ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年9号
ケース
グローバルSCM--三菱マテリアル

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

成田に新物流センター 三菱マテリアルの超硬工具の売上高は国内 トップ、世界市場でも一〇%のシェアを持ち 四位にランキングされる。
同社の事業分野は、セメント、銅や金の精錬、金属加工、アルミ 缶、電子材料、環境リサイクル関連など幅広 い。
そのなかで超硬製品を扱う加工事業部門 の売り上げは、銅事業、セメント事業に次ぐ 構成比となっている。
このところ自動車関連 を中心に超硬工具の需要は好調に伸び、二〇 〇六年三月期の連結決算でも加工事業部門 の増収増益に貢献している。
超硬工具とは、ものを切ったり削ったり、 穴を開けたりする切削工具のこと。
身近なも のでは包丁やナイフ、カンナなどが挙げられ るが、三菱マテリアルがメーンに扱うのは、 鉄のような硬いものも容易に切削できる精巧 な産業用工具で、工作機械による加工に欠か すことのできないものだ。
ユーザーの裾野も 広く、さまざまな産業分野で需要がある。
な かでもエンジンやブレーキなどの加工を行う 自動車メーカーや自動車部品メーカー向けの 需要が大きく、同社の場合、超硬工具の売り 上げの五割を占めている。
近年、超硬工具の市場は、日本や欧米が微 増または横ばい傾向にあるのに対して、経済 成長の続く中国、インドなどBRICs四カ 国や東欧では伸長が著しい。
自動車をはじめ 経済活動の牽引力となっている産業の成長と ともに、需要が伸びている。
三菱マテリアル の売り上げも中国など海外向けが伸び、構成 比で五割近くを占めるようになっている。
こうした新興市場を中心とする海外の売り 上げ増に対応するため、三菱マテリアルは今 年五月、成田に超硬工具の物流センターを開 設し、物流体制を一新した。
それまで国内の 主力工場が果たしてきた国内外の市場への出荷機能を新物流センターへ集約し、海外の顧 客に対する物流サービスを強化した。
同社の超硬製品事業部では海外市場の成 長に伴い、九九年からグローバルな視点で在 庫の適正化やリードタイムの短縮などに取り 組んでいる。
成田の物流センター開設はその 一里塚となるものだ。
「ゼロプロジェクト」から始まった 同社は超硬製品の海外市場を北米、ヨーロ ッパ、東南アジア・オセアニア、東アジアの 四つの地域に分けて販売活動を行っている。
グローバルSCM 三菱マテリアル 超硬工具の在庫管理を一元化 成田に在庫を集約し海外へ即納 SEPTEMBER 2006 36 超硬工具で世界シェア4位の三菱マテリアルは、 中国など海外市場の伸長をにらんで物流体制を強化 している。
5月、成田に物流センターを設けて工場 の在庫を集約し、海外の顧客向けに即納体制を整え た。
センターの物流業務をアウトソーシングする一 方、本社事業部に物流戦略部門を新設し、グローバ ルな在庫管理の一元化に乗り出している。
超硬工具のアイテム数は標準品だけで も約3万種類にも上る。
アメリカをはじめドイツ、フランス、イギリ スなどヨーロッパの主要国やロシア、シンガ ポール、タイ、中南米に自前の販売拠点があ る。
このうち米国、ドイツ、シンガポールの 販売会社は、それぞれ北米、ヨーロッパ、東 南アジアの三地域を統括する販社の役割を果 たしている。
生産拠点はスペイン、タイ、中国などに展 開している。
ただし、スペインを除けばいず れの拠点も歴史は浅く、生産量もそれほど大 きくはない。
生産だけを見ると、まだ国内の 比重が圧倒的に高くグローバル化が進んでい るとは言いがたい。
超硬工具という製品は、ホルダー部分と刃 先の部分からできている。
このうち品質・性 能面でとりわけ重要なのは刃先の部分の材料 や精度だ。
三菱マテリアルはこの分野の技術 力で、国内は言うまでもなく海外でもトップ クラスの地位を保ってきた。
同社の超硬事業 の生命線を握るのがまさしくこの技術力。
そ れだけに海外への生産移転を容易には進めら れないという事情がある。
また量産効果を上 げるには、人件費が高くても国内で集中生産 するほうがまだコストが安いと判断したのも 理由の一つだ。
従って、大半の製品は日本国内で生産して 国内外の市場へ供給している。
筑波と岐阜の 製作所、および二〇〇〇年に同社の傘下に入 った三菱マテリアル神戸ツールズの明石工場 の三カ所が主要な生産拠点だ。
製品には大きく分けて、受注生産によるオ ーダーメード品と在庫販売方式をとるISO 規格の標準品とがある。
超硬製品はアイテム 数がもともと多い。
昨今では売り上げの伸び に伴ってさらにアイテム数が増え、標準品だけで三万アイテムにものぼるようになった。
