ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年5号
大学院体験記
産学連携を考える(日本編? )

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2006 84 産学連携を考える(日本編? ) 日本 米国 前回に引き続き、産学連携を考えます。
今回は日本編で、特 別ゲストは素敵なお姉さん。
少し難しい言葉も飛び出しますが、 Yukiちゃんが欄外で易しく説明してくれるのでご安心を。
(本誌編集部) ゆきちゃん、日本はそろそろGWに突入だね。
アメリカには 大型連休というものがないので羨ましい限りだよ。
さて、この間は産学連携の日米比較について、網野さんと栗 田さんにお話し頂いたね(4月号参照)。
話を聞くにつれて、日 本の産学連携の現状・問題の本質・あるべき姿に辿り着くため に取るべき改善策など、もっと詳しく知りたくなったよ。
> 実はね、日本で産学連携に関わっている廣瀬弥生さんにお会 いする機会があって、さわちゃんにも紹介したいと思っていた の。
今年の3月まで東京大学の先端科学技術研究センターで産 学連携ディレクティングマネージャーを勤め、4月からは国立 情報学研究所でこの分野に携わっている方なのよ。
> それは楽しみ。
私たちが持っている疑問に専門家の視点で答 えてくれそうだね。
産学連携のお仕事って? > 廣瀬さんは現在、産学連携に関してどのようなお仕事をされ ているのですか? H 国立情報学研究所というところで、情報通信・エレクトロニ クス関連の研究や先端的なテクノロジーを企業や社会全般を連 携させることによって、情報を軸とした新しい社会像を提言し ていくという仕事をしています。
Y 企業からの依頼事項にはどんな内容が多いのでしょうか。
H 様々な例がありますが、エレクトロニクスメーカーにおける 第6 回 Sawako Yuki Sawako Yuki Hirose  2004年10月に米国IT系出版社オ ライリー社のティム・オライリーが 提唱し始めた考え方。
昨年末頃から、 今までのWeb1.0に代わる新しいパ ラダイムとしてネット業界で本格的 に広まりつつある。
Web2.0の捉え 方は多数あるが、大きく3つの動き に代表される。
 1つ目は、それまで新聞社のよう な権威あるソースからの情報が中心 だった時代から、ブログなどにより、 一般の人々が記事を容易にネット上 に公開できるようになり、また、そ れらの情報が、質量ともに大きな価 値を持ち始めたということ。
 2つ目は、これらの情報が以前の HTMLで記述されたものから、XML という、構造化しやすくネットワー ク化が容易なフォーマットで記述さ れるようになったこと。
これにより、 トラックバックなど、相互リンクが 以前よりも容易になり、散らばって いるデータが、構造化・ネットワー ク化されるようになってきている。
 最後に、これらの膨大な、日々生 まれるデータを結びつけるサービス を提供する会社が現れたということ が挙げられる。
それまでは、Aとい うサイトとBというサイトを連携さ せるのには、それぞれが違ったデー タベースで出来ていたため、その都 度特別なプログラミングを開発する 必要があった。
最近ではデータが構 造化されてきたため、標準技術を利 用して、異なるプラットフォーム上 のサービスを統合する新たなサービ スが公開されるようになってきた。
 以上のようにネット上の膨大な情 報を標準化して、構造化・ネットワ ーク化を進めていくようなWeb上の 動きを、Web2.0と呼ぶ。
参考文献:小川浩・後藤康成 共著 『Web2.0 BOOK』(インプレス) Yukiメモ ? Web2.0とは Yuki Hirose 85 MAY 2006 次世代のコアビジネスに向けた共同研究といった、5〜10年先 を見据えた研究に対するニーズが特に多いですね。
日本で産学連携が進まないワケ Y 廣瀬さんもご存じの、和光大学教授でフレームワークス特別 技術顧問の高井英造さんが、先日、産学連携についてお話しさ れていました。
