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極端に小さい本社との決別
食肉業界における日本ハムの存在感は圧倒
的だ。 九三四六億円(二〇〇五年三月期)の
連結売上高を持ち、食肉の生産から輸入販売、
ハムやソーセージなどへの加工までを一貫し
て手掛けている。 国内の食品業界を見渡して
も、その事業規模はトップクラスに位置して
いる。 日本ハムより規模の大きい純然たる食
品メーカーは事実上、味の素しかない。
それだけに二〇〇二年八月に、日本ハムの
一〇〇%子会社が引きおこした牛肉偽装事件
は世間の耳目を集めた。 事件の責任を問われ
た大社啓二社長(当時)は辞任を余儀なく
さ
れ、日本ハムグループは抜本的な再出発を求
められることになった。
事件を受けて日本ハムが設置した「企業倫
理委員会」は、調査の結果、日本ハムグルー
プに特有の問題点の一つとして「小さな本
社」の異常さを指摘した。 このときの調査報
告書によると、二〇〇二年三月末時点のグル
ープの人員が二万七〇〇〇人いたのに対し、
本社はわずか一九〇人。 これほどスリムな本
社の背景には、権限を徹底して事業部に委譲
する分権体制があった。 これが?事業部最
適〞を追求する企業風土につながり、本社が
把握していないところで過ちを犯す事態を招
い
たというわけだ。
事件後の日本ハムは、コンプライアンス部
門の強化などを中心に、欠けていた機能を補
縦割り打破めざしSCM推進室を設置
事業部最適からグループ最適に転換
過去の日本ハムは現場への権限委譲を徹底
して進めてきた。 この方針は事業部ごとに成
長を追求していた時代には有効だったが、結
果として部分最適の弊害を招き、2002年8月
に露見した子会社による牛肉偽装事件の一因
にもなった。 事業部ごとだった最適化の追求
を、グループ全体へと改めることを狙って、
昨年4月にSCM推進室を新設した。
日本ハム
――SCM
29 MARCH 2006
足して本社機構の拡充を図った。 さらに二〇
〇四年五月からは、「グループの組織を横断
的にとらえ、新たな経営戦略を立案する」こ
とを狙って、若手メンバーを中心とするプロ
ジェクトを発足。 約一年間をかけて施策の検
討を進め、経営陣への提案を行った。
社内で「ハイブリッド戦略」(
図1
)と呼
んでいるこの七つのプロジェクトから、翌二
〇〇五年四月に「国際部」と「SCM推進
室」が産声を上げた。 前者は文字通り、グル
ープの海外事業戦略の立案などを担当する。
後者は「ロジスティクス」と「仕入れ・購買」
のプ
ロジェクトを母体とする組織で、サプライチェーンの再整備を担う。 いずれも、過去
には事業部ごとに最適化されてきた業務を見
直すことを求められている。
現在、日本ハムの本社社員は二七〇人まで
増えた。 ただしSCM推進室の所属メンバー
は、わずか十一人に過ぎない。 室長を務める
若松増已上席執行役員は、「まずは成果をあ
げるためのかたちを作ろうとしている。 現状
はまだ?SCM部〞といった組織の前段階の
ため?推進室〞とした」と説明する。
複雑に絡みあうグループの物流管理
日本ハムグループは日々、大規模な物流管
理を手掛けている。 昔から食肉業界には中間
流通を大規模に担える企業が不在だったため、
末端顧客の配送までを自前でまかなってきた。
自社の営業所を全国各地に配置して、ここで
販売と物流の両方を担うという体制だ。
さらに日本ハムならではの事情として、ハ
ム・ソーセージなどを扱う「加工事業」と
「食肉事業」がグループのサプライチェーン
の中で明確に分業しているという現実がある。
その役割分担のあり方は、単純には縦割りに
も横割りにもできない(
次ペー
ジ図2
)。
前述した通り「食肉事業」では、国内外に
おける生産から販売までを一貫して手掛けて
いる。 その一方で「加工事業」への原料供給
も行っているが、それぞれの物流管理はまっ
たく別々だ。 他部門で扱っている水産物や乳
製品についても、それぞれに自前のネットワ
ークで物流までまかなっている。 M&Aなど
を繰り返して大きくなった事情もあって、過
去には当たり前のやり方だった。
その結果、事業部ごとに構えている配送拠
点を兼ねた営業所の総数は、いまグループ全
体で四〇〇カ所を超え
ている。 他にも大規模
な物流センターが、加工事業だけで全国に一
五カ所あり、食肉事業も東西二カ所に大規模
な拠点を構えている。 現場の作業者まで含め
るとグループ全体では数千人が物流に携わっ
ているが、ほとんどは事業会社の傘下にある
