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JUNE 2005 74
ヨーロッパ諸国では自国海運の国際競争
力強化策として第二船籍制度導入や既存制
度の拡充に加え、新たに海運税制としてト
ンネージ・タックス(トン数標準税制)を
導入する動きが広がっています。 日本でも
日本船主協会を中心に導入の要望が高まっ
ています。 トンネージ・タックスとはどう
いう税制なのか。 そして、なぜ日本でも導
入が必要なのかについて解説します。
一種の外形標準課税
トンネージ・タックスとは、海運業に対す
る法人課税を、従来の税引き前利益に対する
課税方式でなく、運航船舶の純トン数に応じ
た「みなし利益」に対して課税する方式です。
一種の外形標準課税と言えます。 一定期間の
継続を前提に、海運会社はトン数標準課税と
従来の利益課税のいずれかを選択して納税す
ることができます。
もともと欧州では海運業の重要性が広く認
知されており、海運業は税制面で非常に優遇
されてきました。 例えば、英国では海運業へ
の実効税率は他産業の一〇分の一程度ときわ
めて低くなっていましたが、さらにトンネー
ジ・タックスの導入によって、その半分程度
に減税されています。
トンネージ・タックスは九六年一月にオラ
ンダで初めて導入されました。 その後、ノル
ウェー、ドイツ、英国、デンマーク、スペイ
ン、アイスランド、ギリシャ、ベルギー、フ
ランスに拡がり、欧州の主要海運国のほとん
どが導入を済ませています。 現在、イタリア
やスウェーデンも導入を検討しています。
EU市場の統合が進んだ影響で、自国の海運強化策がEU域内の他国に比べて不十分で
あると、自国の海運会社が制度の充実した他
国に移転してしまう可能性があります。 自国
海運の空洞化を避けるという意味で、トンネ
ージ・タックスの導入を急いでいる国も少な
くありません。
欧州以外ではすでに米国、韓国、インドな
どが導入に踏み切っています。 これは、EU
域内に限らず、他国と同等の競争条件を整備
しないと自国海運の衰退を招くという危機感
からです。 インドは二〇〇四年四月に、韓国
は二〇〇五年一月に導入を済ませています。
韓国では、海運が発展すれば産業全体が発
展するという考え方のもと、海外移転した船
舶の自国回帰と海外企業の船舶誘致を目指し
ています。 既存の国際船舶登録制度を見直し、
済州島の船舶登録特区を活用して税の軽減策
と規制緩和を柱とした第二船籍制度を確立し
ようとしています。 同時に釜山港や光陽港の
国際物流機能の強化、船舶金融センター(ソ
ウル)の整備といった施策を推進しています。
トンネージ・タックスについては、インド
や韓国など多くの国が英国の制度を手本にし
ています。 英国は二〇〇〇年一月にトンネー
ジ・タックスを導入したほか、様々な海運強
化策を実行して大きな成果を上げているから
です。
英国は船舶の海外移転にいち早く危機感を
持ち、強化策を打ち出しました。 その結果、
英国籍船舶は、一九九三年の五六〇万総ト
ン(世界シェアは一・二%)をボトムに、そ
の後徐々に回復しています。 トンネージ・タ
ックスを導入した翌二〇〇一年には一二〇〇
万総トン(同二・一%)にまで拡大しました。
二〇〇〇年一月にトンネージ・タックスが
導入された結果、二〇〇三年までの二年間で
英国商船隊は一七%増加しました。 デンマー
クのAPモラーや台湾のエバーグリーンとい
った大手海運会社の関係会社が、船籍を英国
に移す動きもあります。 英国の海運強化策は
成功例として他国からの高く評価されていま
す。
腰が重い日本政府
トネージ・タックスによる法人税の課税は、
海運業部分について「海運業みなし利益×法
人税率」という式で計算します。 このうち、
海運業みなし利益は、「運航船舶の純トン数×
係数×運航日数」で算出します。 係数は国に
よって異なり、すでにトン税を導入している
国の例を見ると、英国が「純トン数一万トン
以上〜二万五〇〇〇トン未満」で約六〇円、
「二万五〇〇〇トン以上」で約三〇円となっ
ています。 オランダもほぼ同様の水準です。
米国では「純トン数一万トン以上〜二万五
トンネージ・タックスとは?
