ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2001年12号
ケース
日本航空――SCM

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2001 42 八〇億円分の部品在庫 今年一〇月、日本航空(JAL)は米国 の大手航空機メーカー、ボーイングとの間で VMI(Vender Managed Inventry: ベン ダー主導型在庫管理)をスタートした。
今後 五年間をかけて、在庫金額八〇億円分の補修 部品を、JALの倉庫内に置いたまま段階的 にボーイングの管理下に移していく。
対象と なる部品の数は七万点に上る。
VMIの対象となる部品については、JA Lは今後、実際に使用した分だけを部品代と して支払えばよくなる。
このことはJALの 在庫リスクを軽減すると同時に、キャッシュ フローにも好影響を与える。
「当社にとって 部品在庫はアセット。
これを減らすことによ ってROE(株主資本利益率)の改善につな がる。
経営面のメリットは大きい」と、JA Lの整備本部部品事業部で部品調達を担っ ている日吉和彦マネージャーは強調する。
JALにとって、補修部品の在庫負担は頭 の痛い問題だった。
大型航空機は構成部品が 百万点単位にも上るきわめて複雑な製品だ。
同じボーイングの機体でも、機種が違えば使 われている部品も異なる。
汎用品ではない部 品も多い。
このためJALが常備していなけ ればならない補修部品の数は、エンジン部品 も合わせると二〇万点を越えていた。
通常、航空機の補修部品は、定期的な検査 で不具合が見つかったときにだけ交換する。
航空機部品約7万点を対象に 米ボーイングとVMIを開始 世界の航空会社のなかで初めて、米ボー イング社が開発したVMIプログラムを導 入した。
2年間におよぶ調整の末、補修部品 の分野で約70000点の部品管理をボーイング に委託。
在庫リスクを回避したい日本航空 と、部品在庫の一元管理による効率化を図 りたいボーイングの思惑が一致した。
日本航空 ――SCM ラム「GAIN(Global Airline Inventory Network )=ゲイン」に関する提案を受けた。
「GAIN」はJALが検討していた情報共 有による効率化を、さらに一歩進めたプログ ラムだった。
ボーイングが所有権を持つ部品 在庫をJALの倉庫に保管し、在庫管理もベ ンダーであるボーイングが行う。
しかも部品 代は使った分だけの後払い方式。
在庫リスク を回避したいJALにとっては願ってもない 申し出だった。
互いの考え方を慎重に確認した両社は、具 体的な検討作業に入り、二年間をかけて細部 を詰めた。
JALとしてはオペレーションな どの細かい部分まで使い勝手を良くしたい。
一方、将来的に「GAIN」を全世界に広げ たいボーイングとしては、JALの都合にば かり合わせるわけにはいかない。
すり合わせ 作業は、双方の考え方や戦略を確認しながら 時間をかけて進める必要があった。
ようやく今年一〇月、両社は「GAIN」 プログラムの導入に関して正式な契約を結ん だ。
世界中の航空会社に機材を提供している 43 DECEMBER 2001 「在庫のなかには、それまでは何年も使わな かったけれども明日使うかもしれないといっ た部品が含まれている」(日吉マネージャー)。
さらに、航空機という製品には、「安全」が 「経済性」を上回るという独特のコスト感覚 がある。
一回の運行で大きな金額が動くため、 万一、補修部品の手当てができずに欠航する ようなことになれば莫大な損失に直結する。
このことも、在庫の保管コストが二の次にさ れがちな理由となっていた。
結果として、補 修部品の在庫をどうしても多めに持つ傾向が あった。
しかし、航空業界では今、世界規模で再編 の嵐が吹き荒れている。
コスト競争力の強化 は気を抜けない経営課題になっている。
従来、 同社は一年間でどれだけの部品を使用したか を「在庫回転率」という指標で管理すること で、在庫水準を最適化しようとしてきた。
し かし「安全重視」という重しをはねのけて在 庫を減らすのは容易ではなかった。
VMI導入の前提条件 およそ二年前、JALは、情報の共有化に よる在庫削減を独自に模索していた。
部品ベ ンダーと互いに在庫データを公開し合い、こ れを使って双方の在庫を最適化するサプライ チェーン・マネジメント(SCM)を具体化 しようと、ベンダーへの働きかけを進めてい た。
