ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年5号
特集
物流力を測る 欧米では競合調査は当たり前

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2006 12 どこにも客観的なデータがない 「日本企業にロジスティクスやSCMのベンチマー キングはなじまない。
他社と比較しようにも、正確な データを入手できないからだ。
分からないことを推測 しているヒマがあったら、自分自身の物差しをきちん と整える方がよほど有効だ」――。
ある大手メーカー のロジスティクス担当者は、物流分野におけるベンチ マーキングへの疑問を隠さない。
たしかに日本で、企業の物流管理レベルを示す客観 的な数値データを入手するのは簡単ではない。
上場企 業が公開している「有価証券報告書」(有報)の数値 ですらあてにならない。
「棚卸資産」(在庫)や「物流 費」(販管費や製造原価に含 まれる支払物流費)とい った項目が、企業ごとに異なる基準で算出されている ためだ。
米国ではSEC(米証券取引委員会)や業界団体 などが中心になって算出基準の統一が図られてきた。
勝手な方法で算出していると、情報開示に消極的な 企業として証券アナリストなどの信頼を得られない。
いわば市場原理のなかでルールがもまれ、デファクト スタンダードとしての基準が醸成されてきた。
翻って日本では、少なくとも物流に関する項目は恣 意的に扱われている。
そのせいか日本企業の物流部門 の多くは、「有報」のそれとは異なる管理指標(KP I)で 日常業務を管理しているところが多い。
特定の 事業部門の数値を除外したり、管轄している地域だけ を切り出してくるなど、工夫の仕方はさまざまだ。
KPIの改善度によって物流マンの評定が決まると なれば理解できない話ではない。
だが結果として「有 報」の記載データは、ますます実務と乖離してしまう。
その会社自身ですら重視していないデータを、他社が 懸命に分析するというのはたしかに滑稽な話だ。
もっとも、日常的に追いかけるKPIを活動の実態 に合わせていくこと自体は、ロジスティクスを高度化 していく上で欠かせない一歩ではある。
需給調整の権 限すら持たない物流部門が、在庫の管理責任を負わ されているような状態で、管理レベルが向上すると思 う方が不思議だ。
本気で物流管理を高度化しようと する企業は、こうした状況を放置しない。
たとえば日産自動車は、ゴーン改革の一環で二〇 〇一年十二月にSCM本部を発足し、従来はあいま いだった在庫の管理責任を明確化した。
同時に、年 間契約のために在庫水準をコントロールしようのない 物品などを管理対象から除外。
SCM本部の活動の 成果が、正しく反映される体制を整えた。
また、ハウス食品のSCM部も管理 指標を見直し た。
同社は「有報」に掲載する「棚卸資産」を?全 体在庫〞と称する一方で、管理すべき在庫を?SC M基準在庫〞として別に定義している。
これは政策的 な判断でシーズン前に作りだめする製品在庫などを全 体在庫から除外したものだ。
ここを一緒くたに見てい ては活動がきちんとKPIに反映されないことに気づ き、SCM部から会社に見直しを働きかけた。
社内で使うKPIの整備は、他社とのベンチマーキ ング以前にクリアすべき話だ。
これすらできていない 企業が、あやふやな自社の指標を、あやふやな他社の それと比較する などそれこそ時間のムダだ。
他社との 相違点だって正確には判断できない。
いわば、ベンチ マーキングを行う際の大前提だ。
さらに比較対象とす る企業の数値データに関する内実も、できる限り把握 しておくべきだろう。
客観データの入手が難しいという問題はあるが、他 社との比較によって自社の物流管理レベルをチェック 欧米では競合調査は当たり前 自社のロジスティクスの実力を日本企業が判断するのは 難しい。
ライバル企業の数値データを入手することに限界 があり、客観的な比較が困難だからだ。
競合企業について 徹底的に調べるのは欧米では常識だ。
いくつかの先行事例 を参考にしながら、日本でも使えるベンチマーキングのや り方を紹介する。
(岡山宏之) 第3部 13 MAY 2006 する意味は日本でも大きい。
それによって自社の弱点 を修正したり、必要とされている施策を立案するヒン トを得られるからだ。
その際には、まずはベンチマー キングの対象とする企業を明確な基準にもとづいて選 んでおく必要がある。
ある食品メーカーは、食品業界において自社より上 位に位置している企業を中心に一五社(データ取得の しやすから上場企業のみ)を独自に選び出し、これを 自分たちの所属する「業界」と定義。
