ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年2号
進化のゆくえ
セブン&アイ百貨店買収の深層

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

FEBRUARY 2006 70 る「ハレ」(非日常、正式)と「ケ」(日常、ふ だん)という言葉をご存じだろうか。
これを小 売業に当てはめると、百貨店は非日常性を意味 する「ハレ」を事業領域とする業態だ。
一方、どちらかと言えば従来のイトーヨーカ 堂グループ(セブン&アイHD)は、日常性を 意味する「ケ」の領域で活動してきた。
グルー プの中核三社が、総合量販店のイトーヨーカ堂、 コンビニのセブン ―イレブン・ジャパン、そし て外食のデニーズであることからも、このこと は明らかだ。
そのセブン&アイHDが、百貨店 を完全子会社化し、グループ事業の柱の一つに 据えようとしているのには理由がある。
大手小売グループが百貨店を取り込むのは今 なぜ今、百貨店の買収なのか 二〇〇五年も残すところ数日という年末の慌 ただしさのなか、セブン&アイ・ホールディン グスによるミレニアムリテイリング(西武百貨 店とそごうの持株会社)の買収というニュース が飛び込んできた。
今後の流通業界に大きな影 響を及ぼす出来事である。
この買収劇が引きお こすであろう流通再編を読み解くために、今回 は筆者の実体験に基づく裏話も織り交ぜながら 百貨店をとりまく事業環境の一面を解説する。
それにしても、なぜセブン&アイHDは、こ のタイミングで百貨店の買収を決断したのだろ うか。
読者の皆さんは、民俗 学の世界で使われ 回が初めてではない。
かつて百貨店を中核事業として発展した旧セゾングループは、西武百貨 店、西友、コンビニのファミリーマート、西洋 フードシステムズ(旧レストラン西武)、クレ ディセゾン、パルコ、そして不動産開発の西洋 環境開発が基幹会社となっていた。
セゾングル ープは、百貨店からコンビニまで全ての業態を 網羅する小売企業グループの原型となった。
また、総合量販店を主力としながら拡大した ダイエーは、唯一グループに欠けていた百貨店 についても、高島屋の大株主という形でかかわ りを持とうとした。
しかし、ダイエーと高島屋 の関係は、単なる大株主の域を出ることができ ず、ダイエーが目論 んだような関係には発展し プリモ・リサーチ・ジャパン 鈴木孝之 代表  第17回 セブン&アイ百貨店買収の深層セブン&アイによるミレニアムの買収を、筆者は本連載のなかで的確に 予想していた(本誌二〇〇五年八月号六三ページ参照)。
その背景には、 十数年前に不動産会社の秀和が伊勢丹株を大量取得した際、その処理に筆 者自身が深く関与した経験がある。
ここで播かれた百貨店業界再編の種が、 今回の統合劇によって一気に収穫期へと突き進む様相を呈しはじめた。
71 FEBRUARY 2006 なかった。
効果もほとんど出せずに終わった。
今回のミレニアムの買収は、大手小売りグル ープによる、いわば三回目の百貨店の取り込み といえる。
この動きの背景には、小売企業グル ープが「ハレ」や「ケ」といった従来の領域に こだわらずに事業を拡大しようとしている動き がある。
ホームセンターやドラッグストアなど の一部の業態を除けば、多くの小売りグループ は現在、生活者のニーズとウォンツを総合的に 取り込もうと躍起になっている。
このような小売業の方向性を端的に示してい るのが、セゾングループの「市民産業」や、セ ブン&アイHDの「新・総合生活産業」といっ たキャッチフレーズだ。
こうした企業戦略を実 現する 一歩として今回の合併劇を捉えなければ、 これから激化するであろう業界再編のゆくえを 読むことはできない。
合併によって期待できる効果 セブン&アイHDとミレニアムの統合は、今 後五年間をかけて二段階で行われる計画だ。
第 一段階は三年後の二〇〇九年に完了する。
まず ミレニアムの人事総務などの本社機能を含む間 接部門をセブン&アイHDに集約する。
さらに 第二段階として、二○一一年までに両社の物流 と情報システムを集約する。
この時点で西武百 貨店とそごうはセブン&アイHDの直接子会社 となり、ミレニアムは解散する。