「産学連携というのは、アメリカでは“普通のこ と”としてずっと実践されてきて、それを“よりうまくやる仕 組み”として色々なモデルが考えられてきた。
日本では、そう した動きは“特別なこと”とされ、アメリカ産の仕組みを取り 入れるところから始めてしまったために、その仕組みを作るこ とが産学連携だ、とされてしまっている」という内容でした。
H 本当にその通りだと思います。
日本はすぐ形から入って教科 書を作り始めてしまうんですよね。
そのうちに本質を見失って しまった感があります。
Y 企業の反応は実際どのような感じなのでしょうか?  H 企業の反応は様々です。
成功しているのは、大学の先生が、 ある程度民間企業のビジネスの状況を認識しているケースです。
逆に、企業サイドが大学の先生とどのようにお付き合いすれば 成果が上がるか分かっていることも、重要な成功ファクターの 1つです。
質問の仕方1つにしても、自社ビジネスと先生の研 究がどのようにリンクするかを説明できるか否かが、大きなポ イントです。
失敗しているのは、産学でお互いのやり方に歩み 寄りが見られないケースです。
Y なるほど。
「産」には、オペレーション(実務)の分野とテク ニカル(技術)の分野とがあると思いますが、「産学連携」は、 テクニカルな分野での共同開発が多く、まだまだオペレーショ ンの分野に及んでいないように感じられますね。
H そうですね。
そして残念なのは、企業の依頼に対しての教授 の対応が、単なる実験結果の提出で終わってしまうことが見ら れる点です。
企業が求めているのは、アカデミックな視点で見 た場合の発想の転換や、考え方の新たな切り口でもあります。
実験の検証は、本来、実験の結果が失敗だったときに、なぜ? の部分とその先の提案やアドバイスまで含まれるべきですが、こ れを忘れてしまっている教授も多いのは事実。
アドバイザーと しての使命感を教授に持ってもらうことも必要です。
Yuki Hirose Yuki Hirose Yuki Hirose 産学連携2.0(Yukiの造語)とは  インターネットの世界が変わって きている  Web1.0からWeb2.0へ。
ブログの普及に見られるように、標 準化・構造化・ネットワーク化され た個人発信ツールの拡大がインター ネット業界で進むWeb2.0時代にお いて、マクロな組織という参加者で はなく、個人ベースのアイデアの取 り込みが、産学連携にも求められて いる。
これと同じ枠組みで、産学連 携も1.0から2.0へ変わるべきでは? という意味の造語。
では、1.0と2.0 の違いは何かというと・・・・  1.0は、マクロとマクロでお互い にすれ違いそうな2者を結びつける マッチングで、それぞれの情報を解 釈するコーディネーターが必要なイ メージ。
国から大学への補助金がメ インで成り立っている産学連携はそ の典型。
 一方の2.0は、政府や大学、大企 業といったマクロ的な組織がお互い に結びつくのではなく、双方向型で、 学生や1個人でも参加できるような、 より自発的に相手探しができるイメ ージ。
アメリカのベンチャーキャピ タルのような仕組みが未発達な日本 では、資金調達の仕組みの変化が必 要だと思われる。
新会社法の施行で 最低資本金の規制もなくなり、起業 のハードルが低くなる状況で、ベン チャーが活性化するといいと思う。
Yukiメモ ? 廣瀬さんがお勤めの国立情報学研究所 MAY 2006 86 Y 企業にとっても、教授にとっても、意識改革が必要なのです ね。
では、どうすれば? H アメリカでは、例えば私の母校MIT(マサチューセッツ工科 大学)の学長が、来日時に日本の企業を相手に熱心に自らの大 学・大学院の頭脳を売る、まさにセールスをしていたのには驚 きました。
日本の学長が企業に積極的にセールスしているのを 見たことはありません。
勿論アメリカのすべての教授が積極的 に企業に掛け合っている訳ではありませんが、「お互いに必要だ と思うからやるだけ」という考えが基本にあると思います。
Y なるほど。