業績や給与水 準、福利厚生などあらゆる分野において、一五社の平 均水準を上回ることをめざしている。
また、自社とマ ーケ ットシェアを分け合っている競合企業は「ライバ ル」と定義している。
これについては相手が上場して いようがいまいが比較の対象とする。
財務諸表のデータを活用する こうしてターゲットが決まったら、次はいよいよ具 体的な比較作業に入る。
ここでは誰にとってもなじみ 深い自動車メーカー三社を事例に、「有報」に記載さ れている財務諸表の数値データを使ったベンチマーキ ングのコツを紹介しよう(図1の各グラフ参照)。
ち なみに上場企業の「有報」はインターネット上のサイ ト「EDINET」(証券取引法に基づく有価証券報 告書等の開示書類に関する電子開示システム)で簡 単に閲覧できる。
財務諸表のなかで、物流と最も関わりの深い項目は、 賃借貸借表(B/S)の中に ある「棚卸資産」だ。
こ の数値と売上高から算出する「棚卸資産回転期間(単 位:カ月)」は、企業の在庫水準をあらわす。
前項で 指摘したような厄介な問題を包含しつつも、ロジステ ィクス部門にとっては不可欠のKPIだ。
連結・単独決算それぞれについて「棚卸資産回転 期間」の過去数年の推移を見てみると、その企業の在 庫水準に関するおおまかな状況を把握できる。
ここで のポイントは算出基準の異なる絶対額ではなく、トレ ンドに注目することだ。
自動車メーカー三社で言えば、 連単決算ともトヨタ自動車の在庫水準が一貫して低 く、過去五年ほどの動きとしては復活した日産がこれ に急接近していることがわかる。
さらに、単独決算書にのみ掲載されている「棚卸資 産」 の内訳(製品、仕掛品、原料、貯蔵品など)を 個別に見ていくと、もう少し詳しい内情をうかがい知 ることが可能だ。
たとえば日産は「製品」の水準がト ヨタ並みに減っているが、これは同社のSCM本部が、 生産から消費者にいたる納車リードタイムの短縮など に取り組んだ成果と見ていいだろう。
財務諸表に記載されている「支払物流費」も物流 関連の数値データだ。
これは損益計算書(P/L)の 販売管理費や製造原価に含まれている項目だが、在 庫データ以上に公開基準がバラバラで、しかも外部支払い分だけ のため総物流コストの一部に過ぎない。
推 移を見る程度にしか使えないが、一〇社程度なら簡単 に入手できるため押さえておいても損はない。
ライバルの管理レベルを知る「裏技」 ここまでの分析手法は極めて一般的であり、本誌上 でもたびたび実践してきたやり方だ(二〇〇五年二月 号特集ほか)。
あまり注目されていないが、他にも興 味深い情報源がある。
単独決算の棚卸資産を分解し た「貯蔵品」も、そうした数値の一つだ。
「貯蔵品」とは、工場設備のメンテナンスのための パーツ類、原灯油、景品類などを指す。
顧客である販 売先の都合で振り回されがちな製品在庫とは違い、自 らが買い手の「貯蔵品」は、その気になりさえすれば 特集 物流力を測る トヨタ 日 産 ホンダ (カ月) 棚卸資産回転期間(単独) (カ月) 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 99年 00年 01年 02年 03年 04年 (カ月) 棚卸資産回転期間(連結) 1.2 1.1 1.0 0.9 0.8 0.7 0.6 99年 00年 01年 02年 売上高支払物流費比率 3.5% 3.0% 2.5% 2.0% 1.5% 03年 04年 99年 00年 01年 02年 03年 04年 貯蔵品・有形固定資産比率(単独) 3.0% 2.0% 1.0% 0 99年 00年 01年 02年 03年 04年 製品類の資産回転期間(単独) 0.4 0.3 0.2 0.1 00年 01年 02年 03年 04年 図1 財務諸表データを使ったロジスティクス分析 ※1 最新期は各社とも 05年3月決算 ※2 日産は05年3月期「運 賃及び発送諸掛」 の記載はなし ※2 https://info.edinet.go.jp MAY 2006 14 オペレーションを高度化できる。
見方を換えれば、、こ の管理すらできない企業には、製品や部材の管理など できるわけがないという仮説が成り立つ。
最近は日本企業の多くが、トヨタ流のジャスト・イ ン・タイム(JIT)に倣って、在庫水準の低減に励 んでいる。
しかし現実には、製品在庫に比べて金額が 大きくないこともあって「貯蔵品」の管理をおろそか にしている企業が少なくない。
「固定資産」に占める 「貯蔵品」の比率を調べてみると、これを浮き彫りに することができる。