異業態の統合 だけに時間をかけて慎重に進めようとする姿勢 が窺える。
相対的に重要なのが第二段階である ことは言うまでもない。
さまざまな効果 が期待できる。
まず決算上の 効果は、ミレニアムがセブン&アイHDに組み 込まれることにより初年度から出る。
セブン& アイHDの連結売上高が四兆五〇〇〇億円を 超えて日本最大の小売りグループの座に躍り出 るのは、その象徴的な面だ。
だからこそ投資家 や株式市場はポジティブに反応し、統合発表の あとセブン&アイHDの株価は急騰した。
もっとも決算上の効果は当然のことだ。
それ 以上に注視すべきは、この統合が、イトーヨー カ堂の衣料品を中心とする収益性の改善に、い つ頃から、どのような形で効果としてあらわれ るのか。
さらに、ミレニアム傘下の西武百貨店 とそごうの収益性の改善がどこまで進むのかと いった点だ。
これこそが経営統合の効果として 両社が期待している ポイントでもある。
現状では、統合の 効果に対して一部に 過大な期待があるよ うに思える。
物流と 情報システムの統合 が五年後であること からは、早期に双方 に効果があらわれる とは考えにくい。
そ もそも今回の統合は、 規模拡大によるスケ ールメリットを狙っ たものというより、多様な業態をグループ内に 持つことによるシナジー(相乗効果)を狙った ものと理解するべきだ。
そういう意味では、クレジットカードの相互 乗り入れや、共同販促などによる幅広い客層と 生活シーンへの対応が組織的・体系的に行われ ればシナジーは出るはずだ。
百貨店の古くて非 効率な取引やオペレーションに対する、イトー ヨーカ堂やセブンイレブンの進んだオペレーシ ョンノウハウの注入への期待も大きい。
それで も短期的には、過大な期待が先行しがちなだけ に失望につながるかもしれない。
この統合の最大の注目点は、セブン&アイH Dの鈴木敏文会長とミレニアムの和田繁明社長 の両トップの小売りビジネスに対する姿勢だ。
改革と収益性改善に取り組む姿勢が二人とも 人 一倍強い。
このため中期的には、百貨店のオペ レーション改革のモデルになるような成果を実現する可能性は高そうだ。
とは言え、異業態による小売企業の効率化は 簡単であるまい。
イトーヨーカ堂とセブンイレ ブンの効率化に差があることからも類推できる。
百貨店と総合量販店はあくまでも異業態だと認 識しておくべきだ。
それだけに筆者には、統合 はセブン&アイHDの側に期待するものが多く、 それに比べればミレニアムにとって期待するも のが少ないように見受けられる。
注目されるライバル企業の出方 ところで、セブン&アイHDの最大のライバ 2006年1月     6月 2009年   2011年   セブン&アイが、野村プリンシパルの保有株(ミレ ニアムの65%)を買い取る。
(総額1.311億円) ミレニアムの人事、総務などの本社機能を含む「間 接部門」を、セブン&アイに集約。
ミレニアムの株の残り35%(クレディセゾン、伊 藤忠、その他)を、セブン&アイが買い取る。
物流、情報システムを集約。
ミレニアム解散。
西武 百貨店+そごうは、セブン&アイの直接子会社化。
ミレニアムとセブン&アイHDの経営統合スケジュール FEBRUARY 2006 72 両社は、リストラによってともにスリム化が進 み、本業の利益率を示す営業利益率は西武百貨 店が四・一%、そごうが三・八%と、百貨店業界では高島屋や三越などを上回る高利益体質に 生まれ変わっている。
しかも売上高は約九二〇 〇億円と一兆円が目前で、高島屋、伊勢丹・ 阪急連合に次ぐ第三位の規模を持つ。
これらの企業力に加えて、近年の消費トレン ドは、価格志向から、上質な商品とサービスへ と向かっている。
いま個人消費の変化と回復を 最も享受している小売業態は百貨店だ。
これは 好調 な月次売上にも表れている。
総合量販店や スーパーマーケット、そしてコンビニの売り上 げには、百貨店ほどの伸びが見られない。
さらにイオンやイトーヨーカ堂といった大手 小売りグループに特有の状況も生まれている。
イオンは郊外型の大型ショッピングセンター (SC)を積極的に展開している。
郊外SCの 集客力を強化するためには、これまでのように 総合量販店を核店舗に据えるだけでは不十分で、 ここに百貨店も加えて二つの大型核店舗を持つ SCへと進化させる必要がある。
