ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年2号
ケース
トーハン――SCM

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

45 FEBRUARY 2006 消費者は待ってくれない 二〇〇五年六月、大手出版取次のトーハン は埼玉県桶川市に巨大な物流基地を完成させ た。
六万五四〇〇平方メートルの敷地内に建 つ五階層からなる建物の延べ床面積は七万六 三〇〇平方メートル。
出版業界では国内最大 の規模をもつ物流拠点だ。
トーハンは現在、書籍の流通改革をめざす 「桶川計画」というSCMプロジェクトを進 めている。
需要と供給のアンバランスから生 じる販売機会のロスを減らして、売り上げの 拡大を図ることが最大の狙いだ。
そのために 三〇〇億円もの大型投資を断行し、書籍流通 のインフラを整備してきた。
プロジェクトで中心的な役割を担 うのが新 拠点「桶川SCMセンター」だ。
トーハンは、 現状では全国各地で分散管理している書籍の 在庫をすべて集約していく方針だ。
書籍の保 管・送品・返品処理などの物流機能をここ一 カ所に集める。
最新のITを駆使して、オペ レーションの高度な機械化を進め、物流の効 率化を図っていく。
それと同時に、出版社および書店と、在庫 や需要予測などの情報を共有するデータベー スも構築して、「桶川SCMセンター」を情 報の発信基地としても機能させる。
これを物 流機能と連動させることによって、売れる本 を売れる店にタイムリーに供給 できる仕組み をつくろうというわけだ。
書籍流通の抜本改革へインフラ構築 在庫を一元化する「桶川計画」の全貌 トーハンが300億円を投じた書籍のSCM プロジェクトが動き始めた。
物流・情報の 一大集積基地を設けて、出版社・書店と在 庫や需要予測などの情報を共有する。
売れ る本をタイムリーに供給できる流通の仕組 みを構築する狙いだ。
インフラを取次が提 供することで、返品の抑制に向けた“責任 販売”を業界に働きかけていく。
トーハン ――SCM FEBRUARY 2006 46 これまでに雑誌分野のサプライチェーン改 革に一応のメドをつけたトーハンは、続いて 書籍分野でも流通改革を本格化した。
その中 核に位置するのが「桶川計画」だ。
同社がこ のプロジェクトに着手したのは、書籍の売り 上げが低迷を続け、消費者の行動も変わりつ つあるなかで、書籍流通の不備をこれ以上見 過ごせなくなっているからだ。
出版物の売り上げは、「ハリー・ポッター」 が出た二〇〇四年度にわずかながら前年度を 上回ったのを除き、九七年から下降線をたど っている。
しかも、書籍の返品率はここ数年 四割前後と以前よりも高水準になっている。
返品はそ のまま出版社の利益減につながるだ けでなく、取次や書店にとっても返品処理コ ストの負担増となって利益を圧迫する。
ただこうした状況の一方で、販売活動の最 前線に位置する書店では、客の求める本がな かなか手に入らず、売り損じが多いという問 題を常に抱えている。
売れる本が売れるとこ ろにないという需要と供給のギャップが、売 り上げ不振の原因の一つにもなっていると言 えるわけだ。
客の求める本が容易に手に入らないという 現象は、例え ば新刊の場合、次のような事情 によって起こる。
新刊は委託販売によって返 品が認められているため、出版社では通常、 売れ残りのリスクを避けて初版の刷り部数を 少なめに設定する。
このため全国の書店に満 遍なくいきわたるわけではない。
店によって は配本数が少なく客の注文に応じ切れないケ ースもでてくる。
こうした書店が出版社に注文しても、新刊 をすぐに手に入れられる可能性は低い。
追加 注文のあった同じ本が別の書店で売れ残っ て 返品されてくることを見越して、出版社はす ぐには重版を行わず、しばらく市場の動きを 見ることになる。
書店がしばしば、少しでも 売り損じを防ごうとして複数のルートを使っ て発注をかけるという行動に出るため、出版 社には販売の実態が分かりにくいのも事実だ。
