ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年7号
CSR経営講座
効率だけを追うロジスティクスの限界

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2006 70 日本にロジスティクスを導入した先 駆者で、本誌での連載「CLO実践 録」(二〇〇二年十二月号から一年 間)でもお馴染みの川島孝夫氏に、今 号から新たな連載をスタートしてもら うことになった。
ロジスティクス部門 の責任者を経て、二〇〇二年に常勤 監査役となった川島氏は、食品業界 で相次ぐ企業不祥事を調べていくう ちに、ロジスティクスとCSR(企業 の社会的責任)の密接な関係に注目 するようになった。
本連載では、CS Rと企業経営について、川島氏なら ではのユニークな観点から解説しても らう。
(本誌編集部) ロジスティクス以来の大きな反響 日本企業の間でCSR(企業の社 会的責任)に注目が集まっている。
一 歩間違えると浅薄な観念論に陥りか ねないテーマだが、いまやCSRをう たったセミナーやシンポジウムはどこ でも大盛況だ。
参加している人たち はCSR部門や監査役など直接、関 連業務に携わっている人たちばかり ではない。
経営企画室や社長室のよ うに企業戦略そのものを担当する人 たちが興味を抱いている。
私も昨年十二月と今年一月の二度、 日本ロジスティクスシステム協会(J ILS)の依頼で関連する話をした。
演題は「CSR企業経営時代の企業 倫 理の確立・ロジスティクス企業経 営に求められる企業倫理観」という ものだが、聞いてくれた人たちの反応 の良さに驚かされた。
講演後の懇親 会では多くの人たちから名刺交換を 求められ、余裕をもって用意したは ずの一〇〇枚ほどの名刺があっとい う間に底をついてしまった。
このとき名刺交換をした皆さんは、 「今日はいい話を聞けた」とか、「まさ しく講演の通りだ」と口々に言って いた。
まあ、お世辞半分だったのだろ うが、私の講演に対してこれほど大 きな反響があったのは、米国で学ん だロジスティクスを一九八〇年代末 に紹介して以来の経験だった。
その 後も同じような内容で講演を多数、依 頼された。
しかし、すべてを引き受け ていては体がいくつあっても足りない。
残念ながら大半はお断りせざるを得 なかった。
こうした経緯もあって、ぜひロジビ ズ誌上で私が経験的に考えてきたこ とを連載したいと思った。
とは言え、 私自身にとっても、CSRはまだ携 わってから日の浅いテーマだ。
とても ではないが全てを体系的に理解でき たと言い切れる状態ではない。
恐ら く、この連載を続けている最中にも 、 どんどん新しい発見があるはずだ。
そ うした情報も随時、内容に反映させ ながら、私なりに理解しているCS R経営の全体像をお伝えできればと 考えている。
ところで、私が?CSRとロジス ティクス〞という観点から話をしたこ とに対して、かくも大きな反響があっ たのは、一体どうしてだろうか。
最も重要なポイントは、効率性一 本槍だった 20 世紀の企業経営が転換 期を迎えているためだと私は理解し ている。
もちろん、経済効率の追及 は、今後も企業が追い求めていくべ き不可欠のテーマだ。
これなくして企 業 の存続はあり得ない。
しかし、その 一方で、効率だけの企業が 21 世紀を 生き抜けないことも徐々に明らかに なりつつある。
本誌の読者にとっては先刻承知の 話だろうが、日本で 20 世紀末に浸透 したロジスティクスは、経営面では効 率の追求とほぼ同義だった。
ところ が 21 世紀に入ると、それだけでは不 十分だったことを示す出来事が相次 いで起こった。
もはや、良い製品を 効率良く市場に供給するだけでは足 りず、社会から必要とされる企業、お 客さんから認められる企業にならなけ れば、存続すら難しくなってきている。
現代 の消費者は、たとえば食の安心・ 効率だけを追うロジスティクスの限界 第1回 71 JULY 2006 安全への取り組みが評価できるとか、 生活環境の改善に役立つといった判 断も加味しながら商品を選ぶ。
この ような時代の経営のあり方が、いま 漠然とCSRという言葉で表現され ている。
良い製品を安く提供しさえすれば 勝てるという発想は、経済が右肩上 がりで成長していた時代の遺物だ。
