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67 JULY 2006
事例で学ぶ
現場改善
日本ロジファクトリー
青木正一 代表
二五%の在庫圧縮
今回は本連載の二〇〇五年七月号でご紹介し
た素材メーカーY社の改善活動の続報である。 ま
ずはざっと前回のおさらいをしておこう。
九州に本社を置く年商約六〇億円の中堅素材
メーカーY社は在庫管理に問題を抱えていた。 在
庫が多過ぎると皆が感じていたものの、ルール
を無視したデータの改ざんや期末の調整などが
常態化し、信頼の置ける基礎データ自体が社内
に存在しない状態だった。 同社のオーナーでも
ある会長自身、在庫の実態を隠したがっている
フシがあった。
Y社には在庫のほかにも一つ
深刻な問題があ
った。 事業継承である。 会長は気力こそ旺盛な
がらも既に高齢である。 そのため近年は少しず
つ実子であるS社長に業務を移管し、今では経
理と仕入れの値決めに会長の役割は限定されて
いた。 一方、S社長は営業活動に主軸を置き、会
長とはできるだけ顔を合さないかのような動き
をとっていた。
衝突を避けるためである。 実際、会長と社長
は月に何度も考え方の違いでぶつかり、社員の
前で大喧嘩になっていた。 見かけの上は
事業継
承が進んでいるように見えても、会長はまだ気
持ち的に息子に経営を任せていないのである。 困
るのは幹部や他の管理職である。 会長と社長で
指示が異なる。 そのたびにどちらの指示を聞け
ば良いか現場は混乱する。 その結果、どちらか
に影響することを恐れて、何もしないというこ
とになる。 こうした二頭政治が、動かない組織
をつくっていた。
このような状況にS社長は危機感を抱き、我々
日本ロジファクトリー(NLF)にコンサルテ
ィングが依頼されたのであった。 S社長をはじ
めとしたプロジェクトメンバーたちとY社の現
状を分析
した結果、我々は以下のような改善施
策を最初に実施すべきだという結論に至った。
・仕入れや在庫金額などの業務改善に落とし
込むことのできる経営指標の公開
・棚卸の頻度を年一回から月一回へ
・製品アイテム別在庫回転率の算出
・原材料発注点の設定
・一時間ごとのバッチ処理による受注
・在庫管理表(システム)の改良
・保管ルールの設定と実施
・両工場の物流コスト算出による改善の必要
性の浸透(業務の可視化)
・新工場における荷札貼り作業の外注化(物
流会社)
・現場人員の業務目標の設定
・その他(言葉の統一と帳票の統一、整理整
頓の徹底など)
第42回
過剰在庫の最大の原因は経営陣の意識にあった。 実態を数値
で示し、事実を直視することで、経営陣の意識は変わった。 その
結果、在庫は大幅に削減された。 次の課題は社内の意識改革だ。
「5S」をはじめとした地道な改善活動の定着が、その証しにな
る。
素材メーカーY社の在庫削減(続編)
JULY 2006 68
ている会社は、何でもできる会社である。 5S
の定着は、経営の基本ができており、基本を維
持する力があるという証しである。
Y社で5S活動のプロジェクトリーダーを務
めたS社長は当初、5Sの推進を甘く考えてい
たという。 しかし、その後、各活動グループの
業務内容と、各グループを担当する管理職名を
リストアップし、具体的なアクションプランを
立てる段階になって、その難しさに気付かされ
ることになった。
それまでY社は、現場の改善活動など行った
ことがなかった。 それに加えて現場では5S活
動と並行して、在庫の適正化に向け
た新たな仕
組みの導入も進められていた。 現場の消化不良
と混乱を避けるため、結局Y社は「5S」を、
「整理」と「整頓」の「2S」に絞って活動を開
始したのであった。
ちなみに5S活動における「整理」とは、要
らないモノを捨てることである。 また「整頓」と
は、よく使用するモノを次に必要になった時に、
すぐに使えるように整えておくことである。 現
場レベルの改善は、このような具体的な表現に
