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MARCH 2006 10
物流までカッコいい
千葉・海浜幕張の駅前に立つ巨大なインテリジェ
ントビル。 一六階に上ってエレベータを降りると、右
手に額縁状のガラス窓がある。 額縁のなかを時折、黒
地に白抜きで大きく「ZOZOTOWN
/
DELIVERY
SERVICE
」と印字された段ボール箱がコンベヤーに
乗って静かに横切る。 その奥手には保管棚が並び、忙
しく出荷作業が行われている。 ネット通販ベンチャー、
スタートトゥデイの物流センターだ(左頁写真)。
段ボール箱のデザインに合わせて、コンベヤーや保
管棚は全て黒に塗り替えた。 トートボックスも特注。
作業に使うハンディ端末も自社開発したものだ。 どう
したら物流センターがカッコ良くなるのか、常に試行
錯誤している。 「フェラーリの工場を見たことありま
すか。 あれと同じですよ」と、創業メンバーの一人、
山田潤取締役は説明する。
?走る芸術品〞とも称さ
れるフェラーリの工場には、
ゆとりのある空間の随所に、大きな観葉植物や、展示
用の完成車が配置されている。 フェラーリレッドに統
一したユニフォームや工具のデザインにも気を配って
いる。 自分たちがどんな商品を作っているのか、常に
スタッフに意識させるための工夫だ。
それと同様に、流行の最先端のファッションを扱う
スタートトゥデイでは、物流も商品に負けないぐらい
オシャレであるべきだと考えている。 そのためアウト
ソーシングはできない。 センター作業はもちろん「本
来なら配送も宅配便を使うのではなく、専用車両を用
意して自分たちで直接手渡して回りたいぐらい。 商品
がお客様の手に渡る直前
の作業を、服に全く興味のな
い人に任せるのは格好良くない」という。
音楽CDのカタログ通販会社として九八年に創業
した同社は、二〇〇〇年にチャネルをインターネット
に転換。 同時に扱い商品をアパレルに拡大し、ネット
上にセレクトショップを次々に立ち上げてきた。 二〇
〇四年十二月にはインターネットのファッション街と
して「ゾゾタウン」を設立。 自社店舗のほか、ユナイ
テッドアローズやビームス、シップスといった有力セ
レクトショップをテナントとして獲得した。
業績は急拡大している。 二〇〇五年三月期の売上
高が一七億四〇〇〇万円。 今期は四〇億円を大きく
超える見込みだ。 利益率も高水準を維持して
いる。 同
社の扱うブランド品の調達は基本的に全品買い取り。
粗利が大きい分だけ、売れ残りのリスクも高い。 ネッ
ト通販の特性を活かし、アイテム別の閲覧件数をベー
スにして単品ごとの需要をきめ細かく予測することで
売れ残りを防いでいる。
ゾゾタウンの店舗数は現在、四九を数える。 月当た
りの出荷件数は約五万点に上っている。 その全ての物
流を、本社オフィスと同じフロアに設けた冒頭の自社
センターで社内スタッフの手で処理している。 作業端
末
を通じて在庫ステータスはリアルタイムでサイトに
反映される。 在庫が全て手元にあるため、商品に関す
るどんな問い合わせにも現物を見ながら対応できる。
同社にとって物流センターは単なる在庫基地ではな
く、販売の最前線でもある。 通常のセレクトショップ
では接客を通じて顧客の生のニーズを掴む。 しかしリ
アルな店舗を持たないスタートトゥデイには対面接客
の機会がない。 その代わりタートトゥデイのバイヤー
は、物流センターで実際に売れた商品を毎日大量に手
にしている。 店舗の接客とは情報量のケタが違う。 そ
こで得た情報と感覚
が仕入れに活きてくる。
新入社員も入社後六カ月間は物流センターに配属
する。 バイヤー経験者は採用しない。 先入観や思い入
儲かる直販モデルの作り方
なぜデルだけが、アスクルだけが強いのか。 直接注文を受
けた商品を顧客に直送する。 そのビジネスモデルは極めてシ
ンプルだ。 扱っている商品や価格に大きな特徴があるわけ
でもない。 それでもライバルたちがキャッチアップできない
理由はどこにあるのか。 (大矢昌浩)
第1 部