これだけのアイテムの在庫を、世界各国の 需要に合わせて適切に管理するのは容易では ない。
見込み違いによる欠品や過剰在庫が起 こりやすくなる。
九九年当時、同社はこの問 題に直面していた。
そこで超硬製品事業部は この年、?欠品をゼロにする〞という意味合 いの「ゼロプロジェクト」を立ち上げた。
こ れが今回の物流体制の刷新につながる供給改 革の発端だ。
「ゼロプロジェクト」では、欠品や過剰在 庫を防ぐためにまず、各地域の在庫数量の適 正化、すなわち「何をどこにどれだけ在庫す るか」についての見直しに着手した。
同社の 海外拠点のうち、三地域の統括販社には比較 的規模の大きい在庫センターがある。
ここに は各地域の需要に応じた在庫を持ち、日本か ら補充を行いながら地域内の販社や代理店へ 商品を供給している。
当時、これらの在庫センターの間で在庫の 偏在がしばしば問題になっていた。
統括販社 は各国の販社や代理店の販売計画をもとに在 庫計画を立て、日本の事業部に対して補充注 文を出す。
このためそれぞれの流通過程で思 惑が入りやすくなる。
これが在庫の偏在を生 み、欠品や過剰在庫を招く原因になっていた。
こうした思惑による在庫偏在を回避するた め、「ゼロプロジェクト」では、販社の販売 計画ではなく、販売実績をもとに日本側で各 地域への在庫補充数量をコントロールし、最 終的に生産計画にまで反映できる仕組みを構 築することにした。
販社や代理店の販売情報を、専用線やイン ターネット経由で日本の事業部に直接送って もらう。
事業部ではこの情報と各地域の在庫 情報をもとに、三万アイテムのなかからどの アイテムをどれだけ生産するべきかを判断し、 各工場に対して生産要求を行い、在庫センタ ーへの補充計画を立てる。
工場はこの要求に 沿って月次や週次の生産計画や出荷計画を立 案するというものだ。
この一連の業務の流れを管理する情報シス テムを開発した。
これによって、販売側の思惑から過剰在庫が生じたり、今売れている商 品の生産が後回しなっていて注文に応えられ ない、という状況を回避する仕組みが、シス テム面で一応整った。
リードタイムを短く ただし、欠品問題を改善するにはこれだけ でなく、商品を顧客のもとへ迅速に届けるた めに物流体制を整備する必要があった。
三地域の在庫センターに在庫できるのは、 三万アイテムの標準品のうち六〇〇〇アイテ ム程度。
これ以外の非在庫品はユーザーの注 37 SEPTEMBER 2006 SEPTEMBER 2006 38 てきている。
海外のライバル企業のなかには、国際宅配 業者などと提携して、商品を受注後、短時間 で納品できるサービス体制をセールスポイン トにシェアを伸ばしているところもある。
こ の点で同社は大きく水を開けられていたのだ。
超硬製品事業部では二〇〇三年から、物流 のリードタイム短縮に新たな焦点を置き、物 流体制の見直しに取り組んだ。
顧客のもとへ 迅速に届けるための方法としては、海外での 在庫拠点の数や在庫品目を増やすことなども 検討した。
だが事業部では最終的に、日本側 に在庫を集約して集中管理したうえで、迅速 な納品を実現する方法を選んだ。
ただしそのためには日本側の物流体制を強 化する必要があった。
すでに述べたように同 社では製品の大半を日本で生産し、国内外へ 出荷している。
ちなみに海外の生産品も現地 向けのもの以外は製造後すべて日本に在庫し ておき、日本から出荷している。
その物流機 能を工場が担っていた。
受注してから納品す るまで最長で十日もかかるという状況を改善 するには、出荷の頻度をあげるしかない。
そ れを工場で対応するには限界があった。
アウトソーシングに踏み切る そこで超硬製品事業部では、創業以来貫い てきた物流業務を自社で手がける方針を転換 し、初のアウトソーシングに踏み切ることに した。
商品知識のない外部の業者に三万アイ テムもの商品の管理を委ねることには社内に 異論もあった。
超硬工具は刃先のわずかな違 いでアイテムも異なる。
出荷ミスによる誤納 など起これば同社にとって致命的なダメージ ともなりかねない。
このためパートナーの選 定に当たっては在庫管理などの精度に重点を 置き、メーカー物流に実績のある日立物流を 委託先に決定した。
新しい物流体制では、日立物流が成田地区 に設けた物流センターの一部、四三〇〇平方 メートルを活用、ここに各工場の在庫を集約して入出庫や在庫管理、ピッキング、梱包、 出荷、通関などの業務を委託することにした。
物流センターは今年五月から稼動を開始、 これまでに筑波と岐阜の二工場の在庫一万五 〇〇〇アイテムを集約した。
各国の販社から の受注に対して、国内向けは当日出荷、海外 向けについては翌日出荷している。
従来、海外への出荷は週に一〜二回だった のに対して、新体制では毎日出荷へと変わっ た。
このため、二日から一週間程度リードタ イムが短くなった。
