ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年3号
進化のゆくえ
ウォルマートのエブリデー低賃金

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MARCH 2006 68 ルマートは前年に引き続き二〇〇四年度(同社 の場合は二〇〇五年一月期)も世界一の売上高 を持つ企業として記録されている。
ウォルマートの二〇〇四年度の連結売上高は 二八五二億ドル(一ドル一一〇円換算で約三十 一兆円)だった。
二位は石油企業のBP(ブリ ティッシュ・ペトロリアム)、そしてエクソン、 ロイヤル・ダッチシェルと石油関連が続き、自 動車のゼネラル・モーターズ(GM)、トヨタ 自動車という順番になっている。
ちなみにウォルマートの売上高はトヨタの 一・七倍ある。
純利益は一〇三億ドル(約一兆 一三〇〇億円)で、トヨタよりは小さい。
ただ し、小売業同士を比較する と、日本の小売業で 小売企業の枠を超えた影響力 米ウォルマートは強大だ。
その存在感は増す ばかりで一向に衰える気配がない。
いまや同社 の影響力は、小売業界の枠を超えて全産業に及 んでいる。
その強力な価格競争力は、アメリカ 国内だけでなく、進出した国の物価にすら影響 を与えるほどだ。
グローバルに行っている巨額 の商品調達は、調達先国家の景気を左右するほ どの規模に達している。
同社の強大な存在感を、まずいくつかの事実 から見ていく。
ウォルマートは世界最大の小売 業であると同時に、世界最大の企業でもある。
米ビジネス誌『フォーチュン』によると、ウォ 純利益が最大 のセブン―イレブン・ジャパンのそれは約一〇〇〇億円のため、ウォルマートの 純利益はセブンの一〇倍ということになる。
売 上規模の大きさもさることながら、日本の総合 量販店の年商に匹敵する純利益を出しているこ とに驚かされる。
世界の小売業の中では、売上高では二位の仏 カルフールの約三倍、現時点で日本最大の小売 集団であるイオンの約八倍。
小売業界だけを見 れば、ダントツの規模であることが分かる。
ア メリカ国内におけるマーケットシェアはすでに 一〇%に達しており、メーカーや競合他社に対 する影響力の大きさを裏打ちしている。
ウォルマートは世界中から商品を調達してい プリモ・リサーチ・ジャパン 鈴木孝之 代表  第18回 ウォルマートのエブリデー低賃金EDLP(エブリデー・ロープライス)で有名な米ウォルマートだが、 低価格の秘訣は、競合他社より極端に低い労働コストにあるとの見方が強 くなってきた。
ライバル企業より最大一〇ドル低いとも言われる同社のパ ートタイマーの時間給を、仮にすべて五ドル引き上げたとすると、現在の 利益はすべて吹っ飛んでしまうという調査結果も発表されている。
世界最 強の小売企業が抱えるアキレス腱に迫る。
69 MARCH 2006 る。
なかでも中国からの輸入が多い。
同社の中 国からの商品調達額は、アメリカ全体の対中輸 入額の約一割にもなる。
つまりウォルマートは、 中国にとっては重要な?お客様〞であり、一方 でアメリカの対中国通商政策にとっては極めて 重要な存在ということになる。
こうしたことから、ウォルマートはアメリカ 政府や中国政府と密接なリレーション(関係) を構築している。
日本を含むそれ以外の各国政 府とも、商品調達や海外進出を通してリレーシ ョンを持っている。
過去にウォルマートの会長 が来日したときには旧通商産業省や経済産業省に出向いている。
各国政府とこのように直接的 な関係を持っ ている小売企業は、世界的にみて も他に例がない。
小売業としての存在感を最も顕著にあらわし ているのは、アメリカの国内物価を引き下げる ことへの貢献だろう。
二〇〇五年十一月にウォ ルマートが主催したシンポジウムにおいて、あ る調査会社が発表した資料によると、ウォルマ ートは一九八五年から二〇〇四年の間にアメリ カの物価を三・一%引き下げることに貢献し、 食品だけを見れば九・一%引き下げたという。
数値の信憑性はどうあれ、ウォルマート流の 「エブリデー・ローコスト」が消費者に支持さ れているのは疑いようのない事実だ。
二桁成長を続ける三十一兆円企業 ウォルマートの二〇〇五年一月期の連結売上 高は前年に比べて十一・三%増えた。
