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MAY 2006 52
SCM時代の
新しい
管理会計
相場を知るだけでは不十分
「輸送を制する者は物流を制する」と言わ
れる。 だが昨今の輸送は、ほとんどが委託に
てよって行われており、輸送コストがどのよ
うな構成になっているのかを知る人は少なく
なってきている。 たとえ知っていたとしても、
それを元にコスト削減策を考えられる人とな
ると、いっそう限られる。
確かに輸送原価を知らなくても、運賃の
相場を知り、入札を行ない、求貨求車シス
テムを用いるなどして、コスト低減を実現す
ることはできるかもしれない。 しかしそれで
は相場次第でコストの上昇が避けられなくな
ってしまう。 協力会社に安い運賃を呑ませ
て
も、その事業者が採算割れで倒産したら、
他の事業者に委託せざるを得なくなり、やは
りコストアップを招く可能性がある。
サプライチェーン管理は、企業間の協業
を築くことによってコスト低減、サービス向
上を狙う。 協業の対象となるのは、原材料
や部品の供給元、販売先企業ばかりではな
い。 物流サービスの調達先である物流事業
者も含まれる。 荷主と物流事業者がお互い
のプロセスを連携しあうことにより「Win
―Win」の関係を築くのである。
Win
―Winと言うと、すべてのコスト
を開示して双方で仕組みを検討するのかと
誤解する人がいるが、そうではない。 成功し
ている事例を見ると、改革に関連するところ
だけのコストを見て、施策によるコスト効果
を試算し、改編の可否を判断していること
が多い。
それを実践している代表的な企業にセブン―イレブンがある。 セブン―イレブンでは、
委託先の物流事業者やサプライヤーの物流
コストについて、その構成を理解し、さらに
それぞれのコストの実態を調査した上で、そ
れぞれのプレーヤーが利益を得ることのでき
る金額でのシステム改編を要求している。
こう説明すると、同社と関係している事
業者からの反論もあるかもしれない。 しかし
セブン
―イレブンが実に細かく実態を調査し、
施策を検討しているのは事実である。 同じよ
うに3PL事業者でも、協力運送会社の提
示する料金について詳しく検証している企業
はある。 輸送を制するために、輸送原価の構
成を知り、抜本的なコスト低減の仕組みを
トラック輸送コストを把握する
実勢運賃の相場を把握し、相見積もりをとるだけでは、もはやコ
ストは下がらない。 運賃相場の下落は既に限界を超え、今後は反騰
に向かう可能性がある。 それでも輸送の仕組みにメスを入れること
で、コスト効率を改善することはできる。 輸送コストを正しく理解
することが、その出発点になる。
第14回
梶田ひかる
アビーム
コンサルティング 製造事業部 マネージャー
53 APRIL 2006
考えなければならない段階に来ている。
輸送原価の構成要素
輸送原価は物流コストを知る上で基本と
なる要素の一つである。 しかし最近では物流
事業者の社員でも原価について知らない人
が多くなっている。 以下に簡単に紹介しよう。
輸送原価は一般的には車種別に集計する。
車種は単に最大積載重量で分類するのでは
なく、それよりもさらに詳しく、架装、つま
りアルミバン車か、保冷車かなども含めて区
分する。 具体的な費目の立て方は会社によってまちまちであるため、詳細になると違い
があるが、基本的な原価構成要素は図1の
とおりである。
■人件費
ドライバーに関わる費用である。 その車種
に乗車したドライバーの費やした時間分の費
用がここに計上される。 バブル期まではドラ
イバー一人に対して車両一台が割り当てら
れることもあったが、現状では一台のトラッ
クに複数のドライバーを割り当てるのが一般
的である。 人件費の内訳となる費目は、荷
役費を計算する時と同様である。 つまり、人
件費はドライバーがその車両に拘束されてい
る時間に比例して発生する。
■運行費