まで落とし込まなければ、末端までその意図が
伝わらないものだ。
Y社では、まず毎月の第一週の土曜日を「2
Sの日
」に設定した。 その初回には実に四t車
一台分にも上る「要らないモノ」が出てきた。 廃
材や使わなくなった部品、壊れて修理不能のロ
ーラーなど様々なモノが現場に放置されていた。
それを取り除いた結果、在庫削減効果と合わせ
て二七%の空きスペースができ、人員の動線が
スムーズになった。
その後九カ月の活動を経て、どのように改善
が進められ、その結果、どのような効果があっ
たのかを以下に報告していきたい。 まず特筆す
べきは在庫の圧縮であろう。 改善着手から四カ
月弱で、二五%の削減を果
たした。 その最も大
きな理由は実質的なトップである会長の意識が
変わったことであった。
我々NLFは、Y社の在庫を調査分析した結
果を資料にまとめた。 そこには、Y社と同業他
社および同規模の会社の平均在庫を比較するグ
ラフや、Y社が全体としての在庫量は多いもの
の、売れ筋のAランク商品は欠品寸前になって
いることなどが示されている。
目の前に数字を突きつけられて、会長はそれ
までの在庫に対する考え方を変えざるを得なか
った。 いくら生産ラインの段取
り替えに時間を
要するとはいえ、大量生産を続ければ在庫は膨
らむ一方だ。 それで生産効率は上がっても、結
果として会社の利益にはならない。
一方、段取り替えの頻度を上げれば、確かに
生産効率は落ちるが、ムダな在庫を作らなくて
も済む。 それによってキャッシュフローは増大し、
保管スペースや物流コストも削減できる。 結果
的には経営にメリットをもたらす――そうした
意識を経営トップが持つことで、大幅な在庫削
減を実現することができた。
5Sができれば何でもできる
次いで生産改善、物流改善の関所とも言える
「5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)」活動の
状況である。 極論かも知れないが、私に言わせ
れば、5Sができる会社、あるいは5Sができ
もっとも当初は、何が要るモノで、何が要ら
ないモノなのか、判断がつかないという声もあっ
た。 その場合には、まずグループを担当する管
理職に相談する。 それでも判断がつかない場合
には、プロジェクトチームの本部に相談すると
いうルールにした。
各現場グループ間の調整は、それぞれのグル
ープリーダーに任せた。 これは若手幹部に考え
る力
を着けさせたいというS社長の考えであっ
た。 その甲斐はあった。
あるグループのリーダーは、現場の整理・整
頓をどのレベルを維持するのかということに焦
点を置き、最高レベルと判断される時点での現
場の様子を写真に撮り、それを工場内の事務所
付近に大きく張り出すという工夫をした。 こう
いった取り組みが横に拡がっていった。
こうして四カ月が経過した頃、グループリー
ダーから「マンネリ化が見られる」「2Sの日に
しか整理整頓を行わないグループがある」とい
った意見が出されるようになった。 対策を検討
した。 その答えは「2Sの日」をワンランクア
ップさせて「清掃」を加えた「3Sの日」に変
更することであった。 同時に各グループ単位で、
なぜ5Sが重要なのかということを改めて確認
する作業を行った。
多能工化のキーマン
在庫削減と5Sに並ぶ、三つ目のテーマは「多
能工化」である。 これもS社長がぜひとも押し
進めなければならないと強調したテーマであった。
プロジェクトチームのサブリーダーであるM氏が
中心となって進めることになっていた。 しかし、
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当のM氏は「忙しい」という理由から、なかな
か積極的にならない。
実際、M氏は忙しかった。 M氏は大手メーカ
ーからの転職組で、大半がプロパー社員あるい
は中小企業出身というY社にあっては異色の経
歴の持ち主だ。 そのキャリアを活かしてもらお
うと、会社としてもM氏を大手取引先の営業フ
