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APRIL 2006 26
物流部の延長線上の組織ではない
二〇〇三年六月末、ハウス食品は「物流部」
を廃止した。 その一方で七月一日付で新たに
「SCM部」を発足。 翌二〇〇四年の四月には約五億円を投じたSCMシステムを稼働し
てサプライチェーン改革を本格化した。 その
後は、管理体制の刷新やコスト削減をほぼ計
画通りにこなし、今年四月からの新たな中期
計画で次の段階に入ろうとしている。
組織図からは姿を消したが、ハウスの「物
流部」が無力だったわけではない。 それどこ
ろか社内外から広く認められる実績を残して
きた。 九三年を皮切りに数次にわたる物流改
善
プロジェクトに取り組み、九〇年代の初頭
に約一一〇億円あったトータル物流コストを、
一〇〇億円を切るレベルにまで引き下げた。
その後の事業領域の拡大などを考慮すれば、
年間およそ二〇億円を超す恒常的なコスト削
減を実現したことになる。
物流管理のあり方そのものも再構築してき
た。 ハウスは八〇年近く前から即席カレーを
扱ってきた老舗の加工食品メーカーだ。 約四
〇年前に発売した「バーモントカレー」の爆
発的なヒットで一躍、この分野のトップに躍
り出た。 即席カレーの国内シェアは現在でも
六割を超え、二位以下に大差
をつけている。
過去のハウスにとって、物流は決して存在
感の大きい業務ではなかった。 「プロダクト・
マネジメント制度」と呼ぶ伝統的な管理体制
のなかで、製品開発から販売までを一つの事
業部が手掛けるという体制を長らく続けてき
た。 この中の一つの要素に過ぎなかった物流
は、支店レベルで管理する受け身の業務だっ
た。 こうした位置づけを変えてきたのが「物
流部」だ(本誌二〇〇三年六月号既報)。
華々しい実績にもかかわらず、二〇〇三年
に「物流部」を廃止したのには相応の理由が
あった。 最後の物流
部長で、現在はSCM部長を務めている早川哲志執行役員は次のよう
に説明する。 「当初は『SCM部』ではなく
『ロジスティクス部』にすることも考えた。 し
かし、それでは『物流部』の延長線上の組織
とみなされかねない。 これを避けたかったの
で、まったく新しい部門としてSCM部を立
ち上げることにした」
実際、SCM部が手掛ける業務は、物流部
のそれとはまったく異なっていた。 メーンで
担うのは全社の需給管理で、物流管理も管轄
するとはいえ、これは全体から見ればごく一
部の業務でしかない。 部門の生い立ちからい
SCM
ハウス食品
製販調整から出発し“あるべき姿”へ
物流部を廃止しSCM部として再出発
2003年7月に「SCM部」を発足するため、既存の「物
流部」の廃止に踏み切った。 移管できる業務は物流子会
社にシフトし、ロジスティクスの戦略機能だけを「SCM
部」に吸収。 そのうえで、全社に分散していた需給調整
の機能をすべて新部門に集めて、全アイテムの生産計画
を一手に担う体制へと移行した。
ハウス食品
61.4%
(▲0.3)
ヱスビー食品
28.3%
(▲0.3)
江崎グリコ
9.9%
(0.8)
その他 0.4%
図1 家庭用即席カレーの国内シェア
出所:『市場占有率』(日本経済新聞社)
%
(カッコ内は前期比)
出荷額(2004年度、676億円、前年比0.7%増)
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っても、二〇〇二年春から取り組んできた
「SCMプロジェクト」を恒常的な組織に衣
替えした面が強かった。 このプロジェクトは、
生産、営業、調達、物流などの関係部門を集
めた横断的な取り組みだった。
このときプロジェクトリーダーを務めてい
たのが早川氏である。 同プロジェクトでSC
Mシステムの導入まで決めていたハウスにと
って、すでに物流業務の延長線上で対処すべ
き話ではなくなっていた。 これを社内外に明
示し、スムーズに新体制に移行するうえでの
ある種の方便として、「物流部」を廃止し「S
