ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年7号
keyperson
ヤマトホールディングス瀬戸薫 社長

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2006 2 攻撃こそ最大の防御 ――昨年の六月に小倉昌男元会長が 亡くなって以降、ヤマトの舵取りが 大きく変わったように思います。
こ れまでの「宅急便」専業体制から、一 気に全方位に手を拡げ始めた。
何で も自社単独でやる自前主義とも決別 した。
「当然のことです。
『宅急便』の伸び 率も既に一ケタ台まで下がってきた。
一ケタ台というのは、少しでも何か あったら前年比でマイナスになって しまうというレベルです。
それでもし ばらくはまだ成長できる。
その間に 他の事業を育てなければ、それこそ 前年比でマイナスになったら、ウチ はバタバタになってしまう」 ―― 基本的にヤマトは増収増益しか 知らない会社です。
「そうです。
ウチのような会社は守 りに回ったら弱い。
だから常に攻め ていく。
攻撃こそ最大の防御という 考え方です」 ――九〇年代には宅配専業のヤマト と佐川急便を除き、日本の大手特積 み業者のほとんどが「総合物流」と いう旗印でサービスのフルライン化 に取り組みました。
しかし結果的に は、ことごとく失敗に終わりました。
同じ轍を踏むことになりませんか。
「それは当社には当てはまらない。
当 社は市場を明確に限定しています。
最 近の当社の舵取りは、一見すると総 花的に感じられるかも知れ ませんが、 一つひとつの新商品や新事業を子細 に見てもらえば、違いが分かっても らえるはずです。
いずれもターゲット とする市場をかなり絞り込んでいる。
そしてオンリーワンの、絶対に他社 に負けない商品を投入している。
た とえ市場規模が小さくても、その市 場ではナンバーワンになれる商品を たくさん作っていく。
それが当社の やり方です」 ――これまでとは商品開発の手法も 変えているのですか。
「宅急便の原点はC to C(消費者間 物流)です。
そのため当社も従来は C to CやB to Cという大きな括り で新商品を考えていた。
しかし、そ のやり方ではダメだということに気付 いた」 ――かつての「総合物流」という言 葉も、括りが大き過ぎる? 「その昔の『総合物流』とは、何で もできる、という意味でした。
何で もできることを目指して、結果とし て何もできなかった」 ――ボックスチャーターの「JITB OX(ジットボックス)チャーター 便」も、その文脈で説明できますか。
我々はヤマトが三〇年ぶりに路線便 市場に再参入したと受け止めました。
「それも『B to Bの小口貨物』と して大雑把に市場を括っているわけ ではありません。
実際、従来の『路 線便』とは全く違う」 ――その違いがよく分かりません。
「今の荷主が最も困っているのが、 中長距離の中ロットの輸送だという 認識がそもそもの出発点です。
例え ば東京から大阪に部品を運ぶのに、こ れまでは一〇トン 車一台に荷物がま とまるまで貯め込んでいた。
それだけ 在庫を多く抱えていたわけです。
も ちろん緊急の場合には、四トン車を 使ったり、あるいは積載率が低くて も運ぶけれど、それでは運賃が合わ なかった。
また従来の路線便は、配 送スピードと荷扱いの点で使えないことが多かった」 ――ジットボックスチャーター便は、 路線便から荷物を奪うことになるの ですか。
「ジットボックスチャーター便は重 量ゾーンで見れば路線便でも、その ターゲットは現在、路線便で運ばれ ている貨物ではなく、貸し切り輸送 なんです。
従来の特積みは、個数口 がある場合に?口割れ〞が起きたり、 THEME ヤマトホールディングス 瀬戸 薫 社長 「オンリーワンの商品で市場を制圧する」 物流市場を子細に分析し、特定のニーズを満たすオンリーワン のサービス商品を開発する。
それがヤマトの方法論だ。
「総合物 流」を目指して闇雲に手を広げた、かつての特積み業者の二の轍 は踏まない。
マーケティングが違うという。
(聞き手・大矢昌浩) 3 JULY 2006 KEYPERSON 破損やリードタイムなどの品質面で 課題を抱えていた。
そのために、本 来であれば中ロットの混載で運ぶは ずの市場が貸し切りに流れていた。
そ れを改めて引き戻そう、ということ です」 買収より提携で協調 ――ジットボックスチャーター便を自 社単独ではなく、西濃運輸や日本通 運をはじめ他の特積みと共同で展開 する理由は? 「まず一つは、当社だけでやるとス ピードが遅い。