ASKUL/DELL/ZOZOTOWN
11 MARCH 2006
れはむしろ邪魔になる。 物流センターで今、何が売れ
ているのかを自分の肌で素直に感じることで、売れ筋
やトレンドを見極める嗅覚を養う。
センター内ではバイヤーやアルバイトに混じって、
今も前沢友作社長をはじめとした経営陣が自ら出荷
作業を手掛ける姿を見かけることもある。 山田取締役
は「自分で選んだ商品が売れていくのを実感できる。
出荷作業は本当に楽しい」という。 物流センターの割
高な作業人件費や倉庫賃貸料、過剰な内装設備など
のコストも差別化のための投資という位置付けだ。
リスクをとって在庫を買
い取る。 しかも手元に置い
て物流まで自分でやる――そのビジネスモデルは一般
のネットショッピングモールとは対極にある。 別に奇
をてらっているわけではない。 「自分の好きな服を売
り、気に入ってもらえる人に買ってもらいたいという
素朴な気持ちからスタートして自然と今の形ができあ
がった」と山田取締役。
同社の成功を見て、ビジネスモデルを模倣するIT
企業系の競合サイトも現れている。 しかし脅威には感
じない。 ビジネスモデルを表面的にコピーすることは
できても、商品の目利きや調達先メーカーとの関係作
り、物流、顧客対応などのリアルなプロセスは、IT
企業には根付かない。 組織
のDNAが違うと判断して
いるからだ。
実際、ビジネスモデルのデザインそのものが差別化
手段になっているケースは、実はあまりない。 直販の
代名詞ともなっているデルは、パソコン業界を短期間
のうちに制覇した。 同社の台頭を目の当たりにした他
のライバルメーカーたちも相次いで同じモデルの導入
に動いたが、成功したのはデルだけだった。 価格や製
品力に大きな違いがあるわけではない。 むしろデル製
品はデザイン的には無骨で人気がない。 それでもIB
Mやコンパックなどの大手メーカーはもちろん、デル
とほとんど同じ成り立ち、同じビジネスモデルのゲー
トウェイにも大差をつけた。
成否を分けたものは何か。 デルの法人事業本部でマ
ーケティングを担当
した経験を持つローランドベルガ
ーの平井孝志プリンシパルは「直販はシンプルなモデ
ルだが、デルの場合はそこに矛盾や途切れがない。 戦
略から個人の業績指標に至るまで整合性が取れている。
そのため社員も自分のやるべきことをハッキリと理解
できる。 それが好循環を生み出している」という。
経営原則が組織を貫徹
図1は平井プリンシパルが作成したデルモデルの基
本構造だ。 「直接販売、拡大」を出発点として「適正
な利益と顧客のメリット」に至るプロセスがロジック
の積み重ねによって循環している。 それぞれの立場で、
このサイクルを回すことがデルのスタッフの役割だ。
それ以外の行動は、どんな小さなことでも許されない。 組織全体が一つの原則に基づいて動く。
他のライバルメーカーは直販と並行して店舗販売や
代理店販売も行っている。 それだけ戦略や業績評価の
基準も複雑になる。 時には筋の通らない話が社内で横
行する。 「そ
れでは組織がもたない。 社員たちは自分
が何をすべきか混乱してしまう。 理論的には一つの組
織に複数のビジネスモデルを並立させることも可能だ
ろう。 しかし今のところそれを成功させた事例を私は
知らない」と平井プリンシパルはいう。
同じマーケティング部門でも、デルの場合は他のメ
ーカーとは求められる役割が違う。 メーンターゲット
とする法人客はデザインにはコストをかけるより価格
を下げることを求める。 他メーカーのように有名人を
使った企業イメージの向上も期待しない。 マーケティ
顧客直送のロジスティクス
スタートトゥデイの
山田潤取締役
写真右壁をくり抜いて、
物流センターの内部の様子
を見せている。 スタートト
ゥデイならではのショーウ
インドウだ。
写真上物流作業に使用す
る携帯端末。 イントラネッ
トを通じて在庫や作業の進
捗をリアルタイムで共有し
ている。
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ング部門も、ただデルモデルを回すことだけに注力す
