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MARCH 2006 48
戦略の中心にアジアを据える
私が経営を任されているドイツポスト傘下
のDHLは、エクスプレスとロジスティクス
部門からなり、世界的な規模の物流業務に対
応できる体制づくりに全力を挙げている。 ド
イツ国内の郵便事業から発展したドイツポス
トではあるが、現在は、郵便・エクスプレス・
ロジスティクス・金融の四事業が経営の柱で
あり、二〇〇四年度の売上高三六六億ユーロ
(約五兆円)のうち、五〇%以上はDHLブ
ランドであるエクスプレスとロジスティクス
事業で稼いでいる。 さらに二〇〇五年十二月
にエクセルの買収が正式に成立したことで、
ドイツポストの経営におけるロジスティクス
事業の重要性はますます高まる。
D
HLが今後どのような戦略を進めていく
のかを理解してもらうためにはドイツポスト
が世界のモノの流れをどのようにとらえてい
るのかを知ってもらう必要がある。
ヨーロッパから見た世界各地の輸出量の増
加を示すチャートを見ていただきたい(
図1
)。
このチャートの最も大切な意味は、国内の物
量より国境を越えた物量の増加のほうがはる
かに大きいことだ(ヨーロッパ各国内の物量
の伸びの平均は年率一〇%前後となっている)。
二〇〇七年までに年率三〇%を超える伸び
が予測されているのは、ヨーロッパ―アジア
間
、イントラアジアと呼ばれるアジア域内、そ
れと南アメリカから北アメリカ――。 DHL
が特に注目しているのは、イントラアジアだ。
この地域の輸出額は他の地域と一桁違ううえ
に、成長率も五〇%と飛び抜けて高い。 九〇
年代、DHLをはじめとする国際宅配便業者
は、アジア市場に対してほとんど関心を払わ
なかったが、これからはアジア抜きに企業戦
略を立てるのは考えられない時代となる。
エクスプレスでも価格競争が激化
このチャートには現われていないが、ヨー
ロッパ域内についていえば、東欧重視という
ことがいえる。 二〇〇七年にブルガリアやア
ルメニアのEU(欧州連合)への参加が予想
されている。 製造業者の中には、そうした人
件費の安い東ヨーロッパの国々やロシアへ生
産拠点を移す企業も出てきた。 それらの需要
を取り込むためにも拠点の拡充が必要となる。
物量の成長率を、モードごとにブレークダウ
DHL
物流の「ワン・ストップ・ショッピング」を目指す
DHLはエクスプレスとロジスティクス業務の二本立てでサービスメニューを揃えるこ
とで、荷主企業のサプライチェーンを取り込もうとしている。 同社が目指すのは、ロジス
ティクス業務において?ワン・ストップ・ショッピング〞の受け皿となることだ。 今後、
世界のモノの流れをどのようにとらえ、それをどうやって経営戦略に反映させていくのか。
ドイツポストグループでDHL部門を統括するピーター・クルーズCEO(最高経営責
任者)が欧州3PL会議で発表した。
(取材・編集=本誌欧州特派員 横田増生)
欧州3PL会議2005報告《第1回》
49 MARCH 2006
ンした数字がある。 それによると航空貨物は
年率六・二%増、海上貨物は同六・三%増、
エクスプレスは四・一%増、3PLは十一・
五%増となる。
四つの分類の中では、DHLの本業の一つ
であるエクスプレスの伸びが低い。 これは各
国内のエクスプレス便が含まれているためだ。
国際航空貨物で見れば、九二年には全体のわ
ずか四%であったエクスプレス便が、二〇〇
三年には十一%を占めるまで増えており、こ
の傾向は今後も続くと予想されている。
3PL部門は一番大きな伸びが予想されて
いる分野だ。
しかしまだ成熟していない分野
で、現在、多くの3PL企業がシェア争いを
しているところだ。 ヨーロッパに限れば、トップ一〇社のシェアを合わせても四五%にし
か達しない。 エクセル買収後ではDHLが3
PL部門のトップとなるが、それでもシェア
にすれば一五%にすぎない。 DHLがエクセ
ルの買収に動いた背景には、この分野で同業
他社に先行したいという考えがあったからだ。
物量だけでなく、業務に求められる内容も
大きく変化している。 その変化をエクスプレ
スとロジスティクス業務に分けてみてみたい。
従来、DHLのよ
うなエクスプレス企業に求
められたのは、「二四時間以内に届けてくれ」
というようなスピードに関するものが最も多
かった。 しかし今は速く届けるのは当たり前
で、加えて品質や価格が問われるようになっ
てきた。 配送先が工場である場合、相手の指
定した時間枠内に届けられるのか。 まとまっ
た物量がある場合、トラック専用便を仕立て
ることができるのか(特に、EU域内ではト
ラック便を使ってコストを安く抑えたいとす