この巨大 小売業にとって、規模が大きくなると成長率が 鈍化するという一般的な法則は無縁のようで、 いまだに二桁成長を続けている。
二〇〇四年度 の増収額は約二九〇万ドル(約三・二兆円)。
分 かりやすくいえば、毎年、イオンやイトーヨー カ堂の連結売上高に近い金額を積み増している ことになる。
売上高だけでなく、二〇〇五年一月期の純利 益も十三・四%増えている。
二〇〇二年一月期 を除けば、純利益についてもずっと二桁増を続 けている。
日本の大手量販店の成長率が不安定 なのとは対照的だ。
さらに注目すべきは、販管費率の低さだ。
ウ ォルマートの販管費率は過去五年間ずっと一 七%台で推移している。
それ以前の一六%台と 比べれば高くはなっているものの、依然として 低水準だ。
アメリカの小売業の販管費率の平均 は二十一%台と推定され、これと比べると三ポ イント以上の差がある。
イオン(二九・九%) やイトーヨーカ堂(二七・八%)と比べれば一 〇ポイント以上も低い。
小売業にとって最大の経費は人件費だ。
日本 の大手小売業の人件費比率は約十一〜十三% なのに対して、ウォルマートは八%でしかない。
これはアメリカの小売業の平均である十二〜十 六%と比 べても圧倒的に低い。
人件費率の低さが、そのまま販管費率の低さにつながり、販管 費率の低さがウォルマートの価格競争力の源泉 となっている。
見方を変えてライバル企業の立場からみると、 この水準にまで人件費を引き下げられない限り、 ウォルマートとの価格競争には勝てないという ことになる。
アメリカでも日本でも、小売業の労働力の主 力はパートタイマーだ。
とくにウォルマートの 店舗の場合は、店長など一握りの管理職を除け ば、従業員のほとんどを時給制のパートタイマ ーが占めている。
本稿の主題でもあり、近年批 1 ウォルマート 287,989 +9.5 10,267 +13.4 2 BP 285,059 +22.6 15,371 +49.7 3 エクソンモービル 270,772 +21.5 25,330 +17.8 4 ロイヤルダッチシェルグループ 268,690 +33.2 18,183 +45.5 5 ゼネラルモーターズ 193,517 ▲ 0.9 2,805 ▲ 26.6 6 ダイムラークライスラー 176,688 +12.8 3,067 +504.9 7 トヨタ自動車 172,616 +12.7 10,898 +5.9 8 フォードモーター 172,233 +4.7 3,487 +604.4 9 ゼネラルエレクトリック 152,866 +13.5 16,819 +10.4    TOTAL (フランス) 152,610 +28.8 11,955 +50.4 (資料『フォーチュン』2005.7.25号) 営業収益 前期比増 純利益 前期比増 (百万ドル) (%) (百万ドル) (%) 2004年度「世界の500社」より上位10位 10 ※編集部注)「営業収益」は本業以外の収入も含むため、本文中の「売上高」とは数字が異なる MARCH 2006 70 は全米の雇用に対して甚大な影響力を持ってい る。
極論すれば、全米の労働水準を左右するほ どのパワーを持っている。
だからこそアメリカの労働組合は、ウォルマートの賃金水準、労働 条件に対して、強い関心を抱いている。
労働組 合の組織化率の高いアメリカでは、多くの市民 がウォルマートの労働条件を注視している。
強大な影響力を持つウォルマートに対する、 社会の眼は厳しさを増している。
同社が社会的 責任を果たすことへの要求は年々強まっている が、現実にはすれ違いばかりが目立って いる。
この問題はいまやウォルマートの抱える最大の アキレス腱になりつつある。
多発する労働関連の係争 近年、ウォルマートをめぐって労働関連の係 争が多発している。
現在でも労働関連だけで少 なくても四〇件の訴訟問題を抱えていて、もし これらの訴訟に負けた場合にウォルマートが支 払う罰金の総額は数十億ドル、つまり数千億円 から一兆円に達する可能性があると言われてい る。
ウォルマートが訴訟を起こされたり指摘さ れている労働関連の問題は、おおむね次の五点 に集約される。