改めて前ページの図1右上のグ ラフを見て欲しい。
棚卸資産をどんどん減らしているはずの日産が、実は 「貯蔵品」についてはホンダより高水準の在庫を抱え ていることが分かる。
もちろん、日産がメンテナンス 業務の内製化などによって、戦略的に「貯蔵品」を抱 え込んでいる可能性も否定できないため、このデータ だけでは管理レベルが低いとまでは言えない。
それで もこれによって、棚卸資産全体を見る場合とは異なる 側面を垣間見ることができるのである。
もう一つ、競合企業を知るための?裏技〞を伝授し よう。
もし、あなたがどうしても、ライバル企業が財 務諸表などでは開示していない事業部門別の収支を 知りたいとする。
問い合わせてみたら非公開と断 られ てしまった。
さて、どうすればいいだろうか? その会社の株主になってしまうという手が一つある。
日本人にとっては抵抗が大きいかもしれないが、合法 的だし、欧米では当然のように行われている手法だ。
もちろん株主になったからといって非常識な質問には 答えてくれないが、事業部門ごとの業績や、地域ごと の収支などは開示してくれる可能性が高い。
欧米には こうした競合分析を専門的に手掛ける調査会社もあ るという。
市場主義を強めている日本で今後、こうし たやり方が増えていくとしても不思議はないはずだ。
このように欧米企業は、競合他社を徹底的に分析 している。
むしろ、これは市場での競争における常識 とすら言える。
そして、それぞれに算定基準が統一さ れている正確な数値データを活用するからこそ、ベン チマーキングの効果も大きくなる。
他社を目指すか、自ら前進するか もっとも、こうやって社外に目を向けるのか、それ とも社内で自ら設定したゴールをひたすら目指すのか は、企業の置かれている環境しだいで判断が変わる。
そもそもトップを走るリーダー企業にとっては比較す る対象が存在しない。
とりわけ物流分野に関しては、 こうした?社内派〞とも呼ぶべき企業が少なくない。
日用品業界の日本市場におけるガリバー花王は、そ うした企業の典型だ。
九〇年代初めから一〇年以上に わたり同社のロジスティクス責任者を務め、現在はイ オンの特別顧問(サプライチェーン管掌)と多摩大大 学院教授を兼ねる松本忠雄氏はこう証言する。
「企 業はそれぞれに異なる環境下で物流の最適化に 取り組んでいる。
仮に他社より在庫がどれだけ多いと か、コストがいくら高いと分かっても、それだけでは 具体的な改善策にはつながらない。
だからこそ花王時 代の我々は、何をすべきなのかという点にこだわった。
『在庫』と『欠品率』を同時に減らすため、それが増 えてしまう原因を一つひとつ解明していき、原因の改 善を関係部署に働きかけていった。
その結果、数値は 自ずと改善した」 トヨタからも似たような雰囲気を感じる。
だからこ そ同社は「かんばん方式」という希有の物流手法を編 み出し、 サプライチェーン全体に普及させるという困 難なことを実現できたのだろう。
圧倒的なトップ企業 紙・パルプ:2 窒業・土石・ガラス・セメント:5 石鹸・洗剤・塗料:4 食品(要冷):4 食品(常温):24 プラスチック・ゴム:6 鉄鋼:3 繊維:2 その他製造業:5 金属製品:4 その他化学工業:12 輸送用機器:20 精密機器:5 出版・印刷:3 化粧・歯磨き:3 石油製品・石炭製品:1 一般機器:5 非鉄金属:3 電気機器:21 医薬品:7 (業種名・回答数) 10.55 10.49 7.55 7.17 7.12 6.99 6.32 5.76 5.48 5.47 5.26 4.87 4.63 4.57 4.18 3.37 2.94 2.32 2.02 1.06 支払物流費(対専業者支払分他) 支払物流費(対子会社支払分) 自家物流費 図2 業種別売上高物流コスト比率の実態(2004年度)  図2、図3とも出所:日本ロジスティクスシステム協会 '94 '95 '96 '97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 '04 8.37 7.52 7.65 9.17 9.44 7.34 9.02 8.95 8.558.69 8.84 8.01 7.94 7.72 6.10 6.13 6.13 6.58 6.45 5.84 5.87 5.45 5.26 5.01 5.01 8.45 8.08 8.09 7.77 7.07 6.94 6.95 6.60 10.00 9.00 8.00 7.00 6.00 5.00 4.00 (一部を抜粋) 図3 売上高物流コスト比率の日米比較 日本(主要製造業) アメリカ(全業種) 日本(全業種) 15 MAY 2006 になった今も「改善は永遠なり」と言い続けられるの も?社内派〞ならではの強みといえる。