つまり、郊外 型の大型SCを展開していくために百貨店が必 要な状況が新たに生まれている。
この 点はイトーヨーカ堂も同じだ。
これまで 郊外型SCの開発はイオンの独壇場だったが、 イトーヨーカ堂グループもセブン&アイHDの 設立に合わせて、SCのディベロッパー会社を 三井物産との合弁で設立している。
SCの展開 を本格的にスタートした以上、やはり百貨店の ルであるイオンは今後、どうするのだろうか。
野村プリンシパル・ファイナンスの保有するミ レニアム株の行方については、イオンも強い関 心を抱いていたはずだ。
二〇〇四年半ばから〇五年秋にかけての約一 年間は、流通業界のニュースが、産業再生機構 の登場によってダイエー問題に独占された感が 強かった。
この間にミレニアムが資本強化のた めに緊急 に増資したことがあり、イオンが意欲 を見せた。
結局、野村プリンシパルが増資を引 き受けたため、イオングループによるミレニア ムの取り込みは実現しなかったが、イオンにと っては、ダイエーよりも、むしろミレニアムの 方が大きな意味を持つ案件だったという見方も できる。
なぜなら、ダイエーが立て直しの困難 が予想される総合量販店を中心としているのに 対し、ミレニアムはそうではないからだ。
ミレニアムの傘下には、東西にバランス良く 店舗を持つ西武百貨店とそごうがある。
さらに 必要性は高まっている。
そして郊外SCの展開において、イトーヨー カ堂より遥かに先行しているイオンにとっては、 百貨店の必要度はより高い。
このためミレニア ムが 増資を必要としていた状況は、イオンにと って絶好のチャンスだったはずだ。
ミレニアム が求めていた九〇〇億円(内五〇〇億円が新規 増資分、残りは既存借入金の出資への転換)程 度の資金を調達することもイオンにとってはむ ずかしいことではなかった。
しかし、野村プリンシパルが増資を引き受け たことで、これは不可能になった。
いずれ野村 プリンシパルがミレニアム株を売却するときに、 イオンが取得するチャンスもないわけではなか ったが、イトーヨーカ堂とミレニアムの密接な 関係を考えると可能性は乏しかった。
では、イオンは今後どう出るのか。
昨年末に今回の統合発表が世間を騒がせる以前に、今と なっては注目すべ き報道がなされている。
三越 が、イオングループのSCディベロッパーであ るダイヤモンドシティ(三菱商事との合弁)の 開発する物件への出店に合意し、今後はイオン グループのSCにも出店するというものだ。
これを単独のニュースとして見れば、両社は 出店を通した関係でしかない。
しかし、今回の セブン&アイHDによるミレニアム買収と重ね 合わせて考えると、ミレニアムを諦めたイオン が、三越との関係を深めようとしていると読む ことも可能だ。
三越とイオンの関係が今後、さ らに深まっていけば、間違いなく百貨店業界の 統合後のセブン&アイHDの事業構成 セブンーイレブン・ ジャパン ミレニアム リテイリング イトーヨーカ堂 ヨークマート 西武百貨店 そごう セブン銀行 デニーズジャパン 外食 コンビニ 総合量販店 スーパー 百貨店 セブン&アイ・ホールディングス 1兆 4,735億円 4,438 億円 4,729 億円 5,025億円 965億円 チェーン 全店売上 2兆4,409億円 73 FEBRUARY 2006 本格的な再編へとつながっていくはずだ。
三越のメーンバンクが旧三井銀行であること を考えると、むしろ三越はイトーヨーカ堂と近 い。
しかし、イトーヨーカ堂はすでにミレニア ムを手に入れた。
銀行系列にこだわっていると 再編の行く末を読み誤りかねない。
小売業界の 再編は、すでに銀行の系列を超えてダイナミッ クに動き出している。
バブル期に播かれた流通再編の種 セブン&アイHDによるミレニアム株取得の ニュースは、一般の人々にとっては大きな驚き だったかもしれない。
しかし、業界事情に通じ ている人にとっては想定内だったはずだ。
この 案件には、ここに至るまでの大きな二つの伏線 があった。
この伏線が見えていた人の目には、 両社の接近は必至と映っていたはずだ。
その伏線とは、一つは、バブル経済がピーク に達した一九八〇年代末から九〇年代前半にか けて小売業界を震撼させた、不動産会社の秀和 による複数の小売企業株の大量取得である。