また、受注内容によって は商品の製造工場が異なるため、従来は一つ 文を受けて日本から送っている。
工場での出 荷の頻度は週に一〜二回。
オーダーのタイミ ングによっては、航空便を使っても受注から のリードタイムが一週間から十日もかかって いた。
とりわけ問題だったのは、在庫センターの ない東アジア地域のユーザーへのサービス体 制だった。
中国を始め需要が大きく伸びてい るアジア地域には同社の販売拠点がなく、代 理店を通じて販売している。
代理店の在庫だ けでは急増する需要にとても対応しきれず、 ユーザーから注文のあった商品の大半を日本 から直接、送らなければならない。
だが日本 側の従来の出荷体制では、これに十分に応え られなかった。
標準品はISOに定められた商品のため、 基本的にメーカーによる規格の違いはない。
ただし、規格は同じでもメーカーの技術力に よって、製品の性能や耐久性などの品質に格 差が出る。
三菱マテリアルはこれまで、世界 でトップクラスと自負するこれらの技術力を よりどころとして海外での競争に挑み、シェ アを確保してきた。
だが同社がさらに売り上げ上位をめざすた めには、技術力だけに胡坐をかいてはいられ なくなった。
今や市場では、顧客の注文した 商品の在庫があるか、それをスピーディーに 届けられるかということも競争上の重要な要 素になっており、これをともに満たせなけれ ば販売機会を失うという厳しい環境に変わっ 鶴巻二三男物流戦略部長 39 SEPTEMBER 2006 のオーダーでも別便で送っていた。
集約によ り一カ所で出荷できるようになったことも顧 客へのサービス向上につながっている。
新体制のスタートにあわせて三菱マテリア ルでは今年四月、超硬製品事業部に物流戦略 部を新設した。
従来はロジスティクスグルー プの二、三人のメンバーが物流管理を担当し ていた。
新しい組織は専任者だけで八人、生 産管理などの兼任者を加え総勢十五人の体制 となった。
すでに見てきたように同社は、「ゼ ロプロジェクト」で販売情報を生産計画や在 庫計画に反映させるシステムを構築している。
このシステムを従来よりも効率よく運用する ために組織の機能を強化した。
物流戦略部では海外も含めたグローバルな 在庫を毎日管理しながら、欠品や過剰在庫を 起こさないよう工場との間で生産数量の調整 を行っている。
各国の販社に補充する在庫数 量についても基本的に同部で判断する。
「世界的な在庫管理の一元化は一気にでき るものではない。
数年かけてやってきたこと をこれからも継続して進めていく。
ただし物 流戦略部という組織にすることによって、そ の役割が事業全体の中でより重要なものとし て位置づけられた意味は大きい」と鶴巻二三 男物流戦略部長は強調する。
対外的な効果もある。
「今まで?物流〞は 当社にとってウイークポイントと見られてき たが、?戦略〞という名称の入った組織をあ えて設けたことで、これからは顧客や代理店 から、当社も物流に力を入れているという認 識を持ってもらえるのではないか」と鶴巻部 長は期待を込める。
物流戦略部では今後、日本と海外の拠点と でそれぞれどんなアイテムをどれだけ在庫す べきかを改めて見直していく。
成田の物流セ ンターの稼動によってリードタイムが短縮し たことで、海外拠点の在庫日数を従来よりも 少なく設定することが可能になるからだ。
また、出荷のデイリー化に対応して、より きめ細かな在庫管理の手法も取り入れる。
工 場での生産のリードタイムを加味したうえで 日々の在庫計画や出荷計画を作成できるシス テムを構築していく考えだ。
さらに海外の在庫拠点そのものの再編も検 討していく。
現在、海外では流通経路が長く 複雑で、これにあわせて物流ルートも多段階 になっている。
「今後は商流も含めてもっと シンプルにしていく必要がある」(鶴巻部長)。
エンドユーザーへ最短距離で商品が届く物流 体制を志向していく。
その手始めに、シンガ ポールの在庫センターを廃止して日本の成田 に在庫を集約し、中国などと同様に日本から 毎日出荷する体制に切り替えることを決めた。
日本側へ在庫を集約することで成田物流センターの在庫アイテムは今後さらに増える。
ただし、これからは物流戦略部がイニシアチ ブをとって、アイテムの統廃合など、品目の 絞り込みを進めていく方針だ。
資産は自らの手で管理するものという通念 を断ち、物流のアウトソーシングに踏み切っ たことで、同社は国際競争の舞台で技術力だ けでなく物流でも他社に負けない覚悟を内外 に示した。
成田物流センターのオープンとい う一里塚を越えて、同社の物流戦略の中身が これから本格的に問われる。
(フリージャーナリスト・内田三知代)

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