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AUGUST 2006 60
安い倉庫を探せ
B社は学習塾のフランチャイズチェーンを全
国展開している。 年商は約一〇〇億円。 全国
に約二〇〇〇の教室を組織するほか、教育出
版など幅広く事業を手掛けている。 教材や学習
塾の運営に必要な販促チラシ、POP、備品な
ど、物流管理上の取扱いアイテム数は約四〇〇。
そのオペレーションは全国二八カ所に配置して
いる支局がそれぞれ管理している。
急速な少子化の影響もあり、同業界の競争
は年々激しさを増している。 対応策の一つとし
てB社は物流コストの削減に目をつけ、全社的
テーマとして改善に着手した。 もっとも改善を
担当するのはB社の中でも本部に所属するY氏
ひとり。 しかもY氏は情報システム改革など他
の改善業務も兼務している状態であった。
我々、日本ロジファクトリーに相談が舞い込
んだのは、B社がそれまで東日本地域でメーン
としてきた協力物流会社との契約を打ち切り、
倉庫を移管することが決まったタイミングであ
った。 とりあえず我々は、B社を訪問して詳し
い話を聞くことにした。
Y氏によると、これまでメーンにしてきた協
力物流会社T社は、B社が一部出資までして
いる関係にあったという。 それを打ち切ること
になった理由は明らかにはされなかったが、移
管のタイムリミットは年内で、それまでにT社
に保管している商品を新拠点に移さなければな
らないとのことだった。
Y氏はB社の上層部から、これまでT社と交
わしていたコストレートを上回ることがないよ
うにと通達されていた。 そのコストレートを聞
いてみると、入出庫料込みの保管料が周辺相場
の五八%、約六割という水準であった。 極端に
安い。 我々にとっても厳しい相談になりそうだ
った。
T社の倉庫は東京都内にあるが、現状のレー
トで都内の倉庫を借り直すのは、まず無理だろ
う。 実際、Y氏自身、我々に相談を持ちかける前に、現状のレートで対応できる倉庫を探しに
仙台や秋田まで物件を見て回ったという。
しかし、いくらコストダウンの必要があると
はいえ、商品の調達コストを考慮すれば、東日
本の拠点を、仙台や秋田に移してしまうのは本
末転倒になりかねない。 B社が協力印刷会社な
どから教材等を仕入れる料金には、輸送費が含
まれている。 入出庫料や保管料が下がっても、
仕入れコストがはね上がれば、トータルコスト
は逆に上がってしまう。
協力物流会社T社はそれまでB社に対し、三
つの項目で売り上げを立てていた。 一つは先ほ
どの周辺相場に対して五八%の水準の保管料、
しかも入出庫料込み。 そして二つ目は、全国一
第43回
とにかく安く││それがB社の改革の全てだった。 それまでの
支払い物流費が高水準だったわけではない。 むしろ安過ぎるぐら
いだった。 それでも、もっと安い業者もいるはずだとB社は料金
にこだわり続けた。 そのことで協力物流会社だけでなく、我々コ
ンサルも苦労することになった。
学習塾チェーンB社のコスト削減
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上がってしまっては何もならないからである。
そこでB社の仕入量の八〇%を占める主要
仕入先一〇社に対して、仕入価格(印刷料)と
それにかかる運賃を分けて、できるだけ正確な
明細の分かる請求書を発行してもらうことにし
た。 そのうち輸送費については、B社側で輸送
業者を指定するという前提で運賃情報を収集し、
新たに確保する倉庫の候補地を分析した。
主要仕入先一〇社の立地は、西は関西、東
は東北にまで広がっていた。 このことが幸いし
たのかもしれない。 調査結果としては東京、神
奈川、埼玉、千葉のほか、群馬、茨城の一部ま
で含めた比較的広域での拠点設置が可能である
ことが分かった。
一方、倉庫の場所が変わることで、出荷品の
リードタイムの問題、つまり到着日の遅れが懸
念されたが、これについても適切な路線会社を
選択することで、仙台までは翌日到着、仙台以
北は翌々日到着という現状のリードタイムを維
律・一個(平均重量一〇キログラム)四八〇
円の運賃。 そして月額二〇万円の受注システム
オンライン使用料の三つであった。
このうち三つ目の受注システムはT社との契
約打ち切りを機に、B社で自社構築もしくはA
SP(アプリケーション・システム・プロバイ
ダ:インターネットを介してビジネス・アプリ
ケーションをユーザーにレンタルする業者)の
利用を検討していた。 そのため、新たにB社と
契約を結ぶ協力物流会社は倉庫料と運賃で工
夫するしかない。 このうち運送料の四八〇円/
個はなんとか対応できる会社が見つかりそうで
あった。 しかし倉庫料には頭を抱えた。
あるところにはある
我々は調査・分析の段階で、とくに調達コス
トのシミュレーションに注力した。 先述のよう
に支払物流コストは下がっても、仕入価格に含
まれている物流コスト、いわゆる調達コストが