そんなときにボーイングからVMIプログ ボーイングだが、世界ではじめて「GAIN」 を導入したのがJALだった。
米国の航空会 社も導入の検討はしているが、まだ正式な契 約には至ってはいない。
ボーイングにとってJALは、VMIの最 初のパートナーとしての条件を十分に備えて いた。
世界の大型旅客機市場は現在、ボーイ ングと欧州のエアバス社に二分されているが、 JALはボーイングの航空機だけしか採用し ていない。
また、補修部品を調達する際に商 社などの中間流通が介在しておらず、そうし た既存業者とのしがらみを心配する必要もな かった。
JALの経営規模も好都合だった。
ボーイ ングにしてみればパートナーの経営規模が大 き過ぎるとコントロールしきれなくなる懸念 がある。
かと言って小さすぎれば、VMIの メリットそのものが限定されてしまう。
「GA IN」を世界の航空会社に広げていくうえで 成功事例を作るためにも、JALの持つ存在 感はちょうどいいものだった。
部品補充のためのリードタイムが長いこと もVMI導入の好条件とみなされた。
部品補 充を国内物流で済ませられる米国本土の航空 会社と違って、JALへの部品供給は、海を 渡り、通関手続きを経る必要がある。
米シア トルのボーイングの倉庫に部品在庫がある場 合でも、「通常であれば発注から納品まで二 週間はかかってしまう」(日吉マネージャー)。
だからこそ在庫を多めに持たざるを得ず、在 日本航空・整備本部部品事業部の 日吉和彦マネージャー DECEMBER 2001 44 庫負担を解消したいというニーズも高かった のである。
他のベンダーにも拡大を期待 慎重な検討を重ねて「GAIN」の導入を 決めたJALだが、当面の狙いはコスト削減 ではない。
もちろん、VMIによって部品の 在庫量を大幅に減らせる可能性は高く、日吉 マネージャーとしても「従来の半分以下の部 品在庫で運用することが可能になるはず」と 見込んでいる。
ただし、これによってJAL がボーイングに支払う部品単価が安くなるわ けではない。
「もちろん将来的に互いに明確 な効果を確認できるようになったときのこと は期待している。
しかし、ボーイングにして も当社とVMIを開始したことで、すぐにコ スト削減の効果を得られるとは考えていない」 と日吉マネージャーは語る。
部品管理の現場で働く人員の削減や、部品 保管のためのスペースの大幅な圧縮もすぐに は実現できない。
すでにJALは部品管理の ために多くの自動倉庫を導入しているが、こ れを大幅に減らせるかどうかも未知数だ。
そ もそもJALは、そうした目先のコスト削減 を目的にVMIを導入したわけではない。
欠 品やミスなどの「リスクという数値化しにく い要因を低減する」ことを、最大の狙いとし ている。
JALとしては今後、航空機を構成するコ ンポーネント部品を供給してもらっているボ ーイング以外の取引先にも、こうした取り組みを拡大していきたいと考えている。
「一気 にVMIまでは至らなくても、同様の考え方 に基づいてサプライチェーンの効率化を図っ ていきたい。
ただし、当社が個別にアプロー チしていくべきなのか、ボーイングのような 大きなサプライヤーを通じて実現すべきなの かはまだ模索している段階」と日吉マネージ ャーはいう。
今回のVMIの導入によって、JALは在 庫リスクを回避すると同時に、整備現場への サービスレベルの向上を図ろうとしている。
JALの社内では、いつ使うか分からない部 品を作業者から求められたときに、要求を満 たせる確率を?サービス率〞と呼んでいる。
「す べての在庫を持つことが許されない以上、欠 品は必ず起こる。
その確率をいかに下げるか」 (日吉マネージャー)が、これまでJALの 部品調達部門が追い求めてきたテーマである。
現場の作業は従来通り もっとも、そのために現場の負担が増えて しまうようでは意味がない。
今回のVMIの 導入にあたっても、JALは現場作業者の負 担を増やさないよう細心の注意を払ってきた。
「作業者にとっては、必要なときに必要な部 品がありさえすればいい」(日吉マネージャ ー)のであって、調達手法がなんであろうと 関係ない。
現にJALの整備現場の作業員の なかには、「GAIN」を導入したことすら ほとんど知らない作業員もいるという。