二 つ目の伏線は、イトーヨーカ堂グループと野村 証券グル ープとの密接な関係だ。
以下に、それ ぞれの伏線について説明する。
秀和は八〇年代の終わりに、豊富な資金力を 活用して、イズミヤ(大阪)、忠実屋、いなげ や、松坂屋、伊勢丹などの株を大量に取得した。
このとき秀和が?大義〞として掲げたのが、ス ーパーマーケットと総合量販店を合わせた業界 の再編だった。
同時に、小売企業が保有する土 地にも着目していた。
これを有効活用すること で企業価値の向上を図り、これによって都心の 一等地にオフィスビルを保有するのが中心だっ た秀和の従来の経営を変える ことを狙った。
土地を再開発することによって、高級マンション、 オフィス、そして商業施設が入居する複合ビル 事業へと進出しようとしたのである。
とくに松坂屋と伊勢丹については、松坂屋銀 座店、伊勢丹新宿店などの既存店舗を再開発し て、ニューヨークの中心地である五番街に建つ トランプタワーのような複合ビルを作ろうと考 えていた。
つまり秀和による小売業株の大量取 得は、?スーパー業界の再編と、?不動産会社 である秀和自身の新規事業という、異なる二つ の目的を併せ持つものだった。
小売業以外の企業が流通業界の再編に動くの には前例がある。
八〇 年代の初めに北米の不動 産会社や投資ファンドは、アメリカ国内の百貨 店の買収に動いた。
その結果、アメリカの百貨 店業界の勢力図は激変した。
当時はバブルの勢 いに乗じて、秀和を含む多くの日本企業もアメ リカの主要都市の象徴的なビルの買収を活発化 していた。
秀和の小売業株の取得という発想も、 アメリカで吹き荒れていたM&A旋風の経験に ヒントを得たものだったのだろう。
いずれにせよ、秀和の保有する流通株は、そ の持株数の大きさゆえに、株の行方がそのまま 小売業界の再編につ ながるインパクトを持つも のだった。
このため同社の保有する個々の企業 の株を巡って、取得を目的とした動きや、他者 の手に渡らないように牽制する当該小売企業の 動きなど、さまざまな動きが展開した。
当時、筆者は小売業界担当アナリストとして、 秀和の動きと、これらの小売業を取材する立場 にあった。
激動の真っ只中で、秀和の小林茂社 長に計三回、取材する機会に恵まれた。
当時は、 あらゆるメディアが、あらゆるツテを使って秀 和に取材を申し込んでいたが、小林社長はほと んど誰とも 合わなかった。
それだけに筆者の立 場は、秀和サイドの状況を知っている稀少な外 部の人間ということになっていた。
小林社長との話は、社長個人の人生や家庭の ことまで多岐にわたった。
直前に小林社長が会 った某銀行トップとの会談の内容や、大手小売 りの当時トップだった、セゾングループの堤清 二氏、イオンの岡田卓也氏(現名誉会長)、イ トーヨーカ堂の伊藤雅俊氏(同)、そして先日 亡くなられたダイエーの中内 氏などとの会談の内容など生々しい話題も多かった。
秀和による小売業株の大量取得は、流通業界 史に残る 大事件だ。
銀行間や小売企業間で壮絶 なかけ引きが繰り広げられ、多くの個性的な登 場人物が絡む濃密なドラマだった。
小林社長との二回目のミーティングは、私の 出張先にかかってきた電話がきっかけになった。
小売業界についてレクチャーして欲しいという のが小林社長からの要請だった。
この時、話し ていてわかったのは、流通再編に一肌ぬぎたい という大義を掲げていたにもかかわらず、秀和 は流通業界を十分に研究していたわけではなか FEBRUARY 2006 74 そして、本稿で注目すべき伊勢丹株の処理は 簡単ではなかった。
伊勢丹に対する秀和の感情 的な問題も発生した。
さらに伊勢丹のメーンバンクである三菱銀行に対抗して、伊勢丹に食い 込もうとしていた三和銀行も絡んだ複雑な展開 になった。
事態は膠着状態に陥り、秀和も、伊 勢丹も、打開の糸口を見出せないまま三年間余 りが経過した。
そうした中で九三年はじめに急浮上してきた のが、イトーヨーカ堂が、秀和の保有する伊勢 丹株を引き受けるというニュースだった。
この 話は、当時セブンイレブンの社長だった鈴木敏 文氏と親しく、秀和の代理人も務めていた流通 業界に詳しい人物による発案だったようだ。
