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MARCH 2006 60
「ABCの結果を見てませんね」
支店の面々に大先生が鋭く指摘した
大先生のたばこ休憩の後、福岡支店での会議が
再開された。 社長の一喝に続いて休憩に入ったこ
ともあり、会議室は重苦しい雰囲気に包まれたま
まだ。 支店側から出席している四人は、被告席に
座らされているかのように神妙にしている。
「それでは、会議を再開したいと思いますが‥‥」
物流部長はそう言うと、大先生に視線を移した。
どうせ無視されるだろうと思っていたが、案に相
違して大先生が引き取った。
「次長にお聞きします。 次長は営業の責任者とい
うことですが、営業の何に
責任を負ってるのです
か?」
突然、指名された次長は、休憩前の流れとは無
関係の、予期せぬ質問に慌てた。 つい意味のない
返事をしてしまう。
「は、はい、売上目標の達成に‥‥」
「具体的には?」
「はぁー、営業の連中の支援をしたり‥‥」
「どんな支援ですか?」
矢継ぎ早の大先生の質問に、次長は頭が真っ白
になってしまったようだ。 すぐに言葉に詰まった。
大先生が助け舟を出す。
「いつもやってることを教えてくれればいいんで
すよ。 目標達成のために、顧客別に何をしようと
か
、こういう売り方をしようとか、何か方策があ
るでしょ?」
「は、はい、重点顧客を決めたり、重点商品を決
めたり、はい、いろいろやってます」
「そうですか。 まあ、それはいいとして、物流A
BCの結果を見ると、恐らく赤字ではないかと思
われるお客さんが結構ありますが、それについて
はどう思いますか?」
「はぁ、えーと‥‥」
そう言いながら次長は、そっと支店長の顔をう
かがった。 支店長が算定結果表を次長に見せよう
としたとき、大先生が鋭く指摘した。
「次長、ABCの結果を見てませんね? 何も知
らずに会議に出席してる?」
「は、はい、まだ‥‥
」
《前回のあらすじ》
本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクスの分野で
有名なカリスマ・コンサルタントだ。 アシスタントの“美人弟子”
と“体力弟子”とともにクライアントを指導している。 旧知の問
屋に依頼されたロジスティクスの導入コンサルを進めるため、この
問屋の福岡支店を訪ねている。 最初のヒアリング場所として、大
先生がこの支店を選んだのには秘めた狙いがあった。 その予想通
り、事前調査では優秀に見えた福岡支店の物流管理の内実は、営
業マンを物流支援に使うなど滅茶苦茶なことが判明した。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
湯浅和夫の
《第
47
回》
〜ロジスティクス編・第6回〜
61 MARCH 2006
大先生の勢いに押されて、次長が正直に答える。
社長と営業部長が気色ばむ。 何か言おうとする社
長を、大先生は手で制すと、今度は業務課長に確
認した。
「業務課長、あなたは、今回のABCや在庫分析
の結果は見てますか?」
観念したように、業務課長が小声で答える。
「いえ、私もまだ見てません‥‥」
「それでは、次長も業務課長も、この会議に出て
る意味がわからんでしょう?」
業務課長が小さく頷く。 次長は下を向いたまま
だ。
それを見て、大先生が支店長に声を掛けた。
「支店長、正直なところあなたは、物流部長が依
頼したこの調査を面倒だと思い、適当に処理しよ
うと考えましたね。 こんな調査があることさえ、次
長にも業務課長にも話さなかったでしょ。 話した
としても、おれの方で適当にやっておくからって
ことにしたんじゃないですか?」
支店長も観念したかのように頷くと、
「申し訳ありません」
と小声でつぶやく。
これを聞いた社長は居ずまいを正した。 営業部
長が吐き捨てるように言う。
「支店長は、朝の会議では
ABCを高く評価する
ような発言をしてたけど、心にもないことを言っ
てたわけだ。 社長に謝ったらどうですか」
支店長が答える前に、社長が毅然と言い放った。
「謝らなくて結構。 謝っても許しません。 あなた方
には、何らかの形で責任を取ってもらいます。 そ
れにしても、現場に受け入れる土壌がなければ、本
社でいくらその重要性を強調してもロジスティク
スは空回りするだけね。 二人ともよく認識しなさ
い、この現状を。 おそらく、この支店だけでなく、
他の支店も似たり寄ったりだと思うわ」
社長の言葉
に、物流部長と営業部長が大きく頷
いた。