今 後の日本では、少子高齢化などの社 会環境の変化によって総消費の減退 が避けられない。
このような厳しい時 代にあって、自社の製品をお客さん に選 択し続けてもらうためには、効 率の良さに加えて?CSR的〞な取 り組みが欠かせないのである。
監査役になって感じた違和感 ロジスティクス部門や物流部に所 属している人たちの中には、こうした 変化を自分とは無縁の話だと思って いる人が少なくないのではないだろう か。
そうした心情も理解できなくはな いが、すでに時代の変化に取り残さ れつつあると言わざるをえない。
ロジ スティクスの担当者にとって、CS Rは日常業務と切っても切れない密 接な事柄だ。
まずは、私がそう確信 するに至った経緯から説明しよう。
文末のプロフィール欄にもある通 り、私は七〇年代後半からずっと味 の素ゼネラルフーヅ(AGF)で情 報システムやロジスティクスを担当し て きた。
業務の執行部門で二〇年近 くを過ごしてきたわけだが、正直なと ころ、当時はどうやって業務効率を 高めるかばかりを考えていた。
企業の 社会的役割のようなことも言っては いたが、実際に何かをやったわけでは ない。
CSRの核心でもある企業倫 理などについて体系的に勉強したこ とがなかったため、何をすべきかすら 見えていなかったのだ。
商法についても通り一遍の理解し かしていなかった。
九五年にAGF の理事になったとき、経団連が主催 する役員研修に参加する機会があっ た。
私にとっては、これが商法と企 業経営の関係について本格的に学ぶ 初めて の機会だった。
しかし、このと き教えてもらった内容は、後に日本 が国際会計基準を本格導入したこと などによって商法がガラリと変わった ため、実務面ではほとんど役に立た なくなってしまった。
そういう意味では、二〇〇二年に 常勤監査役になって、CSR的なことを初めて真剣に考えるようになった。
このとき私は、二〇年間にわたって 携わってきた執行部門から切り離さ れ、それまでとは違う観点から企業 経営に参画することを求められた。
執 行役と監査役では、企業人として求 められている役割がまったく異なる。
監査役になって参加した日本監査役 協会の研 修会などでの経験を通じて、 そのことをつくづく思い知らされた。
経団連が実施している新任役員の ための研修と、監査役協会がやって いる新任監査役のための研修とでは、 同じく商法をベースにした話でも、ス タンスが完全に違った。
経団連が九 〇年代の研修会で強調していたのは、 あくまでも経済効率性の追求であり、 「こういうことをしたら儲からない」 とか「知らないと損をする情報」など 損得勘定に関する話が多かった。
一 方、監査役協会の研修会の主な観点 は、「社会にとって必要とされる企業 とは 何か」とか「存続できる企業の 条件」、あるいは「企業不祥事を防止 するために知っておくべきこと」など、 執行部門に所属していたときには縁 遠い話ばかりだった。
このときのカルチャーショックとも 言うべき体験が、私にとっては幸い したと思っている。
もし監査役になっ ていなかったら、いまだに私は損得勘 定だけを追い求めていたかもしれない。
監査役として、企業の社会的役割の ようなことを考えざるを得ない立場に なったため、初めて執行役とは異な る視点で企業経営を意識できるよう になった。
あらためて考えてみると、 いささか感慨深い。
監査役になる人というのは、常務 や専務など 執行部門長を務めた人が ほとんどだ。
監査役協会の集まりに 参加すると、皆さん、ざっくばらんに話をしていて、少しお酒が入ると、「な ぜアイツはまだ副社長なのにオレは監 査役なんだ。
気に入らない」などとい う言葉が飛び出してくる。
最初は誰 しもそんなもので、執行部門の役員 として、いまだに活躍している同僚に 対して割り切れない感情を抱いてい る人が多い。
このため監査役の役割 は効率性の追求ではないと頭では理 JULY 2006 72 囲がはっきりと決まっていない。
すべ てに目配りすることを求められている。
私は、監査役になって二、三年勉強 するうちに、社内監査役には二つの 大きな役割があるという結論にたど りついた。
「企業防衛」と「不祥事の 防止」である。
