ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年9号
ケース
SCM--モチノキ薬品

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

?富山の薬売り〞のSCM モチノキ薬品は一般宅や事務所に救急箱を 配置し、実際に使った薬の分だけ後から精算 する、いわゆる?富山の薬売り〞だ。
バン型の軽自動車に商品を積んで、営業マンが各顧 客を訪問し、集金と商品の補充を行う。
現在 の年商は約四五億円。
ここ数年、売上高・利 益率とも順調に推移している。
しかし、五年前までは違った。
赤字の続く 問題企業だった。
借入金が膨らみ、債務超過 に陥っていた。
それでも企業として存続でき たのは、資産家の創業者が資金面でのバック アップを続けていたからだ。
同社の創業者、 中井富雄オーナーは二〇〇二年にノエビアに 買収された常盤薬品工業の創業者一族で、一 時は同社の副社長も務めていた。
その中井オーナーから、縁あってモチノキ 薬品の再建を依頼されたのが現在、同社でC FO(財務担当役員)を務める上田勝啓取締 役管理部長だ。
もともとロームでレーザーダ イオードを開発するエンジニアだったが、そ の後、IT企業に転身してソリューション開 発を手掛けていた。
情報システムの知識に加 え、財務にも土地勘があった。
「置き薬に関して私は全くの素人だった。
し かし、これまで経験してきた他の商売と比較 すると、置き薬のビジネスモデルはムダだら けに思えた」と上田取締役。
二〇〇〇年にモ チノキ薬品に正式に入社した。
当時の同社の 売上高は約三六億円。
売上高をはるかに上回 る在庫を資産として抱えていた。
富山の薬売り、正式には医薬品・医薬部外 品等の配置販売業は、商売として三〇〇年以 上の歴史がある。
いまだに業界には?帳主〞 と呼ばれる個人事業主も多く、商慣習は旧態 依然としている。
モチノキ薬品は八六年設立 の、業界では比較的若い部類に入る会社だが、 伝統的なビジネスモデルを踏襲している点で は他の老舗と変わらなかった。
一般に薬の使用期限は三年とされる。
使用期限の明記を義務付けられていない薬もある。
腐るものではなく、劣化もしにくいため、客 先で使用されずに引き上げてきた薬でも、パ ッケージに入れ替えることで再び納入するこ とができる。
帳主に対して一定期間を過ぎた 薬を新しい薬に交換する、等価交換を受け入 れるメーカーも珍しくない。
他の商品に比べて在庫の陳腐化によるリス クが小さい。
俗に?薬九層倍〞と言われるほ ど原価率も低い。
そのため医薬品業界には過 剰在庫を問題視する意識が薄い。
しかし、在 庫がキャッシュフローに与える影響は、薬も SCM モチノキ薬品 財務の視点から置き薬事業を再構築 BC商品は一カ所に集約して在庫半減 SEPTEMBER 2006 40 債務超過だった。
過剰在庫も抱えていた。
借入金 を株式に転換して債務超過を解消、それまでの膿を 出し切って、再建に乗り出した。
ITを活用して昔な がらの営業スタイルを刷新、物流コンサルタントの 手を借り、在庫水準も半減させた。
伝統的な置き薬 のビジネスモデルを全く塗り替えた。
モチノキ薬品の上田勝啓取 締役管理部長 他の商品も変わらない。
在庫を抱えただけ、 手持ちの現金は減少し、資金繰りは悪化する。
陳腐化だってゼロではない。
放置すれば当然、 ツケは溜まる。
それが管理会計の常識だ。
しかも置き薬の商売は、薬品業界のなかで も飛び抜けて大量の在庫を必要とする。
倉庫 に保管する通常の在庫(倉庫在庫)のほか、 営業マンの車両に積む商品(車中在庫)、そ して客先に配置する商品(客先在庫)の三種 類の在庫を資産として抱えなければならない。
そのために置き薬事業者の棚卸資産は通常、 年商を遙かに上回っている。
業界最大手の富 士薬品の棚卸資産も売上高の二倍近くに上っ ている。
モチノキ薬品の場合、サプリメントやドリ ンク剤などの医薬部外品や健康食品などの扱 いが多いため、年商の二倍とまではいかなか いが、それでも約一・五倍の在庫を持ってい た。
経営を再建するためには、そこにメスを 入れることが 不可欠だった。
置き薬の市 場規模拡大は、 もはや期待で きない。
ドラ ッグストアの 台頭やコンビ ニでの薬品販 売の解禁など、 むしろ逆風が 強まっている。
モチノキ薬品の生き残りのカ ギは置き薬という業態にはない。
コア・コン ピタンスは営業マンが全国の顧客宅を定期的 に対面訪問する、そのネットワークにある。
上田取締役はそう考えた。
実際、同社の売り上げに占める健康食品や 補助食品などの比率は年々、高まっている。
現在では半分近くが非医薬品だ。
その多くは 後から使った分だけ精算するのではなく、そ の場で現金販売している。
これによって客先 在庫の負担はなくなるが、消費期限の管理は タイトになる。
在庫の陳腐化リスクも高くな る。