持することができると分かった。
このシミュレーション結果を基に、新しい物
流センターの候補物件を探すアクションを取っ
た。 東京、神奈川、埼玉、千葉で物件を探すの
は至難の業であると判断し、群馬と茨城の一部
に照準をあてた。 我々NLFのネットワークか
ら両県の物流会社・倉庫会社をピックアップし
物件概要を提示した。
七社にオファーしたうち、対応可能との回答
をくれたのは一社だけだった。 茨城県の地場物
流会社S社が借庫として手配した物件であった。
料金はB社の希望である相場価格の五八%よ
りも、月当たりの坪単価でさらに八〇〇円安い。
あるところにはあるものである。
それでもB社は、もっとコストを比較したい
と他の物件も探し求めた。 しかし、なかなか見
つからない。 結局、我々のネットワークから、
改めて群馬の物件を見つけ出したが、この物件は料金の折合いがつかなかった。 こうして最終
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的には、茨城県の地場物流会社S社の物件に
決定した。
しかし、新たなパートナーとなるS社は、そ
の料金で本当に採算がとれるのだろうか。 今度
はS社の立場になって試算した。 B社から収受
する料金から、S社が外部に支払う借庫料と運
賃を差し引くと、差額は月額五一万円だった。
これを倉庫担当者二名の人件費に充てるとして、
収支はいいとこトントンで、後は改善によって
利益を出すしかない、というレベルであった。
業務開始から一カ月を過ぎた頃、協力会社
S社の専務と話し合う機会を持った。 専務によ
ると、提案段階でB社から通知された予定量に
対して、実際には一二〇%以上の物量が入って
おり、近々スペースの拡張が必要である旨を伝
えられた。 しかし拡張分を既存のレートで担保
するのは困難だった。 低料金対応と物量データ
不備のダブルパンチでS社は苦戦を強いられて
いた。 B社を紹介した我々も責任を感じざるを
得なかった。 そこで今度はS社側の現場改善を
サポートし、商品入庫時間の厳守やロケーショ
ン設計、棚番地の明確化などを進めた。 これに
よって二カ月後には、生産性が二七%上昇し、
ようやく利益化のメドが立ったのであった。
しかしその後もS社は日々悪戦苦闘している。
仮にB社から、さらなるコスト削減要求があれ
ば手をあげてしまうに違いない。 他の物流会社
に委託しても同じことだ。 今回のB社の物流改
善は、何より料金の低減が狙いだった。 これに
よって、協力会社そして我々自身も苦しまされ
たのだった。
このような断片的改善、部分最適化は、いず
れ限界がくる。 B社に限らず、一般に荷主企業は物流コスト削減のために支払物流費の削減に
躍起になる。 しかしその結果、延着、遅配、庫
内作業のピッキングミスなどの物流品質の低下
や、あるいは仕入価格が上がってしまえば、結
果的には経営にマイナスになる。
そうなってから、はじめて全体最適の必要性
に気付くというのでは、授業料としては高い買
い物と言わざるを得ない。 物流コストは支払物
流費と社内物流費を合わせたトータル物流コス
トの範囲で改善を行っていかなければならない。
そして、そのための意思決定は、大所高所から
経営を見て調整を図ることができるトップ層に
限られるという原則を知っておく必要がある。
プライシングを武器に
一方、このB社のコンサルティングを通じて、
我々NL
Fは物流企業側の課題も知った。 そ
れは、物流企業もまた?相場〞の呪縛にかかっ
ているということである。 競合他社の運賃や料
金が目に入り、それを下回る価格で競争をしか
ける企業がいるために、結局、どこが受けても
利益の出せない料金がまかり通ってしまう。 そ
の料金では、荷主に喜ばれる付加価値のあるサ
ービスなど生み出せるはずもない。
安売り還元が消費者メリットを生む小売業と
は異なり、物流業のコスト管理の裏付けのない
価格競争は新しい価値を生まない。 それどころ
か、いったん値下げの成功に味をしめた荷主は、
いずれ再び価格交渉を行うであろう。 物流会社
は悪戦苦闘の末、現場改善を行ってようやく利
益を出したとたんに、再び値下げ要求を突きつ
けられることになる。 その結果、安かろう悪か
ろうの物流サービスが横行し、物流会社は撤退
を余儀なくされる。 黒字化のために流した汗と
時間は帰ってこない。 大きな損失である。
企業向けの物流業は荷物の重さや容積、個
数などによって、料金を自由に設定できる。 い
わゆる「一物多価」のサービスである。 保管料
金一つとっても、月/坪当り単価や、重量当た
り単価など様々な料金体系を設定できる。 しか
しその特徴に気付き、その優位性を活かせてい
る企業は本当に少ない。 原価計算をしっかり行
い、ダンピング会社とは同じ土俵で戦わない。
しかし荷主には納得してもらえる。 そんなプライシング(値決め)に物流企業の活路がある。
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