会社の所属。 グループ全体という観点から最
適化しようとする意識は皆無だった。
加工事業については、約一〇年前に「ロジ
スティクス推進室」という本社組織を発足し
ているが、この部門も総勢四人の小所帯だっ
た。 物流実務の管理は、全国各地に五社ある
「量販
サービス」という子会社が手掛け、こ
こが全国一五カ所の物流センターも運営して
いる。 ロジスティクス推進室の主な役割はこ
うした子会社の業務が円滑にまわるように、
プロジェクト名 目 的
海外戦略プロジェクト
営業改革プロジェクト
ロジスティックプロジェクト
仕入・購買・設備プロジェクト
新規事業プロジェクト
CSR プロジェクト
グループブランドプロジェクト
国際部
図1 2004年5月「ハイブリッド戦略」をスタートした
SCM
推進室
グループにおける海外戦略や最適組織
体制の構築
グループの営業体制の再構築
グループ企業内の物流を総合的に管理
グループ全体での共同仕入や購買によ
るコストダウン
新規事業についての戦略構築や提言
日本ハムグループにふさわしいCSRの
あり方の検討
グループのビジョンや約束をグループ
ブランドとして象徴させる
SCM推進室長を務める
若松増已上席執行役員
営業や生産業務を調整することだった。
このような環境下で〇四年に発足した「仕
入れ・購買」と「ロジスティクス」のプロジ
ェクトでは、まずは事業領域ごとにグループ
全体の実態を把握しようと努めた。 従来は事
業部ごとに管理方法や考え方が異なっていた
ため、相乗効果を出そうにも正確な比較すら
できない状況だった。 まずは管理の尺度を統
一する必要があった。
この活動を引き継いでスタートしたSCM
推進室は、「仕入れ・購買」については初年度からそれなりの成果を残すことができた。
包装資材や文具、調味
料など、グループ全体
で約六〇〇億円ある購買行為を、品目ごとに
徹底的に比較。 最も優れた購入手法を全体で
採用することによって、約一五億円のコスト
ダウン目標を達成できる見込みだ。
食肉事業部は当面は別管理
一方、「ロジスティクス」については一筋
縄ではいかなかった。 現状把握から着手した
点は「仕入れ・購買」と同じだったが、物流
管理の実態を把握する段階から作業は難航し
た。 事業部ごとにまったく異なるITの仕組
みを使っていたり、物流管理のルールの相違
があったためだ。 物流管理の対象をグループ
全体に拡大したところで、とうていスケール
メリットを期待できる状況ではなかった。
ロジスティクス推進室出身の西谷芳一SC
M推進室次長はこう振り返る。 「各事業部は
これまで独自のタリフとか、異なる物差しで
物流を管理してきた。 たとえば配送料金の契
約を、一キ
ロ当たりいくらとしているところ
もあれば、ケース当たりで管理しているとこ
ろもあった。 保管料であれば、一期当たりと、
一回当たりといった違いがある。 まずは、同
じ土俵上で、同じ言葉で会話できる体制を整
える必要があった」
このためSCM推進室は、物流管理のため
のコード体系の統一から着手した。 営業系や
基幹系でも使っている製品コードには手をつ
けないことを前提に、物流管理のための共通
コードを新たに開発。 これを昨年八月の経営
戦略会議に諮問し、了承された。 その後はI
Tのハード面の整備に取り組んでいる。
すでに物流現場では
、今年二月から新たな
共通コード(EAN128
を採用)による運用を
始めている。 コード変換のためのサーバーの
設置などITインフラの見直しも進めており、
今年八月から加工事業の物流センター一五カ
所で段階的に新システムを稼働させていく方
針だ。 この作業は来年三月まで続く予定だが、
これによって全体を俯瞰しながら物流を効率
化していくための素地がようやく整う。
もっとも「仕入れ・購買」も「ロジスティ
クス」も、いま食肉事業が管轄している業務
については、SCM推進室の業務領域からは
除外している。
「すでに食肉事業は生産から顧客配送まで
を一気通貫で管理できる仕組みを持っ
ている。
加工事業にとっての主原料の仕入れは、食肉
事業の商売そのものだ。 彼らの方が上手く管
理できる。 将来的には全体を最適化したいと
いう考えは持っているが、そこは段階的にし
か進められない」と若松上席執行役員。
とは言え、食肉事業を除いても、SCM推
進室の管理対象となる物流費の総額は五〇〇
〜六〇〇億円にも上る。 初年度には各事業部
レベルでの見直しを進めただけだったが約五
億円のコスト削減を見込む。 これが同じ土俵
MARCH 2006 30
国内外のグループ
関連農場
国内外の生産者
食肉の処理・加工