? 労働組合に対する姿勢 ? 時間外労働に対する賃金未払い ? 労働者に対する性差別 ? 労働問題に関する当局の処罰 ? 低水準の医療給付を含む低賃金 判にさらされている「ウォルマートの低賃金」 というのは、従業員の大多数を占めるパートタ イマーの時間給が安いことを指している。
決し て店長など正社員の給与が低いという意味では ないことを、あらかじめお断りしておきたい。
桁違いの企業規模を持つウォルマートは、ア メリカ国内だけでも約一三〇万人を雇用する巨 大な雇用主だ。
海外まで含めた従業員の数は一 六〇万人にも上る。
そして、この人数は、店舗 数の増加に伴って今後も増加していくことにな るはずだ。
ウォルマートが意識しようとしまいと、同社 以下 、それぞれについて説明していく。
? 労働組合に対する姿勢 ウォルマートは労働組合の結成を認めていな い。
これまでに一部の店舗や特定の職種におい て組合が結成されたことがあったが、これを嫌 ったウォルマートは組合潰し的な動きに出た。
不当労働行為と見なされる行為をしている。
たとえば、カナダのケベック州にあるウォル マートの店舗で組合が結成されたときには、ウ ォルマートはこの店を閉めてしまった。
従業員 は解雇され組合は消滅した。
また、テキサス州 ジャクソンビルの店舗の精肉加工部門で組合が 結成されたときには、それまで店内で加工して いた精肉をプリパッケージに変えてしまった。
当然 、店舗の精肉加工の担当者は不要になり、 組合は消滅した。
店舗を閉鎖したり、精肉の加工システムを変 えたことは、それなりの理由をつけて説明する ことが可能だ。
それでも多くの人は、これを組 合潰しとみなしている。
? 時間外労働に対する賃金未払い ウォルマートは時間外労働に対する賃金未払 いに関する訴訟を複数抱えている。
同社の店舗 では、店長に対して人件費率の厳しいコントロ ールが求められている。
一説によると店舗での 人件費率は売り上げの約八%と予算化されてい て、実績が予算を上 回ってしまうと店長の業績 評価に影響するのだという。
厳しく人件費率を ウォルマート・ストアーズ アメリカ 1 285,222 11.3 カルフール フランス 12 90,297 3.1 ホーム・デポ アメリカ 1 73,094 12.8 メトロ ドイツ 12 70,093 5.3 ロイヤル・アホールド オランダ 12 64,615 ▲7.3 テスコ イギリス 2 62,284 10.3 クローガー アメリカ 1 56,434 4.9 シアーズ・ホールディングス アメリカ 12 55,800 ▲4.1 レーべ ドイツ 12 50,698 4.1 コストコ・ホールセール アメリカ 8 48,107 13.1 イオン 日本 2 35,307 17.0 イトーヨーカ堂 日本 2 33,547 2.3 ダイエー 日本 2 14,745 ▲9.1 ユニー 日本 2 11,029 2.0 ヤマダ電機 日本 3 10,257 17.4 西友 日本 2 9,540 13.6 高島屋 日本 2 9,502 ▲7.9 (資料:2006.1.1 チェーンストアエイジ) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 22 23 47 62 65 68 69 順位 社名 決算月 売上高 伸び率 (百万ドル) (%) 2004年度「世界の小売業ランキング」より抜粋 71 MARCH 2006 コントロールする結果、現場では時間外労働に 対する賃金の未払いが発生し、これが訴訟沙汰 になっている。
? 労働者に対する性差別 性差別に関する係争も多い。
二〇〇四年六月、 六人の元女性従業員が原告となって性差別によ る賃金の差額の支払いをウォルマートに求めた 訴訟では、カリフォルニア州サンフランシスコ の連邦地裁がこれを集団訴訟として審議する決 定を下した。
結果としてこの係争は、一九九八 年十二月以降に同社で働いた経験のある元女性 従業員と、現在働いている全ての女性従業員の 計一六〇万人が原告資格を持 つ、アメリカで最 大規模の集団訴訟へと発展した。
この種の訴訟は多額の和解金を支払うことに よって決着することが多い。
仮に敗訴したとし てもウォルマートにとっては大きな負担にはな らない金額だろうが、同社のブランドに傷がつ くことは避けられそうにない。
