ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年7号
ケース
東京大学医学部附属病院――産学協働

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

33 JULY 2005 「ホスピタル・ロジスティクス講座」 東京大学医学部附属病院(以下、東大病 院)は昨年六月、産学連携による研究・開発 プロジェクトをスタートした。
企業から資金 提供を受けて大学に「寄付講座」を設置し、 東大病院をフィールドに、優れた医療や関連 サービスを提供するための研究や開発を共同 で手掛けている。
これまでに一六社の企業との連携で一四の 講座開設が決まっており、最終的に講座の数 は二〇近くになる見込みだ。
東大病院では現在、新中央診療棟の二期 工事が進んでいる。
地下三階から地上九階ま での総面積が三万平方メートルの建物で、二 〇〇六年三月の竣工を予定している。
完成後 は、その最上部にあたる八階と九階の二フロ ア、六〇〇〇平方メートルを「 22 世紀医療セ ンター」として、寄附講座による研究活動に 利用する計画だ。
産学連携の一大拠点となる このセンターの名を冠して、東大病院ではこ の取り組みを「 22 世紀医療センタープロジェ クト」と名づけた。
従来の産学連携の枠を広げている点に、こ のプロジェクトの特徴がある。
医学分野の研 究だけでなく、病院での医療行為に関連する さまざまなサービスの研究・開発を講座のテ ーマに加えている。
このため、医薬品や医療 材料メーカーのほかに、情報処理会社や物流 会社、スポーツジムなど、これまで医療関連 患者の利便性の視点から物流見直す 佐川急便と提携し“手ぶらで入退院” 東大病院は今年2月、佐川急便をパー トナーに物流の新サービスを実験的にス タートした。
産学協働から生まれたユニ ークな生い立ちの物流サービスだ。
医療 分野の規制緩和の動きもにらみながら、 薬や医療材料などにターゲットを広げて 需要の掘り起こしを狙っている。
東京大学医学部附属病院 ――産学協働 JULY 2005 34 の共同研究ではなじみの薄い分野の企業が名 を連ねた。
企業と大学との共同研究にはさまざまな形 態があるが、このプロジェクトでは、企業が 設置した講座のテーマごとに専任のチームを 組んで研究・開発を行っている。
そうするこ とによって研究活動を進めやすくする狙いが ある。
ここでの研究成果は東大病院を通じて 医療現場に還元し、さらに講座から新しい医 療関連サービスを創出して事業化を進めるこ とも想定している。
分かりやすいように、「 22 世紀医療センタ ープロジェクト」の講座のなかから「健診情 報学」を例にとって説明しよう。
この講座で は、健康診断データを病気の予防や治療に有 効活用するための研究を行っている。
日本は、他の先進国などに比べて健診デー タの有効活用が遅れている。
病院で診察や治 療を行う際には、臨床データしか集めること ができないのが現状だ。
だが、患者が病気に かかる以前の健診データがあれば、より的確 な診察や治療が可能になるはずだ。
そこで「健診情報学」の講座では、健診機 関と医療機関とのネットワーク化の推進や健診のデータベース構築など、健診データを病 院での医療に役立てるための方法を研究する とともに、そこから新しいビジネスを確立す ることをめざしている。
「こういうかたちで研究とビジネスの融合が 可能な分野をいくつかターゲットに選んだ。
東大病院という医療機関をフィールドに研究 を行うことで、企業にとっても開発した商品 やサービスをスムーズにマーケットに出せる というメリットがある。
医療研究やサービス 開発のための新しい産学連携のモデルを実現 したい」。
プロジェクトの取りまとめを担当す る東大病院企画情報運営部助手の井出博生 氏は、そう抱負を語る。
そうした、医療関連の新しいサービス創出 を目的とする講座の一つとして、昨年六月に 「ホスピタル・ロジスティクス講座」もスター トした。
佐川急便との連携によって開設され た寄付講座で、都市計画やロジスティクスを 専門とする苦瀬博仁客員教授(東京海洋大 学教授)をリーダーに、客員助手や大学院生、 佐川急便の社員、院内アドバイザーなど一五 人のメンバーで構成している。
医療制度改革が生み出す物流ニーズ 一般に病院の物流といえば、医薬品や医療 材料などを管理する「院内物流」がまず頭に 浮かぶ。
昨今、医療機関では、経営効率化の 観点から院内物流の改善が大きなテーマにな 東大病院の新中央診療棟を増設し(約6,000?)、 「22世紀医療センター」を設置することで、 臨床医学を中心とした産学連携の一大拠点を 形成する。
「22世紀医療センター」を設置することで、 優れた研究を推進すると共に、優良な医療や 医療関連サービスも提供する。
国立大学法人となった大学附属病院における 新しい産学連携モデルを実現する。