この頃のイトーヨーカ堂は、良質な衣料や服 飾雑貨を手に入れようとしていたが思い通りに いかず、百貨店のグレードに近い商品を調達す るために必死になっていた。
これは他の総合量 販店にも共通する悩みだったが、なかでも東京 下町の洋品店出身で、衣料品を売り物としてい るイトーヨーカ堂にとっては切実な経営課題だ った。
同社の創業者である伊藤雅俊氏は、当時 からアパレル企業のトップと親し く、アパレル メーカーや百貨店に対して強い関心をもってい たようだ。
この百貨店に対する関心が、イトーヨーカ堂 の強固な財務体質や豊富な資金力と一体化して、 秀和が保有する伊勢丹株を買い取りたいという 意思表示となってあらわれた。
ただし、イトー ヨーカ堂の登場は、伊勢丹にとっては想定外の ったということだ。
一連の動きの契機となった のは、小林社長の親友かつ戦友で、秀和が作っ た同じマンションの上下のフロアに住む関係に あったライフコーポレーション(スーパー)の 清水信次会長との会話だったという。
当時の秀和には流通関係に詳しい アドバイザ ーがついていた。
だが多額の資金を小売業株の 取得に注ぎ込んだ割りには、小林社長が小売業 界に精通していたとは言いがたかった。
流通再 編という大義を実現するための戦略も欠如して いた。
業界再編というと、普通は企業の競争力 強化のためとか、効率化のためという狙いが頭 に浮かぶ。
しかし、不動産会社という異業種が 主導する再編となると、当然のことながら不動 産会社の視点が中心になる。
小売業を強化する という性格は後退せざるを得ない。
しかし、小売業をよく知らないままに経営に 深く関われ ば、誤りを犯す危険が高い。
資金力 にモノを言わせた業界外企業による業界再編の 試みは歓迎されない。
本来は小売業自身による 業界再編が望ましい。
その後の秀和も、こうし た難しさに直面してしまうことになる。
ヨーカ堂の悲願だった百貨店の買収 秀和の大量株取得の対象となった小売業株の うち、忠実屋は最終的にダイエーの手に渡った。
いなげやは決着に最も時間がかかり、秀和の名 前が忘れられた頃になってからイオンが取得し た。
イズミヤは自社株の防戦買いで対抗し、松 坂屋は名古屋の財界企業が買い取った。
出来事だった。
だからこそイトーヨーカ堂の百 貨店への真剣さを認識させる結果にもなったの だが、同社が伊勢丹株に関心を示したことへの 反応はおおむね否定的だった。
伊勢丹とイトーヨーカ堂では企業カルチャー が異なる、うまくいくわけがない、という声が 多かった。
仮に伊 勢丹を手に入れても、百貨店 向けの商品がイトーヨーカ堂に流れることには なるまい、百貨店に商品を供給するアパレルは イトーヨーカ堂向けの仕事をしないのではない か、といった反応も少なくなかった。
イトーヨーカ堂が伊勢丹に関心ありと出た新 聞報道の直後に、筆者は伊勢丹労組の委員長に 取材をした。
すでに社員や社員の家族から、ス ーパーの傘下に入るなんて絶対に受け入れられ ないという電話が多数寄せられていた。
百貨店 の人たちのスーパーに対する見方、そして日本を代表する百貨店である伊勢 丹社員のプライド の高さが表れていて興味深い体験だった。
結局、イトーヨーカ堂の示した強い関心は実 らなかった。
秀和の保有する伊勢丹株は、九三 年末に三菱グループの金融機関など八社と、オ ンワード樫山をはじめとする伊勢丹の主要取引 先などが引き受けることで最終決着した。
ここまで説明を進めれば、今回のミレニアム とセブン&アイHDの関係が、今から十数年前 に繰り広げられた話と極めて似通っていること を理解してもらえるだろう。
歴史は繰り返すと 言うが 、セブン&アイHDによるミレニアム株 の取得は、イトーヨーカ堂グループによる百貨 75 FEBRUARY 2006 店買収の再挑戦だったのだ。
続いて、今回の買収劇の二つめの伏線につい て説明しよう。
これは端的に言えば、イトーヨ ーカ堂グループと野村証券グループの関係に尽 きるのだが、両社は非常に密接だ。
イトーヨー カ堂の幹事証券会社としての野村証券が資金調 達を助け、情報システムの開発を野村総合研究 所が支援し、そしてM&Aの専門会社である野 村企業情報の元社長がイトーヨーカ堂の取締役 に就任していたという事実がある。
その蜜月ぶ りを示す証拠を挙げていけばきりがない。