? 労働問題に関する当局の処罰 すでにウォルマートは、労働問題に関して当 局の処罰を受けている。
中国では二〇〇四年十 一月に、労働組合の結成を阻止したとして処罰 の対象となった。
このときウォルマートは処罰 を回避するために労働組合の結成を容認したが、 これは同社 にとっては異例の措置といえる。
また、二〇〇五年三月には、アメリカ国内で ウォルマートの店内業務を請け負っていた会社 が、多数の不法移民を雇用していたことが明ら かになった。
当局はウォルマートにも責任あり として罰金十一億円の支払いを命じた。
? 低水準の医療給付を含む低賃金 訴訟社会のアメリカでは、日本に比べて訴訟 が非常に多い。
日本人から見ると、訴訟が日常 化している印象すら受ける。
それでも、多くの 消費者の支持を受けているはずのウォルマート が、一方では労働関係のトラブルを数多く抱え ていることに意外 な印象を受けるかもしれない。
しかし、これは厳然たる事実だ。
しかも、これまでに挙げた事例は、いずれも ウォルマートの労働関連問題の本質を表すもの ではない。
むしろ、その周辺の事例に過ぎない。
現在、ウォルマートの労働関連問題の?本質〞 として最も厳しく批判されているのは、低水準 の医療保険給付を含む低賃金の問題だ。
アメリカ最大の小売業で、世界最大の企業で もあるウォルマートの賃金が社会問題になるほ ど低水準というのは、普通に考えればありえな い話だ。
儲かっているのだから、少なくとも小 売業界では最高水準の賃金を支払っていて当然 に 思える。
しかし、実態はそうではない。
だか らこそ大きな社会問題になっている。
出店反対・出店規制の動き ここ数年、アメリカ国内では、ウォルマート の出店に反対する動きや、同社を想定した大型 店の出店規制の動きが目立つ。
〈売上高〉78,338 89,051 99,627 112,005 130,522 156,249 80,787 204,011 229,616 256,329 285,222 前期比増(%) +23.6 +13.7 +11.9 +12.4 +16.5 +19.7 +15.7 +12.8 +12.6 +11.6 +11.3 既存店売上前期比増(%) +7.0 +4.0 +5.0 +6.0 +9.0 +8.0 +5.0 +6.0 +5.0 +4.0 +3.0 A 売上総利益率(%) 20.9 20.8 20.8 21.3 21.5 22.0 22.0 22.0 22.3 22.5 22.9 B 販管費率(%) 15.9 16.3 16.5 16.8 16.7 16.7 17.0 17.2 17.4 17.5 17.9 営業利益率(%) A-B 5.0 4.5 4.3 4.5 4.8 5.3 5.2 4.8 4.9 5.0 5.0 純利益2,643 2,689 2,978 3,424 4,240 5,394 6,087 6,448 7,955 9,054 10,267 前期比増(%) - +1.7 +10.7 +15.0 +23.8 +27.2 +12.8 +5.9 +23.4 +13.8 +13.4 純利益率(%) 3.4 3.1 3.1 3.1 3.4 3.4 3.4 3.2 3.5 3.5 3.6 〈店舗数〉 ディスカウントストア1,985 1,995 1,960 1,921 1,869 1,801 1,736 1,647 1,568 1,478 1,353 スーパーセンター147 239 344 441 564 721 888 1,066 1,258 1,471 1,713 サムズクラブ426 433 436 443 451 463 475 500 525 538 551 ネイバーフッドマーケット- - - - 4 7 19 31 49 64 85 海外店舗数226 276 314 589 703 991 1,054 1,154 1,272 1,355 1,587 ウォルマートの業績の推移 (アニュアルレポートより作成) 95/1 96/1 97/1 98/1 99/1 00/1 01/1 02/1 03/1 04/1 05/1 300 250 200 150 100 50 0 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 連結売上高の推移 (単位:百万ドル) (単位:10億ドル) MARCH 2006 72 給の実態が不透明なこともあって、これまでは 決定的に重要な問題としては指摘されてこなか った。