そしてその間は、どこかに在庫がありながら 必要なところに供給されないという市場での ミスマッチ状態が続き、消費者の不満が蓄積 されていく。
それでも一昔前なら消費者は、本が書店に 届くまで辛抱強く待っていた。
ところが昨今 は消費 者の行動が変わりつつある。
出版社が 重版に踏み切るか、あるいは返品商品を再出 荷するとしても、書店に本が届くまでに半月 から一カ月はかかってしまい、消費者がそん なに待ってはくれなくなったのだ。
その頃に はすでに消費者の関心はほかに移っていて、 結局、売れ残って返品になるということがよ く起こる。
既刊本の場合も、消費者からの注文に対す る店頭でのヒット率は概して低い。
書店にも 取次にもなく、出版社の在庫まであたらなけ ればならないケースが多い。
このため通常は 書店に届くまでに一〇 日以上かかってしまう のが実情だ。
在庫を把握している出版社は一割 こうした流通の特徴は、書籍という商品の 特殊性からくる。
書籍は一日に二五〇点近い 新刊が出て、年間を通じ七万五〇〇〇タイト ルもの点数が新たに市場に送り出されている。
流通しているタイトル数となると膨大だ。
ち なみにトーハンが昨年一年間に取り扱った書 籍の点数は八〇万タイトルにのぼったという。
これだけ多くのアイテムのうち、どの本が何 冊売れて在庫がどこにどれだけあるかを把握 するのは容易ではない。
およそ四〇〇〇社ある出版社のうち、自社 の商品の在庫を正確に把握できる出版社の数 は一割程度に過 ぎないと見られている。
大半 の出版社は、注文のあった書籍に対して在庫 の有無や出荷可能な数量・納期をただちに回 答することができないでいるのだ。
一方の書店も、一部の大手を除けば在庫管 理をきちんと行っているところはほとんどな い。
多くは、売れ行きを見ながら勘に頼って 桶川SCMセンター長を務める トーハンの池田禮常務 発注を行っているのが実態だ。
これが返品を 生む原因にもなっている。
一部の大手には在庫管理など流通効率化の ための基盤整備が進んでいるところもあるが、 資本力のない出版社や書店まで含めた流通全 体にメスを入れないと、抜本的な解決にはな らないのが出版業界の特徴だ。
そこでトーハンは、今回の「桶川計画」で 問題解決に必要なインフラを自ら構築するこ とにした。
「自社の合理化よりもむしろ、出 版社や書店に利用してもらうことに重点を置 いた新しい流通の仕組みをつくる。
それによ って消費者の不満解消と、書店の売り 上げ拡 大に貢献するのがプロジェクトの目的だ」と 桶川SCMセンター長を務めるトーハンの池 田禮常務は強調する。
所在地:埼玉県桶川市、敷地面積65,400m2、延べ床面積 76,300m2、5階層の作業棟は1階「注文部」、2階「製品 部」、3階「商品部」、4階「本の特急便/EC事業部」、5階 「出版QRセンター」、さらに別棟に立体自動倉庫、事務棟内 に「データ管理室」を設けている トーハン「桶川SCMセンター」全景 47 FEBRUARY 2006 「桶川SCMセンター」は大別すると、在庫商品の保管や注文品の出荷、返品商品の検 品などを行う「SCM流通センター」、送品・ 返品データや書店の販売情報を蓄積して在庫 や需要予測の分析を行う「SCMデータセン ター」、および出版社との協業により返品商 品の再出荷などを行う「出版QRセンター」 の三つの機能からなる。
「SCM流通センター」は建物の一〜三階 に設けられており、三階部分では現状では都 内や地方に分散しているトーハンの物流拠点 の在庫を今後すべて集約 して一元管理する予 定だ。
一階には高速自動仕分け機を導入、書 店からEOS(電子補充発注システム)で受 けた注文を毎時三万六〇〇〇冊の速さで仕分 けて検品まで行う。
機械化によって出荷精度 が上がり、書店での検品レスが可能になると ともに、受注時に出荷予定日を回答できるよ うになった。
二階には返品商品の自動検品装置と高速 自動仕分け機を導入し、返品処理の自動化も 実現した。
書店から返品された本のバーコー ドを自動検品装置によって高速で読み取り、 出版社別に仕分 けを行う。
同時に返品入帳デ ータも確定する。
返品伝票を作成する必要が なくなる書店は大幅に負担が軽減される。
