一〇〇件のうち、パフォーマンスの 悪い下位の一〇件については、次の候補と入 れ替えをする。
――プロサッカーのJ1と、J2の入れ替え みたいなものですね。
入江 そうそう。
下位一〇%ぐらいが、その 現実的なラインです。
カオスを奨励する ――最後、六つ目。
入江 「カオスでの生存、攪乱を包含する」。
変化を常に奨励する。
実験・改革・混乱を奨 残すより。
入江 飛行機のチケットにしてもそうです。
出発する以上、満席でもガラガラでもコスト はほとんど変わらないわけですから、お客が 買ってくれる最適な価格で売ってしまったほ うがいい。
結果として、客によっても価格が 違うし、タイミングによっても価格が違って くる。
ダイナミックにプライシングしていく ことになるわけです。
――なるほどねえ。
トラックの混載輸送にも 当てはまりそうだな。
入江 こうしたアダプティブモデルで利用さ れているのがエージェント技術なんです。
「エ ージェントベース・モデリング・シミュレーシ ョン」と言われるもので、その仕組みを当社 の「バイオス・グループ」という研究機関で 作っています。
ちなみに、そのグループにはノーベル賞受賞者が二人在籍しています。
――そうですが。
しかし、私はノーベル賞は 信じないことにしていますから。
入江 まあ、それはあなたの勝手ですが、そ ういう世界なんです。
入江仁之(いり え・ひろゆき) キャップジェミ ニ・アーンス ト&ヤング副社 長。
製造・ハイ テク自動車産業 統括責任者。
公認会計士合格後、 約20年にわたり経営コンサル ティングを行う。
とりわけサプ ライチェーン・マネジメント分 野では国内屈指のスペシャリス トして評価が高い。
ハーバード 大学留学を経て、都立科学技術 大学大学院、早稲田大学大学院 などで客員講師をつとめる。
著 書訳書多数。
プロフィール

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