堰を切ったように社長が追及する
温厚な女社長の怒りが頂点に達した
二人を見ながら、社長は、この支店に来る前日
に、大先生からもらったメールを思い出していた。
それには『今度のヒアリングで怒りたいことがあ
ったら、思い切り怒って結構』とあった。 社長は
意を決したように福岡支店の連中を見た。
「次長、正直に答えなさい。 今年度の売上目標は
達成できますか?」
指名された次長が、恐る恐るという感じで社長
の顔を見る。 厳しい眼差しに射すくめられたよう
に答えるが、声が震えている。
「はぁ、いまのところ、ちょっと難しいかと‥‥
年
度末に発破を掛けて、何とか目標に‥‥」
「営業の連中に発破を掛けて、押し込み販売でも
やろうというのですか? 新規顧客の開拓はどう
なってますか? 今年度の計画に入っていたでし
ょ?」
「頑張ってはいるのですが、あまり芳しい成果は
‥‥」
業を煮やしたように社長が営業部長に顔を向け
た。
「営業部長、この支店の営業の実態を徹底的に調
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べて、あとで私に報告しなさい」
営業部長が「わかりました」と返事をし、苦虫
を噛みつぶしたような顔で次長を見る。
その横で物流部長がつぶやく。
「営業に物流の手伝いをさせている暇があったら、
新規顧客の開拓でもやればいいのに‥‥」
それを聞いた次長が、下向き加減のまま表情を
歪める。
もう社長の怒りは止まらない。 二人の弟子たち
も、さすがに身の置き所がなく居心地が悪そうだ。
大先生は、社長が次長を詰問している間に、さっ
さと席を外してしまった。 また応接室に、
たばこ
を喫いに行ったようだ。 社長の追及が続く。
「センター長、あなたは物流センターをどうしよ
うと思ってるの?」
今度は矛先が物流センター長に向った。 センタ
ー長が答を絞り出す。
「はい、えー、サービスの向上とコストダウンを
目指してますが‥‥」
あまりにもいい加減な返事に呆れた社長が、じ
っと物流センター長の顔を見つめる。 センター長
は顔を上げられず下を向いたままだ。 重苦しい沈
黙の時間が流れる。 社長が、わざと静かに聞く。
「目指
しているだけで、具体的には何もしていない
というのが正直なとこでしょ? 毎日の出荷に追
われてるだけなんじゃないの」
社長の指摘に、物流センター長が「はい」と小
さな声で認めた。 社長は呆れ顔のまま頷くと、今
度は業務課長を見た。 次はいよいよ自分の番だと
いう感じで業務課長が身構える。
「業務課長、あなたは、この支店の利益を増やす
ためにどんなことをしてるの?」
まったく考えてもいなかった質問に、業務課長
は戸惑いの表情を浮かべた。 いい加減な返事をし
たら突っ込まれると思いながらも、なぜかつい、い
い
加減な返事をしてしまった。
「は、はい、支店のコスト削減に努力してます」
さすがにこの答えには、社長の顔に苦笑が浮かぶ。 ちょっと間を置いて、再び社長が聞いた。
「仕入れはあなたの管轄なの?」
「はい、営業と物流以外のもろもろを担当してい
ます」
「仕入れはもろもろですか‥‥まあ、いいですけど、
仕入れの責任者ということは、在庫もあなたの責
任ね?」
「いえ、仕入れ担当とはいっても、実際は、営業
の連中やセンター長と相談しながらやってますの
で‥‥それに、営業は計画通り売ってくれません
ので、在庫につ
いて責任は持てません」
「それじゃ、在庫は誰の責任なの? 支店長?」
「は、はい、最終的には私の責任になります」
「その在庫責任というのはどういう責任? その
責任を果たすために、あなたは何をやってるの?」
「はー、欠品を出さないということを第一に考えて
ますが‥‥」
「在庫量はどうやって管理してるの?」
「はぁー、特に管理は‥‥」
「そう。 利益責任はもちろんあなたよね。 利益を増
やすために、あなたは何をしているの?」
もう、いい加減な返事はできない。 この期に及
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んで、売上増だとか、コスト削減などと言えば、社
長のカミナリが落ちるに違いない。 そう思った支店
長はついに黙ってしまった。 社長も何も言わず、う
つむいたままの支店長たちを見ている。 そこにいる
全員が沈黙に耐え切れなくなった頃、社長が厳し
く言い放った。
「結局、ここにいる誰も、支店の業績を上げるた
めのマネジメントなど何もしていないってことね。
営業の連中が動いて売り上げをあげ、コストはか
かるだけかかって、結果として利益や損失が生ま