る。 セールス部門も同じだ。 目標値以上の利益を上げ
ても評価されない。 むしろ値下げを指示される。 循環
のブレーキになるからだ。
組織を貫徹するロジックは、ロジティクスのオペレ
ーションにも反映されている。 ロジスティクスの管理
指標として、デルが最も重視しているのは注文から納
品までのサイクルタイムだ。 速ければいいわけではな
い。 顧客に約束した通りの納期で納品できているかを
管理している。 企業向けの販売では、受注契約から納
品まで一カ月以上のタイムラグのある場合が少なくな
い。 その場合には納期から物流リードタイムを逆算し
て生産計画を立てる。 売り
先が決まっていても作り貯
めはしない。 作れば在庫になる。 ITの技術開発は日
進月歩。 納品に陳腐化してしまうリスクもある。 常に
最新の製品を供給するという原則に反する。
昨年十一月まで米デル本社の取締役として日本市
場向けオペレーションの統括責任者を務めていた新良
清ウインベルコンサルティング代表は説明する。 「通
常のメーカーは生産計画に合わせてロジスティクスを
設計する。 それとは逆にデルは、生産をロジスティク
ス計画に合わせている。 船や飛行機のスケジュールか
ら逆算して工場の生産計画を決める。 ギリギリまで作
らない」
完成品在庫を全
く持たないだけに、納期を遵守する
のは容易ではない。 部材の調達先や組立工場、3P
Lといったサプライチェーンのパートナーのコミット
が生命線だ。 従って、サプライチェーン全体のモニタ
リングがデルのロジスティクス部門の最も重要な仕事
となる。 そのために徹底して情報システムを活用する。
日本市場向けには九八年から三年をかけて納期情報
サービスシステムを構築した。 国境をまたいで散在す
る全てのパートナーの生産拠点や物流拠点の情報シス
テムをデータベースに連結。 その情報をインターネッ
トで検索できる形で公開した。 グローバル・ロジステ
ィクスの?見える化〞だ。
これによって顧客は七段階に区切った
受注処理のス
テータスをリアルタイムで確認することができるよう
になった。 パソコンを持っていない顧客にも対応する
ため、インターネットだけでなく電話からもアクセス
できるようにした。 音声認識システムを使ってステー
タス情報と納期を音声で知らせる仕組みだ。
欧米と比較しても日本の顧客は納期にうるさい。 そ
れだけ問い合わせの数も多い。 現在、データベースに
は毎日約一万五〇〇〇人がアクセスしている。 新シス
テムによって少なくとも一五〇人分に相当する業務を
自動化することができた計算だ。 問い合わせの対応に
追われていたセールスマンたちは本来の営業活動に特
化できるようになった。
内部的にも在庫削減という効果
をもたらした。 一時
期は三〇日分以上あった在庫がシステムの本格稼働
した二〇〇一年には四日分まで激減した。 「在庫水準
としては究極のレベル。 サプライチェーンが全て見え
るようになったことで、余計な在庫を持つ必要がなく
なった」と新良代表。 こうしたコスト削減を、さらな
る値下げの原資とすることで好循環が生まれている。
デルと同様に、オフィス用品通販のアスクルも、顧
客満足を起点にしてロジスティクスを設計している。
同社が注文充足に関して利用している管理指標は大
きく二つある。 一つは欠品。 そしてもう一つが時間内
配送だ。 当日配送の場合には午前中十一時までの注
文を
当日中に届けることを顧客に約束している。 この
当日中というサービスを社内的には「夕方六時まで」
と定義して、その遵守率を管理している。 夕方六時ま
新良清ウインベルコ
ンサルティング代表
ローランドベルガーの
平井孝志プリンシパル
図1 デルのビジネスモデル:ポジティブフィードバックループ
流通の時間と
コストの省略
直接販売、拡大
製品開発
低い在庫レベル
(部品在庫のみ)
共同
R&D
限られたターゲット
顧客セグメント
ベンダーの
収益性拡大 利益
部品価格
下落の影響小
早い新製品への
移行
高品質な製品
適正な利益と
顧客のメリット
顧客情報・