CM部」を新設する必要があった。
製販調整からスタートしたSCM
組織の名称にSCMを掲げるにあたり、早
川氏の念頭には欧米流の理詰めの管理手法が
あった。 本誌上での連載や寄稿でもお馴染み
の、味の素ゼネラルフーヅの前常勤監査役、
川島孝夫氏の理論に代表される、需給調整の
担当部門が生産活動などを完全にコントロー
ルする集権型の手法である。
ただし、現実にハウスが行ってきた管理手
法は、これとは対極にある日本的なものだっ
た。 前述したプロダクト・マネジメント制度
のなかで事業部門が全体を統括してきたもの
の、日々の運用は各部門が自主的に行ってい
た。 「物
流部」が販売部門と生産部門の間に立って?製販調整〞に近い業務を手掛けてい
た面もあったが、結果に責任を伴うほど強い
権限を持っていたわけではない。 最終的には
営業や生産部門が個別に需要を予測し、それ
ぞれに最適化を追求していた。
即席カレーという日持ちのする製品を主に
扱ってきたことも、SCMの推進にとっては
マイナスだった。 ハウスにとっては、大量生
産で生産効率を高めて低コスト化を図るのが
当たり前で、在庫が増えるのを気にする雰囲
気は希薄
だった。 これによって過去に好業績
につなげてきたという成功体験もある。 この
ような業務を新設部門が一元的にコントロー
ルしようというのだから、存在感の決して大
きくなかった物流部門の延長線上で手掛ける
のはどうしても無理があった。
そもそもSCMプロジェクトに取り組んで
いた頃のハウスは、SCMについて、かなり
我流の解釈をしていた。 「当時の我々はSC
Mを?製販調整〞とほぼ同じものと理解して
いた。 もちろん、いずれは資材購入から販売
にいたるサプライチェーン全体を管理しなけ
ればという意識はあったが、そのためには生
産体制の見直しにまで踏み込むことが欠かせ
ない。 あくまでも将来の話と
いう認識でしか
なかった」と早川執行役員は述懐する。
こうした背景があったからこそ、二〇〇三
年七月にSCM部が発足したときにもドラス
ティックな変化は避けた。 この時点でハウス
の社内には、需給調整を担当している従業員
が全部で約四〇人いた。 各人は生産、営業、
物流といったセクションに分散しており、他
の業務との兼務も少なくなかった。 これを新
設部門は二〇人に半減させるという大胆な目
標を掲げた。 システムの助けを借りて一元的
に管理すれば可能という読みだった。
しかし、こうした人材をSCM部に丸ごと
異動して
、業務の高度化で不要になった人員
を削減するといったことはしていない。 新設
部門には生産、営業、物流、情報システムな
どから人を集めたが、実際に需給調整の担当
者の半減にメドをつけたのは組織発足から一
年半後のことだ。 まず発足から約九カ月後に、米マニュジスティックス社製のSCMソフト
を稼働し、これに合わせて需給調整に関する
業務自体をSCM部に移管。 従来のセクショ
ンでは三人で手掛けていた業務を、新たに一
人で担当するように改める――といったこと
を地道に積
み重ねていった結果だった。
現在、ハウスのSCM部には約二五人が所
属している。 このうち需給調整に携わってい
る従業員は十数人に過ぎない。 ほかに生産計
画の担当者が四人弱(兼務含む)と、物流の
戦略・立案を担当している従業員が四人いる。
残りは管理職と、部内の庶務の担当者しかお
早川哲志執行役員SCM部長
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目にも分かりやすい成果だった。
これに加えて、ハウスを取り巻く経営環境
の変化と、トップの理解が追い風になった。
過去一〇年のハウスの連結売上高は、二〇〇
〇年度をピークに減少傾向にある。 二〇〇六年三月期には前期比三・三%増となる一九一
〇億円の売り上げを見込んでいるが楽観でき
る状況ではない。 減収でも利益を捻出できる
体質にするには、過去のやり方を踏襲するだ
けではダメだ。 こうした経営陣の危機感がS
CMシステムへの投資を後押しした。