だからこそ事情通は、野村証券グループの投 資ファンドである野村 プリンシパルが、ミレニ アムの六五%株主になった時点で、今回の統合 を予想していた。
投資会社である野村プリンシ パルはキャピタルゲインを目的に投資しており、 いずれ必ず株を手放す。
その際には、野村証券 とイトーヨーカ堂の密接な関係を考えれば、イ トーヨーカ堂が買い手になる可能性は極めて高 いはず、というわけだ。
百貨店の買収を悲願としていたイトーヨーカ 堂にとっては、野村プリンシパルがミレニアム の六五%株主になったことは、いわば千載一遇 のチャンスだった。
野村証券との関係を使って ミレニアム獲りに動くのはごく自然な行動だっ たのである。
これらの二つの伏線が見 えていれ ば、セブン&アイHDによるミレニアムの買収 はビッグサプライズではなかったはずだ。
しかし、すべてが予想通りというわけでもな かった。
ミレニアムの立場から考えると、今回 の統合劇には二つの不可解な疑問が残る。
株の売却先が最終的にイトーヨーカ堂になる としても、ミレニアムの上場後と考えられてい た。
実際、西武百貨店とそごうのリストラは順調に進んでおり、ミレニアムは数年後の株式上 場を予定していた。
セブン&アイHDへの株式 の売却価格についてミレニアムは正当な評価を 受けたと言っているが、同社の成長性が市場で 評価されれば、上場によってより高い株価がつ いた可能 性もある。
それなのに、なぜ上場まで 待たなかったのか。
上場を目標にしてきた社員 の士気が低下するおそれはないのか。
もう一つの疑問は、なぜミレニアムが、すべ ての発行株をセブン&アイHDに売却すること に同意したのかだ。
野村プリンシパルの保有す る六五%に加えて、残り三五%についても、ク レディセゾンや伊藤忠商事などから全株、セブ ン&アイHDが買い取る計画だという。
これが 完了すれば、ミレニアムはセブン&アイHDの 完全子会社になる。
ミレニアムの社員にとって は簡単に納得できる話ではないだろう。
再建が順調に進み、業績も堅調と伝えら れて いるミレニアムが、なぜわざわざ自主独立路線 を放棄して、セブン&アイHDの子会社になる 必要があるのか。
ミレニアムの立場では、野村 プリンシパルが保有する六五%の株を、複数の 小売りグループや、取引先のアパレル企業など に分散させることで、経営の自主独立を維持す るという選択肢もあったはずだ。
そうならなかったのはセブン&アイHDが全 株取得にこだわった結果で、同社の百貨店に対 する執念の表れという解釈も可能だ。
また、ミ レニアムが自主独立経営を自ら放棄したのは、 熾烈なM&A時代における絶対安定株主を得る 代償という見方もできる。
しかし企業買収への 対抗手段は他に もある。
この点については、ど うしても合点がいかない。
だからこそ筆者の目 には、今回の統合がセブン&アイHDの側に一 方的にメリットが大きいようにみえた。
この疑問に対する答えは、野村プリンシパル の社内事情にあると思われる。
同社の投資案件 のうち、長崎のハウステンボスは赤字幅が大き く、これを埋めるために早期にミレニアム株の 売却を必要としていた。
野村プリンシパルの事 情が想定外の展開を招いたようだ。
百貨店業界再編の読み方 真相がどこにあるにしても、ミレニアムのセブン&アイHD入りが、百貨店業界の本格的再 編の幕開けとなることは間違いない。
百貨店業界の再編には、これまでに三つの大 きな節目があった。
最初の節目は、秀和による 伊勢丹株の大量取得が最終決着した後の九六 年に発表された、伊勢丹と阪急百貨店の業務提 携だ。
二番目の節目は、二〇〇三年の西武百貨 店とそごうの統合による持株会社、ミレニアム の誕生。
そして三番目が、今回のセブン&アイ HDによるミレニアムの買収である。
伊勢丹と阪急百貨店の業務提携と、ミレニア ムの誕生には多くの 共通点がある。
まず両方と FEBRUARY 2006 76 あぶり出し、イトーヨーカ堂の百貨店に対する 隠れた関心を表面化させた。
そして数年後には、 伊勢丹と阪急百貨店という東西のトップブランド百貨店同士の業務提携という副産物が生み落 とされた。
この業務提携こそが、後のミレニア ムの誕生や、これから始まるであろう百貨店業 界大再編の発火点といえる。