ゼロからインフラを作 って採算ベースに乗せるまでには、か なりの時間がかかってしまうというこ とです。
もともと当社は基本的に中 ロットの荷物が不得手です。
営業力 もない。
中ロットの荷物はセールス ドライバーではとれません。
同じ工場 から出る荷物でも、事務所や研究所 から出てくるのが宅急便です。
工場 本体の出荷場所とは全く違う。
しか も本体は基本的に貸 し切りで動いて いて、既存の特積みはそこに入り込 んでいる。
そのため営業もできる。
そ れが一つ」 「二つ目。
仮に当社が単独でジット ボックスチャーターを成功させたら、 そしてそれがおいしい市場だというこ とになったら、他の特積みもみんな 同じことをやり始める。
そうなれば、 また元の木阿弥です。
価格競争に陥 ってしまう。
そうしないためにボック スチャーターをフランチャイズ制にし て他の特積みにも参加してもらおう と考えた。
皆で手掛ければ一気に認 知度も上がってデファクトスタンダ ードがとれる」 ――しかし、多数の特積みが参加す るとなると、サービスレベルの維持が 難しくなるのでは。
「集荷は別々ですが、配達は基本的 に一社でやりますからね。
エリアごと に、例えば東京であれば西濃から来 た荷物も日通から来た荷物も全てヤ マト運輸が配達する。
共同配送です か ら生産性も高い。
環境にもいい」 ――ボックスチャーターを機に、西濃 と他の分野でも協力する予定は? 「具体的な計画は今のところありま せん。
それでもお互いにメリットのあ る話であれば、もうパイプはできてい るわけですからスムースにいく可能性 はありますね」 ――西濃に限らず国内の特積み業者 は、M&Aの対象になりますか。
「今のところ考えていませんね。
買 収するメリットを感じない。
仮に極 めて強い特積みが存在するのなら、そ のノウハウが他にも使えるような場 合であれば、買収しても意味がある かも知れない。
しかし昔のままの特 積み業者を買収してもメリットがな い。
買収するよりも協調したい。
当 社だけが?クモの糸〞にはならない ようにしよう、ということです」 ――国際物流では日本郵船と提携し ました。
「海外に集配網を拡げるとなると、 当社一社では手に余る。
何社か集ま って投資するしかない。
今のところ当社は外資系の国際インテグレータ ーと直接、競合しているわけではあ りません。
しかし当社が国外までネ ットワークを拡げていけば正面から ぶつかることになる。
その時に当社 の規模では国際インテグレーターと がっぷり四つに 組めない。
それが日 本郵船と提携した狙いの一つです」 ――これまでのヤマトは、現地資本 に技術供与して宅配便を展開してい る台湾を例外として、海外で宅配便 のネットワークを構築しようとはして いませんでした。
「いきなり海外で宅配便のネットワ ークを敷くというのは現実的ではあ りません。
台湾も当初数年間は大赤 字でした。
(現地提携先の)統一グル ープは資金力があるので一気にイン フラ投資をして事業を軌道に乗せま したが、あの程度の面積の島であっ てもネットワークを作るには大変な 資金がかかりました」 「宅配のネットワークは点ではなく 面でエリアを抑えなければならない。
しかしB to Bであればインフラは点 で済みます。
発地と着地が限定され ている。
そこで国際物流も、まずは B to Bのインフラ作りから始める。
それが拡がっていけば、次の展開も 可能になってくる。
そういうステップ で考えています」 ――その間にライバルが先に宅配イ ンフラを作ってしまうかも知れない。
「もちろん、そのリスクはある。
し かし当面はB to Bを先行させるつも りです」 ――ヤマトの強みは宅急便です。
B to Bではそれが活きてこない。
「 そんなことはありません。
少なく とも飛行機を使った輸出入貨物の国 内配送では圧倒的にウチが強い。
国 内から出荷する分については、現状では成田までしかやっていないけれど、 海外にパイプができれば、それが拡 がっていく。
荷物も増えていく。
つ まり海外ではまず企業向けの配送を 行い、その密度が上がってきた段階 で次のステップに進む」 ――日本国内のネットワークについ ては。
「宅急便のインフラ整備は、ほぼ終 わっています。
今後は国際物流の絡 JULY 2006 4 みでシステム投資が必要になる可能 性があるくらい。
今期の投資計画も 車両や認識装置などが中心で、従来 と変わっていません」 懸念は人手不足 ――二〇〇一年に国内の店舗数を従 来の倍、郵政公社の集配局数に匹敵 する五〇〇〇店まで増やすという方 針を打ち出しました。