ォローに充て、また品質管理などの業務も兼務
させるなど、重責を与えていた。
そうした面でM氏の大手メーカーにおける勤
務経験はY社にとってプラスになっている反面、
弊害もあった。 M氏は中小メーカーであるY社
の現
状を冷静に評価しながらも、当事者意識を
欠いた発言や、社内コンサルタント的な立場を
とることが少なくなかった。 プロジェクトに対す
る意見は出すものの、自分の分担するテーマに
ついては、出来ない理由を並べるといった感じ
であった。
我々NLFとプロジェクトメンバーは、M氏
との個別面談や話し合いを行い、プロジェクト
の成功にはM氏の力がどうしても必要であると
いうメッセージを送り続けた。
プロジェクトが進んでいくのに伴い、M氏の
姿勢は変化し始めた。 いったん動き始めると、M
氏
の適応力、落とし込みの能力には目覚ましい
ものがあった。 そしてM氏は多能工化の対象と
なる社員達との?飲みにケーション〞など、表
に出ない貢献にも精を出してくれるようになっ
たのであった。
こうして多能工化に向けた取り組みのエンジ
ンがかかった。 その途中で目標を「多能工化」
から「多能班化」に軌道修正した。 これまでY
社の現場では生産ラインごとにグループを組み、
グループ内での連携を図ってきた。 そこで培わ
れたチームワークを活かすには、多能工化とい
う個人単位の改善より、グループ単位でジョブローテーションを行った方が
効果的だという判
断だった。
この多能班化が奏効し、現場の生産性は二
三%アップした。 これまで各生産ラインにそれ
ぞれ一つのグループが対応する体制だったもの
が、一つのグループで平均二・三ラインに対応
できるようになった。 これによって、生産量の
変動に柔軟に対応できるようになった。
また、それまで工場間の横持ち輸送を担当し
ていた社員二人分の業務を物流会社に委託した
ことで、コストダウンと同時に、浮いた社員二
人を手が足りなかった生産ラインに補充するこ
とができた。
改善活動が人を育てる
このように素材メーカーY社の九カ月にわた
る改善は、導入段階としては一定の成果を収め
たと言える。 改善活動には費用対効果とスピー
ドを求められるのが常である。 その点に関して
は、まずは成功と言えるだろう。 しかしY社の
本格的な改善活動はむしろここから始まる。
一般に、中小企業の現場改善は困難を要する。
大手とは違い大半の場合、担当者は日常業務を
こなしながらプラスαとして改善活動を行うこ
とになる、つまり専任者を設置することができ
ない。 またOJT(オン・ザ・ジョブ・トレ
ー
ニング)が中心で基礎教育、研修を受けた社員
がほとんどいない、といった理由がある。
それだけに中小企業のトップは、改革プロジ
ェクトに対して、金銭的な効果だけでなく、参
加メンバーの意識の向上や、成功体験を植え付
けるといった、管理職教育の効果も期待する。 Y
社の場合もそうだった。 そのために我々NLF
は今回、当初の決定事項を完遂することに強く
こだわった。 それはY社に、決めたことが継続
できないなどすぐに棚上げになるといった体質
を感じていたからだ。
これからY社は改善活動の次のステップに進
め、新たな項目出しに
かかる。 未着手テーマを
洗い出し、また改善中のテーマをひとつずつク
リアして、全てを完遂するまでには、少なくと
もあと二年は必要であろう。 その時、Y社には
何人の次世代リーダーが誕生しているだろうか。
あおき・しょういち
1964年生まれ。 京都産
業大学経済学部卒業。 大手
運送業者のセールスドライ
バーを経て、89年に船井
総合研究所入社。 物流開発
チーム・トラックチームチ
ーフを務める。 96年、独立。
日本ロジファクトリーを設
立し代表に就任。 現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/
e-mail:info@nlf.co.jp
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