では、双方が歩み寄りやすいようにするには、大 学としてはどのような努力が必要なのでしょうか? H 例えば、地方の大学の役割や改善余地は大いにあると思いま す。
東京の大学のやり方を真似るだけでなく、その地方の特性 を考えた上で、一番いいやり方を模索するべきです。
東京の大学は、東京に本社がある企業とのお付き合いが多い ので、比較的規模の大きな企業と連携することが多いのですが、 地域の大学は必ずしもそうではないことが多い。
その場合には、 どの企業とどういった連携をすれば地域に最も貢献できるのか を追求することが必要なのです。
欧米でも、地域やその地域で の大学のミッション(使命)によって、産学連携のやり方は随 分と異なります。
S 確かに、OSU(オハイオ州立大学)でも学部によって産学連 携のアプローチが全く異なっています。
元気な企業と大学の取 り組みがクローズアップされると、地域活性化にもつながる。
そ れに、激しい競争の中で他大学との差別化が図れるし、大学の 魅力を外に発信する機会も自然と生まれてくると思います。
Y 「企業と大学」のようなマクロ的な組織どうしというイメー ジの従来の取り組みだけでなく、企業やファンドからアイデア 溢れる学生等に直接アクセスできる、ミクロレベルの仕組みも 出てくると面白いですね。
あるいは、学生主導で資金源にアク セスできる仕組みもいいかもしれません。
新しい産学連携の形、 つまり「Web2.0」と同じ様な概念で、「産学連携2.0」的な発 想も必要なのではないでしょうか(欄外メモ??参照)。
ミクロレベルの情報発信者にこそ、見えない価値がある時代 になっていると思います。
アメリカではベンチャーキャピタル が発達していて、それを権利ビジネスに繋げる例も多いと思い Yuki ロングテール理論とは  簡単にいえば、ビジネスでは通常 優位とみなされない少数顧客でも、 長期的な売上貢献度は高いという理 論(指数関数曲線の漸近部分を長く 延びる尾に喩えている)。
ネットワ ーク上では、このロングテールの部 分を効果的に集約できるということ で注目されている。
一般的な商品は 点数が増えるほど「ロングテール曲線」 を描く。
ビジネスの世界において、 勝ち組の巨大化や集約はますます進 むだろうが、マスをとらずミニやニ ッチに徹する戦略もWeb2.0時代に は重要になってくる。
参考資料:『Wikipedia』(オンラ イン百科事典 http://ja.wikipedia.org) Yukiメモ ? Hirose Hirose Yuki Sawako 中空構造とは  日本人は、組織の中で拮抗するも の(AとB)があるとすると、その 間に「空(くう)」を自然とつくる ことでバランスを保ってきた。
2つ の拮抗するものだけでなく、大きな 組織においても各登場人物の間には 「空」があり、日本人的なきわめて 同質的な暗黙知によって組織のパワ ーバランスさえも保ってきた。
八百 万の神の時代から歴史を辿ってきた、 このような「中」に「空」がある日 本人的組織構造を指して「中空構造」 という。
 下記参考文献では、古事記に題材 を求めた日本のパワーバランスのあ り方と、一神教のキリスト教世界を ベースとする一元的教義・行動様式 とを比較することで、日本人の心理 の深層を探っている。
この本は、多 摩外大学院の中谷巌学長の授業「企 業人のための経済学」で参考図書と して使用した。
参考文献:河合隼雄『中空構造日本 の深層』(中公文庫) Yukiメモ ? Sawako 87 MAY 2006 ます。
アメリカの大学ファンドの資金源に追随するヨーロッ パ・中国をはじめとするアジアの大学ファンドに負けないよう、 日本の大学も補助金だけに捕らわれないファンドを育てる努力 が必要なのかもしれませんね。
H そうですね。
アメリカでは、例えばスタンフォード大学が Googleの検索に関する特許の一部を所有していますね。
また、 ベンチャーキャピタルが積極的に学生を囲い込んでいます。
Y 優秀な学生や奇抜なアイデアは、アメリカではベンチャーキ ャピタルが競って追い求める一方、日本の金融システムでは、 リスクや信用上の問題、「前に習え」的な組織体制によって敬 遠されがちな現状があると思います。
