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FEBRUARY 2006 62
「物流センターを見せてもらえますか?」
大先生の言葉に支店長がうろたえた
「支店長は利益を出し惜しみしてるでしょう?」
という大先生のストレートな指摘に、福岡支店の
会議室の中は時間が止まってしまったようだ。 次
の瞬間、みんなの視線が支店長に注がれた。 しか
し支店長は黙ったままだ。 質問の意図がわからず、
明らかに戸惑っている。 大先生が続ける。
「出し惜しみと言うのは適切じゃないか。 それは褒
め言葉だからな。 在庫も少ない、物流ABCの結
果もいい、でも、利益があまり出ていない。 こう
いうのを何と表現するかだ。 ねえ、支店長?」
大先生に呼び掛けられて、ようやく支店長が重
い口
を開いた。 ただ、答えにはなっていない。
「はー、何とか利益を出そうと努力はしてるのです
が‥‥」
この中途半端な返事を聞き、弟子たちは、大先
生が『どんな努力?』と問い詰めるのではないか
と思ったが、大先生はそれにはかまわず物流部長
に問い掛けた。
「この支店のアクティビティ単価は、他の似たよう
な支店と比べるとどんな結果になってますか?」
「はい、売上規模が同じような支店と比べてみま
すと‥‥えーと、なるほど、すべてのアクティビ
ティで結構単価が低くなってます。 作業効率がい
いということでしょうか」
同規模支店の資料と見比べながら、物流部長が
答える。
「作業効率がいい? まあ、否定はしないけれど、
もっと違う、わかりやすい理由があるんじゃない
の。 これは、物流センター長に聞くのがいいかな
‥‥」
大先生に指名された物流センター長が、不安げ
に支店長の顔を見る。 支店長が小声で何かを指示
した。 頷くと物流センター長は大先生の方に向き
直って答えた。
「あのー、一つの理由は、施設費が低いことがある
と思います。 もう償却の済んだ倉庫ですので‥‥。
それから、作業につきましては、もちろん無駄の
ない作業
をするように心掛けています」
「だから、作業効率がいいとでも言うのですか?」
《前回のあらすじ》
本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクスの分野で
有名なカリスマ・コンサルタントだ。 アシスタントの“美人弟子”
と“体力弟子”とともにクライアントを指導している。 旧知の問
屋に依頼されたロジスティクスの導入コンサルを進めるため、前
回からこの問屋の福岡支店を訪ねている。 一足早く現地入りした
弟子たちと参加者の打ち合わせが済んだところに、大先生が到着。
会議が始まると、いきなり大先生が、福岡支店長に対して「利益
を出し惜しみしてるでしょう?」と予想外の質問をぶつけた。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
湯浅和夫の
《第
46
回》
〜ロジスティクス編・第5回〜
63 FEBRUARY 2006
大先生が突っ込む。 物流センター長が困った顔
で助けを求めるが、今度は支店長も何も言わない。
それを見て大先生がニッと笑う。 大先生が意地悪
な質問をするときの顔だ。 美人弟子が興味深そう
な顔をし、体力弟子は心配そうに推移を見守って
いる。
「いま、物流センターは忙しいですか?」
大先生の何気ない質問に、物流センター長が頷
きながら即答する。
「はい、週末ですから、結構忙しいです」
「物流センターは近いんでしょ。 いまから見せても
らえますか?