る企業が増えてきた)。
さらに産業ごとの経験やノ
ウハウを生かし
て運んでくれるのか。 例えば医薬品業界では
低温輸送への需要が増えている。 B
to
Bの
eコマースの分野でも対応できるのか。 もち
ろん、料金をどこまで引き下げることができ
るのかという要請も絶えない。
エクセル買収で3PL事業を拡大
このように国際物流の分野でも荷主企業の
ニーズは細分化してきており、これまで?ト
ップソリューション〞と考えられてきたサー
ビスが、?スタンダード〞となり、常に新たな
プラスアルファが求められている。 単に速く
運べばいいという時代は、とうの昔に終わり、エクスプレス業務にもサプライチェーンの最
適化を念頭に置いたようなサービス内容が要
求されるようになっている。
次はロジスティクス業務である。
ロジスティクス業務の変化で最も目立つの
は、物量をまとめたい、取引のあるロジステ
ィクス業者の数を減らしたいというものだ。 地
域ごとにロジスティクス業者を抱えているよ
うな国際企業となると、一〇〇社近くと取引
しているところがある。 これらの企業は、そ
れをいきなり一、二社に絞り込みたいとまで
は考えないものの、できるだけその数を減ら
+19%
+16%
2004年
F194
2008年
F230
F243 F282
2004年
F352
2008年
F476
F416
F515 中東
2004年
F282
2008年
F350
F308
F351
2004年
F249
2008年
F335
F418 F578
イントラ
アジア
2004年
F1245
2008年
F1862
+50%
北アメリカ ヨーロッパ
アジア
中央アジア
南アメリカ
2004年
F502
2008年
F651
F245 F331
+30%
+35%
+
35
%
+
24
%
+24%
+14%
+35%
+38%
図1 国際物流の地域ごとのトレンド(輸出貨物) (単位:10億ユーロ)
DHL部門を統括するピーター・クルー
ズCEO
MARCH 2006 50
して効率化を図りたいとしている。 取引3P
L業者の数が増えれば、その分、サプライチ
ェーンが複雑になり、全体最適の理想からは
遠く離れていくからだ。
DHLが旧エクセルを合併したことは、そ
うした荷主企業の要望にこたえる大きな一歩
になると確信している。
ロジスティクス業務を外注したいという傾
向が強くなるにつれ、求められるサービスレ
ベルも高くなってきた。 高い輸送品質はもち
ろんのこと、各種の付加価値サービスやサプ
ライチェーン全体をカバーする能力が要求さ
れる。
それらの期待にこたえるのは可能だが、一
回だけの配送や短期間での契約では、採算割
れをおこしかねない。 よって、これらのロジ
スティクス業務には、三年、五年といった長
期契約が欠かせない。 長期にわたりロジステ
ィクス業務を請け負うことで、双方にメリッ
トが出るようになる。
同時に、サプライチェーン全体を請け負う
ためには、世界の主要地域に確固たる物流イ
ンフラを持つことが必要となる。 世界の生産
工場となった中国をはじめ、アジアでの拠点
を整備しなければならない。 また各産業に特
化したサービスメニューを取り揃え
ることも
大切だ。
荷主を取り込む幅広いメニュー
最新のIT(情報技術)を備えていること
も不可欠だ。 ウェブ上での貨物のトレースは
言うに及ばず、GPS(全地球測位システム)
による位置管理・温度管理やICタグへの対
応も含め、常に最先端のITを装備しておく
ことが求められている。
エクスプレスとロジスティクス業務を合わせたDHLグループとしては、国際物流の増
加と荷主企業の外注の増加に、どのような体
制で臨むのか。 その前に、DHLの組織に若
干の説明を加えると、エクスプレス業務は
「
DHLエクスプレス」と「DHLフレイト」
に分かれる。 ロジスティクス業務は「DHL
ダンザス航空貨物&海上貨物」と「DHLソ
リューションズ」に分かれる。 DHLエクス
プレスは、世界五〇〇〇カ所に支店を持つ国
際宅配便部門で、DHLフレイトはトラッ
ク・鉄道・マルチモーダルに対応する部門だ。
DHLダンザス航空貨物&海上貨物は、大型
の航空・海上貨物を扱う部門で、DHLソリ
ューションズは3PL部門となる。
これらの部門を使ってDHLが目指すのは、
荷主企業のワン・ストップ・ショッピングの
受け皿になることだ。
貨物
の種類を、「緊急対応」から「ソリュー
ション対応」までの六つに分類して、それに
呼応するDHLのサービスメニューと取扱部
門を列記した(
図2
)。 緊急対応にあるオンボ
ード・クーリエ(受託手荷物)から、オーバ
ーナイト・エクスプレス、また航空混載貨物
からサプライチェーン・マネジメントまでを