米マニュジスティックスのソフトを導入し
た理由は、調べていくなかで成功事例が多か
っ
たことが決め手になった。 また、同ソフト
の導入ベンダーである新日鉄ソリューション
ズが、すでに国内の加食メーカーに対して豊
富な導入実績を持っていたことも評価につな
がった。 実際、システムを作り込む際には、
こうしたノウハウが活きたという。
SCM部の責任と評価軸を明確化
こうして二〇〇四年四月に稼働したSCM
システムでは、過去三期分のデータに基づい
て需要予測を行っている。 対象となる製品は
ハウスが扱っている約九〇〇アイテムすべて。
まずSCM部がシステムの助けを借りながら
日単位・週次計画サイクルでアイテムごとに
需要を予測。 この数値を全社で共有しながら
生産計画や在庫計画を策定していく。
二年越しの準備を経て稼働したSCMシス
テムへの期待は当然、大きく膨らんでいた。
ところが、稼働初年度となる二〇〇五年三月
期のハウスの棚卸資産回転期間(連結決算ベ
ース)は、システムを使っていなかった前期
の〇・五六カ月から、〇・
五九カ月へと悪化してしまった。 過去一〇年間、減少傾向にあ
った在庫水準が、五億円を投じたシステムが
稼働した初年度に、いきなり悪化してしまっ
た格好だった(図2)。
もっとも、これには理由があった。 ハウス
が?全体在庫〞と呼んでいる決算ベースの棚
卸資産の推移だけを見ること自体に問題があ
ったのである。 ハウスの社内の仕組みが、こ
の経営指標だけではSCM部の活動をきちん
と反映できるようにはなっていなかった。
「最初は我々も?全体在庫〞を基準に考え
ていた。 だが途中でこれが間違いだったこと
らず、ほぼ当初の計画通りの人数で業務
を運
用している。
五億円を投じたSCMソフト
需給調整の担当者の半減という目標の設定
は、SCMシステムに投資する約五億円をど
うやって回収するのかと密接に関連していた。
周知の通り、ハウスは日本有数の食品メーカ
ーだ。 だが同社のような企業と言えども、情
報システムに投資できる余地はそれほど大き
くないと早川執行役員は説明する。
「仮に年商一五〇〇億円の企業が、その一
〇%を投資するとしたら投資総額は一五〇億
円になる。 このうち六、七割は機械とか資材
に投じるのが一般的だ。 残りを他部門が分け
合うことになり、情報システムに割ける
予算
は自ずと限られてしまう。 そもそも一〇〇円
程度の製品を扱っている会社が、五億円もの
資金をSCMシステムに投じるには、それな
りの投資効果を示せなければ無理だ」
近年、ブームとも言うべき盛り上がりをみ
せたSCMシステムやERP(統合業務パッ
ケージ)の導入では、投資に見合う効果を得
られない例が少なからず報告されている。 早
川氏としては、先行した事例と同様、システ
ム導入を機にビジネスプロセスそのものを見
直したいと本音では考えていたが、そうした
理由だけでは投資への理解は得られ
ない。 目
に見えるかたちで導入効果を提示する必要が
あった。 その点、担当者の半減計画は、誰の
図2 ハウス食品の過去10年間の売上高と在庫の推移
(連結ベース)
2,000
1,900
1,800
1,700
1,600
0
0.70
0.65
0.60
0.55
0
0.63
0.62 0.62
0.61 0.60
0.59
0.63
0.59
0.56
0.59
96
/
3
97
/
3
98
/
3
99
/
3
00
/
3
01
/
3
02
/
3
04
/
3
03
/
3
05
/
3
《売上高》(億円)
《棚卸資産回転期間》(カ月)
棚卸資産回転期間
連結売上高
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に気づいた。 当社には?政策在庫〞と呼んで
いる、季節商品のシーズン前の作りだめなど
がある。 これを含む全体在庫が減らないのは
仕方がなかった。 そこで通常のサプライチェ
ーンを回していくだけの在庫を?SCM基準
在庫〞と名づけて、?政策在庫〞とは別に管
