ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年8号
特集
ICタグはどこまできたか 日本が発信する活用シナリオ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2006 14 シップ&レシーブモデルの課題 ICタグの標準化運動は現在、米国の研究団体E PCグローバルが牽引している。
その中心にいるのが ウォルマートだ。
EPCの提唱するモデルも、ウォル マートが二〇〇三年四月にテキサス州で行ったICタ グの実証実験がその出発点になっている。
この実験に 参加したメーカーはP&Gやジョンソン&ジョンソン、 クラフトフーヅなど計八社。
HP以外は全て日用雑貨 品か加工食品を製造する、いわゆるグロサリーメーカ ーだ。
当時のタグの単価は一個五〇円〜一〇〇円程度。
商 品単価の安い日用品の個品に貼付しても割が合わな い。
タグを貼付したまま販売すれば、消費者のプライ バシー問題も刺激してしまう。
そのため最初の段階で はケースとパレットにタグを貼付し、環境が整い次第、 個品レベルに進もうと計画した。
この実証実験を経て、 ウォルマートは同年六月に主要取引先一〇〇社に対 してICタグの貼付を正式に要請した。
そして翌二〇 〇四年四月に本格的な実用化に踏み切った。
ケース・パレットレベルの導入でも、ウォルマート には大きなメリットがあった。
この取り組みを分析し たアーカンソー大学の調査によると、タグを導入した 店舗では在庫補充作業の効率が六三%向上し、店頭 の欠品率が一六%改善された。
欠品による緊急発注 作業は約一〇%低減した。
また商品の回転率ごとに 欠品率の改善を見ていくと、一日当たりの販売個数 が〇・一個〜一五個までの商品では、三〇%の改善 が見られたという。
メーカー側の出荷時点でICタグを貼付することで、 受け入れ側の検品を自動化。
さらに店頭や量販店の バックヤードにおける在庫管理精度を向上させる―― このウォルマート型の運用モデルは、「シップ&レシ ーブモデル」と呼ばれ、他の欧米の量販店も基本的に は同じモデルを踏襲している。
日本のヨドバシカメラも例外ではない。
同社がIC タグを活用することで最終的に何を狙っているのか、 現時点ではまだ明らかにはされていない。
しかし同社 はICタグの貼付と並行して、従来の翌日納品を発 注後八時間以内の納品に短縮することを、メーカー側 に要請している。
これによってセンター納品がバラけ るため、ICタグで検品を自動化するのが当面の狙い とされる。
この量販店主導型のモデルに対して日本の家電メー カーは、反対意見を表明している。
経済産業省が音 頭をとり、ソニーや松下など国内の大手家電メーカー が参画する家電電子タグコンソーシアムは六月、「電 子タグ運用標準化ガイドライン」を発表した。
過去三 カ年にわたる日本の家電業界の実証実験に基づいて、 メーカーの立場からICタグの活用モデルを提示したものだ。
そこには、シップ&レシーブモデルを日本市 場に導入する上での課題と厳しい現実が指摘されてい る( 図1)。
このコンソーシアムの事務局を務める、みずほ情報 総研の紀伊智顕システムコンサルティング部シニアマ ネジャーは「将来、ICタグが社会的なインフラにな るのは間違いない。
回転ずしや図書館のように、一定 の範囲内で何度も使う分には今すぐにも効果は出るだ ろう。
しかしN対NのサプライチェーンでICタグを 使うとなると、まだ実用化は難しい。
とりわけ日本の 場合、無理にタグを使えば物流管理の精度は著しく 悪化してしまう」という。
グロサリー中心のウォルマートと違って、家電を扱 うヨドバシでは、個品のケースにタグを貼付する。
し 日本が発信する活用シナリオ 米国のEPCグローバルが提唱するスキームとは別に、日 本型の活用シナリオがメーカー主導で検討されている。
個 品にICタグを貼付し、製品ライフサイクル管理の実現を目 指す。