実は筆者は、この伊勢丹と阪急百貨店の業務 提携に深く関与していた。
秀和の保有する伊勢 丹株の取得にイトーヨーカ堂が強い関心を示し たとき、伊勢丹は秀和との直接交渉がスジであ ることを主張し、イトーヨーカ堂の関与を嫌っ た。
しかし、伊勢丹株の行方についてカギを握 っていたのは保有する側の秀和であり、秀和の 立場からすれば、高い買い取り価格を提示した ところに売ることができた。
イトーヨーカ堂の資金力をもってすれば、秀 和が納得する価格を提示できそうに思えた。
一 方、伊勢丹は秀和の保有する株を全株買い戻す という方針を終始貫き、イトーヨーカ堂だろう と、他の小売りだろうと、伊勢丹株が移動する のは絶対に受け入れがたいという姿勢を崩そう とはしなかった。
推移を見 守っていた筆者の目には、イトーヨ ーカ堂による買い取りも、元のサヤに納まる形 になる伊勢丹による買い戻しも、秀和が最初に 掲げた小売業界の再編という大義からは程遠い 終結策に映った。
伊勢丹のイトーヨーカ堂に対する生理的とも 言える拒否反応を考えれば、たとえイトーヨー も異なる百貨店ブランドの連合である点だ。
そ して、このことが次の百貨店業界の再編を占う 一つのヒントにもなる。
伊勢丹と阪急百貨店の 業務提携が、将来、条件が整ってミレニアムと 同様の持株会社の設立 へと発展していくことが 一つの可能性として考えられるのである。
もう一つの共通点は売上規模だ。
二〇〇五年 度の伊勢丹・阪急百貨店連合の合計連結売上 高は一兆一四七億円で、一方のミレニアムは九 一六七億円。
百貨店で連結売上高が一兆円を 超えているのは高島屋だけで一兆一一四五億円 だ。
高島屋に次いで、伊勢丹・阪急百貨店連合 が一兆円を超え、ミレニアムも一兆円を目前に している現在、すでに百貨店間の競争は一兆円 企業同士の競争に突入している。
その結果、売上高が八〇〇〇億円台の三越、 大丸、そして約三五〇〇億円と小さい松坂屋な どが今後、どうなっていくのかに注目 が集まる ことになる。
地方百貨店や電鉄系百貨店につい ても同様の見方ができる。
今後、百貨店業界の再編はどのように推移し ていくのか。
それを読み解くためのヒントを提 示するために、改めて話を秀和による伊勢丹株 取得の時代に戻す。
このときの処理をめぐって、 伊勢丹と阪急百貨店が業務提携するに至った裏 話を次に書くことにしよう。
秀和の株取得の意外な副産物 秀和による伊勢丹の取り込みはならなかった が、イトーヨーカ堂の伊勢丹株取得への動きを カ堂が株を取得しても、両社の関係は期待通り に機能するとは思えず、小売業界の再編も期待 できない。
また、伊勢丹へ全株売却するとなれ ば、秀和がやったことは、株を買い集めて最終 的には高値で会社に引き取らせる「グリーン・ メイラー」と呼ばれる乗っ取り屋的行為と同じ になり、やはり評価できない。
そこで筆者は、業界再編という大義に立ち戻 ることを秀和の小林社長に手紙 で提案した。
そ れは秀和の保有する伊勢丹株の一部を、阪急百 貨店に売却するという提案だった。
筆者の描いたシナリオでは、伊勢丹と阪急百 貨店の株式持ち合いによる提携を入口として、 最終的には将来、持株会社の設立によって二社 を統合するというものだった。
もしこれが実現 すれば、東西を代表する最もプレステージの高 い百貨店同士の連合体が誕生する。
単なる売上規模の拡大だけではなく、統合効果は極めて大 きいと予測できた。
同質の百貨店同士の提携の ため、大きな障害もなさそうに思えた 。
当時の伊勢丹と阪急百貨店は、両社ともプレ ステージは高いものの、いずれも売上規模が中 途半端という課題を抱えていた。
もし両社が提 携すれば、共通する商品についてスケールメリ ットによる原価の引き下げも期待できる。
筆者の提案に対して、秀和の小林社長から話 を聞きたいという申し出があり、三回目のミー ティングとなった。
小林社長としては想定外の 話だったようだが、百貨店業界にとって意味が 大きいという再編案に対して、実現性があるの 77 FEBRUARY 2006 であれば話を進めて欲しいと反応した。
小林社 長は実現性に懐疑的だったが、「伊勢丹に株を 引き取らせたら乗っ取り屋と同じで、業界再編 に一肌ぬぎたいという大義が嘘になる」という 筆者の殺し文句が効いたのかもしれない。