しかし、アメリカで最も豊かなマーケットで あるカリフォルニア地区への出店計画を表明し たのを契機に、問題点は徐々に整理されつつあ る。
ウォルマートの低賃金の実態や、他の小売 業従業員の労働条件に与えるマイナスの影響、 そしてウォルマートという巨大企業の従業員の ために支出されている医療保険支援などの公的 支出の大きさなどが、次々に指摘されるように なってきた。
これをウォルマートのキャッチフレーズであ る「エブリデー・ロープライス」をもじって、 「エブリデー・ローウエイジ(Low Wages =低 賃金)」と厳しく批判する声が急速に高まって いる。
同社の低賃金は、表に出ていない隠れた コストを、納税者でもある消費者が税金という かたちで負担する構造になっているという批判 である。
あえて英語のまま紹介すると、「Every day low wages. Hidden price we all pay for Walmart 」(毎日が低賃金。
低価格を支える隠れた コストは、我々みんながウォルマートのために 負担している)――という言葉が批判勢力の合 い言葉になっているのである。
これはつまり、消費者としてウォルマートの 低価格の恩恵を享受する一方で、納税者として、 同社の従業員に対して全米規模で多額の税負担 をしているという実態を消費者の皆さんはどう 最も世間の耳目を集めたのは、二〇〇四年四 月にカリフォルニア州イングルウッド市が、住 民投票でウォルマートの出店反対を決議した件 だ。
この一件はウォルマートが、同社の主力業 態である衣食住の三 部門が揃ったフルラインの スーパーセンターを、二〇〇六年末までにカリ フォルニア州に合計四〇出店するという計画を 発表した後に起きた。
住民が反対した最大の理 由は、ウォルマートの低賃金が、カリフォルニ アの既存産業の賃金水準を引き下げることへの 懸念だった。
その数カ月後には、ロサンゼルス市がウォル マートによる市内での出店を規制した。
二〇〇 五年に入ると、ニューヨークのクイーンズ地区 への出店に地元商業者と労働組合が強く反対し、 ウォルマートは出店断念を余儀なくされた。
さ らにシカゴでは、ウォルマートの出店表明に対 して「最低賃金法」が可決された。
この法律は 受け 入れられないとしてウォルマートは出店を 諦めた。
同社の進出に対して、その強力な競争力に対 抗するのが困難なことから地元商業者が反発す るのは理解できる。
ただし、ここで注目すべき は、労働組合が猛烈に反対していることだ。
ウ ォルマートの進出が、その地区の労働条件の悪 化につながるというのがその理由だ。
そこでは 同社の価格競争力の源泉である、低賃金そのも のが問題になっている。
ウォルマートの時間給の低さについては、以 前から全米各地で問題視されてきた。
だが時間 考えますか? 隠された多額の税負担を考えた ら、ウォルマートで安く商品を購入することを 社会的に受 け入れることができますか? とい う問題提起である。
米国史上有数の大規模スト 実はこの問題には長い潜伏期間があった。
そ してイングルウッド市の住民投票より半年ほど 前に、これを一気に表面化させる出来事が発生 したという経緯がある。
カリフォルニア州で勃 発した主要食品スーパーによる長期ストライキ がそれだ。
二〇〇三年一〇月十一日、カリフォルニア州 南部に地盤を置くスーパーマーケット、セーフ ウェイ(「ボンズ」と「パビリオン」の二つの チェーンを運営)の店舗で、従業員がストライ キに突入した。
翌十二日にはアルバートソンズと「ラルフス」(社名はクローガー)の店舗が、 会社側によってロック・アウト(会社側による 閉鎖)された。
これによりカリフォルニア州南 部の三大スーパーマーケットチェーンが、揃っ てストライキに突入する という異常事態が発生 した。
結果として、カリフォルニア州南部と中部の スーパーマーケットのうち六割近くに相当する 合計八五二店舗がストライキの影響を受けるこ とになった。
そして、これは二〇〇四年二月二 六日まで四カ月余り続く長期ストへと発展した。