置き薬とはビジネスモデルが違う。
昔ながらの置き薬のビジネスモデルを革新 することで、生き残りの道が開ける。
ただし、 それには在庫管理精度を向上させなければな らない。
不要な在庫投資をなくせば、手元資 金に余裕が生まれ、新たなビジネスモデルの 構築に向けた前向きな投資も可能になる。
佐川急便を改革のパートナーに まずは赤字を止血する必要があった。
不良 在庫を破棄するにも、それを損失処理すれば 累積赤字が膨らみ、債務超過に拍車がかかっ てしまう。
そこでオーナーを始めとした債権 者に対して、債券を株式に転換する「デッ ト・エクイティ・スワップ(DES)」とい う手法を提案し、債務超過を解消した。
その 後、地域別に分かれていた法人を合併、組織 体制を整えた。
その上で営業マンの評価制度改革に乗り出 した。
それまで同社の人事評価は基本的に年 功序列だった。
これを改めるため「マンスリ ー・プロフィット・リダクション(MPR)」 と呼ぶ業績評価システムを開発した。
営業マ ンに携帯情報端末(PDA) を配布。
それを 元に個人別の売り上げや粗利、売掛金の増減 や在庫誤差の発生まで把握して、各営業マン の貢献利益を算出する。
それを翌月の給与に 還元するという仕組みだ。
サプライチェーンの川上の統合も進めた。
グループ会社のユニックメディカルに製造部 門を設置。
奈良県に葛城工場を立ち上げ、健 康食品やサプリメントなどの自社生産を開始 した。
将来的には医薬品を含め、モチノキ薬 品で扱う商品の大部分を自社生産する計画だ。
これによってドラッグストアに負けない価格 競争力を確保する。
一連のビジネスモデル改革と並行して二〇 〇五年六月末から在庫削減にも本格的に着手 した。
先に述べた三種類の在庫のうち「倉庫 在庫」はそれまで全国四〇カ所の営業所で、 それぞれ管理していた。
それを東西二カ所あ るいは一カ所に集約することで、在庫水準を 下げることができるはずだ。
しかし、社内を 見渡しても、改革プロジェクトのリーダー足 りうる適任者が見当たらない。
時間を買うつもりで、コンサルタントを活 用することにした。
インターネットで検索し て、コンサルティング部門を持つ大手物流会 41 SEPTEMBER 2006 収益管理用の携帯端末を開発して、営業マン に配分した SEPTEMBER 2006 42 だった。
新たなコストが発生しても、在庫を 集約したいという。
図1は営業所別の適性在庫量と実績の差 を表したグラフだ。
この二本の線の乖離した 部分が過剰在庫の量を示している。
見て分か る通り営業所によって線の乖離には大きな違 いがある。
それだけ営業所ごとに管理レベル が異なっているわけだ。
モチノキ薬品の上田 取締役は「営業所長の最大の使命は営業だ。
彼らに在庫管理まできちんとフォローしろと いっても徹底させるのは難しい。
それでは結 局、全体の管理精度は上がらない。
結局、在 庫も減らない」と思った。
シミュレーションを繰り返す 中央倉庫の新設を前提に、改めてシミュレ ーションすることにした。
モチノキ薬品の取 扱アイテム数は約三〇〇だ。
そのうち売れ筋 のA商品・約一五アイテムで売上全体の八 〇%以上を占めている。
さすがに売れ筋商品 の在庫は、管理レベルの低い営業所でも従来 から目配りはしていた。
過剰在庫の大半は売 り上げの一五%に過ぎないBC商品だった。
そこでBC商品だけを集約する場合と、A 商品まで含めて全ての在庫を集約した場合の 比較を行った。
その結果、A商品は集約によ る在庫削減効果が小さく、逆に輸送費等の負 担が大きくなるため、トータルコストに与え る影響は限定的であることが分かった。
また A商品の在庫を営業所から引き上げることに は現場からの反発も予想された。
それも配慮 して、BC商品だけを集約する方針を立てた。
社内のコンセンサスは、すんなりとは得ら れなかった。
批判の矛先は、佐川急便が安全 在庫理論に基づいて算出したアイテム別適正 在庫量の妥当性にも向けられた。
同社の扱う 商品には、新商品やキャンペーン商品のほか 季節波動の大きな商品が少なくない。
理論な どアテにならないという指摘だ。
「確かに過去の販売実績から新商品やキャ ンペーン商品の売り上げを予測することはできない。
また感冒薬や花粉症の薬などの季節 性の高い商品の需要予測が難しいのも事実。
理由のない批判というわけではなかった」と、 佐川急便の片山コンサルタントも認める。
新商品やキャンペーン商品などの戦略商品 については、A商品と同様に営業所で在庫す ることにした。
Aアイテムを含めて二〇アイ テム程度を、各営業所が直接管理する体制だ。
「その程度なら営業所でも管理できるだろう と思った」と、モチノキ薬品の上田取締役は いう。
季節性の高い商品については、改めて過去 社数社にメールで打診した。
一社だけ、その 日のうちに返事があった。
佐川急便のサプラ イチェーン・ロジスティクス事業部だった。