これはまだ実 現していません。
計画を修正したの でしょうか。
「いいえ。
やりますよ。
当初の計画 よりも遅れてしまいましたが、方針 は変わっていません」 ――五〇〇〇店構想は、宅急便とメ ール便を同じネットワークで処理す ることが前提だったはずです。
しかし 実際に蓋を開けてみたら、宅急便と メール便の相乗効果は意外に薄かっ た。
別のインフラで処理しなければ ならないことが分かってきました。
「確 かに仕分け方は違いますね。
そ れと配送のところ。
メール便は投げ 込みで届け先のお客さんと対面する ことがありませんから、従来の宅急 便とは違う戦力も使える。
主婦を中 心とした臨時社員などです」 ――メール便の配送ネットワークの 形はまだ固まっていません。
従来は 「クロネコメイト」と呼ばれる主婦層 のパート社員を組織化していました が、それも限界に来ている。
「メール便の配送ネットワークのデ ザインを固めるには、もう少し時間 がかかる。
『メイト』も当然、使って いきますが、それに加えてメール便専 門の『MD(メール便ドライバー)』 と呼ぶ新しいタイプの配送スタッフ を増やしていくつもりです」 ――「SD」と「メイト」と「MD」 は、どう使い分けるのですか。
「配送密度です。
都市圏のように密 度の濃いエリアでは、SDが宅急便 と一緒にメールも配る。
一方、配送 密度の極端に低い地 域もSDです。
メ ール便の集配を別にやるのは効率の 点で現実的ではない。
問題は住宅地 です。
不在宅が多い住宅地は、SD が宅急便の配達で手一杯になってい る。
そのためにメイトやMDを組織 している」 ――「メイト」と「MD」の使い分 けは? 労務管理上、メイトは業務 委託ですが、MDは契約社員です。
「MDはSDとメイトの中間的な位 置付けです。
サービス品質もメイト より高い。
本来であればメール便は 全てMDで処理したいところですが、 そう簡単には人も集まら ない。
メイ トに比べれば人件費も高いため、そ れなりの配送密度も必要になる。
そ のため当面はメール便の配送密度が 上がってくるのに合わせてMDのエ リアを増やしていく」 ――しかし人手不足が深刻化してい ます。
「その点は心配しています。
それで もSDを経験したことのある中高齢 者や、またMDのエリアが増えてい くと、それだけメイトが減ることにな るため、メイトからMDを登用して いくというルートもある」 ――メール便で使う拠点は宅急便と 同じで構いませんか。
「今後はメール便専用の拠点が必要 になってくるかも知れません。
敷地 としては宅急便の拠点と同じでも構 わない。
というより運行 車に余計な 移動をさせないためには、同じ敷地 内、あるいは同じ拠点でフロアを分 けるといった形が中心になりますが、 メール便の仕分けを集約することは 考えている」 ――そこにはかなりの投資も必要で すか。
「宅急便と違ってメール便は荷物が 小さいですから、金額的にはそれほ どでもない。
場所も宅急便の拠点の ワンフロアでいい」 ――その理屈だと郵政公社は大変で す。
彼らは新たに宅配便のネットワ ークを作る必要があるわけですから。
「それはそうですよ。
大は小を兼ね るけれど、小は大を兼ねられない。
本 気で郵政が宅配便を増やそうとすれ ば、大変な投資が必要です。
拠点だ けでなく配送も、既存の郵便のネッ トワ ークでは処理できない。
結局、配 送は第三者に委託するしかないはず です」 ――メール便を一〇月にリニューア ルしますね。
値段を大幅に下げると 同時に、リードタイムを翌日配送から三日〜四日に伸ばした。
あえてサ ービスの低下を決断した理由は? 「二つあります。
一つは翌日配送を 顧客が望んでいない。
メール便の多 くはDMやカタログ類です。
そうし た顧客をはじめ、九〇%程度の顧客 が翌日に届くことを条件とは考えて いない。
それよりも料金です。
そして 当社が料金を下げるには、生産性を 上げなければならない」 180,000 160,000 140,000 120,000 100,000 80,000 60,000 40,000 20,000 0 00 年3月 01 年3月 02 年3月 03 年3月 04 年3月 05 年3月 06 年3月 07 年3月 42,356 51,056 48,433 53,351 53,059 55,605 45,090 67,858 62,576 69,398 67,031 74,571 75,552 77,235 79,300 85,700 ヤマトHDの従業員数の推移 パートタイマー(MD含む) 正社員 (見込み) (人) 5 JULY 2006 KEYPERSON ――リードタイムが長くなっても、コ ストが下がるとは限りません。