書店ごとに最適仕入れを提案 「SCM流通センター」で注文品の仕分け と返品処理を自動化したことによって、送 品・返品データをリアルタイムに近い形で収 集することが可能になった。
桶川SCMセン ターではこのデータが、事務棟に設けた「S CMデータセンター」にすべて蓄積される。
また「データセンター」には、インターネッ トなどを経由して書店の販売情報も集められ る。
この「データセンター」の設置こそ今回 のプロジェクトの最大の目玉で、「桶川計画」 が推進するSCMの頭脳の役割を受け持つと ころだ。
「データセンター」では、刻々と集まる送 品・返品データおよび書店の販売データから、 書店・取次・出版社を含めた在庫数を推計 する。
さらに販売情報とこの在庫推計値をも とに需要予測を行う。
これらの情報を書店や 出版社と共有することによって、書店に対し ては適正な仕入れを支援し、出版社にはタイ ムリーに重版の判断を行うための材料を提供 する。
同じ本でも売れる店と売れない店とがある。
八〇万点の流通アイテムのなかから店がどん な本を何冊仕入れるべきか、ということは店 の立地や店舗面積、地域での競合状態などに よって当然異なる。
そこでトーハンでは、「データセンター」に 集まる情報と店舗の属性をもとに、一軒一軒 の 書店に対してこの最適解を算出するアプリ ケーションを開発し、書店に提供しようとし ている。
予算に応じて実用書・文芸書・専門 書・コミックなどの分野別構成比や優先順位 FEBRUARY 2006 48 を決め、その書店の売り上げに最も貢献でき る仕入れ内容を提示するというものだ。
販売 動向は日々変わり、仕入れの最適解もこれに 合わせて変化する。
それを毎日、店ごとに割 り出すことのできる高度なシステムの開発を めざして現在、東京大学などと共同研究を進 めている。
欠品による売り損じを防ぐ方法としては、 年間を通じて売れる本を対象にした自動補充 システムという考え方があり、実際に採用し ている書店もある。
だがこれは、発注業務の 負荷を軽減する点で はメリットがあるものの、 毎日多くの新刊が出て絶えず売れ筋が変化し、 一般に言う?定番商品〞がほとんどないに等 しい書籍市場では、必ずしも有効な仕組みで はない。
むしろ返品が増えるという弊害のほ うが大きい。
これに対してトーハンが開発中のシステム では、日々の変化に合わせて需要予測をくり かえすことで補充アイテムそのものの見直し も行う、いわば「メンテナンス付きの自動補 充」(池田常務)をめざしている。
こうしたシステムを多くの書店が利用でき るように、トーハンでは開発したアプリケー ションをASPで提供する。
書店はインター ネ ットで「データセンター」のサーバーにア クセスして必要な情報を取り出すことができ るようになる。
専用の端末は不要だ。
同様に書店の発注情報や販売情報もインタ ーネット経由で入手できるようにする。
トー ハンが「桶川計画」でめざす流通の仕組みでは、書店 からの発注・販売情報を電 子データで受け、しかも市 場の在庫を把握するために そのカバー率を上げること が大前提となる。
そのため に、従来のEDIや専用端 末によるネットワークとは 別にインターネット環境を 整備する。
トーハンでは九 割以上の書店の利用を見込 んでいる。
システムの利用によって 書店の仕入れを適正化でき れば、返品の減少にもつな がるはずだ。
トーハンはこ の「桶川計画」の推進に合 わせて、出版社と書店に対 して?責任販売〞という取 引形 態の導入を働きかけて いく考えだ。
返品の許容限 度を二割程度に抑えて、そ れを超える分は書店の責任 で販売し、その実績に応じ て出版社からマージンが上 乗せされるという内容だ。