すぐに面談のアポをとった。
何カ所に集約すれば在庫が最適化されるの か、そのシミュレーションを依頼した。
これ に対して佐川急便からは以下のデータを提供 するよう求められた。
?過去一年分のアイテ ム別・日別・営業所別販売実績データ、?ア イテム別発注ロット・発注サイクル、?アイ テム別納品リードタイムの三つだ。
このデータを元に佐川急便はアイテム別・ 営業所別の適性在庫量を弾き出した。
シミュ レーションの結果、拠点を集約しなくても、 各営業所がアイテム別の適正な在庫水準を維 持することで、会社全体の倉庫在庫を大幅に 低減できることが分かった。
もちろん集約す れば安全在庫の水準はさらに下がる。
しかも 宅配便を使えば全国翌日配送できるので集約 拠点は一カ所でいい。
ただし中央倉庫の開設 運営費に加え、中央倉庫から各営業所への輸 送費が新たに発生してしまう。
佐川急便で、この案件を担当した片山正樹 サプライチェーン・ロジスティクス事業部コ ンサルタントは「念のため、在庫水準を適性 化するだけの場合と、中央倉庫を作って一カ 所に集約した場合の二つのシミュレーション 結果を報告した。
しかし我々としては、中央 倉庫は必要ないだろうという判断だった」と 振り返る。
ところがモチノキ薬品の反応は逆 佐川急便の片山正樹サプラ イチェーン・ロジスティク ス事業部コンサルタント 43 SEPTEMBER 2006 数年分の販売実績データを用意し、適正在庫 水準の算出方法を佐川急便で再検討してもら うことにした。
調べてみると、薬の販売実績 は、単に季節的な波動だけでなく、その年の 気候変動や病気の流行によって、一年間の需 要曲線自体が大きく変わってしまうことがわ かった。
つまり毎年の規則性がない。
それでも、試行錯誤の末に別の方法を見つ けることができた。
長期間にわたる実績デー タを精緻に計算するのではなく、逆に前月一 カ月間のデータだけを元に翌月の需要を予測 することで、季節性の高い商品でも高い精度 で必要な在庫量を予測できることが確認でき た。
またこの需要予測方法は、季節的な変動の ない他の商品にも当てはまることが判明した。
それまでは過去一年分の販売実績を元に将来 の需要を計算していたが、過去一カ月分のデ ータだけでも、ほぼ同じ結果が得られた。
これで計算の手間が大幅に減った。
こうして二〇〇六年四月、グループ会社の ユニテックメディカルの葛城工場の敷地内に 新たに中央倉庫を設置し、新体制に移行した。
現在、モチノキ薬品の「倉庫在庫」は会社全 体で約六億円分の水準にある。
改革前には約 十二億円分あったものが半減した。
在庫管理 精度が大きく向上した。
それでも小林取締役は「本来ならもっと下 げられるはず。
営業所に任せたA商品や戦略 商品の管理に甘さが見られる。
そこは誤算だ った。
営業所に在庫するアイテムや役割分担 は今後も定期的に見直していく」という。
次のテーマはCRM 今年七月二〇日から改革は第二フェーズに 入った。
このフェーズでは「客先在庫」にも 手を付ける。
現在、同社は全国に約三二万軒 の顧客を持っている。
営業マンは各顧客を三 カ月に一回のペースで訪問している。
そのう ち半分が、置き薬を全く使っていない。
さらに「一年以上、何も使わない訪問先も 二五%程度に上る。
そうした顧客でも健康食 品など薬以外の商品を購入していたりするた め、切るわけにはいかない。
しかし、少なく とも薬は必要としていない顧客だと判断はで きる。
それなのに、これまでは薬をよく使っ てくれる顧客と同じ救急箱を配置してきた」 と上田取締役は説明する。
顧客宅に配置する救急箱には売価ベースで 平均一万六〇〇〇円分の商品が入っている。
それとは別に新たに一万円程度の簡易セット を設定した。
顧客の使用頻度に応じて、適切 なセットを選択することで、客先在庫の削減 を進めようというアイデアだ。
同時に「車中 在庫」にもメスを入れる。
車中在庫を、その 営業マンの月の売り上げの〇・八カ月分以内 に抑えることをルール化する。
パートナーの佐川急便も新たな提案を準備 している。
「第二フェーズでは単なる在庫削 減ではなく、セールスフォース的なCRMが テーマになってくる。
一般的な物流会社のコ ンサルティングを超えたテーマだ。
それだけにやり甲斐も感じている」と同社の片山コン サルタントは意欲を見せる。
モチノキ薬品の業績は、過去の膿を一掃し て大幅な赤字を計上した二〇〇〇年以降、黒 字を続けている。
売上規模も五年間で約二 五%増加した。
当面は売上高五〇億円、経常 利益率一五%が目標だ。
「それをクリアすれ ば株式の公開が可能になる。
実際に株式を公 開するかどうかは、私が判断することではな い。
しかし、いつでも株式を公開できるよう にはしておきたい」と、上田取締役はCFO としての夢を描いている。
( 大矢昌浩)

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