これほど大規模なストライキとしては、アメリ カ史上に残る最長記録となっている。
73 MARCH 2006 このストライキの発端も、やはりウォルマー トによるカリフォルニア州への出店計画の発表 だった。
アメリカ南部のアーカンソー州に本社 を置くウォルマートが、主力業態であるスーパ ーセンターを引っさげて、いよいよ西海岸に進 出してくる。
これに対して危機感を抱いたカリ フォルニア地区のスーパーマーケットが、労働 組合に新たな労使協定を提案したことがストラ イキの引き金になった。
ストライキが勃発する数日前の二〇〇三年一 〇月六日、カリフォルニア地区のスーパーマー ケットの経営者と、スーパーマーケットの従業 員を中心とする全米食品商業労働者組合(U FCW=The United Food and Commercial Workers Union )は、失効したそれまでの労働 条件に関する労使協定に代わる、新しい協定の 交渉に入っていた。
ウォルマートの進出計画の発表を受けた会社 側は、ウォルマ ートと競争して いくためには賃 金水準を大幅に 引き下げざるを え な い と し て 、 UFCWに賃金 の引き下げを申 し 入 れ て い た 。
これにUFCW が猛反発したこ とからストライ キが発生した。
対する会社側が、対抗措置とし てUFCWの組合員である従業員が店舗へ入る ことを禁止(ロック・アウト)したため前述の 事 態に陥った。
この労使交渉が難航したことで、ストライキ は四カ月を超すほど長期化してしまった。
一説 によると、この間のスーパーマーケット三社の 損失額は約二五億ドル(約三〇〇〇億円)にも 達したと伝えられている。
これほど甚大な被害 を受けても互いに譲ろうとしなかったのには、 労使ともに深刻な認識を抱いていたためだ。
このときの会社側の説明によると、ウォルマ ートの時間給は平均九ドル。
これに対して、U FCWの傘下にある三社の時間給は十九ドルで 差が一〇ドルもある。
この時間給をウォルマー トの水準にまで引き下げなければ、競争に勝て ないどころか、企業の存続すら危うくなる。
こ うした強い危機感があったため、会社側は簡単 に引き下がれなかった。
結局、経営側とUFCWとの交渉は、異例の 形で終結することになった。
既存従業員につい ては現行通りとする。
ただし、新規雇用者につ いては、時間給を四ドル引き下げて一五ドル (年収換算二万五〇〇〇ドル、二八〇万円)に する││。
つまり新規雇用者については年収換 算で六〇〇〇ドル、およそ八八万円の減収を労 組が容認するという内容である。
この労使協定 は三年間の仮協定となっている。
このように異なる二種 類の労働条件を、労働 組合が受け入れるのは極めて異例だ。
仮協定と なっていることからも、UFCWにとって苦汁 の決断だったことが窺える。
言い換えれば、最 終的には労組が会社側の言い分を受け入れざる を得なかったほど、ウォルマートの低賃金の圧 力は強まっているのだ。
ただしこのことは、ウォルマートの低賃金に 対するUFCWの闘争心をかき立てることにも なった模様だ。
労働組合の組織化が進んでいる アメリカでは、組合のない企業は少ない。
全米 最大の雇用主であるウォルマートに組合が存在 せず、しかも低賃金であ るという事実は、UF CWにとっては看過できない事態だ。
今後もウ ォルマートは、UFCWから執拗に組合結成を 働きかけられることになるはずだ。
エブリデー・ローウエイジの実態 ウォルマートの時間給の実態は、これまでな かなか表面化してこなかった。
ところが待遇に関する元従業員の訴訟が増えたのに伴って、ウ ォルマートが裁判所に提出する賃金関連の資料 も多くなった。
これらの資料の分析から、ウォ ルマートの賃金実態が徐々に浮き彫りになりつ つある。
労働経済学や小売業の研究者による研 究レポートも増えた。
このことがウォルマート の低賃金に対する社会的な関心を著しく高める ことにつながっている。
小売業の時間給は職種や経験年数、地域など によって異なるため、他社との単純な比較は難 しい 。
ただし全体としては、労働組合が組織さ れているスーパーマーケットと比べると、ウォ カリフォルニア州における業態別店舗数 (2005/1 現在) ディスカウントストア 149 スーパーセンター 3 サムズクラブ 33 ネイバーフッドマーケット 0 MARCH 2006 74 ものが安いこと。