これまでも?責任販売〞 という制度はあったが、ど の書店からどの本が何冊返 データ管理室 市場の理論在庫 現品 単品・書店ごと 完全読みとり入帳 効率化 返品 効率化 提 案 需要予測 出版QRセンター 改装・良品化 返品 改装・出庫 作業の協業化 商品情報発信 《 情   報 》 《物 流》 商品搬入 情報の共有 市場在庫管理 物流在庫情報 タイムリーな重版計画 売上増 売上増 責任販売 責任販売 納品・ 返品の 効率化 経営効率 のよい 在庫管理 検品レス 起票レス 返品 高品質物流による送品 最適な品揃え 売場づくり 新商品情報 最適な品揃え提案(補充発注推奨) 商品部(在庫・出庫) 注文部(仕分け・出荷) 製品部 POSレジ 発注 発注 データ (EOS) POS データ 送品 データ 返品 データ 出 庫 書 店 トーハン 出版社 桶川SCMセンター《80万点在庫》 読 者 購 入 商品情報の発信 予約・注文(客注) 販売 「桶川計画」の概念図 49 FEBRUARY 2006 品されたかという正確なデータを把握できな いためにうまく機能しなかった。
「桶川計画 によってそれが可能になる。
販売意欲のある 書店は収益が上がり、出版社も返品が減って 利益を確保できるようになるだろう」と池田 常務は期待する。
?責任販売〞の導入を含め た「桶川計画」の実現によって、トーハンで は返品率を三割まで抑制することを目指して いる。
返品のQRで売り損じを回避 「桶川SCMセンター」のもう一つの目玉 は五階に設けた「出版QRセンター」だ。
こ こでは、書店から返品された本の検品・改 装・保管から再出荷までを行う。
二〇〇五年七月に講談社・小学館グループなど出版社三 八社と共同で設立した会社が業務を担当して いる。
返品商品が書店から取次を経由して出版社 に戻り、出版社で改装を行って再出荷するま でに二〇日ほどかかる。
だが新刊などはこの 間に書店から注文が入ることも多い。
そこで 販売機会を逃さないために、出版社へいちい ち本 を戻さずにトーハンのセンターで検品・ 改装をすませて再出荷できるようにしたのが 「出版QRセンター」だ。
共同化によって、返 品に伴う一連の業務の効率化を図る狙いもあ る。
「流通SCMセンター」のシステムで返品 処理を行う際に、書店から注文の入っている 商品を自動的に引き当てて「出版QRセンタ ー」で作業を行い、三〜四日で書店に届ける。
また注文が入っていない本についても出版社 の共同在庫としてセンターに保管し、再出荷 に備える。
新刊の取り置き在庫基地とし ても 活用する。
当面、七〇社の在庫で運営し、最 終的には四〇〇社程度の参加を予想している。
「四〇〇社の書籍があれば、消費者の不満を ほぼ解消できる」と池田常務は見る。
「SCMセンター」にはこの三つの機能の ほかに、トーハンが従来から取り組んできた 客注専門サービス「本の特急便」やインター ネット書籍サイトの商品管理や配送も集約す る。
「出版QRセンター」が売れ筋商品を対 象にクイックレスポンスを狙っているのに対 して、こちらは動きが鈍いため書店が在庫を 持たない商品の客注に応え るのが目的。
現在、 川口市内の倉庫に四〇万点を品揃えして子会 社のブックライナーに業務を委託しているが、 これを「SCMセンター」に移管する。
これらの在庫を合わせると、「SCMセン ター」の在庫点数は八〇万点となり流通アイ テムをほぼすべてカバーできることになる。
ト ーハンではこの品揃えで、受注に対し九二〜 九三%のヒット率を達成できると見ている。
「桶川SCMセンター」は、昨年十一月ま でに「出版QRセンター」と返品センター、 データセンターの一部の機能が動き出した。
今後はまず、今年の上半期をめどに都内一〇 カ所と地方の支 店二十一カ所に分散している 在庫の集約と、「本の特急便」などの移管を 行い、コンビニを含め全国の三万近い店舗へ 「SCMセンター」からすべて直送する体制 に切り替える。
また十月には需要予測システ ムなどの開発を終えて「データセンター」が 全面稼動する予定だ。
書籍のSCM構築では、日本出版販売がや はりオープンネットワークでの情報の共有化 による商品供給に先行して取り組んでいる。
これに続いて、トーハンがこの大型プロジェ クトで一気に物流と販売の改革に乗り出した こと で、委託販売制度をとる出版流通の構造 改革がどこまで進むか注目される。
(フリージャーナリスト・内田三知代) センター2階の「書籍返品センター」 返品された書籍を自 動で検品するライン 出版社別に返品商品を 仕分けるソーター

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