日本にも、そのようなレ ガシー体質な組織どうしの産学連携ではなく、ロングテール理 論(欄外メモ?)の、より先に光を当てるような、やわらか頭 の発掘ができる柔軟な仕組みが必要ですね。
H 産学連携に携わる中で大切だと感じるのは、専門家のチーム ワークと、包括的な共同研究ができる体制であることです。
専 門能力を持ち、かつ協同できる能力と、分野を越えた共同研究 から生まれるイノベーション。
マクロ×マクロの仕組みからで なく、よりミクロの連携に発展していけるような、業界全体の 理解とレベルアップが必要ですね。
Y ためになるお話を、どうもありがとうございました。
日本の 産学連携の進捗に、日本の戦後の歴史、つまり官僚主義や規 制、流動性のなさが影響していることに改めて気付きました。
とはいえ、そのような中で戦後の日本は豊かになり、日本人 的な「中空構造」(欄外メモ?)の暗黙知的組織が生まれ、も のづくり大国になった一面もあると思います。
ミルトン・フリ ードマン的なマーケットメカニズム(欄外メモ?)の体質に慣 れない日本において、産学連携がアメリカのように「普通のこ と」となるためには、特別な仕掛けや仕組みも必要なのかもし れません。
いずれにしても、私はそんな日本が大好きですし頑張ってほ しいので、必要だと思っても、なかなかできない日本(人)に 特別な仕掛けや仕組みが必要ならば、それを作ってでも産学連 携が進んで欲しいなと思います。
(以下、次号に続く) 日本の大学に在学中、米国ワシントン州ゴンザガ 大学、中国北京大学に短期留学。
大学卒業後、日 本通運に入社。
通関士を取得。
米国・サンフラン シスコ支店で1年間研修。
帰国後、メーカー物流 に携わる傍ら、昨年4月、多摩大学大学院経営情 報学研究科修士課程ロジスティクスコースに入学。
小林由季(こばやし・ゆき) オハイオ州立大学マーケティング・ロジスティクス 専攻を卒業後、OTEC, Inc. (米国)、フレームワ ークス(日本)で働いた経験を持つ。
フレームワー クスでは、新工場・倉庫建設プロジェクトにかか わった。
昨年9月、オハイオ州立大学大学院ビジネ スロジスティクス工学修士課程に入学。
岩田佐和子(いわた・さわこ) 93年一橋大学院経済修了、96年米マサチューセ ッツ工科大学(MIT)都市計画修了。
02年より06 年3月まで東京大学先端科学技術研究センター産学 連携ディレクティングマネージャー。
06年4月付け で国立情報学研究所に転籍。
産業政策・産学連携 事業の企画・運営などを専門に活躍している。
廣瀬弥生(ひろせ・やよい) Hirose Hirose Yuki Yuki ミルトン・フリードマン的 マーケットメカニズム  アダム・スミスが「神の見えざる手」 と名づけたことに始まる。
経済にお ける自由な投票制度であるマーケッ トを開放し、需要と供給のぶつかり 合いによって価値が決まり、それが パレート最適になるプライスメカニ ズムのこと。
 自由主義であるマーケットメカニ ズムは、資源の分配という意味では 必ずしも最適とは言えない。
そこで 登場するのが最低限の保障をする仕 組みであり、これが政府のすべき仕 事である。
最低限の保障という意味 で厚生経済学の基本定理を働かせる ことも大切だが、重要なのはマーケ ットメカニズムを自由に最大限活用 させて富を最大化し、出てきた矛盾 を補填することである。
 ミルトン・フリードマンは、この マーケットメカニズムを最大限に活 用することこそ素晴らしいと唱え、 自由主義における情報公開と自由競 争を推進した。
参考文献:ローズ・フリードマン、 ミルトン・フリードマン共著、西山 千明 訳『選択の自由―自立社会への 挑戦』(日経ビジネス人文庫)、フ リードリヒ・A. ハイエク著、一谷藤 一郎・一谷映理子 訳『隷従への道― 全体主義と自由』(東京創元社) Yukiメモ ?

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