いわゆる「運行三費」といわれるもの。 油
脂・燃料、修繕費、タイヤ等消耗品の費用
がこれに含まれる。 運行三費は走った距離
に応じて増加する。
■その他運行経費
運賃収入を得るためにかかるその他の経
費。 道路利用料、フェリー料、制服にかか
る費用の他、ドライバーが他の交通機関で
移動した場合はその旅費なども発生する。 こ
れらはその他経費、その他輸送費などに含
めて捉えるのが一般的である。
■車両費
車両そのものにかかる費用。 購入物件の
場合は減価償却費プラス金利となる。 管理
のための原価把握であるから、ここでいう減
価償却費は本来、財務上の数字を使うので
はなく、取得価格から処分時の想定残存価
格を引き、耐用年数で均等配分したものを
使うべきとされる。 金利も本来的には資本
コストを用いる。
■保険料
車両本体にかかる保険料、すなわち自賠
責、対物、対人賠償がここに計上される。 貨
物にかける保険は本来、荷主が負担するも
のであるため、ここには計上しない。
■施設費
車庫、営業所建物にかかる費用である。
■その他経費
営業所における事務管理費用などがこれ
に含まれる。
■一般管理費
輸送原価は、それと車種別の運賃収入を
比べることにより、利益が出ているかどうか
を把握するために算出する。 そのためには、
本社経費等の管理費用を上乗せする必要が
ある。
輸送原価の構成比率
輸送原価の構成要素をこのように並べる
と、コストドライバーとなるものは大きく三
図1 輸送原価の構成要素
人件費
運行費
その他運行経費
車両費
保険料
施設費
税金
その他経費
一般管理費
拘束時間により変わる費用
走行距離により変わる費用
運行にかかる必要経費
車があることによりかかる固定費
給料・諸手当・賃金・福利厚生・退職給与引当・等
油脂・燃料・修繕費
道路利用料、フェリー料、旅費
減価償却費/リース料・車両金利
自賠責・対人賠償・対物賠償
車庫・営業所建物にかかる費用
自動車税・自動車重量税・自動車取得税
被服費、営業所経費等
本社経費
MAY 2006 54
つに分けられる。 一つは拘束時間によって変
わる人件費である。 二つ目は輸送距離や経
路によって変わる運行三費とその他運行経
費である。 三つ目は車がそこにあることによ
りかかる車両費等で、これがいわゆる固定費
である。
全日本トラック協会の資料によると、一
般貨物運送事業者のコスト(営業費用)の
大まかな構成は、図2のようになっている。
図中の「その他経費」は傭車費用が載せら
れるため、実車分の輸送原価の構成比率は
それを除いて勘案されたい。
車種はトン数が小さくなるほど、一車当
たりの原価が下がり、またコストに占める
人
件費の割合が高くなる。 逆に大型車になる
ほど車両費の割合が大きくなるため、大型
免許保有者の賃金水準が高いにもかかわら
ず、人件費の割合は小さくなる。
実際の輸送原価については、公表されて
いる各種調査、トラックメーカーや保険会社
の物流業向け各種パンフレットなどからおお
まかに試算することが可能だ。 他のいくつか
の団体でも、トラック業の経営指標の調査
を行っている。
一車当たりの月当たり原価は、公表され
ている数値などからすれば、二トン車で八〇
万円位、一〇トン車では百数
十万円である。
だがこの数値だけを信じて使うことは避けて
いただきたい。 ドライバーを交代して車両を
一日三回転させれば、一回転当たりの費用
が低下しても一車当たりの月間原価は上昇
するし、耐用年数を過ぎた車であれば原価
はこれよりも低くなる。
規制運賃の弊害
トラック輸送環境は難しい時代に入って
きている。 排ガス規制、スピードリミッター
の装着、軽油の価格上昇など、原価の上が
る要因はさまざまである。 加えて人手不足に
よってドライバーのなり手が減り、車が足り
なくなるとも懸念されている(図3)。
筆者はその原因の一つとして、かつてのト
ラック運賃認可制(届出制)の影響をあげ
る。 一九八〇年代まで、トラック運賃は政