北海道量販サービス
首都圏量販サービス
東海量販サービス
近畿量販サービス
九州量販サービス
顧客(小売業など)
輸入販売
輸入販売
日本ルートサービスほか
食肉の販売・物流
日本フードグループほか
※今年4月から「日本ハム物流」
図2 食肉分野は当面は「SCM推進室」の管轄外
ハム・ソーセージ
加工食品の
製造・販売
SCM推進室の担当 食肉部門の担当 (※食肉以外の購買はすべてSCM推進室)
全国各地の営業所
LOGI−BIZ作成
31 MARCH 2006
上で仕組みを動かせるようになれば、かなり
のコスト削減を期待できるはずだ。
商物一体のビジネスモデルと、現場への徹
底した権限委譲は、過去の日本ハムの強みで
もあった。 それが今、変わりつつある。 二〇
〇二年の事件をきっかけに古参の幹部は去っ
た。 強い事業部のメリットを活かしつつ、グ
ループ全体の最適化を模索しようとする意識
が浸透してきた。 各事業に横串を刺すSCM
推進室の活動そのものが、変化を示す何より
の証といえる。
共通のコード体系で物流を一元的に管理で
きる
ようになれば、購買分野でやったのと同
様に、社内のベストプラクティスをグループ
レベルで横展開していくことが容易になる。
そうなれば作業品質の向上や、物量波動への
対応力の強化、物流の共同化によるコスト削
減などを望めると同社は見ている。
在庫削減に取り組む素地にもなる。 「流通
途上にある製品在庫の集中化や拠点集約をき
ちっとできれば、我々の管理対象の在庫を半
分くらいにはできるのではないか」と西谷次
長の意気込みは大きい。 在庫を減らすことが
できれば、納品限度日が切れることで発生す
る廃棄ロスの低減にもつながるはずだ。
ただし、在庫を減
らす一方で、欠品の増加
を招かないためには、需要予測などの精度を
高めていくことが必須条件になる。 このため
SCMソフトの導入も検討している。 これに
ついては実は一〇年前にロジスティクス推進
室ができたときにも取り組み、実際に自前のシステムを構築した経緯がある。 しかし、期
待通りの成果は得られなかった。
「日配系の製品の需要予測は非常に難しい。
週単位の予測はある程度は可能だが、我々の
業務では日々の予測ができなければ使えない。
それでも何らかの仕組みは必要だから、当社
の場合は、営業の受注情報を生産側が利用す
るシステムを作った。 しかし、人間の意思決
定を加えなければ実需とは大幅に乖離してし
まう」と若松上席執行役員は明かす。
現在、日本
ハムは経理分野でERP(統合
業務パッケージ)の導入を進めている。 これ
をグループ企業に段階的に導入しているとい
う事情もあって、需要予測などのためのSC
Mソフトの検討は、こうした状況も見極めな
がら進めなければならない。 当面は物流コー
ド体系を整備するほうが優先順位は高い。
着々と進む組織体制の見直し
横断的な物流管理に向けた組織の見直しも
進めている。 この四月には加工品事業の物流
子会社である「量販サービス」(全国五社=
北海道・首都圏・東海・近畿・九州)を統
合し、新たに「日本ハム物流」として再スタ
ートさせる。 新会社をグループの物流機能を
集約するための受け皿にしたい考えだ。
現状の「量販サービス」各社は、日本ハム
グループ以外の仕事をほとんど手掛けていな
い。 新会社の発足には、三〜五年先にはグル
ープ以外の物流業務(外販)の獲得にも乗り
出したいという期待も込められている。 日本
ハムグループは、看板商品の一つである『シ
ャウエッセン』のために、原料調達から製造、
店頭管理までを五度以下で管理するコールド
チェーンを構築
した実績を持つ。 将来が楽し
みな定温物流企業の誕生といえるだろう。 こうして自社物流インフラの見直しを進め
る一方で、自前主義からの脱却も視野に入れ
ている。 「最近は低温物流に注力する物流業
者が増えてきた。 我々もすべてを自前でまか
なうのではなく、3PLの活用も検討してい
きたい。 もちろん自前でやる部分もあるが、
良いものを選択して使っていけばいい」と若
松上席執行役員の方針は明快だ。
SCM推進室が思惑通りに機能すれば、日
本ハムグループの全体最適化は確実に進むは
ずだ。 まずは当面のタ
ーゲットである食肉事
業以外の領域で成果を残すことが求められて
いる。 極めて日本的なオペレーションを手掛
けてきた企業の方針転換だけに、関係業界に
及ぼす影響にも注目したい。
(
岡山宏之
)
SCM推進室の西谷芳一次長
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