「宅急便のベース店の作業は、昼間 は暇になる。
その時間帯を使ってメ ール便を処理することで、コストを 抑えることができる。
これまでは翌日 配達を維持するために、メール便の 仕分けに大変な手間がかっていまし た。
それを集約して徹底的に自動化 するわけです」 ――つまりリードタイムが伸びた分は、 昼間の時間帯を使ったリソースの有 効活用と、集約のための横持ち輸送 に使う、ということですか。
「そうです。
それが先ほどお話した メール便専用の施設です」 店舗数で差別化する ――最大のライバルは。
「やはり郵政公社と佐川急便、この 二社です。
国内には他にはない」 ――郵政とは本当に競合しています か。
郵政が攻勢をかけているのにヤ マトの業績は堅調です。
「少なくとも百貨店の配送では確実 に競合しています。
コンビニの窓口 扱いについても、郵政にとられるの は痛い」 ――コンビニでは、やられっ放しです。
「もちろん危機感を持っています。
現場もそうです。
そのために他から とってきたり、あるいは相手方に回 ったコンビニ周辺の営業を強化した り、現場も必死になっている。
それ が今の当社の業績を支えている」 ――しかし今のヤマトには百貨店や コンビニを取り返しに行こうという 動きが見られません。
「コンビニさんに納得いただける商 品を持っていませんからね。
ただ頭 を下げれば、もらえるというものでは ないでしょう。
一方で郵政は、商品 以外のところで餌を持っている。
そ れは強いですよ。
当社と組むことで コンビニさんにメリットになると本当 に納得してもらえる商品ができた時、 その時がもう一回アプローチする時 だと 考えています」 ――対佐川では何が差別化要因にな ると考えていますか。
「店舗数が圧倒的に違います。
その ために当社は連絡があればすぐ行く、 一日に何度でも行くことができる。
も ちろん店舗数を増やせばネットワー クの固定費は増加する。
しかし、顧 客との距離が近くなる。
集配エリア に到着するまでの時間が短くなるこ とで、お客さんが喜ぶだけでなく、集 配の生産性が飛躍的に上がる」 「例えば、一日一〇時間のうち七時 間を走行に使い、三時間で集配していたとする。
一時間で集配できる数 はだいたい五〇個です。
三時間なら 一日一五〇個ということになる。
店 舗を二つに分散することで、走行時 間 は七時間の半分、三時間半で済む ようになる。
それだけ集配に充てる 時間が増え、労働時間が短くなる。
つ まり当社にとっての生産性とは、S Dがクルマを降りて集配している時 間のことなんです」 ――それは集配時間を増やすことで 荷物も増えることが前提になる。
「その通り。
そこは小倉さんの言っ た通り『サービスが先、利益は後』と いう考え方です。
拠点を分割するこ とでまずサービスを良くして、それに よって荷物を増やしていくことで後 から利益を得る」 ――しかし拠点を分割することで本 当に荷物が増えているのか、確証は ありません。
「当社の取扱個数が今も伸びている 理由の一つが、恐らくそこにあると 考えています。
労働時間に余裕がな い とSDも営業活動などできません。
しかし時間があればSDは本能的に 荷物をとってくる。
そういうものなん です」 ――小倉昌男というカリスマを失っ た今、何がヤマトという組織の求心 力になりますか。
「難問ですね。
一方では遠心力も働か せたい。
中央集権で何でも私が決裁 するかたちにすれば求心力は得られる。
しかし、それではスピードが遅くなる。
逆に権限を前線に委譲して分散させ れば経営スピードは上がるけれど、全 体がバラバラになってしまう。
そこを どうコントロールするか。
それがホー ルディングス社長としての私の最大 の仕事だと考えています」 瀬戸薫(せと・かおる) 1947年生まれ。
70年3月、中央大学 法学部卒業。
同年4月、大和運輸入社 (現ヤマト運輸)。
北九州、山口、大阪の 主幹支店長、中国支社長等を経て、99 年に取締役関西支社長。
03年、取締役 人事部長。
04年、常務執行役員。
05年 11月、持ち株会社制の導入に伴い、ヤ マトホールディングス常務執行役員。
06 年6月、有富慶二会長兼社長の後任とし てヤマトホールディングス社長に就任予 定。
(6月15日現在)

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