環境意識の高い欧州諸国やアジア系メーカーを巻き 込み、世界標準化を狙う。
(大矢昌浩) 15 AUGUST 2006 かし日本ではメーカーから出荷する段階で既に、一つ の箱に複数の商品を同梱している場合が珍しくない。
それを、欧米と比較して作業品質に優れたパート社員 が出荷時はもちろん入荷する側でも検品することでダ ブルチェックしている。
現状ではタグを使う管理より もはるかに精度が高い。
日本では、対象とする商品を 絞り、製品に直接タグを貼付することで、リサイクル やリユースまでを視野に置いた活用を検討したほうが 現実的だ。
それが日本の家電メーカーの主張だ。
ポスト・ウォルマート型を模索 EPCとは違うシナリオを描いているのは、家電メ ーカーだけではない。
三井物産ではウォルマートなど で一般に使われている「パッシブタグ」ではなく、「ア クティブタグ」に着目している。
パッシブタグは、自 らは電源を持たず、読み取り機から電波を受けること で受発信を行っている。
これに対してアクティブタグ は電源を内蔵し、自ら電波を発信することができるため、最大数十メートルの距離まで届く。
タグにセンサ ー機能を持たせることもできる。
三井物産戦略研究所の田中春彦新事業開発部開発 部ロジスティクス事業推進センターセンター長は「ア クティブタグは温度や湿度、衝撃、照度などの環境条 件を感知できる。
これを物流容器に取り付けることで、 バーコードではできなかった輸送品質の緻密な管理が 可能になる」という。
アクティブタグに適した四三三メガヘルツ帯の電波 はこれまで日本ではアマチュア無線に割り当てられて いた。
しかしこれが年明けにはICタグ向けにも開放 される模様だ。
それを見込んで現在、三井物産は四三 三メガヘルツ帯の新たなアクティブタグの開発に取り 組んでいる(二〇頁参照)。
アクティブタグの課題は 丸紅の小林隆情報産業部門 ソリューションビジネス部R FIDプロジェクト課長 三井物産戦略研究所の田中春 彦新事業開発部ロジスティク ス事業推進センターセンター長 AUGUST 2006 16 ――日立は二〇一〇年にICタグ事業で一八〇〇億 円の売上高を見込んでいる。
この分野で当社が主なターゲットとしているのは、 ICタグというよりトレーサビリティのソリューショ ンだ。
ICタグはトレーサビリティに必要な情報を 収集するためのツールという位置付けに過ぎない。
実 際、一個五円のインレットをいくら販売しても一八 〇〇億円にはならない。
――一八〇〇億円の根拠は? 現在、様々な市場規模予測が出回っているが、当 社としては日本国内の二〇一〇年時点での関連市場 規模を約四〇〇〇億円と予測している。
――二〇〇一年に「ミューチップ」を製品化したこ とで、日立はICタグの開発で世界をリードした。
しかし、その後はEPCグローバルの米国系ベンダ ーの攻勢が目立っている。
タグの標準化問題で日本 勢は遅れをとったか? そもそも当社のミューチップとEPCでは、設計 思想が全く違う。
ミューチップはバーコードの代替 物ではない。
当社が製造した段階で、ミューチップ には一つひとつに固有のID番号を割り振っている。
IDを後から変更したり、書き加えたりすることは できない。
IDは当社が管理し、そのチップが世界 でたった一つしかないことを保証している。
そのた め偽造の恐れが ない。
しかも信頼性 が極めて高い。
実際、愛知万博 のチケットには 約二二〇〇万枚 のミューチップ が使われたが、 単価。
現状では一個五〇〇〇円近くする。
それを大 幅に引き下げることで実用化を促進する。
もっとも「当社はICタグの販売やソリューション を最終的なゴールとは考えていない。
ベンダーとして ではなく三井物産の事業プロセスにICタグをどう組 み込むのか。
それによって、どう顧客を獲得していく のかという視点から、あくまでユーザーとして取り組 んでいる」と田中センター長は説明する。
一方、日本市場におけるICタグ関連機器の販売 で先行した丸紅は、現在標準になりつつある第二世代 タグの、その次を睨んでいる。