理するように改めた」(早川執行役員)
「政策在庫」の対象製品としては、たとえ
ばミネラルウォーターなどが代表的だ。 夏場
に売り上げが集中するミネラルウォーターは、
春先から作りだめをして、生産活動の平準化
を図る必要がある。 とくにSCMシステムが
稼働した年は、定番品の一つである「六甲
の
おいしい水」の売れ行きが好調だったことも
あって、三月末の在庫が積み上がっていた。
「六甲のおいしい水」の賞味期限は二年間
あるうえ、季節波動が極めて大きい。 このた
めSCM部が生産計画を手掛けるようになっ
てからも、春先に作りだめをするという生産
方針を大きく変えてはいなかった。 こうした
「政策在庫」が例年以上に膨らんでいたのだ
が、トータルコストを考えれば現段階ではそ
の方が有利とSCM部も納得づくで認めたこ
とだった。
ただし、管理指標として「全体在庫」に目
が向く状況は改善
する必要があった。 これで
はSCMの推進によって在庫水準がどう変化
したのかが分からないし、SCM部の活動へ
の正当な評価も得られない。 そこで新たに全
体在庫から政策在庫を除いた「SCM基準在
庫」という考え方を導入することにした。
「ようは在庫をきちんとコントロールできて
いるかどうかがポイントだ。 従来の当社には
これができていなかった。 それが今は?SC
M基準在庫〞はほぼ計画通りに減っているし、ある程度まで?政策在庫〞もコントロールで
きるようになってきた。 現段階では、単純に
全体在庫を減らせばいいわけではない」と早
川執行役員は強調する。
生産革新プロジェクトを本格化
詳細な数値は未公表ながら、システムの稼
働前に約〇・九カ月分あった「SCM基準在
庫」は、現状では約〇・六カ月まで減ってい
るという。 当初の目標だった〇・五カ月に到
達するにはもう一段の努力が必要だが、進捗
状況はほぼ予定通りだ。
理論値としては〇・三八カ月分まで削減可
能という試算もある。 だがこれは生産のあり
方を抜本的に見直すことや、需要予測通りに
厳密に関係部門が動くことなどが前提になっ
ている。 欧米流の強権的なSCM部門であれ
ばまだしも、徐々に合理化を進めようとして
い
るハウスにとっては現実的な目標ではない。
当面は「SCM基準在庫」を〇・五カ月分に
することに全力を傾けていく方針だ。
とは言え、将来的には、全社在庫の削減も
避けられない課題だ。 すでにそのための活動
もスタートしている。 ハウスは昨秋、生産革
新プロジェクトを発足し、SCM部はここに
一つのチームを送り込んだ。 このプロジェク
トの狙いは、大ロット生産による低コスト化
という過去の発想の見直しだ。 SCM部とし
ては、小ロットでフレキシブルに生産できる
体制が整えば、「政策在庫」の削減に本腰を
入れられるとみている。
実は、この生産
革新プロジェクトも、SC
M部の発足が一つの引き金になって動き出し
た。 全体在庫が減らない理由が明らかになっ
たことで、従来は当たり前だった生産体制の
見直しに初めて社内の目が向くようになった
のだ。 限られた権限しかもっていないSCM
部門が全社の動きを先導していく際の、お手
本のような事例といえるだろう。
今後もハウスのSCM部は、他部門に対し
て強権を持つことは志向していない。 だから
こそ早川執行役員は、生産革新プロジェクト
に参加している部下たちに対して、「
SCM 部を起点にモノを考えるのではなく、SCM
理論を起点に社内に働きかけろと口を酸っぱ
くして言っている」のだという。 このように
黒子に徹しようとする姿勢が、社内の各部門
に賛否のうずまく課題を前進させるうえでプ
ラスに作用してきたのは明らかだ。
ハウスのSCM導入の取り組みには、多く
の日本企業が参考にすべき教訓が含まれてい
る。 だが果たしてこうした手法で、メーカー
の本丸とも言うべき生産活動まで変えていく
ことが可能なのか。 数年後に見えてくるであ
ろう結果を注視したい。
(
岡山宏之)
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