もっとも、この点については、 ウォルマートが未熟練者を前提に作業を行い、 作業スケジュールも作っているためで、むしろ同社のオペレーションレベルの高さとして評価 すべき点も多い。
背景には、恒常的に流入する低所得移民を労 働力の大きな供給源とするアメリカの社会構造 があり、ウォルマートは、これを上手に活用し ているという見方もできる。
ただし、このよう な事情があるためか、同社の単純労働者の定着 率はかなり低い。
一年間で顔ぶれが全部変わっ てしまう店すらあるという。
ウォルマートの低賃金のもう一つの問題点は 医療保険給付の低さだ。
日本のような健康保険 制度を持 っていないアメリカでは、従業員と会 社が負担して独自に医療費をカバーしなければ ならない。
それだけに医療給付の厚さは、従業 員の会社に対するロイヤリティ(忠誠心)を高 める重要な要素になっている。
従業員に対する手厚い医療給付は、企業経営 が順調なときは問題にならないが、業績不振に 陥ったときはコストカットの対象になりがちだ。
最近、経営が厳しくなっているGMが、従業員 に対する手厚い医療給付負担を見直すというニ ュースが伝えられているのも、その一例だ。
医療保険給付の薄い人が大きな病気になると、 実際にかかった医療費と、その人の医療 保険給 付金との差額が発生してしまう。
これは結局、 公的医療費が負担せざるを得ない。
つまり最終 的には納税者が負担することになる。
このよう ルマートの時間給が五、六割の水準、つまり他 社の半分だということが分かってきた。
カリフォルニア州での騒動に全米の注目が集 まったのも、ある調査がきっかけだった。
カリ フォルニアの賃金水準は米国内でも高いとされ る。
その調査によると、ウォルマートの時間給 はサンフランシスコ地区の平均時給の半分に過 ぎず、もしウォルマートの出店を認めれば同地 区の時間給は大幅に引き下げられる可能性が高 い。
出店は地区 全体の労働条件の悪化につなが る││と、その調査は指摘している。
ウォルマートの低賃金構造は二つの問題をは らんでいる。
まず基本的な問題は、時間給その な構図に社会の注目が集まった結果、ウォルマ ート批判にさらに拍車がかかった。
ウォルマートだけでは生活できない 同社の時間給がどれだけ低いかについては、 いくつか興味深い報告がある。
ある女性ジャー ナリストが、ウォルマートの賃金で生活できる かどうかを試してみた結果をまとめている。
こ の女性はまず、フロリダ州のキーウエストでホ テルのメイドとファミリーレストランのウエイ トレスとして実際に働いてみた。
さらに東部の メーン州ポートランドの老人ホームで介護助手 と家政婦も経験した。
そして、ミネソタ州ミネアポリスのウォルマ ートでも働いた。
この女性ジャーナリストが実 際に体験した五つの職種のうち、四つは何とか 生活できた。
ところがウォルマートだけは、生活に必要な収入をどうしても得ることができな かったという。
他にも、あるスーパーマーケットに勤めてい た三六才で五 人の子を持つシングルマザーの女 性の例が報告されている。
この女性は従来、ス ーパーマーケットで時間給約一五ドルを貰って いた。
しかし、その企業が経営不振に陥り全従 業員を解雇したため、仕方なくウォルマートに 職を得た。
すると時間給は九ドルにも達しなか ったという。
ウォルマートは時間給が安いだけではない。
これを補うために別の仕事を掛け持ちする、い わゆるセカンドジョブを持つのが非常に困難な 2001年 2004年 ウォルマート 全大型小売業 ウォルマート 全大型小売業 時間給 $9.70 $14.01 $10.93 $17.03 69% 100% 64% 100% ウォルマート 時間給 $9.40 $15.31 61% 100% 組織化された スーパーマーケット 平均賃金の上昇率もウォルマートは低い 2004年時点の時間給の比較(サンフランシスコ、ベイエリア) ウォルマート の水準 ウォルマート の水準 75 MARCH 2006 ことも指摘されている。
仕事の繁忙に対応して 勤務スケジュールが組まれるため、勤務時間の 予測がつかないのである。