《第3回》
国際物流の基礎知識
商船三井 森隆行
営業調査室主任研究員
75 JUNE 2005
〇〇〇トン未満」で約四〇円、「二万五〇〇
〇トン以上」で約二〇円と、英国やオランダ
よりもさらに安く設定されています。
日本の船会社の場合、一六〇〇億円の利
益を確保すると、およそ六〇〇億円の法人税が課税されます。 これに対して、欧州では二
〇〇〇億円の利益が見込まれている船会社の
場合、法人税が一〇億円程度という試算もあ
ります。 つまり残った利益を内部留保にまわ
して再投資のための原資とすることも可能に
なります。 日本と欧州で将来の競争力に大き
な差が出ることは想像に難くありません。
トンネージ・タックス導入の背景には、自
国海運の競争力強化、つまり自国海運企業や
船舶の海外移転の防止に加えて、海運業周辺
産業への経済波及効果、さらに雇用の維持・
創出、外貨の獲得などがあります。
日本は、一九六〇年代以降の高度経済成
長で海運業における外貨獲得の必然性がなく
なりました。 その結果、国や国民の間で自国
海運を維持、強化することへの意識が薄れて
いきました。 その影響もあって、トンネー
ジ・タックスや、前号で紹介した第二船籍制
度など海運政策に関して日本政府の対応の遅
れが目立っています。
トンネージ・タックスはすでに国際スタン
ダードになっています。 日本の海運企業が海
外と互角に渡り合っていくためには競争条件
の対等化(イコール・フィティング)という
意味からもトンネージ・タックスの導入を急
ぐべきでしょう。
日本の産業活動を支え、国民のインフラと
して機能している海運業を維持していくため
には国家的な取り組みが不可欠です。 このま
ま放置され続ければ、日本籍の船舶は限りな
くゼロに近づくことになるでしょう。
利益を上げた企業が納税するのは当然との
考え方もあります。 しかし、日本籍船がなく
なること、さらに日本の船会社が海外の船会
社との競争に敗れることは、将来の税収減を
意味します。 海運周辺産業も衰退し雇用にも
影響が出ます。 諸外国が自国の海運保護策に
熱心なのはそうした観点があるからです。
もり・たかゆき 1975年大阪商船三井船舶入社。
97年MOL Distribution GmbH社長、2001年
丸和運輸機関海外事業本部長、2004年1月より現
職。 主な著書は「外航海運概論」(成山堂)、「外航
海運のABC」(成山堂)、「外航海運とコンテナ輸送」
(鳥影社)、「豪華客船を愉しむ」(PHP新書)など。
日本海運経済学会、日本物流学会、ILT(英)等会
員。 青山学院大学、長崎県立大学等非常勤講師、
東京海洋大学海洋工学部講師
●主要国海運強化策一覧
1.償却制度上の優遇措置
2.船舶の買換特例(圧縮記帳)
3.トン数標準税制による法人税の軽減(※1)
4.第二船籍制度など船籍制度(※2)
5.船員所得税の免除・軽減
6.船員の社会保険料の軽減
7.船員の派遣・帰国費補助
8.船員の訓練費補助
9.運航補助(米国)(※3)
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日本
韓国
米国
英国
スウエーデン
スペイン
ポルトガル
ノルウエー
オランダ
イタリア
アイルランド
ギリシャ
ドイツ
フランス
フィンランド
デンマーク
ベルギー
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○
○
データ:日本船主協会(2003年9月30日現在)
※1 トン数標準課税(トンネージ・タックス) 海運業にかかる法人税を、「所得課税方式」(従来の税引き前利益に対する課税)と「トン数標準課税方式」(運航船舶
の純トン数に応じた課税方式「外形標準課税」)のどちらかを選択できる制度(一定期間の継続が前提)。
※2 第二船籍制度 一定の条件のもとに外国人船員を出身国の賃金水準で雇用することや船員所得税の減免などを認めるもの。
※3 運航補助 米国:Maritime Security Program=MSP 毎年合計1億ドル、1隻あたり213万ドルを支給。 2003年9月末現在のMSP補助金支給対象船は47隻。
図2 主要国におけるトンネージタックスの概要
選択適用
再計算せず
英国人
船員育成
イギリス
オランダ
ドイツ ノルウェー
トンネージタックス
の適用船舶
適用を中止した際の
取扱
(過年度税額の再計算)
トンネージタックス
導入の条件
定期用船を
含むすべて
の外航船舶
定期用船を
含むすべて
の外航船舶
定期用船を
含むすべて
の外航船舶
選択適用
再計算せず
なし
選択適用
再計算せず
なし
ドイツ籍の
外航船舶
強制適用/選択適用
選択適用
他事業制限
保有資産制限
再計算のうえ、
過年度税額を
精算
■トンネージタックス導入国
導入済:オランダ、ノルウェー、ドイツ、イギリス、スペイン、ギリシャ、デンマーク、
フランス、アイルランド、ベルギー、インド
導入決定済:米国、韓国
出所:日本船主協会ホームページ
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