府の規制により守られてきた。 認可運賃と
は別に実勢運賃の相場はあったが、それも事
業者の利益が出るレベルに維持されていた。
つまりこの段階では事業者は原価を正確に
把握していなくても、経営が成り立ったので
ある。
ところが一九九〇年の「物流二法」の施
行による規制緩和と、バブル景気の終焉に
より、状況は急激に変化した。 事業者同士
の競争の激化と、不況に伴う荷主の運賃値
図3 輸送環境と輸送原価
運行費
車両費
保険料
施設費
税金
その他経費
一般管理費
労働力不足に伴なう賃金上昇
スピードリミッター装着による運転時間増加
燃料高騰・消費税率上昇・環境税導入
環境対応のための車両買い替え
違法駐車取締り強化
人件費
一般管理費
14.2%
人件費 38.9%
運行三費 17.6%
その他運行費
4.8%
車両費 6.8%
保険料/
事故賠償費 2.7%
施設費 1.8%
図2 一般貨物運送事業者の営業費用の内訳
その他経費
(傭車費等)
12.9%
資料:全日本トラック協会「経営分析報告書平成16年度版」より本誌が作成
55 MAY 2006
下げ要求により、運賃相場は低下していっ
た。 それまで原価管理を活用する風土のな
かった運送事業者は、採算割れの運賃でも
仕事を請け負ってしまい、それが相場をさら
に引き下げる原因となった。
相場の下落に対応するため、多くの事業
者はまず車両を買い控えた。 これによって償
却済の車両が増えていった。 さらに、長引く
不況による荷主からの運賃低減要請に応え
るために事業者はドライバーの賃金も切り下
げていった。 その結果、ドライバーの労働条
件は過酷になり、モラールの低下による飲酒
運転や過
労による事故の増加を招いた。
現行の貨物運送事業者法では原価の裏づ
けさえあれば、自由に運賃を設定できること
になっている。 だが大半はそのような手続き
を回避し、原価計算書の添付が不要となる
届出運賃を用いている。 またそれが荷主、運
送事業者の運賃水準のベンチマークとなっ
ていることから、双方とも原価の構成に対す
る意識が乏しくなってしまったのだ。
運賃の下落は既に限界に来ている。 輸送
原価から逆算すると、あり得ない運賃まで出てくるようになってしまった。 昨今の燃料高
騰を云々する以前に、今や
車両の老朽化の
ほうが大きな問題として立ちはだかっている。
排ガス規制対応のために車両を買い換える
と、いままでゼロだった車両費が月当たり一
〇万円以上増加することになるのである。
帰り便のからくり
現状を打破する方法は明らかだ。 事業者
が採算の取れない輸送を受託しなければ良
い。 しかし、いずれかの事業者が安い運賃を
提示すれば、それをベンチマークとして他の
事業者にも運賃低減を要求する荷主が出てくる。 とりわけ驚くような運賃が出ているの
が、帰り便である。 極端な例では、帰りの燃
料費と道路使用料程度にしかならない運賃
で受託しているケースもある。 原価構成に照
らし合わせてこれを考えてみよう。
輸送には人件費、運行三費、車両費、そ
の他の固定費がかかる。 帰り便に燃料費と
道路
使用料分程度しか求めないとすれば、往
路の運賃に往復分の人件費と固定費が上乗
せされていることになる。 このようなケース
では、往路はそれだけ高い運賃が請求されて
いるのである。 往路の荷主にしてみれば、復
路の荷物があるのなら、往路の運賃を低減
して欲しいと考えるのは当然であろう。
しかし実際には運賃相場が下がった結果、
往路だけで復路分の経費を一〇〇%カバー
できるようなケースは既に少なくなってきて
いる。 貨物の経路による需給のアンバランス
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があることから、復路の貨物は常にあるとは
限らないが、全体として一定の割合は確保で
きる。 そのため一運行単位ではなく、長期的
に見た往路、復路での輸送のバランスの上に
現在の運賃が成り立っているのである。