もしセカンドジョブ を容易に持てる状況であれば、ウォルマートの 低賃金に対する非難は、もう少し穏やかなもの になっていたかもしれない。
仮にある人が、ウォルマートの収入だけで生 計を立てるために勤務時間数を増やしたいと考 えても、安定した生活を送れるだけの勤務時間 数をこなすのは困難だという。
こうした情報を 総合すると、ウォルマートで働くことで生計を 立てるのは、パートタイマーにとって非常に難 しいことが分かる。
結果として、ウォルマート の従業員の多くが、最低生活を送る収入基準と して 政府が設定している貧困ラインにすら達す ることができずにいる模様だ。
こうしたケースでは、結局、公的支援という かたちで納税者が負担を肩代わりせざるをえな い。
ウォルマートの従業員の子供たちに対する 教育費や医療費、フードスタンプと呼ばれる食 料費の支援などが、全米規模で支出されること になる。
ウォルマートの低賃金に世間の関心が向きは じめたことで、他の小売業に注がれる目も厳し くなってきた。
ただし、米国の大手ディスカウ ントストアすべてが低賃金というわけではない。
日本にも進出しているコストコも組合を持って いないが、一般的なスーパーマーケットの従業 員と比べ てもコストコの賃金は高いとされてい る。
医療保険についても会社の負担割合は九 二・五%だという。
一方のウォルマートは、近年、医療保険への 加入資格を従来よりさらに引き上げている。
本 人負担率もこれまでの三六%から四二%に引き上げたという。
全米平均の負担率が一六%であ ることを考えると、ウォルマートの従業員の個 人負担の大きさが分かる。
経済効果と社会コストの負担増 これまでウォルマートといえば、エブリデ ー・ロープライスに対する消費者の支持と、低 価格による企業競争力にばかり、世の中の興味 が集中していた。
しかし、その価格競争力が、 低賃金構造の上に成り立っているという構図が 徐々に明らかになりつつある。
カリフォルニア大学バークレー校の調査報告 書もこうした見方を裏付けた。
ウォルマートが 従業員の賃金や福利厚生を低水準に抑えている 結果、従業員の医療保険や教育費補助などに州 政府が多額の支出をし、州の財政にとって大き な負担になっている、とこの報告書は指摘して いる。
ウォルマートの低価格によ る恩恵ばかり が目立つが、地域経済全体の発展にとってはマ イナスの要素が大きいというわけだ。
今、アメリカの消費者は、ウォルマートの従 業員に対する公的支援負担の増加について、納 税者としてどう考えるのかという質問への回答 を求められている。
同社の競争力の源泉である 販管費率の低さに感嘆しているだけでは、巨大 企業ウォルマートの抱える問題は見えてこない。
ウォルマートと同業他社との時間給の差が最 大で一〇ドルにも達することに着目した、興味 深い試算がある。
仮にウォルマートの国内従業 員一三〇万人の時間給すべてを一ドル引き上 げ ると、年間人件費は二十一億ドルの負担増にな るという。
五ドルの引き上げであれば一〇〇億 ドル余りの負担増だ。
ウォルマートの現在の利 益額は一〇三億ドルだから、時間給を五ドル引 き上げるだけで全ての純利益が吹っ飛んでしま うことになる。
エブリデー・ロープライスが、エブリデー・ ローウエイジ(低賃金)を基盤にしたものでは ないかという世の中の疑念に対して、果たして ウォルマートはどう答えていくつもりなのだろ うか。
この問題への対応次第では、同社は、消 費者からの支持という金額に換算できない強み を失いかねない。
(すずき・たかゆき)東京外国語大学卒業。
一九六八年 西友入社。
店長、シカゴ駐在事務所長などを経て、八九 年バークレーズ証券に入社しアナリストに転身。
九〇年 メリルリンチ証券入社。
小売業界担当アナリストとして 日経アナリストランキングで総合部門第二位が二回、小 売部門第一位が三回と常に上位にランクインし、調査部 のファーストバイスプレデント、シニアアナリストを最 後に二〇〇三年に独立。
現在はプリモ・リサーチ・ジャ パン代表。
著書に『イオングループの大変革』(日本実業 出版社)ほか。
週刊誌などでの執筆多数。

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