見れば、単価が低い理由もすぐわ
かるでしょう」
大先生の言葉に支店長がギクッとした顔をする。
事前の物流部長の話では、大先生は絶対に物流セ
ンターには行かないということだったはずだ。 支
店長は『今日は特にまずい』と思いながら、意味
不明なことを口走った。
「いえ、それはちょっと、今日はお見せする体制に
ありませんので‥‥」
それを聞いて、物流部長があっけらかんと答え
る。
「ちょっと見るだけだから、赤じゅうたんが敷い
てなくてもいいさ」
「いや、そうじゃなくて、いまはちょっと。 大体、
物流センターは見ないって言ってたじゃないか」
呑気な物流部長を、支店長がこわい顔でにらみ
つける。 本気でに
らまれて、さすがの物流部長も
黙ってしまった。
会議室に不穏な空気が漂い始めた。
「一体、どういうこと!」
社長が支店長を一喝した
ちょっとした沈黙の後、社長が何かに気づいた
らしく「よろしいでしょうか」と大先生に発言を
求めた。 大先生が頷くのを確認すると、おもむろ
に支店長に向き直った。 その凛とした風情に、支
店側の誰もが社長を直視できない。 社長は支店長
の顔を見たまま、物流部長に声を掛けた。
「さきほど比較した支店とこの支店とでは、物流
作業者の人数はどれくらい違うの?」
「はい、えーと、あ、五人ほどこっちの方が少ない
です」
「そう。 それで、社員が作業の手伝いに入った場
合、
そのコストはどうするの?」
社長のこの質問に支店長が伏せた顔を歪める。
そんなことには気づかず、物流部長が答える。
「その場合はもちろん、作業にかかった時間分だけ、
人件費をコストとして算入します‥‥あ、ちょっ
と待ってください。 ただ、この支店では、社員は
センター長と二人の管理者の三人分が入っている
だけです」
社長は物流センター長に視線を移すと、穏やか
に聞いた。
「センター長、社員はいつもその三人だけなの?」
物流センター長が首を振る。 すっかり萎縮して
しまい言葉が出
ないようだ。 それを見て、支店長
が観念したように答えた。 よほど社長がこわいの
か声が上ずっている。
「は、はぃ、忙しいときは手が空いている人間に手
FEBRUARY 2006 64
伝わせています。 すみません、それをコストに入
れてませんでした‥‥」
「なんだよ、それは。 社員の分も入れろって言った
じゃないか‥‥」
物流部長が突っかかるのを社長が手で制した。
社長が質問を続ける。
「手が空いてる人間ってどういう人?」
支店長が答えようとして声にならないのを見て、
社長の目が物流センター長に向いた。 思わず目が
合ってしまった物流センター長が答を絞り出す。
「はっ、はい、営業の連中です」
「なんと、まさかと思ってましたけど‥‥営業の連
中が手が空いて
るですって。 一体、どういうこ
と!」
社長の一喝で会議室は完全に凍りついてしまっ
た。 福岡支店の関係者はもちろん、物流部長も営
業部長も固まっている。
ちょっと間を置いて、大先生がポケットからた
ばこを取り出した。 もっとも大先生の前に灰皿は
ない。 この会議室は禁煙のようだ。 それに気づい
た社長が、「先生、休憩にさせていただいてよろし
いでしょうか」と聞く。 大先生が頷くのを確認す
ると、社長が休憩を宣した。
社長と大先生一行が応接室へと向ったあとも、
会議室は重苦しい沈黙に包ま
れていた。 その沈黙
を破ったのは、営業部長の支店長に向けた怒声だ
った。
「営業の連中を物流現場に入れるなんて‥‥何を
考えてるんですか、あんたは!」
支店長は黙って小さく頷くだけだ。 社長の逆鱗
に触れたのが、かなり堪えているようだ。 そこに
支店の女性が、物流部長への社長からの伝言を知
らせにきた。
「倉庫を見て、状況を知らせなさいとの社長のご
指示です。 そのとき、在庫の数量も確認しなさい
とのことでした」
物流部長が椅子から跳び上がり、営業部長の肩
を叩いた。 営業
部長も机に置いていたノートをひっつかみ、物流部長の後を追った。 それに続いて、
この会議室に一人残されたらたまらないといった
感じで、支店の連中全員も飛び出していった。
物流部長たちが物流センターに入っていくと、パ
ートの人たちに混じって、ワイシャツ姿の連中が
あちこちに目についた。 営業部長の顔を見ると、何
人かが走り寄ってきて懐かしそうに挨拶をした。 営
業マンたちに人望があるようだ。 早速、営業部長
が事情を確認する。
物流部長は作業者の動きを見ている。 結構する
どい目だ。 その後、二
階を見上げながら何やら考
えている。 支店長に声を掛けると、二階に向かう
階段の方に歩き出した。 それを見た支店長が慌て
て後を追う。
大先生の言葉を受けて社長が言った
「この会議を決別式にしましょう」
その頃、応接室では、福岡支店の業績推移表を
大先生に見せながら、社長が嘆息まじりに愚痴を
こぼしていた。
「この支店は安定志向というか、こじんまりとまと
まっているというか、とにかく可もなく不可もな