そのことを踏まえた上で、運送事業者はコ
ストと統計に基づいた受託価格を検討する必
要がある。 また荷主は、翌日の運行スケジュ
ールを妨げないような時間に荷物を出すこと
により、その運賃でのサービス提供が可能に
なるということを認識することが望まれる。
仕組みでコストを下げる
自車から傭車への転換、相場の調査と入
札のみでは、もはや大幅な輸送コストの削減
は見込めない。 むしろ運賃相場は上昇に向い
てきている。 それでも、輸送のコスト構成に
着目することで、コストを削減する可能性は
まだ残っている。 現状の輸送にはまだ多くの
ムダがあるのである。
着眼ポイントの一つは固定設備、つまり車
両の活用である。 車両は八時間ずつ区切ると
一日三回転させることができる。 現状で八時
間制の運賃を使用しており、それを下げよう
とする場合、荷主側で一日三回転使用でき
るような輸送システムを構築すればよい。 四
トン車程
度の車両を例にとり、個々の構成項
目の概算値を用いて一運行当たりのコストを
試算したモデルが図4になる。
運賃相場に詳しい人ならご存知だと思うが、
常温の四トン八時間制運賃は二回転程度の
回転を前提として成り立っている。 また保冷
車は架装分だけ輸送原価が高いにも関わらず常温と類似するような相場となっている。 こ
れは保冷車を扱う事業者がこの点に着目して
回転させることに注力しているからなのだ。
長距離輸送でも同様に、荷主側で共同輸送
による帰り荷の確保を行えば、運送事業者側
のコストが下がるため運賃削減の交渉余地が
生まれる。
二つ目のポイントは待機や積み下ろしの時
間を削減することである。 ドライバーの拘束
時間
は、走った距離とは必ずしも比例しない。
待機や積み下ろしに時間がかかれば、その分
だけ人件費は上昇する。 実際、二トン車や四
トン車の短距離輸送の場合はドライバー勤務
時間のほぼ半分が、長距離輸送でも四分の
一程度が、これら運転以外の時間に費やされ
ている。
このことを指摘すると、顧客である納品先
での待ち時間を削減することなど不可能だと
反論されることがある。 しかし、それも聖域
ではない。 ある酒類メーカーは卸売業に対し、
トラック到着後の一定時間内に荷下ろしを済
ませた場合には協力
金を支払うという価格体
系にしたところ、荷下ろしが著しく速くなっ
たという。
このような、待機や積み下ろし時間の削減
による効果を享受するには、既存の届出制運
賃体系に囚われていてはダメだ。 自社便、固
定傭車、あるいは独自の料金体系を導入しな
ければ、改善によるコスト低減効果は得られ
ない。
そして車両の有効活用とムダな時間の短縮
という、この二つのポイントを活かすために
は、緻密なスケジュールの構築とその遵守が
望まれる。 二トン車や四トン車を複数回転さ
せても、残業が増えれば意味がなくなる。 待
機や積み下ろし時間の削減もまた、倉庫内に
おける荷役機器の整備や作業のスケジュール
化がなければ実現できない。 仕組みで物流コ
ストを低減する、それがSCM時代に求めら
れているコスト低減方法なの
である。
図4 回転数の違いによる1運行あたりコストの違い(4トン)
人件費
運行費
車両費
保険料
施設費
税金
その他経費
一般管理費
輸送原価
300,000 600000 900,000
100,000 200000 300,000
65,000 65,000 65,000
55,000 55,000 55,000
200,000 200,000 200,000
5,000 5,000 5,000
40,000 40,000 40,000
70,000 70,000 70,000
835,000 1,235,000 1,635,000
29,821 22,054 19,464
1日1回転運行 1日2回転運行 1日3回転運行
28日稼動の場合の
1運行あたりコスト
(単位:円)
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