れる。 年度末に、押込み販売をしたり、支出を先
送りしたりして形をつけてるだけ。 要するに、あ
なたたちがいなくても、この支店は何事もなかっ
たかのように動くということね。 違いますか?」
社長のこの言葉に誰も返事をしない。 いや、返
事ができない。 とうとう社長が引導を渡した。
「返事がないということは、それを認めてるとい
うことと解釈します。 それでは、全員、今日中に
辞表を出しなさい」
大先生があっけらかんと言った
「あれ、みんな、まだいたの」
福岡支店の四人の身体が、電流でも走ったよう
にビクッと震えた。 営業部長と物流部長は微動だ
にしない。 弟子たちも同じだった。 再び会議室が
息苦しい沈黙に包まれる。
そのとき会議室の扉が開いて、大先生が戻って
きた。 全員の異様な雰囲気に気づきながら、支店
の四人に向かってあっけらかんと言った。
「あれ、みんな、まだいたの。 社長に怒られて
『冗談じゃねえ。 こんなぐちゃぐちゃ言われるよう
な会社にいられるか』って啖呵切って、もう全員、
席を立ってしまったかと思ってたんだけど」
大先生の言葉を社長が受け
た。
「はい、ですから、辞表を出すように言いました」
IllustrationELPH-Kanda Kadan
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「うーん、でも、顔を見ると、辞表を出すって勢い
はないな。 辞表を出さないのなら降格、大幅な減
俸? それとも、敗者復活戦はあるの、この会社
では?」
「私には、敗者復活戦に挑もうという気概もない
ように思いますが‥‥」
この社長の言葉に反応して、ようやく支店長が
声を出した。
「社長、申し訳ありません! すべて私の責任で
す」
「そうです。 あなたの責任です。 あなたのいい加
減さが、みんなにうつってしまったようです。 どう
責任を取りますか?」
「もう一度チャンスをください。 あと半期で結構で
す。 もう一度やらせてください。 それでダメなら
首で結
構です。 お願いします」
支店長の必死の訴えに社長が応える。
「わかりました。 でも、もう半期やってもらう前
に、自分たちが、支店経営にどう必要なのか、支
店の利益にどう貢献できるのかについてみんなで
話し合って答を出しなさい。 そして、それを私に
報告しなさい。 報告を聞いてからどうするか決め
ます」
支店の四人全員が一瞬ホッとしたように表情を
和らげる。 しかし、不安の陰は消えない。 それを
見た大先生が、物流部長と営業部長に声を掛けた。
「二人は、今回のABCと在庫分析の結果の見
方について、彼ら
をじっくりと指導してやった方
がいい」
大先生の意図を即座に汲み取った営業部長が、
「わかりました。 そうします」
と大きな声で答えた。 社長も頷きながら、念を
押すように物流部長に指示した。
「私にいつ報告できるか、彼らと相談して日程を
決めなさい。 その日は常務も同席するように手配
してください」
常務と聞いて支店長以下、全員が首をすくめた。 なぜか物流部長も、頷きながら首をすくめている。
彼らにとって?すべてお見通し〞の常務は、社長
以上にこわい存在なのだ。
こ
うして福岡での大先生の最初の支店ヒアリン
グは終わった。 外はもう真っ暗だ。 応接室に向い
ながら、社長が大先生に声を掛けた。
「今夜は、みなさんお泊りですよね。 お食事をご一
緒させてください」
大先生が頷く。 すかさず物流部長が、
「河豚の店を予約しておきましたから」
と嬉しそうに言う。
呆れ顔の営業部長が出した足に物流部長がつま
づき、危うく転びそうになった。
(本連載はフィクションです)
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。 湯
浅コンサルティングを設立し社長に就任。 著
書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、
『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管
理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか
る本』(以上PHP研究所)ほか多数。 湯浅コ
ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp
PROFILE
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