幅広くそろえることで、どんな貨物でも取り
扱えるようにしている。
BMWから調達物流を受注
主要産業としては、取引額の大きな次の産
業に焦点を絞り、内部にノウハウを蓄積して
荷主企業の声に細かく、かつ素早く対応でき
緊 急
図2 DHLの目指すワン・ストップ・ショッピング
エクスプレス プレミアム スタンダード 通常貨物
1時間以内
オンボード
クーリエ
次の出発便
専用クーリエ
トラック輸送
(特積み・貸し切り)
・航空混載貨物
・海上混載貨物
オーバーナイト
エクスプレス
エア エクスプレス
エクスプレスでの
トラック輸送
DHLエクスプレス DHLエクスプレス DHLエクスプレス DHLフレイト DHL
エア&オーシャン
DHL
ソリューションズ
3PL
2時間以内
4時間以内
9時まで
12
時まで
24
時間以内
72
時間以内
48
時間後
72
時間後
72
時間以降
・産業に特化し
たソリューシ
ョン
・物流センター
業務
・サプライチェ
ーンマネジメ
ント
同 日 時間指定 配達指定 エコノミック 計画配送 カスタマイズ
51 MARCH 2006
るようにしている。
一・自動車産業
二・音響映像・通信産業
三・各国政府などの公共機関
四・生命科学・化学産業
五・日用雑貨産業
六・電子部品産業
七・コンピュータ産業
八・エンジニアリング産業
九・金融産業
――この九産業だ。
このうち、最近、自動車産業の荷主企業か
らDHLが調達物流の業務を請け負った。
BMWはこれまで、ヨーロッパにおいて、輸
送のスピードごとに?エクスプレス〞と?ス
タンダード〞の二つに分け、さらに地域ごと
に分けて別々のロジスティクス業者を使って
いた。
同社がスタンダードと呼んでいる部品調達
のネットワークについては、このほど一括でDHLに外注した(ただし、エクスプレスで
は
依然として複数の企業を使っている)。
BMWはドイツ、イギリス、フランスなど
の一四カ所に工場を持ち、一八カ国に散らば
る一八〇〇社のサプライヤーから部品を調達
している。 DHLはトラック便や海上・航空
貨物のネットワークを使って、低価格で高品
質なロジスティクス業務を提供している(
図
3
)。 今後は、こうした一括でのサプライチェ
ーン業務受注がますます増えていくものと予
想している。
そういった顧客である荷主企業に対する対
応だけでなく、DHL内での合理化も進めて
いる。 バックオフィスと呼ばれる部分はできるだけ集中管理することで省力化し、オーバ
ーヘッドにかかるコストを抑えようと努力し
ている。
ドイツポストとして数えれば、九〇年代か
ら五〇社以上の買収を繰り返して大きくなっ
てきた。 DHLに限っても、母体となってい
るDHLやダンザス、AEIやグローバルメ
ールなどの企業を買収してきた。 よって、常
に重複する不要なサービスがないかどうかを、
是正していくことが必要となる。
例えば、数年前までヨーロッパにDHLエ
クスプレスのカスタマー・センターが約三〇
〇カ所あった。 ヨーロッパだけで三〇〇カ所
とい
うのは多すぎると考えて、これを四〇カ
所に減らした。 そうすることで、各国の言語
で地域ごとの要望にこたえながらも、コスト
ダウンを図ることができた。
情報システムのバックアップ体制も同様だ。
DHLでは、バックアップオフィスをアメリカのアリゾナ州、チェコ共和国のプラハ、マ
レーシアのクアラルンプールの三カ所に置い
ている。 時差の違う地域にITのオフィスを
置くことで、各オフィスが八時間ずつ稼働す
れば、二四時間体制でのバックアップが可能
となるからだ。
最後に、今後のDHLの方向をもう一度ま
とめると、?価格競争力をつ
ける、?サービ
スメニューを増やす、?ロジスティクス業務
の外注の需要を取り込む、?アジアと東欧で
の拠点充実を図る、?常に最新のITを装備
する――ということになる。
FRANCE
LATVIA
LITHUANIA
MONACO
ITALY
HUNGARY
BOSNIA AND
HERZEGOVINA
IRELAND UNITED
KINGDOM
SPAIN
DENMARK
POLAND
SWITZERLAND
AUSTRIA
CZECH REP.
SLOVAKIA
CROATIA
SLOVENIA
BELGIUM
THE
NETHERLANDS
GERMANY
図3 BMWは18カ国、1800社のサプライヤーと取
り引きしている。 複雑化したサプライチェーンをDHL
が管理する
DHLは情報システムのバックアップオフィスを
米国、欧州、アジアの3カ所に設置。 全世界24
時間体制でのバックアップを可能にしている
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