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いミニ優等生的な存在なんです。 業績をうまくま
とめてるという感じがしてました。 それはそれでい
いのですが、数字を作るのがうまいというだけの支
店長では困ります」
「昔からの長い付き合いの顧客への依存度が高
い?」
コーヒーカップを手に取り、大先生がつぶやく。
「はい、おっしゃるとおりです」
何か思うところがあったようだが、それ以上は
何も言わず、大先生はコーヒーを口に運んだ。 弟
子たち二人も黙ってコーヒーを飲んでいる。
そこに物流センターから戻ってきたばかりの物
流部長と営業部長が、恐る恐る入ってきた。 支店
長たちには会議室で待つよ
うにと営業部長が指示した。 二人を見て社長が静かに聞く。
「それで、どうでした?」
「はい、営業の連中が作業をしてました。 よく調べ
ないとわかりませんが、在庫も数字以上に多いよ
うに思われます。 二階には不良在庫や返品が置か
れてました。 これも結構な量です」
「物流センターにいた営業の連中に話を聞きまし
たが、物流の手伝いは常態化していたようです」
物流部長と営業部長が即答した。 社長がすぐに
物流部長に質問する。
「それでは、あなたが調べた数字は何だったの?」
物流部長が一瞬返事を躊
躇するが、思い切った
ように自分の考えを述べる。
「たぶん数字を作ったようです。 社員の人件費を
入れなかったり、在庫を減らしたり‥‥」
「何のためにそんなことをしたんだ?」
物流部長の意見を遮るように大先生が質問する。
「はー、いいところを見せようとしたんでしょう
か‥‥」
物流部長が首を傾げながら答える。 今度は営業
部長が自分の意見を述べた。
IllustrationELPH-Kanda Kadan
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「営業に物流をやらせているのが、ばれないように
と思ったんじゃないでしょうか」
「つまり、いつもやってることを隠そうとしたわ
けだ」
大先生の言葉に二人が頷く。 社長は黙ってやり
とりを聞いている。
突然、物流部長が提案をした。
「倉庫の費用はABCの計算から外しましょう
か? 償却の終わった自社施設と倉庫を借りてる
支店とでは何か公平じゃないように思います。 そ
れとも、すべての支店の倉庫関係費用を均等に按
分することにしましょうか?」
「何を考えてるんだ。 いま問題なのはそんなことじ
ゃないだろ。 それに、いまの提案は全面的に却下。
ま
ったく意味がない提案だ」
大先生が物流部長の意見を即座に否定した。 物
流部長は、なぜ意味がないのかを聞きたそうだっ
たが、場違いな雰囲気を感じとって質問を呑み込
んだ。 代わりに、その場にいない支店長に矛先を
向けた。
「しかし、数字を作るなんて、けしからんですな
ー、支店長は」
「数字を作ったことに怒ってもしようがない。 問題
なのは、いつものやり方さ。 でも、ちょうどいい。
災い転じて福となせばいい」
大先生の言葉を受けて、社長が頷きながら結論
を出した。
「たしかに、先生のおっしゃるとおり数字を作っ
た
ことについて怒っても意味のないことです。 この
会議をこれまでのやり方との決別式にしましょう。
ところで、あなたの調査で在庫が少なかったとい
うのは、そのときだけ在庫を減らしたというこ
と?」
「はい、売れ筋商品の在庫を減らしたようです。
売れ残ったものや返品在庫には手をつけてない感
じでした。 もう少し詳しく在庫の調査をやりまし
ょうか」
物流部長が勢い込んで提案するが、また大先生
に却下されてしまった。
「調査なんぞいくらやっても何も変わらない。 それ
に、そんなこと調べなくてもわかってる。 そういう
無駄なことはしない方がいい。 早いとこ在庫管理
の仕組みを入れ
てしまうことだ」
「わかりました。 それでは、会議を再開してよろし
いですか。 彼らは会議室で待機してます」
「いいよ」
そう言いながらも、大先生はたばこを取り出す
と火をつけた。 大先生の言葉に腰を浮かしかけた
全員がまた座り直した。
(本連載はフィクションです)
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。 湯
浅コンサルティングを設立し社長に就任。 著
書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、
『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管
理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか
る本』(以上PHP研究所)ほか多数。 湯浅コ
ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp
PROFILE
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