「現在のケースレベル の管理であれば第二世代のタグは使い勝手がいい。
少 なくともアメリカでは標準として確立されたと言える だろう。
しかし個品レベルにタグを貼付するとなれば、 また別の話だ。
『Gen2』準拠のUHF帯という規 格は同じでも、タグの種類としては別のものになる。
それを想定して現在仕込みに入っている」と、丸紅の 小林隆情報産業部門ソリューションビジネス部RF IDプロジェクト課長は説明する。
ツールより活用シナリオ 同社のICタグ事業は九七年にICカードを手掛 けたところから始まる。
その後二〇〇〇年頃に欧州を 中心に一三・五六メガヘルツのHF帯ICタグの活 用が盛り上がってきたことを受けて、事業の中心をI Cカードからタグへと大きくシフトさせた。
これまで に図書館や工場の生産管理などに計一〇〇〇台のリ ーダライターを納入している。
UHF帯に着目したのは二〇〇三年。
今度はアメ リカが情報の発信源だった。
当時、日本ではまだUH F帯の解禁になるメドは立っていなかった。
しかし、 物流管理には最も適したツールと判断して見切り発車 破損も含めて読みとれなかったのは数百枚に過ぎな かった。
他社には達成できないレベルだと自負して いる。
こうしたタグの信頼性の問題は、導入前には 見落とされがちだが、実際に運用していく場面では 極めて重要になる。
――すると現在、日立が経産省の委託を受けて開発 を進めている「Gen2」準拠の「響タグ」も、ミ ューチップとは全く別物か。
そう考えている。
もちろんタグの信頼性などにつ いてはミューチップの技術を活かすことができるが、 設計思想は違う。
――それでも「響タグ」をはじめ「Gen2」のタ グでは物流管理がテーマだ。
ただしEPCが導入効果にあげるシュリンケージ の削減や納期遵守率の向上というニーズが日本のメ ーカーには薄い。
もともと、あれはトヨタのような日 本のメーカーと比べてアメリカのメーカーの現場管 理があまりにも杜撰なため、国際競争力を回復しよ うという狙いだと認識している。
――日本に戦略はあるか。
現在、欧米では小売りが主導してICタグが拡が っている。
日本でも当初は小売りに要請されたから、 メーカー側は仕方なくそれに応じるというかたちに なりそうだ。
しかし日本ではICタグが、アメリカ とは違った使われ方をするはずだ。
今後日本でも本格的にICタグが普及するとすれ ば、それはメーカーがあるいは物流がICタグを使 って、もの作りを主体としたマネジメントに活用す るところから発展していくだろう。
アメリカがタグを 使って日本のメーカーに追いつこうとしている以上、 放っておけば日本は国際競争力を失ってしまう。
日 本のメーカーはさらにその先に進まなければならな い。
それは可能だと確信している。
「トレーサビリティで米国の先を行く」 日立製作所 中島洋 トレーサビリティ・RFID事業部副事業部長 17 AUGUST 2006 で関連機器販売の事業化に踏み切った。
今年二月に は「Gen2」準拠のUHF帯リーダライターで改正 電波法の適合証明一番乗りも果たしている。
欧米の動向をいち早く察知し、現地の有力ベンダー の独占販売権を入手することで、同社はこれまで日本 市場における優位性を維持してきた。
しかし「今後、 日本ではカスタムタグが使われるようになる。
利用シ ーンに合わせ、ユーザーの独自仕様にカスタマイズし たタグが売れると見ている」と小林課長はいう。
これ に合わせてICタグや関連機器の販売から、ソリュー ションに事業モデルをシフトさせる。
日立製作所は六月、グループのICタグ関連事業 を統合し、業界別・業務別に整理した一二五種類の ソリューションをメニュー化した。
「ミューチップ」や 「響タグ」の開発によって、日本を代表するタグベン ダーとして知られる同社だが、「大事なのはタグでは なく、その使い方。
アメリカの一部にはEPCコード さえあれば何でもできるという声さえあるが、そんなことはあり得ない」と日立製作所の中島洋トレーサビ リティ・RFID事業部副事業部長はいう。