とりわけ現在の日本では、企業を さまざまな要因から守ることが監査 役に強く求められるようになっている。
これは社内監査役にも、公認会計士 などの社外監査役にも共通する話だ。
そこでは目先の利益にとらわれずに、 企業が存続し続けるために最適な判 断を下すことが求められている。
建前上の監 査役の役割は以前から 同じだった。
しかし、現実は違った。
常勤監査役には役員として秘書もつ くが、一週間に二日も出社すれば充 分という存在で、組織にとっては?お 飾り〞でしかなかった。
多くの企業に とって監査役は、執行部門における 長年の功績への褒賞として与えられ る名誉職に過ぎず、いわば?上が り〞のポジションだった。
この状況が、私が監査役になった 二〇〇二年前後に、幸か不幸か大き く変わった。
一〇〇年振りとも言わ れる商法の大改正が日本で断行され、 監査 役が株主代表訴訟の窓口になる など、以前は想像もできなかったリス クを背負うようになった。
こうした変化の引き金になったの が、相次ぐ企業の不祥事だった。
米 国ではエンロンの経営破綻によって 浮き彫りになったコーポレート・ガバ ナンスの不在が、企業改革法(SО X法)の成立を後押しした。
日本で も企業の不祥事が商法の大幅改正を 招いた。
世界的に企業活動を規制す る動きが活発化し、同時に監査役も 気楽なポジションなどではなくなって しまった。
このとき日本の商法がどのように 改正されたのかは、この連載のな かで 追い追い取り上げていくつもりだ。
こ こでは世界中でCSRが注目される ようになった背景として、このような 変化があったことにだけ触れておく。
頻発した企業不祥事が、商法をはじ めとする法律の改正につながり、結 果として企業監査に求められる役割 も飛躍的に拡大した。
そして、こう した時代の要請に応えられなければ、 企業の存続すら許されないという厳 しい状況が生まれたのである。
ロジスティクス部門の新たな役割 監査役やCSRの担当役員には、企 業を倫理面から牽制することが求め られている。
こうした役割は、制度 面ではコーポレート・ガバナンスやコ ンプライアンス(法令順守)の強化 として表れたが、これは主にマネジメ ントレベルの改革を意味している。
実 務の現場レベルで企業倫理を担保し ていくためには、名称はどうあれCS R部のようなセクションが必要だ。
そ して、このような部門が業務執行レ ベルで具体的に何をやるべきかという ときに、がぜん役割を見直されるのが ロジスティクスだ。
さきほど私は監査役の究極的な役 割を「企業防衛」と「不祥事の防止」 の二つと述べた 。
企業の存続すら危 うくする不祥事にはどのようなものが あるのかと言うと、とりわけ消費財メ ーカーにとっては?在庫〞に関連す るものが多い。
たとえば、二〇〇〇 年に雪印乳業が引き起こした食中毒 事件や、二〇〇一年に雪印食品が牛 肉偽装事件で会社消滅に追い込まれ たケースは、私に言わせれば、ロジス ティクスを実現できていなかったとこ ろに最大の原因がある。
この二つの不祥事は、原材料や商 品の在庫管理を、品質・数量面から できていなかったことに起因しており、 根底にはロジスティクスの機能不全 がある。
さらに傷口を広げたのは、問 題が外部に漏れ た後の対応のまずさ だった。
雪印の食中毒事件では、一 万人を超す被害者を出しながら、な 解できても、素直に新しい立場に没 頭できない。
幸いなことに私は、監査役になっ てから半年くらいで頭を切り替える ことができた。
しかし、感情的な状 態から抜け出せない人もいる。
そうい う人たちは一年もすると?監査役失 格〞の烙印を押されてしまう。
酷な 言い方だが、仕方がない。
企業経営 において監査役が担うべき役割は近 年、急速に変化している。
そのこと を理解すれば、こうした厳しい見方 についても納得してもらえるはずだ。
明確な業務範囲を持たない監査役 販売や生産、ロジスティクスとい った執行部門に所属していると、た とえ役員であっても発言の範囲は限 られている。
営業部門の担当役員が 工場のことに口を出したりすれば、生 産担当の役員から「ほっといてくれ。
そんなことを言っている暇があったら 営業の仕事をきちっとやれ」と言い 返されるのが関の山だ。
分業を前提 としている現代の企業経営では、こ うした行為は本質的に越権とみなさ れる。