22 世紀医療センターの目的 ?健診情報学講座(株式会社 NTTデータ) ?免疫細胞治療学講座(株式会社 メディネット) ?臨床分子疫学講座(田辺製薬 株式会社) ?ホスピタル・ロジスティクス講座(佐川急便 株式会社) ?腎疾患総合医療センター(テルモ 株式会社) ?統合的分子代謝疾患科学講座(武田薬品工業 株式会社) ?先端臨床医学開発講座(アンジェス MG 株式会社) ?加圧トレーニング・虚血循環生理学講座(株式会社 サトウスポーツプラザ) ?健康医科学創造講座(株式会社 日立製作所、株式会社日立メディコ) ?関節疾患総合研究(中外製薬 株式会社) ?医療経営政策学(ニッセイ情報テクノロジー 株式会社) ?コンピュータ画像診断学/予防医学(ハイメディック株式会社、GE横河メディカ ルシステム株式会社) ?臨床運動器医学(エーザイ株式会社) ?医療環境管理学(エアウォーター株式会社) 既に決まった寄付講座 既に決まった寄付講座 最終的には20 程度の寄付講座の設置を予定 東大病院企画情報運営部の 井出博生助手 35 JULY 2005 っている。
東大病院でも、医療支援課が管理 する医療材料について、SPD(サプライ・ プロセッシング・ディストリビューション= 物品管理業務)を外部委託し、発注点管理 などを導入して効率化をめざしてきた。
だが「ホスピタル・ロジスティクス講座」 がターゲットとしているのは、こうした院内 物流の領域ではない。
経営改善の視点とは別 に、患者の利便性を高めるという観点から病 院の物流を見直し、医療行為に関連する新た な物流サービスを発掘するところに講座の狙 いがある。
「医療や看護のサービスだけでなく、患者 が治療に訪れたり、入退院する際の不便をな くし負担を軽減するためのサービスを提供す ることも病院では大切。
しかし、これまで病 院の物流には、患者の側からの視点が欠けて いた。
医療行為をサポートするために、患者 に対する物流サービスを開拓していくことが 講座の使命だ」(苦瀬教授)。
医療費の抑制をめざす医療制度改革を受け て、医療を取り巻く環境は今後、急速に変わ ることが予想されている。
一方でこうした変 化は、医療行為に付帯する新たなサービスへ のニーズを生むことにもなる。
これも講座開 設の着眼点の一つだ。
例えば、厚生労働省では、医療費の伸びを 抑えるために医療費適正化計画を策定し、こ のなかで数値目標を設定することなどを検討 している。
この計画の中には入院日数の短縮 などが含まれている。
日本では平均入院日数が諸外国と比べて長い。
米国が五〜七日、欧 州でも二週間程度なのに対して、日本は三〇 日を超えるといわれる。
この日数を欧米並み に短縮することが、政策目標の一つになって いる。
ただし、入院日数が短くなるからといって 必ずしも治療期間が短縮するわけではない。
仮に入院期間を一五日に短縮したとしても、 残りの期間を通院によって治療するか、ある いは一度退院して再入院するケースなどが起 こりうる。
「そうなった場合には入退院の回 数が増えることも考えられ、患者の負担にな らないよう何らかの対応が必要だ」と井出氏 は指摘する。
そこで講座ではまず、患者が?手ぶらで入 退院〞できる宅配・引っ越しなどのサービス の研究から着手した。
入退院に伴って、患者の身の回りのさまざ まな荷物が病院と自宅との間を動く。
たいて いの場合、患者の家族などが自家用車やタク シーでこうした荷物を搬送している。
なかに は宅配便を使うケースもあるが、宅配業者に は病院の玄関先まで届けてもらい、病室へは 自分で引き取っている。
病院の施設内では、 宅配などの物流サービスを患者が利用しにく いというのが実態だ。
ここには病院側の事情もある。
宅配会社の 集配担当者(ドライバー)がむやみに病室に 出入りして外から菌を持ち込んだり、逆に病 気に感染する危険がないとはいえない。
院内 で物流サービスを実施するには、安全性を確 保し医療行為の妨げにならない範囲でという 制約がある。
ドライバーは事前に登録 「ホスピタル・ロジスティクス講座」では、 こうした制約を念頭に置きながらサービスを 実現する方法を検討した。
例えば院内での配 達ルート。
病院には医療器具などを搬送する 動線はあるが、患者の私物を病室へ届けるこ とまでは想定していない。
だからといって、 患者や見舞い客に混じって配達を行うのも不 都合だ。
そこで、病院のスタッフ用の動線を 配達ルートとして使うことにした。
配達時間 帯も、検査や手術などの多い午前中を避けて、 午後の早い時間帯に限定した。
持ち込み可能な物品やサイズを明示し、受 け渡しのルールも細かく設定。
受取人が不在 の時は、病院のスタッフには預けずに再配達 する取り決めにした。
また院内で配達を行うドライバーは事前に 登録をし、病室に入室する際には消毒液によ 東京大学の苦瀬博仁客員教 授(東京海洋大学教授) JULY 2005 36 る手洗いを義務付けた。