筆者はただちに、阪急百貨店に、これまでの 経緯と提案内容を説明した。
阪急百貨店の反応 は素早く真剣で、伊勢丹との業務提携に賛成し た。
ただ取得株数については、秀和の保有株を 全株引き受けるのではなく、業務提携に必要な 株数だけという話になった。
そ の後、阪急百貨店は、業務提携を前提に伊 勢丹株の一部を引き受けることに関心ありとい う意思を、当時の三菱銀行・大阪支店長を通し て伊勢丹サイドに伝えた。
阪急百貨店と三菱銀 行大阪支店とは当時、全く取引がなかったが、 伊勢丹のメーンバンクが三菱銀行であることか ら、ここを通してメッセージを送ったのだ。
阪急百貨店は伊勢丹に紳士的なボールを投げ、 メッセージは伊勢丹に伝えられたはずだ。
あと は伊勢丹が真剣に阪急百貨店からのボールを受 けるかどうかにかかっていた。
筆者は固唾を飲 んで事態の進展を見守っていた。
だが予想以上 に時間ばか りが経過していった。
そして結果は、 前掲の通り、秀和の保有する伊勢丹株を三菱グ ループ各社と伊勢丹の取引先などが全株引き取 ることで幕引きとなってしまった。
小売業界の寡占化は確実に進む 私は小売業界にかかわりを持つ者として、こ の結果が残念極まりなかった。
これでは派手な ニュースショウのあとの原状回復に過ぎず、小 売業界の再編どころか、百貨店業界の再編とい うビッグチャンスの芽すらなくなってしまった。
阪急百貨店に確認したところ、三菱銀行の大阪 支店長を介して投げたボールは戻ってこなかっ たという。
一体どうしたというのだ。
最終決着が報じられてから数年後、伊勢丹の 小柴和正社長(現会長)に取材する機会があっ た。
筆者は、阪急百貨店の業務提携への真剣な 関心について熱に浮かされたように説明した。
そして、あのとき伊勢丹は、阪急百貨店からの ボールをきちんと投げ返 すべきだったのではな いかと迫った。
だが小柴社長は、ノートを取り ながら筆者の話に耳を傾けるだけだった。
小柴社長とのミーティングの数日後、新聞を 見て仰天した。
そこには、伊勢丹と阪急百貨店 の業務提携が報じられていたからだ。
会社に出社すると、伊勢丹の小柴社長から電 話が入った。
実は筆者と会ったときにはすでに 阪急百貨店との提携が決まっていた。
しかし事 の重大さから、とぼけるしかなかった。
申し訳 なかった――という内容だった。
後日、伊勢丹 新宿店の近くで、うなぎをご馳走になりながら 業務提携に行き着くまでの経緯を伺った。
その 後、伊勢丹と阪急百貨店の業務提携は、 情報システムの共通化や、商品の共同開発など によって成果をあげつつある。
両社を比較する と、現状では伊勢丹の方が総合力で阪急百貨店 を上回っている。
阪急百貨店としては着工した 梅田店の大幅増床を契機に伊勢丹との格差を縮 小し、対等な立場に立ちたいところだろう。
多品種少量販売の百貨店といえども、競争力 強化のためには売上規模の拡大が必須だ。
もは や百貨店業界の再編が本格的に進展するのは避 けられない。
伊勢丹も阪急百貨店も従来とは異 なる対応 を考えざるを得なくなってくるはずだ。
両社の組み合わせは、地理的にも顧客層からみ ても理想的な組み合わせに思われる。
急ぐこと なく、将来の統合に向けた経営の効率化や、収 益力の強化に努めていってほしいものだ。
秀和による小売企業株の大量取得は、伊勢丹 と阪急百貨店の業務提携という副産物をもたら した。
さらに今回、セブン&アイHDによるミ レニアムの買収も決まった。
遅々として進まな いかに見える日本の小売業の寡占化だが、歴史 のうねりを見る限り確実に前 進している。
(すずき・たかゆき)東京外国語大学卒業。
一九六八年 西友入社。
店長、シカゴ駐在事務所長などを経て、八九 年バークレーズ証券に入社しアナリストに転身。
九〇年 メリルリンチ証券入社。
小売業界担当アナリストとして 日経アナリストランキングで総合部門第二位が二回、小 売部門第一位が三回と常に上位にランクインし、調査部 のファーストバイスプレデント、シニアアナリストを最 後に二〇〇三年に独立。
現在はプリモ・リサーチ・ジャ パン代表。
著書に『イオングループの大変革』(日本実業 出版社)ほか。
週刊誌などでの執筆多数。

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