すべての執行部門に対して発 言できるのは、会社の中にはある意 味で社長だけしかいない。
その点、監査役は、それぞれの執 行部門の責任者とは 異なり、業務範 73 JULY 2006 ぜそのようなミスが発生したのかを、 会社側がなかなか説明できなかった。
不用意な記者会見を通じて、こうし た事実を消費者が目の当たりにした ことで雪印ブランドへの信頼は急速 に失墜してしまった。
また、雪印食品の国産牛肉偽装事 件では、金額的な被害はさほど大き くなかったし、商品の品質そのものが 悪かったわけでもない。
にもかかわら ず、すでに食中毒事件で評価が地に 落ちていた雪印グループの一員が引 き起こした不祥事だっただけに、小 売り企業による売り場からの商品撤 去が相次いだ。
これが会社の清算と いう、当事者にと っては最悪の結果 を招いてしまった。
このときの流通側の対応はヒステ リックに過ぎるという声も一部にあっ た。
しかし、小売業者にしてみれば 当然の判断だった。
どの在庫に問題 があって、どれは問題なし、といった ことを即座に説明できない企業の製 品など、リスクが怖くて扱えない。
他 に選択肢の存在しない製品だったな らまだしも、そのようなことは消費財 の世界では稀だ。
たいていの製品は、 他メーカーの製品によって代替でき る。
小売りが特定のメーカーを擁護 するためだけに大きなリスクを負う必 然性はどこにもない。
進展するサプライチェーン競争 不祥事に対する消費者意識の変化 だけが、企業のリスクを高めているわ けではない。
グローバル化の進展も少 なからずリスクを増大させている。
日 本の食料自給率は四割程度で、残り の約六割は何らかのかたちで輸入し ている。
その六割の食料輸入を担う サプライチェーンが、本当に安心・ 安全を担保できるだけの機能を備え ているかというと、現状では非常に 心許ない。
中国や東南アジアなどから原料を 調達している日本の食品メーカーは、 その原料が安全なことを自ら証明で きるだろうか。
生産技術や農薬残留 問題などについては、先進企業であ れば それなりの体制を築きつつあるは ずだ。
しかし、サプライチェーン全体 となると、調達先に依存せざるをえ ない部分が多く、安全と言い切れる 食品メーカーは少ないはずだ。
にもかかわらず、もし最終製品に トラブルが発生したら、たとえそれが 調達先に起因するトラブルであって も、最終製品メーカーが批判の矢面 に立たされることになる。
そのメーカ ーが、原料を調達する際に法的にな すべきことをやっていたかどうかなど 関係ない。
結果責任として、最終製 品のブランドを有する企業に非難が集中するはずだ。
同じ理屈で、子会 社やグループ会社が引き起こしたト ラブルについても、批判の矛 先は親 会社やグループの中核企業に向かう ことになる。
これはまさにロジスティクス部門に 突きつけられた新しい課題だ。
同時 に、企業経営の常識が変わりつつあ ることを意味している。
これまで企業 がロジスティクスを高度化してきた狙 いは、効率の追求がメーンだった。
と ころが、それだけでは企業は存続でき ない時代になった。
企業というのは 存続ありきで、そのためには儲ける必 要がある。
だが単に効率化だけを追 求している企業は、市場からの撤退 を余儀なくされる。
では、そのような事態を招かないた めには、どうすればいいのか。
これを 本連載の中で考えていきたい。
まず は、現実にど のような変化が起こっ ているのかを、過去の不祥事や、商 法改正の動き、大学のような研究機 関の動向などを通じて分析していく。
さらに、企業に所属するロジスティク ス担当者や管理職が、具体的に何を しなければいけないのかを探っていく つもりだ。
食品メーカーが変化に対応してい くためには、取引先や協力物流業者 にも新たな考え方を理解してもらう 必要がある。
何よりもサプライチェー ン全体の管理を視野に入れておくこ とが重要だ。
残念ながらまだ現在の 日本には、CSR経営を実践してい く うえでロジスティクスが最も重要な 課題の一つであることに気づいている 人はほとんどいない。
この点について も、連載を通じて一石を投じられれ ばと思っている。

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