現場での作業手順やオペレーションの仕組 みも、ボーイングが在庫管理をするようにな ったからといって、何ら変わっていない。
J ALが管理していた従来と同じように、入庫 する部品には必ずJALの品質検査を施し、 JALの品質保証をつける。
実際に現場で管 理に使う伝票類も従来通りだ。
ボーイングか らJALへの所有権の移転は、部品倉庫から 出庫し、作業者に渡した時点で行われる。
こ のとき整備情報をコンピューターに入力する のだが、この時点で機械上の所有権が移転す る仕組みになっている。
ようするに、在庫を管理する情報システム が変わるだけなのだが、現場に新たに「GA 整備場に待機する航空機 45 DECEMBER 2001 IN」の端末を置いたわけでもない。
必要な 情報は、従来からJALが使っていたのと同 じ端末に入力する。
これを一日一回、原則と して夜中の零時のバッチ処理で、JALの情 報システムから「GAIN」システムへと伝 送する。
この情報が米シアトルのボーイング の社内にある「GAIN」のサーバーに飛び、 ここで一元的に管理されることになる。
通信インフラには、航空業界で独自に構築 されている「SITA(=シータ)」を使っ ている。
これはセキュリティの確保と、世界 的な通信ネットワークを両立するために、航 空業界が独自に張り巡らしている回線網だ。
インターネットが登場するはるか以前の一九 四九年に、航空会社十一社によって設立され た会社が運営している。
「通信スピードの速度やセキュリティを確保するために、あえてSITAを使っている。
ただし独自回線であるためSITAのコスト は比較的高い。
将来的にコストを下げようと すれば、インターネット回線を使う構想はあ る」と日吉マネージャーは説明する。
SC上の在庫を一元管理 今回の取り組みでは当然、提案を持ちかけ たボーイング側も大きなメリットを見込んで いる。
ボーイングにとって末端のユーザーレ ベルの部品在庫の動向を把握することは、自 社で持つ部品在庫の圧縮につながる。
従来は、ユーザーからいつオーダーが入る か分からなかったため、万一のケースに備え て在庫を多めに持たざるをえなかった。
顧客 満足を得るうえで絶対に避けたい、納期遅れ という事態を発生させないためには仕方のな い選択だった。
ところがVMIの導入後は、 ユーザーであるJALの部品利用状況をきち んと把握できるため、ボーイングとしても在 庫管理の精度を上げやすくなる。
「まさにウ ィン・ウィンの関係を構築できるはず」と日 吉マネージャーは見込んでいる。
現在、ボーイングは世界を三極(北米・ア ジア・ヨーロッパ)に分けて「GAIN」プ ログラムの普及を図ろうとしている。
これに よって複数の航空会社の倉庫内にある部品在 庫を、エリア単位で一元管理できる体制を構 築する狙いだ。
この体制が実現すれば、近隣の航空会社の 倉庫にある部品を、同じエリア内の他の航空 会社に融通できる可能性が出てくる。
仮に契 約上それが困難だとしても、近くに部品在庫 があることを前提に全体の在庫配置を検討で きる。
JALだけでもVMIの対象になる部 品を八〇億円分も持っていたことを考えれば、 航空会社をまたぐ在庫の一元管理はボーイン グに莫大なコストメリットをもたらすはずだ。
つまり、ボーイングにとって「GAIN」は 極めて戦略性の高いSCMツールなのである。
もっとも、「GAIN」が狙い通りの効果を発 揮するためには、可能な限り多くの航空会社 に導入する必要がある。
参加する航空会社が 増えて、導入規模が拡大すればするほど、得ら れるメリットは大きくなるはずだ。
その尖兵 を引き受けたのがJALだった。
すでにJA Lとしても、他の航空会社に対し「GAIN」 への参加を積極的に働きかけているという。
日吉マネージャーは、「我々にとっても仲 間が増えた方が大きなメリットを見込める。
私自身が日本国内やアジアの航空会社に出向 いて、GAINの話をしている。
導入を検討 しているユーザーの立場では、メーカーの売 り文句よりも、既存ユーザーの体験談の方が 説得力を持つことが少なくない。
現に反応は 非常にいい」と説明する。
すでにJALは、 ボーイングのサプライチェーンを構成する戦 略パートナーとして一歩を踏み出している。
(岡山宏之) JALの部品在庫センター

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