当初はドライバーの 既往症のチェックや健康診断の必要性なども 議論した。
この件は結局、感染症を管理する 部門や医師の意見を参考に不要と判断したが、 「安全性を考慮してサービスを実施するため には細心の注意が必要だった」と苦瀬教授は 振り返る。
こうして今年二月、佐川急便との提携によ る講座から生まれた新サービス「手ぶら入退 院パック」が、東大病院で実験的にスタート した。
入退院時の宅配や荷造り、再入院まで の手荷物一時預かりなどを行うサービスだ。
従来からある宅配や引っ越しサービスに準 じた料金を設定し、パンフレットを作成した。
院内に一時預かり用の保管スペースを二十数 平方メートルほど確保。
総合受け付けの近く に受付カウンターを設けて利用を呼びかけている。
医師も看護師も大半が支持 講座では、実験を開始した後に東大病院の 医師や看護師、事務職員などのスタッフを対 象に新サービスについてのアンケート調査を 行った。
その結果、一一五人から回答があり、 そのほとんどから「サービスを継続してほし い」という希望が寄せられたという。
「予想 以上に院内で支持され、かえって驚いたくら い。
現場のスタッフの間にも、こういったサ ービスへの潜在的なニーズがあったというこ とだろう」と苦瀬教授は見る。
患者や付き添いの家族からも「こんなサー ビスを待っていた」などの投書が寄せられた という。
とりわけ小児科に入院中の子供を世 話する家族や出産で入院した女性などに好評 で、利用も少しずつ増えているという。
もっとも東大病院では、その後、あくまで 実験としてこのサービスを継続している。
医 療法人の行為を定める医療法のなかで、こう したサービス行為については何ら触れられて いないためだ。
東大病院は昨年四月から国立大学法人と なっており、医療法の適用外ではあるが、「(医 療行為の一環として認められているかどうか が)あいまいな段階で、病院の付帯サービス として実施することには慎重にならざるを得 ない」と井出氏は言う。
「ただ医療行為その ものについての規制が緩和される流れにあり、 病院としてこういう付帯サービスができるこ とがはっきりすれば本格的に実施したい」と も付け加える。
プロジェクトではこれまでに、すでに一〇 項目近い物流サービスの検討を行ってきた。
その中から今回の入退院サービスのほかに、 患者が処方された医薬品の宅配サービス、地 域の医療機関と連携して治療を行う際に病院 間で発生するカルテやレントゲン写真など医 療材料の輸送サービスなどをターゲットにし ていく考えだ。
このうち次のステップでは、通院する患者 が手ぶらで帰宅できるように、処方された薬 を宅配するサービスの研究にとりかかる。
も っとも、この研究にも法律上の問題がからん でいる。
薬剤師法によって、医師が処方した薬を薬 剤師が調剤して患者に販売する際、患者か看 護人に対し薬の使用方法などについての説明 を行わなければならないと定められている。
従って患者は、薬剤師による説明を受けてか 佐川急便の松本秀一CSR 環境推進部課長 総合受付の近くの受付カウンター 37 JULY 2005 らでないと、薬を宅配してもらうといったサ ービスも受けることができない。
しかし、これでは患者が一人暮らしの老人 であったり、離島などに住み遠隔診療を受け ているような場合には不都合が生じる。
この ため平成一〇年の厚生労働省による通達で規 制が緩和され、こうしたケースでは条件付き で、薬剤師から対面による情報提供を受けず に薬を配達してもらうことが認められるよう になった。
ただこの場合でも、配達した際に処方箋の 内容を確認するとともに、患者のもとから処 方箋を回収し、受領した処方箋の確認を薬剤 師が行うことが必要とされている。
このため 現状では、薬剤師が外部の宅配業者などに配 達業務を委託するのはなかなか難しい。
苦瀬教授はこう強調する。
「安全性が最優 先の医療分野でやみくもに規制緩和が必要だと考えているわけではない。
ただ患者の利便 性を上げるために、こういうかたちで安全と 安心を担保できれば規制緩和も可能ではない か、というモデルを作っていきたい」 講座のメンバーでもある佐川急便の松本秀 一CSR環境推進部課長は、「これまで病院 と物流の分野で話し合いをする場がなかった。
研究を通じてそういう場を持てたことだけで も多いに意義がある」と話す。
医療制度改革や薬事法改正などの影響で、 医療機関ばかりでなく医薬品などの分野も含 めて、物流は大きく変わりつつある。
すでに SPDなどの院内物流や、改正薬事法のもと でのメーカーの保管業務代行などの領域では、 物流事業者が医療関連分野の物流に参入し 始めている。
患者に対するサービス向上とい う視点から物流を見直す東大病院の取り組み も、広い意味での医療分野の物流変革の一つ と言える。
(フリージャーナリスト・内田三知代)

購読案内広告案内