プリント基板を製造する同社の大甕(おおみか)工 場では現在、セル型生産にICタグを活用するプロジ ェクトが進められている。
検品の自動化、部品の入出 庫管理、工具や金型の管理、生産活動の進捗や動態 管理など、様々な用途にICタグを適用し、日々プロ セスの改善を図っている。
「一つひとつの取り組みは地味だが、三カ月も経つ と工場の風景はまるっきり変わっている。
実際にIC タグを使うことで、初めて見えてくるものがある。
そ うした積み上げが当社の財産になる」と中島副事業部 長。
ICタグを読むカギは、技術開発や標準化の最 新動向よりもむしろ現場にある。
――みずほ情報総研が事務局を務める家電電子タグ コンソーシアムは、ICタグ活用のゴールを物流効 率化ではなく、製品ライフサイクル管理に置いてい る。
EPCのアプローチとは違う。
そもそも経済産業省のICタグ政策は、家電のリ サイクルやPL法(製造物責任法)あたりから始ま っている。
リユース、リデュース、リサイクルの、い わゆる「3R」を実現するために、製造工程からリ サイクルまで管理するツールとしてICタグが注目 された。
倉庫でタグを貼って、出荷すれば終わりの使い捨 てではメーカーにはほとんどメリットがない。
製造 工程管理からリサイクルまで使えないと、少なくと も家電や自動車のメーカーは投資を回収できない。
日雑を主な対象とした量販店とはタグの使い方が違 う。
しかし、メーカーがリサイクルで使うタグと量 販店のタグが別のものになってしまうと二重投資が 発生する。
それを避けるために、共通仕様をまとめ ておく必要があった。
それがこのコンソーシアムの 狙いだ。
――タグの標準化の問題か。
タグの問題だけではない。
タグ自体についてはU HF帯の「Gen2」を使うことで既に共通認識が できている。
実際、ウォルマートもヨドバシもそれを 使っている。
と ころが、情報共 有の方法やデー タのやりとりの フォーマットは 各社でバラバラ。
そこも標準化し ないと、メーカ ーは量販店ごと に別のシステムを作らなくてはならなくなってしまう。
――その部分も既にEPCがデファクトになってい るのでは? そこは多くの人が誤解しているところだ。
現在、ウ ォルマートはEPCのネットワークを使っていない。
というよりEPCのネットワークは、仕様さえ決ま っていないのが現状だ。
そのためウォルマートは現 在、自分のシステムに直接サプライヤーを繋いで運 用している。
EPCの仕様書は今年の九月に発表さ れると言われている。
――しかしEPCを牽引しているのはウォルマート だ。
仕様書もウォルマート方式を踏襲することにな るのでは。
それが、そうならない可能性がある。
実際、ター ゲットやベストバイなど、実用化に踏み切った量販 店の仕様はどこもバラバラだ。
――アメリカにリサイクルの意識は薄い。
その通りだ。
しかもアメリカには有力な家電メー カー自体がない。
そのためリサイクル分野の活用に 関してはアメリカよりもヨーロッパとの連携に期待 している。
またメーカーとしては日本のほか、韓国 や中国が有力なので、そこも巻き込んで行こうとい う動きになっている。
――アメリカはカヤの外か。
もちろん働きかけは続けている。
しかし当初はE PCに対して、ICタグを製品ライフサイクル管理 に使おうと考えていると説明しても、何を言ってい るのか分からないと理解されなかった。
それを半年 近く言い続けて、ようやく耳を貸すようになってき た。
その結果、今度EPCグローバルにも 「Consumer Electronics Discussion Group」とい う組織が立ち上がることになった。
「メーカー主導の日本モデルを推進する」 みずほ情報総研 紀伊智顕 システムコンサルティング部シニアマネジャー

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