しかし、これはトップ企業に限った特殊な話でもあ る。
企業が、ある事業分野に後発で新規参入するよう な場合は、いかに大資本といえども先行事例との比較 が欠かせない。
そして、こういった場合にこそ、本来 のベンチマーキング(ベストプラクティスとの比較) が必要になってくる。
ソニーが九七年に「VAIO」を引っさげてパソコ ン市場に新規参入したとき、事前に米デルの販管費な どを徹底的に研究した。
当時の国内パソコン市場にお けるトップ企業は三割以上のシェアを握るNE Cで、 デルはまだ世界市場でも四、五%のシェアしか持って いなかった。
それでもソニーは、デルの高効率・高回 転経営に伍していかなければパソコン市場で利益を確 保できないと考え、同社を比較対象とした。
検討の結果、需要予測の高度化を図れれば、間接 販売でもデルの直販モデルに対抗できると判断。
その 後のソニーはサプライチェーンの高度化に邁進した。
参入五年目には、当初の狙い通り国内の家庭向けパ ソコン市場でトップに躍進。
その後はなぜか失速して しまったが、少なくとも後発企業として新規参入する ときのアプローチとしては正しかった。
数値データより重要な全体認識 ロジスティクスやSCMの領域で、どういった企業 をベンチマーキングの対象にすべきかの判断は簡単で はない。
前述した「業界」や「ライバル」の明確化が 必須であることは当然だが、こと物流管理に限って言 えば、トヨタを究極的な目標としている異業種企業も 多いはずだ。
より現実的なところでベンチマーキング の対象を見つけるためにも、日頃から所属「業界」以 外の動向に目配りをしておく必要がある。
ただし日常業務に追われながら何もかもをフォロー していくのは難しいため、そこは使える情報を積極的 に活用すればいい。
たとえば、JILSが毎年実施し ている「物流コスト実態調査」は比較のための客観デ ータとしては使えないが、それでも回答 しているのが 有力企業であることから全体認識の一助にはなる。
ど この業界で著しく改善が進んでいるといった傾向や、 日米の物流コスト比率の推移などを知るうえでは有効 な情報源だ。
客観的な数値データの入手とは一線を画して、流 通構造やビジネスモデルに焦点を当てるというアプロ ーチもありえる。
図4に味の素ゼネラルフーヅの前常 勤監査役、川島孝夫氏が作成した「酒類・食品メー カーの物流パターン」を再掲載した。
すでに本誌の読 者にとってはお馴染みの図かもしれないが、このよう に自社の販売チャネルをパターン化して、それぞれに 流通効率を比 較してみるのも有効だろう。
いかなるアプローチで自社の物流レベルを計測する にしても、肝に銘じておくべきことがある。
最適な物 流管理やSCMというのは、時代とともに常に変化し 続けていくということだ。
とりわけ食品分野のサプラ イチェーンにおける最近五年間余りのニーズの変化は、 当事者の予想を大きく上回るものだった。
川島孝夫氏はこう強調する。
「 20 世紀のロジスティ クスは?効率〞だけを追求していればよかった。
しか し、それだけでは 21 世紀は生き残れない。
効率の追求 は当然だが、そのうえで?社会的な評価軸〞を持って いない企業は市場から退場を迫られる。
そのためのK PIを持つ ことが重要だ」。
いまや企業の物流レベル は、数値データでは表せない事柄で評価される時代に 入っていることを忘れてはいけない。
特集 物流力を測る 図5、図6とも川島孝夫氏作成 メーカー 工場 メーカー D/C 卸 D/C 小売り D/C 小売店 1 2 3 4 5 6 7 8 パターン 図5 社会的評価が加わったロジスティクス管理指標(KPI) 図4 酒類・食品メーカーの物流パターン 1 定期的な評価会議:月次経営会議(会議後Kraftへ報告) 2 評価方法:計画対実績報告および対策決定 3 KPI−1【企業内評価】  (1)在庫削減‥‥原料&包材、半製品、製品、工場工程ロス、品質不良品  (2)物流費削減‥‥運賃、保管料、荷役料、構内物流費、工場直送比率  (3)SKU(Stock Keeping Unit)削減  (4)返品・販売不良品のゼロ化  (5)販売精度の向上 4 KPI−2【社会的評価】  (1)得意先サービスレベル  (2)安全・安心の推進‥‥工場事故・災害率、消費者クレーム率・内容、自己退職率  (3)誠実の履行‥‥環境対応(HACCP/ISO、リサイクル、リユース、産廃ゼロ)

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