顧客ニーズ・
情報提供
平井孝志氏作成
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での納品を顧客にコミットしているわけではないが、
それが顧客の期待値だと判断している。
日々の遵守率の実績を吸い上げ、配送を委託して
いるパートナーと月次単位でレビューする。 目標値を
達成していない場合には改善方法について検討する。
改善の進まないパートナーには、顧客からのクレーム
を直接聞かせることもある。 アスクルのビジネスを理
屈ではなく、身体で感じてもらいたいという狙いだ。
アスクルの大住真インテグレーテッド・カスタマ
ー・レスポンス執行役員SCM担当は「とにかく顧客
志向を徹底している。 メーカーがコスト志向に陥るの
は、恐らく顧客を体感できないからだ。 私もかつては
メーカーに務めていたからよく分かる
。 メーカーは顧
客との距離が遠い。 その結果、ロジスティクスもコス
トありきになってしまう。 物流会社にもその傾向があ
る。 実際、顧客を体感してもらうと確実に意識が変わ
る」という。
同社の配送パートナーは東日本をグループのプラス
ロジスティクス、西日本をワールドロジが担当してい
る。 この二社の管轄するのが当日配送エリアで、明日
ではなく?今日来る〞。 使用済み梱包材等の回収な
ど、実質的な専用便を活用して独自サービスを行って
いる。 当日配送エリアは物量的には全体の七割程度
を占める。 それ以外の地域は大手宅配便を使っている。
アスクルもまた現在?見える
化〞に取り組んでいる。
従来から在庫引当、ピッキング、出荷までの物流セン
ター内の在庫ステータス情報は自社開発のWMS(倉
庫管理システム)を通じて把握してきた。 そのシステ
ムに配送パートナーのシステムをリンクさせる。 これ
に合わせてパートナーの配送プロセスの標準化と情報
インフラの整備を進めている。 完成は今春の予定だ。
新システムの稼働によって出荷までのプロセスはも
ちろん、出荷後の状況も既存の大手宅配会社以上に
細かいメッシュで把握できるようになるという。 もと
もとアスクルは時間を売りものにしているだけに、発
注から当日配送までのわずか数時間の間にも、顧客か
らの納品の問
い合わせが引きも切らない。 それに対し
て高い精度で納品時間を回答できるようになる。
顧客志向のロジスティクス
カタログ通販として出発した同社も今やインターネ
ット経由の受注が半分を占めている。 ネット分だけで
も年間約八〇〇億円を売り上げる。 他のオフィス用
品通販をはるかに引き離している。 扱っている商品や
価格に差はない。 ビジネスモデルも同じ。 しかし専用
便による当日配送網をはじめとした、自ら作り込んだ
顧客サービスで差別化を図っている。
アスクルでは「トラブルが発生した場合には、たと
え少額の顧客であっても、採算を度外視して社員が直
接、商品を届けることが珍しくない。 そのコストは一〇年先までの売り上げ
まで考慮に入れても元がとれな
い。 しかしその辺は鷹揚にやっている。 それも当社が
一会社一事業であるからできることなのかも知れな
い」と大住執行役員。 ここでもデルと同じ好循環が働
いている。
顧客サービスから出発する――欧米のロジスティク
スの教科書には、全てそう書かれている。 「サービス
が先、利益は後」。 ヤマト運輸の小倉昌男元会長も同
じアプローチで宅急便を開発した。 顧客志向はロジス
ティクスの原則とも言える。 しかし、実際には目先の
予算に振り回されてコスト志向に陥っている企業がほ
とんどだ。 原点に立ち戻って、顧客志向でロ
ジスティ
クスを再構築する必要がある。 直送を前提としたイン
ターネットへのシフトがその格好の機会になる。
顧客直送のロジスティクス
大住真インテグレーテッ
ド・カスタマー・レスポ
ンス執行役員SCM担当
物流センターの一角にある
アスクルの本社。 顧客の声
や市場動向を社員全員で体
感できるオフィス環境を目
指している
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